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学生の頃吹いてた楽器を再開しました。
どうせやるなら・・と、ちゃんとレッスンに通っています。
最初はしんどかったですが、ようやく曲も通して吹けるようになってきて楽しくやってます。
年も年なので、あまり高望みはしてないのですが、若いころにはできなかったことをしたい、と思っています。

それは、「感動する演奏」をしたい、ということ。

人はどういう演奏に感動するのでしょうか。
卓越した技術に惚れ惚れする、というのはわかります。
ですが、そうでなくても感動する演奏というのはありますよね。
あれは何なんでしょうか?
何が感動を生むのでしょうか?

共感できる何かが伝わるのでしょうか?
素人にはできないことですか?
狙ってするものではないのでしょうかねぇ・・

先生のお手本はいつも楽譜に忠実で何も飾り気もないのですが・・でもちゃんと曲になっていて聴き入ってしまいます。音質がいいからなのか、ミスがないからなのか、余裕があるからなのか、わからないのですが・・。

できたら、ミスしてでも下手だと思われてでもいいから、感動を共有したいものです。
何かヒントいただけたら幸いです。

A 回答 (4件)

結論から言うと、結局は「技術」ということになると思います。



ただ、ここで言う技術というのは、例えば小難しい速いフレーズをノーミスで吹けるとかそういう類いのものではなくて、音色やダイナミクスのコントロールです。

もう少し具体的に、私は吹奏楽部の打楽器奏者上がりのドラマーなので、ドラムを例にして言うと、よくロック系の派手なバンドでドラマーが必要以上に大きく腕を振ったり首や体中をビートに合わせて揺すったりしているのを見たことがあると思いますが…あれは「演技」です。

ドラマーが本気で観客と同じように興奮して踊り狂ってしまったら、テンポはめちゃくちゃ、ビートもめちゃくちゃ、ただの騒音になってしまって聴くに堪えず観客はシラケてしまいます。そうではなく、ドラマーはあくまで冷静に音をコントロールしながら、見た目も派手に演出するために大げさなアクションをするのです。

クラシックのシンバル奏者なんかもそうです。曲のここ一番の盛り上がりの所でシンバルをジャーンと鳴らす時、叩いた後で頭上高くに持ち上げて客席の方にシンバルの内側を向けたりしますが、あれ、音に与える効果は何もなくて、実際には見た目の演出です。打楽器奏者は特に、演奏中のスティックの動きとか、体の動きで演技をして曲の雰囲気を視覚的にも盛り上げたりすることを考えています。


つまり、言いたかったのは、例えばすごくシンプルで易しい曲であったとしても、音色やダイナミクスを丁寧にコントロールして、どういう音を出したら観客が感動するかを計算した上で、計算した通りに音をコントロールする技術が必要だということです。ただ、これ、意識の問題なので、アマチュアだからできないとかそういうことではありません。自分が現状持っている技術をフルに使ってどう音を演出するか、演奏中最大限に頭を使って考えるということです。

ちなみに、高校時代に一度、吹奏楽部の演奏で、観客から直接「感動した」と声をかけていただいたことがありました。

その時の演目は「アッピア街道の松」ですが、あれはまさにダイナミクスが肝の曲で、pppから始まって徐々にバンド全体でクレッシェンドしていき、終盤ではfからfffの波が何度も押し寄せるような曲です。この曲をやるにあたり、ダイナミクスレンジを大きく取るために、管の連中はみんな、普段は出さないような相当大きな音を出せるように練習したものです。おかげで練習中は耳がつぶれるんじゃないかというくらいウルサかった思い出があります。…って、完全に余談ですが。笑
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この回答へのお礼

すごくわかりやすいお話しありがとうございます。
クレッシェンドに興奮を憶えることは自分もよくあります。
近頃は体の衰えもあって自分の限界が狭まってるので制御が難しいのでしょうかね。自分を客観視できるところまで練習を積んで、限界も引き上げないといけない、ということなのでしょう。
もうひとつ高次元で楽しめるようがんばります。

お礼日時:2014/04/30 01:24

音楽は技術の芸術ですから、技術が無ければ自身の芸術性を表現する事ができません。


それなりの技術は必須。
pからfへ行くのはラベルのボレロですね。真似はいかん。俺もやるけど、w
大きい音と、大きく聞こえる音は別です。そこも技術ですが。
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>卓越した技術に惚れ惚れする、というのはわかります。


>ですが、そうでなくても感動する演奏というのはありますよね。

私もかなり長い間、そう思ってきました。
しかし最近、結局のところ上手な演奏に感動するんじゃないかと思い始めています。
というのは、よくよく考えてみたら下手な演奏に感動したことはないのですよね。
「上手じゃないけど感動的な演奏」という具体例も思いつきません。
「多少の傷はあるけど感動した演奏」はありますが、それって結局上手な演奏なのではないかと。
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一般的には、感動するというのはその文脈によることが大きいものです。


佐村河内氏の音楽に涙を流した人たちがいい例ですよね。
演奏や音楽そのものよりも、彼が提示した物語に感動したわけです。
ですから、質問者様が他人を感動させるとしたら、全盲であるとか余命半年などとプロフィールを偽ると人を感動させて取材の一つも来るかもしれないですよ。
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