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危険地帯に自ら足を運び捕まったという点で危機管理不足が主張されるのは一理あります。
ですが他人の死に対して無関係の第三者が偉そうに「自己責任!」と首を突っ込んで叫んでいる状況はあまりに異常ではないですか?
他人の死を自己責任と断じるということは、私にとってあなたが死のうがどうでもいいと言っているのと同じことなのに、にもかかわらず「あいつの死は自己責任!」と声高に叫ぶ必要がどこにあるんですか?
死んでもどうでもいいのになぜそこまで執着して自己責任を言い続けているんですか?誰に向かって自己責任という言葉を聞いてもらいたいと思っているんですか?
思いっきり関心あるくせに檻の外から今にも殺されようとしている人を眺めて、それを見ながら「自己責任」と必死で叫び続ける人の異常さを異常と思えないこと自体がおかしいということに気がつかないのでしょうか。
邦人が殺されればそれはもはや個人の問題ではなく外交問題です。それほど重大な問題だというのに問題のレベルを当人の自己責任かどうかでしか見れない日本人が冷静人を気取って発言してること自体が問題の本質をわきまえていないから世界に恥をさらしているんですよ。
外国からそのことを指摘されてもそれに反論したり無視したりして自己責任を主張し続ける人間は日本の品位をわざと貶めており、売国奴といっていいかと存じます。
自己責任かどうかはどうでもいい些末な問題なのにいつまでもそれにこだわり続けるしか脳のないあたりが皆さんの民度やレベルの低さを如実に表していますね。

斜に構えて冷静なふりを気取るのがかっこいいとでも馬鹿な日本人は本気で思っているのでしょうか?

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A 回答 (34件中1~10件)

基本的に総論としては概ね賛成する。



近年「自己責任論」が「自分のした事は全て自分で責任を取れ、他人に迷惑をかけるな」といった短絡的な思考に終始していることに憂慮している。
そもそも「自己責任」とは「自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負うこと」であり、今回のように他者の介入がある場合、それは過失責任の大小の問題であって、自己責任と呼ぶべきではない。

今回は言うにしても「自業自得」とか「過失責任」と表すべきで、危険地帯に入り込んだ=「自業」による結果を「自得」しなければいけないのは確かに彼ら自身だし、特に湯川氏については過失は大きいと思っている。
結果として、今回の最悪な結末は、日本政府がどう対応しようと避けられないものだったかもしれない。
だからといって「日本政府が無駄な税金を使って交渉し、彼らを助ける必要は無い」というのは聞いて呆れる。
政府は外務省法第四条「外務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。 」第9項「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること。 」という邦人保護の義務を負っていることをしっているのだろうか?
当然の事ながら「何を引き換えにしても」ということではなく、今回政府に出来る限界もかなり狭かっただろうと推測する。しかし、その中で最大限出来ることをしていたと信じるし、今は政府を責めることは出来ない(そのための検証は必要だろうし、結果如何によっては意見が変わるかもしれない)。

そもそも、なによりも第一義的に批難され、罪をあがなうべきは「ISIS」であることに疑う余地は無い。
なぜか今の日本はこの点を見過ごし、あえて被害者に責任を負わせたり、あまつさえ家族をも攻撃対象にしている意見が目に付き(と言ってもネット上の意見だが、彼らは「正論」「皆心の中ではそう思っている」などという始末)、違和感を覚える。


私の意見は上記の通りだが、「売国奴」という言葉こそが日本の品位を貶めてしまい、また「脳のないあたりが皆さんの民度やレベルの低さを如実に表し」という挑発については、たとえ私のように貴方のご高説に同意したい者でも苦言を呈さざるを得ないので、そういった発言をお控えいただければ・・・と少々残念に思う。
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>他人の死に対して無関係の第三者が偉そうに


>「自己責任!」と首を突っ込んで叫んでいる状況は
>あまりに異常ではないですか?

 そういう質問者も無関係ですので、
「自己責任!」と批判する
偉そうな質問も異常ではないですか?
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アナタの考え方は、過度の人権派など左傾化思考の人が陥る、典型的なミスではないですかね?



簡単に言っちゃうと、人質となった「同胞」を、人道的な見地から擁護するのは良いのですが。
その結果、自己主張論を展開する「同胞」を、「売国奴」「脳のない」「馬鹿な日本人」など、非人道的な言葉で罵って、何が言いたいのか判らなくなってます。

そもそもの質問に対しては、「自己責任」が存在することには、アナタも認めている通り、「一理がある」で、それに尽きるのです。
すなわち、「自己責任」部分と「国家責任」部分が存在,混在する事案であって、いずれか一つの責任を、完全に否定し得る話ではありません。

それにも関わらず、アナタは自己責任を完全否定しようとするから、自己責任論に対し、必要以上に過激な言葉を用いて貶めねばならないのですよ。

また、最大因子である「命」が、自己責任と国家責任が混在する部分ですが、その責任を負う主体は、圧倒的に「個人」です。
そこを勘違いしてませんかね?

国家が負う「国民の生命」に対する責任は、必須概念的なものではあっても、実際には法的拘束力も無いし、現実的には如何ともし難い局面なども多いものです。
一方の個人にとっての命は、その個人の「全て」と言っても良いものであり、それが損なわれた場合の被害,損害は、国家と個人では比べ物になりませんので。

私は、概ねの英邁で優秀な日本国民は、感覚的にそこら辺りの事情を察し、「自己責任性が強い」と言っているのでは?と思いますが・・。
言い換えれば、自己責任と主張しつつも、「国家責任は無い」などと言ってる人は、殆ど見受けません。

ごく一部の偏った思考の人間が、「国家責任のみ」「自己責任のみ」みたいな極論を展開し、交じり合うことの無い「不毛な議論」をやってるだけでしょう。
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そうだな、私も、なぜ、あんなきな臭い国に行くのかとは思いましたよ。

きっと、思って立っては、払わない、というポーズだけど、水面下で、値引き交渉、これは当たり前だろうし、直接彼らに腹はなくても、ヨルダンとか、協力国には相応な出費をするのだろう、、、と、私的には思います。
今、話題になっていることは、世界中どこで、起こってもおかしくないわけで、そお言うときに、弱腰日本、を宣伝しているように思います。まあ、アメリカのように強襲部隊を送れないのかしれないが、同じ金を使うなら、アメリカや、フランス、イギリス、あたりに助けをこい、強襲部隊に金を払いたいですよね。映画なら、ハリソンフォードなど、今そこにある危機、みたいな雰囲気なんでしょうね、ちょっと前に、911の犯人を追い詰める、CIAの映画やっていたけど、やっと日本も世界の一員ですかね、危険も諸外国と同じに、対象にされてきたと考えるべきなのか、と思います。自己責任が必要なのは、これからの、日本の内政、少子高齢化社会、消費税について、政治家や、日本国家自体に問いたいですね。
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それでも近いうちに知人が中東に出かける現実が在る訳で・・・


子供なら話題になる事件だけど大人には現実世界の普通の事。
そういう大人が社会を維持し未来を開いて行く。

安全な部屋の中だけで大人が生きていると思うのは阿呆だよ。
のんきに気楽に騒ぐのは子供と子供並みの頭脳。
人質事件は発生国の責任であり日本政府の介入は国際条約違反。

発生国が対処していれば外交問題でさえ無い。
質問者のいらいらが判る気がする回答意見の多々・・・
人質事件の責任が発生国に在るのは疑問無し。

解決の責任は発生国にあり日本政府では無い。
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>「自己責任」と必死で叫び続ける人の異常さを異常と思えないこと自体がおかしいということに気がつかないのでしょうか。


私には、「必死で叫び続ける人の異常さを」この決めつけのほうが異常に感じます。
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所詮日本人なんてそもそもそんなもんなんですよ。


東日本大震災で欧米にほめられてずいぶんいい気になってましたけど、あれは日本人の全体主義がたまたまいい方向に働いただけです。
日本人がそんな良いヒトたちではないってことが今回よく分かったでしょ。
今回の件で馬脚を現しました。
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私、個人の意見です。


ちなみに私は「自己責任だ」と思うタイプの人間です。

まず、首を突っ込んだ覚えはありません。
ただ、自分の意見をこういった場所などで述べただけ。
叫んだ覚えもないし、気取った覚えもない。
特に執着はないですが、まあここまで毎日のようにマスコミが騒いでいると、収束するまで気にはなります。

また、「外交問題」と言いますが、相手は「自称で国を名乗っている」テロ集団ですよ?
何に対しての外交だか知りませんが、少なくとも「イスラム国」相手なら外交云々関係ないと思います。

まあこういうのは意見が分かれるものですし、逆の意見は理解し難いものかもしれません。
でも、だからといって「異常だ」ときっぱり言い切るのはどうかと思います。
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国家として人命保護の責任と義務があります。


自己責任と言えばなんでも許されるかというと
そうではありません。
一方的に「探さないでください」と言われても
探します。
感情論ではなく「仕事」です。
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まず、責任とは何でしょう。


責任とは、あるマイナスの結果が生じた場合に、その結果の発生を自らの意思で防止することができたのにそれをしなかった人物に対する非難のことを言います。
そして、具体的な損失が生じた際に、誰がその損失を負担しなければならないのかという問題でもあります。
したがって、責任は、そのマイナスの結果が生じるについてそれを自らの意思で防ぐことができたのに、それをしなかった人物に生じます。
結果に影響を及ぼしえた人が複数いる場合は、その割合に応じて各人が責任を負担します。
責任概念は、一見過去の行為に対する反省のように見えますが、それと同時に、将来における人々の行動選択の慎重さを担保し、より良き将来を導くための意義を有するものです。
責任の所在を考えるについては、常にこの観点を忘れてはなりません。

これを今回の件について言えば、「生命の剥奪・2億ドルの支払い・殺人犯の身柄解放のいずれかの実行」というマイナスの結果が生じました。
責任概念は、このマイナスの結果を誰が負担すべきかを決定するものです。
そしてそれは、既に述べたように、その結果の発生を自らの意思で防止することができたのにそれをしなかった人物が負担することになります。

今回に件についての責任の所在はどこにあるでしょうか。
まず、一次的には、イスラム国の人質事件を実行した武装集団及びそれを指示した者にあります。
当たり前ですが、そもそも彼らが人質をとらなければ、今回の事件は生じていません。
しかし、現状、彼らの責任を追及したところで彼らが自ら責任を取ることはありえません。

では、次点ではどうでしょうか。
検討すべき候補としては、人質自身、及び人質がイスラム国の勢力圏内に行くことに関与・指示した人物がいればその人物、税金からの2億ドルの支払い能力を有する国、等が挙げられます。

人質がイスラム国の勢力圏内に行くことに関与・指示した人物については、そのような人物が仮にいたとしても、その人物は2億ドルの支払能力も殺人犯解放の権限も持ち合わせていないでしょうから、結局人質自身か国について責任の所在を検討することになります。

国についてはどうでしょうか。
今回湯川さん・後藤さんが人質となることについて、これを阻止しえたのでしょうか。
手としては、日本人のイスラム国勢力圏への渡航の禁止等が考えられますが、憲法上海外渡航の自由は人権として保障されていますので、渡航の全面禁止を実現することは不可能でしょう。
勿論、注意勧告等はできますが、それが限度ですし、現に国はそれらの措置は取っています。
しかし、湯川さんは民間軍事会社社長として、また軍事オタクでもあったようですが、自らの意思で、死んでも構わないくらいの気持ちで現地に赴いたようですし、その他の様々な情報と併せ検討してみても、渡航を阻止することは不可能だったでしょう。
後藤さんも、ジャーナリストですし、渡航を禁じれば21条、22条と二重に憲法違反の問題が生じます。

では、イスラム国の言うように、安倍首相が中東支援金をしなければ今回の人質事件は発生しなかったものとして、その点について責任はあるでしょうか。
ここにおいて政治とは、万人にとって利益をもたらす選択というものはありえず、一つ一つの選択について、常に、誰かにとっては利益となり、反面、誰かにとって不利益となるものであることに鑑みると、その政策に反対する者が殺人事件を起こす度にその政策について責任を問うことになれば、政策を理由とした殺人事件さえ起こせば時の政府を転覆させ一国の政治を支配できることとなってしまい、人命を何とも思わない連中が得をする世の中になってしまいます。ですので、政策に反対する者の起こした殺人事件・人質事件の責任を、犯人が非難する政策を選択したことのみを理由として政権に問うていては、もはや政治というものが成立しなくなってしまいます。
また、今回の件についていえば、中東金支援をしなければしないで、日本の防衛を担う米国との関係を悪化させることになり、日本が軍隊を持たない今の世において、それはそれで日本人全員の命を危険に晒す選択でもあるわけです。
以上に検討したように、国としては結局今回の事件の発生を阻止しえなかったわけです。

これに対し、湯川さんと後藤さんは、イスラム国の勢力圏内に行くことが危険であることは十分に知っていました。それを理解した上で、自らの意思、自らの選択で戦地に赴いています。今回の結果の発生を阻止しえた人物は、紛れもなく湯川さん・後藤さん本人です。
したがって、湯川さん・後藤さんの行動によって生じた結果である「生命の剥奪・2億ドルの支払い・殺人犯の身柄解放」を誰が負担すべきかというと、両名自身、ということになります。これが、いわゆる自己責任というものです。

ところで、思うに質問者さんは、自己責任という単語を罵詈雑言、誹謗中傷の類として捉えているように思われます。
確かに、そのような意味合いで用いている人も多いように思います。個人的には、そういった人たちはけしからんと思います。
しかし、自己責任というものは、「身代金を払ってもらえずに死ぬことになっても仕方がない」というように結果の負担の所在を決定付けるものですので、誹謗中傷の意味合いまでは含みません。
私としては、今回の件は自己責任だと思いますが、勿論、人質にされた「被害者」である後藤さんの安否は憂慮しておりますし、湯川さんについては大変残念に思っております。
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