限定しりとり

大学生です。
読んだ内容がすーっと頭に入って
アウトプットできるようになりたいです。

新聞や、本、勉強など、日頃から文章に触れる時に
何か意識すべきことはありますか?

A 回答 (2件)

文章によるコミュニケーションも思考の伝達ですから、



自分とは異質な思考に接すると、無意識に拒絶反応が生じます。

これが原因で頭に入ってこないんです。

文章力、読解力と呼ばれるものを、「筋力の様な物」と想定して練習をすると失敗をします。


つまり、文章を書く場合は、想定する相手の拒絶反応を如何にして防ぐか?

逆に、読む場合は、自分の拒絶反応がどこで生じるか?

がポイントになります。

文章力や読解力に、正しいものがあると思い込むと、失敗します。


本来は、

「筆者が体験したシーンを文字を使って自分の中によみがえらせる手段」

です。

文章を読みながら、

シーンが映像として自分の中に浮かび、自分が追体験をするわけです。

その様な状態になっていませんと、最初の段階で拒絶している事になります。


次に、筆者の心情を追体験しないといけません。

こうなっていなければ、ここで拒絶している事になります。

最後に、筆者が体験したと思われる事項、その中での筆者が思い込んだ部分、

それを受けての筆者の感じ方や結論、

そこに対する自分の感じ方や結論、

これを整理して述べられるようにすることです。

あまりにも没入すると、自分の感じ方が分らなくなるものです。

相手を受けいれて追体験しつつ、今は我慢して、自分の感じ方をとっておく。

後でそれを指摘するわけです。

相手を消すか、自分を消すか?、と成っている方には難しいわけです。

相手も、自分も、消さずに、

「単なる情報であり、この人にとっての真実であり、大切なものである。」

と喜んで吸収する。

そういう心の状態を維持することです。



読解力が増すというのは、上記の一連の作業を順番に行おうとする、

そうした習慣が身につくという事なのでしょう。


習慣が身についた人は、無意識に自分の精神状態を変化させようとします。

文章の中から、自分の想像力を活性化させる記述を探したり、

相手の心情に同調できる部分を探したり、

最初は苦しみます。

そういう儀式を過ぎた後、受けいれられる心の状態になります。

この儀式を無意識にしているのだと、思ってください。


自分には文章力や読解力が無いと思っている方は、

本来は何のためにあるのか?

上手に出来る人は何をしているのか?

これらを知らないでいるのではないかと思います。



次に、基本と言うのを蔑ろにしているかもしれません。

例えば、正しい文章と言うのは、文法的に正しいモノを指します。

「誰が読んでもケチを付けれないもの。」

ここから伝わるものは、情景ではなく、心情でもなく、事実です。

しかし、文章というのは、こうした冷たい事実の順番を変えたり、

ピックアップする事実を選んだりして、

組み合わせによって、全体的な印象を作り上げて表現するものです。


ですので、ここには技巧的な部分も存在します。

この技巧と言うのは、その専門分野(この場合は文書作成や読解)だけに通じる

暗黙のサインみたいなものです。

これらは、趣味・仕事として取り組んでいる人にだけ伝わるものです。

勿論、それを知らない人にも印象として、大雑把に伝わらないといけません。


具体的には、基本形に(違反にならない程度に)変化を加えて行われます。

読み手にとっては、漠然とした違和感でしょう。

「正しくは、こう書くべきなのに、何故、こう表現したのか?」

こういう、サインを無意識に拾って、

「こう書いたときは、こういう事を言いたい場合。」

の様に、

別の(表現上のノウハウ)辞書にあてはめて、再解釈をします。

ここには、文字通りではない、別の知識が存在しております。

慣れた人は無意識に変換をしています。

知らない人には余計に難しくなります。

これくらい、

暗黙の部分が多いため、知らないで挑むと練習にならないんですね。


これらを勉強しなおせば良いのでしょうが、実際には大変面倒でしょう。

そこでコツがあります。

「まったく意味が分らなかった訳ではない。」

と言う事実に着目します。

このときには、正しさを求めるのではなく、

正しい場合とそうでない場合を読み直し、印象が違うかどうか?を探ります。

すると、

「正しくないほうが流れが良い。スッと頭に入る。」

と言う場合があります。

思考の伝達が本来の目的ですから、こちらの方が正しいのです。


文章の世界では、こうした読み手による発見が大きいのです。

書き手にとっては、単なる間違えであったかもしれません。

しかし、読み手はこれらを発見し、意識して自分で活用を試みます。

こういうものが一般に知られれば、技巧として国語の教科書にのります。

定かでない状態であれば、個人のノウハウとなり、個人の文章力として捉えられます。

そのため、個々人には文体があるとされています。


次に極意と言うか心得です。

何か習い事をしたり、難しいことを理解するとき、始めにするべきことがあります。

「それを尊んでいる人は、何を作業(ゲーム)として、実施しているのか?」

と相手がゲームをしていると決めて掛かることです。


一般にゲームが面白いのは、提供者がゲーム・ルールを紹介しているからです。

他の専門分野が難しいのは、これらを言葉にして教えてくれないからです。

実はどちらも面白いのですが、同じものだと認知されないものです。


私たちは安易に、

ゲーム=面白い、専門分野=難しいとしてしまうものですが、

「どういうゲームをしているのか探る」

だけが違いなのですから、

専門分野を習得したほうが、得であると思います。


ご質問の内容を読み解きますと、

これらがゲームであるとは想定していませんよね?

訓練であると思っているように伝わります。



例えば、

「どこに念頭をおくと、このゲームで人に勝てますか?

 チャっとやったら、相手がバンッすっとぶような、

 そういうゲーム力を身につけたいです。」

と質問する人がいたとします。

「それは俺が聞きたい。」

と、そのゲームを良く知る人は思うでしょう。

そういう質問であれば、

「もっとゲームとして楽しんでみてはいかがか?

 ルールブックから読んだほうがいい。

 そのあとに、少し試し、悩んだら攻略本だ。

 やっている人に聞いても良い。」

などなど、現実的なコメントが出ると思います。

このコメントは間違っていませんよね。

ですが、他の専門分野には、xx力とつけて、高めたいと言う人が多いんです。

「ゲーム力を高めたいと言う人が、

 ゲームを上達する可能性と同じくらい」

そのジャンルで上達する可能性があるでしょう。


これでお分かりに成ると思いますが、

読解力、文章力、と言う表現は、ゲーム力とか、漫画力とか、

アニメ力と言うくらい意味のない言葉なんですよ。

その望み自体が現実的ではありません。


ゲームをやっている人にも、楽しみがそれぞれあるでしょう。

そういう派閥に分かれていると思います。

そこまで理解できて、自分がどうするか迷っていたら、

もうその時点で、昔の自分が望んでいた、xx力はとっくに超えています。


なにか専門分野を習得したいと思ったら、

まずは歴史を調べ、現在活動している人、ジャンル、主義主張などを調べ、

これらの人が共通して価値があるとしている部分と、

主義により価値が違う部分を調べます。

そして、共通している部分がどうして尊ばれるのかを考えます。


そこには日常見過ごしてしまうような、面白さがあります。

例えば、楽器の演奏を趣味にしている人がいたとします。

同じ楽器なのに、演奏者により音量が違うことはご存知ですか?

これらは、物理的な音波の共鳴を上手に使っている人と、力任せの人の差で生じます。

しかも音量の大きい音ほど、共鳴が為されており、人には美しいと感じられます。

少ない労力でこれが出来たら、力任せでやっていたときより面白いでしょう。

こういうシンプルな喜びが音楽全体に共通してあるわけです。


文章も同じです。

文字は誰でも使用できます。

これを組み合わせて、連ねていくと、

最後は人が泣いたり、幸せに成ったりするんです。

音の共鳴の様に、文字や言葉を選ぶことにより、印象が強化されていったり、

イメージが心に沸きやすくなったりします。


逆に、正しいのに、印象がまちまちで、イメージが掴み取れない組み合わせがあります。

必ず答えがあるんです。

小さい表現。改行や句読点も含めて組み合わせを考え、試してみるというのが面白さです。


読解力に限らず、

芸術や科学、政治やビジネスでの、xx力の正体は、そうした接し方です。

「少しの違いで印象が変わる。ベストな組み合わせは何だろう?

 急いでいい加減にするより、時間をかけてでもマシにしていこう。」

全てにおいて、(念頭に置くとしたら)、これが道を開く鍵に成ると思います。



「ゲーム力」と言う表現を思い出して、

ご自身の想定を見直し、あるべき姿を修正しましょう。

xx力と言う概念は、

ルールや面白さが分らず、避けて通れないとき、求められます。

ですので対策は、ルールや面白さを最初に確認する。

自分で納得することです。

これらは、楽しんで実施している人から聞くことが大事です。

以上、ご参考に成れば。
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この回答へのお礼

様々なアドバイスありがとうございました。参考になりました^^

お礼日時:2016/11/18 22:23

適切な日本語を使った正しい文章を書きたいというのならば、主にマスコミ就職活動用の作文練習マニュアルがあります。


例えば、「犯罪を犯す」これは文章としては間違いです。正解は「罪を犯す」です。そういうのもある程度知っておく必要はあります。
アウトプットの引き出しを増やすために、本をたくさん読んでも文章力は上がらないというのは個人的な経験です。
又聞き情報は頭に定着しないからです。

私が大学生のころにやった練習は、その日のことを必ず400字ぐらいにまとめて書くことです。
これを続けていると文章力は上達しますし、実体験に基づいているのでアウトプットの引き出しも増えます。
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