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質問の意図を説明します。

ゲゲゲの鬼太郎で「ぬらりひょん」という妖怪が出てきます。
老人の姿で夕方の忙しい時間に現れて、人間の家で堂々とお茶をすするなどして、
人間がその妖怪を見ても、その家の主人だと思うというような妖怪で、
それが転じて妖怪の大将に祭り上げられたそうです。
日本最強の妖怪?だそうですが、WIKIに詳しい経緯が書かれています。

WIKIにいつも正しいことがかかれているとは言い切れませんが、
多くの人の晒されチェックされていることから私の感覚として7割程度は正しいことが
かかれているんじゃないかなって思っています。

もともと、クラゲ?や海坊主の類いの妖怪だったものが、
1972年頃、ある人の著書によって、鬼太郎に登場するような老人で妖怪の大将のように
描かれるようになったそうです。興味のある人は調べてみて下さいね。

私たちは時々おかしな事を言い出す人を目や耳にしますよね。
その度に、それはデマなのか、本当のことなのか?を調査、検証、確認、実験などをして
証明していくと思います。

が、それがされた無かったものもあります。
たとえば、最近ですと朝日新聞の従軍慰安婦記事とか。
記事を書いた記者の奥さんが韓国人で、その母親が韓国の反日の活動家とのことを
知りました。吉田証言の信憑性を全く確認していませんでしたよね。

というわけで、世の中曲がりますよね。
もともとの真実というか、元ネタがその意味の通りに後生に伝わっていきませんよね。

それがどうしてか? どういうメカニズムなのか? 
と、いうものが質問の趣旨です。

私の考えでは、あまり検証や事の真偽を確かめない人や盲信してしまう人が
人から聞いたり、何かを読んでりしたものを自分の考えだけで突き進んだ結果ではないかと
思うのです。後から、間違いであったと気付いても知らぬ存ぜぬを突き通すになります。

歪曲するにしても、元ネタが少し残りそうなものですが、
冒頭のぬらりひょんは跡形もありません。

創造というか捏造というか、まったく別ものとすら思えます。

どうしてこういう間違ったものを作り出してしまうのでしょうか?
そのメカニズムを教えて下さい。

A 回答 (6件)

 回答No.5です




 やはり、「事実」と「真実」という言葉の違いの認識で、
 その意味合いが質問者様と私とでは異なっている様子なので
 誤解されないように追記します。


 質問者様のお礼レスにありました「観測者」に言及して
 私なりに「事実」と「真実」の違いを説明します。



 例えば、
 周波の観測値が波源と観測者に相対する速度の存在により異なる現象を
 初歩的な物理学用語で「ドップラー効果」と言いますが・・・

 例の場合で、ひとつのα波源に対して複数の観測者が存在するとき
 且つ条件が、それぞれの観測者がα波源との相対速度が異なっているとき
 それぞれの観測者による、それぞれの観測の数値は、それぞれと異なっているでしょう。

 この場合において、私が認識している言葉の意味での「事実」とは
 それぞれの観測者が見た、それぞれの観測数値です。
 つまり、ここでは観測数値(事実)が複数と存在します。
 
 そして、
 この場合において、私が認識している言葉の意味での「真実」とは
 複数の観測者がそれぞれ異なる相対速度で観測した「αの波源」そのものです。
 α波源はひとつしかありませんから真実はひとつです。

 広辞苑で「真実」を調べると「絶対の真理」とあります
 つまり、ここでは「αの波源」そのものが「絶対の真理」であると私なりには理解をしています。

 
 
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この回答へのお礼

再登場ありがとうございます。

事実と真実についての補足。痛み入ります。
とても分かり易くご説明くださいました。

おっしゃる通りだとして、真実はどうすれば見えてくるか。
多分、観測者(裁判における証人や因果律に基づく証拠等)と時間軸通りに並び替えることで
全体像=真実 が、見えてくると言うことですね。

たとえば、織田信長という人物の真実を知りたいとすれば、
後生に書き残された書物(信長記など)や言い伝えに頼るしかありませんよね。
仮に信長と話したことがある人が現代に生きていたとしても、それは一人の観測者(=証人)の事実であり、
信長本人の考え=真実ではないはずですから、100%の真実を知り得ることはできないということですね。

とすれば、
多分、真実は伝えられる毎にそのパーセンテージは低くなり、開いた分に余計な尾ひれがついてくるというわけで、
真実、事実と乖離を始めるということですね。
環境と時代とそれに適応した人間の思想から変わっていくにつれて、変わっていくと言うことなのでしょう。

お礼日時:2015/01/25 01:05

 事実は事実であり、真実ではありません



 いつの世でも事実は無数にありますが

 真実ははただの一つしかありません。

 例えば、日本の刑事裁判の場でも当事者では無い者どうしに

 真実のへの判断が強く委ねられてしまい

 より真実に近い事実という曖昧な断定にこじつけて

 多くの冤罪という害を生み出しています。

 この意味からも、70%だろうが99%だろうが事実は事実であり

 100%の真実ではありません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

真実はいつもひとつ!
ってどこかの名探偵のセリフのようですね。

さて、その真実とは観測者の視点で変わるのではありませんか。
強いて挙げるなら、行動を起こした本人の物事に対するその時の事象のことでしょうか。

それぞれの真実があるのではないでしょうか。

確かに裁判では当事者ではない人が客観的事実(証拠や因果律)を用いて推定真実で判決をしますね。
推定なので取りようによってはなんとでもできますよね。

公安委員会が起訴相当と判断しても、起訴にならない場合もあるでしょうし。

お礼日時:2015/01/24 02:36

結局のところは「人間には想像力があるから」に尽きてしまうのではないでしょうかね。



妖怪だって、そもそもは存在しないものなわけですし。それを私たちの想像力が生み出すわけで。ただ、この想像力こそが恋愛から芸術から文明に至るまで人間を人間たらしめる活動のすべてに繋がっているのだと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

もう少し説明が必要と思います。

お礼日時:2015/01/20 23:06

"どうしてこういう間違ったものを作り出してしまうのでしょうか?


そのメカニズムを教えて下さい。"
  ↑
アリストテレスの時代から言われていることですが、
人は信じたいモノしか信じない、ということが
あります。

裏付けが全くない朝日の記事を信じた人が多い
というのは、それを信じたかった人間が多かった
からだと思います。

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(War Guilt Information Program)
というものがあります。
米国が宣伝したもので、あの戦争は日本が悪い、
とにかく悪い、としたものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9% …

これに洗脳された日本人が大勢いて、そういう下地が
あったときにあの記事です。
それでコロッと欺されたのでしょう。

そして、こういう風潮を裏付ける思想が蔓延して
いるのです。
アメリカンプラグティズムというやつです。
ジェームスもこう言っています。
「真実が何の役に立つのか。嘘でも何でも、それが
 現実の役に立つことが大切なのだ」
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに昔読んだマンガやドラマにそういった話がありました。
モテル男に女のウワサ(他の女を蹴落とすための別の女のウソ)があって、
そういうマイナスな部分だけは、モテル男の本命の女性、その他の女性も盲目的に信じてしまう。
別にウワサであってその架空の人物に会ったわけでも、見た訳でも無いのに。
また、見たとしてもそのモテル男の姉妹であっても、彼女だと決めつけてしまうみたいな。

ちょっと分かりにくいですが、
そんな昔のマンガだか、ドラマだかを思い出しました。

つまり、自分の予想と状況が合致した場合、検証ができるのにそれをしなくても、
事実だと誤認してしまう部分が人間にはあるということなのでしょうかね。


「真実が何の役に立つのか。嘘でも何でも、それが
 現実の役に立つことが大切なのだ」

このような言葉は、アメリカ人からよく聞きますね。
ケビン・メアさんとか。

日本人という人種は自然と共に生きてきた民族のような気がします。
それとは違って、白人は自分たちが生きるために?動物や他の人種と戦って生き残ってきた人種のように
感じます。

つまり、必要なのは正義ではなく、利益だということなのでしょうね。

多くの神が人間がどのような不幸にあっても、静観状態にあるのにキリストだけが人間にとって
プラスに動いた、神の御子ということでしょうか。

つまりは、人間にとっての利益が重要という思想なので騙しても、人は言うとおりにさせる行為は
正義に反することなく、自分たちの利益のために必要だという正当化されたものなのでしょうか。

映画:アバターを思い起こしますね。

お礼日時:2015/01/20 23:05

そのぬらりひょん(人家)はぬうりひょん(海)じゃないのかな…?


本の著者自体がそこ混同してる可能性高そうな気が。

まあ、こんな不鮮明な発音の生き物(方言だとしても)自然発生するには
条件難しいでしょうが、これもまた「絶対にない」とは言い切れないですし。

「う」と「ら」は毛筆だと見間違えるでしょう。

また、本に出てると言われてもそれ自体が間違ってる場合があるので
本格的にタイムマシン併用で足で各地の伝承調べて回るよりほかに真実の証明は難しいですね。

有名なところ、「ゴキブリ」のように。
本当は「御器カブリ」というのが正式な名称だったのに
書物に残すとき「ゴキブリ」と「誤記」してゴキブリになった…という。

誰かがどんなかでも良いですが「形」にして残してしまうと
それより以前を調べることは(あまり)無くなる、ということかな。
そして広がっていくと。

あ、日本語は流行し変化していくものなので
伝家の宝刀のほかに天下の宝刀というものが生まれてもいいと思いますよ。
いまどき、刀持ってる人も少ないのに伝家の宝刀もないもんだと思いますし。
うまいこと併用出来るのが一番で、新しく生まれた言語をなくす必要もないと思います。

ただの雑談でした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに何事も創始者は、自らの考えで言動を発し、行動します。
が、主に2番手以降の人が創始者の言葉や行動を紙に書き残します。
#3回答にアリストテレスが出てきたので、ここでプラトンを例に出します。
ソクラテスの話は自身が著作したものではなく、プラトンによって残されたものですよね。

でも、2番手だからこそ、トップの考えがわからず、適当に書き残してしまうということは
多いにありそうですね。

お礼日時:2015/01/20 22:51

知名度が高く、信頼できると認知されていた媒体が発信した情報だからでしょう。


そして受け取り手が「それほど興味がない」ことが条件でしょうね。
興味ある人はちゃんと調べますから。

慰安婦問題で言えば「新聞という媒体(しかも日本を代表する)」が
検証の薄い記事を書くなどと思わないわけで。
あと人間は陰謀論・「ここだけの話…」が大好きだからね。
「ここだけの話だけど~~だよ」という話の広がるのの早いこと。

都合の悪い部分をやんわり・もしくははっきりと書かず
都合のいい部分をちょいと脚色(嘘じゃない範囲で)してしまえば
大体の人は騙せます。


反論じゃないですけど、ぬらりひょんは「水木系」以外の本だと
大体もとのままの「家に上がり込んで一服していく妖怪」としか書かれてないですよ。
(ていうか、水木さんが挿絵書いた妖怪本でもそうなってたはず)
あとはまあ、水木アニメの設定を生かしたぬらりひょんの孫とかが
巨大な媒体の一端になり、妖怪に興味ない人もそこで「ぬらりひょんは総大将」と
認識することになったとかそんな感じ。

ぬらりひょんの真実はコソ泥が盗みのついでにタバコと昼飯食ってったってことなんですが(落語)
「ここだけの話、妖怪の仕業だよ…」でぬらりひょんが(人々の間に)生まれて
生きるというのと同じでしょう。
慰安婦もこういう感じだし。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

興味が無いというのは一説かもしれませんね。
ただ、ここだけの話・・・というように十分興味がある話だと思いますが。

ぬらりひょんは、質問文でも書きましたが、もともとクラゲや海坊主的な妖怪で、
ぬらっとしていて、捕まえようとするとひょんと逃げる?的なのもので
人間の姿すらしていない丸い妖怪だそうです。

水木系でなくても、1972年頃日本の妖怪を詳しく?書いた著書で
家に上がり込んで太々しい態度・・・云々という妖怪になったようです。

ですから、まったく別ものを名前が同じであったため、現代人が同一と勘違いしているか、
まったく別ものにその著者がしてしまったかということだと思います。

それにしても、伝わり方というのは元ネタがすぐに分かるのに、
全然違う(間違った)使われ方や伝わりがどうどうとなされるので困りますよね。

有名なところでは、伝家の宝刀は、天下の宝刀になっています。
天下の~と答える人は過半数という統計もあります。

お礼日時:2015/01/18 21:46

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