VS というほどのことでもないのですが、横山幸雄氏(言うまでもなく、ピアニスト)の著書に ”新しい曲を始めるときに ある程度ひけるようになるまで CDとかは聴かないほうがいい。子供とかだと耳で覚えてしまいますから。” とあるのですが、 Suzuki Method は 全く、その逆で譜読みをする前に CD を何度も聞かせ、ある程度耳から覚えさせてから、楽譜をみるそうです。 友人の娘さんが スズキ ピアノをならっていますが、譜読はずっとあとです。

色々な発表会にいきますが、スズキ ピアノの生徒はそのせいか 譜面をそのまま弾いているのではない、という意味で表現力があるような気がします。

私は 新しい曲に取り掛かるときは まず、CD 等で聴き、曲のイメージをつかんでから譜読みをします。 練習しながらも、お気に入りの Pianist の何度も聴きます。

色々な考え方があっていいのでしょうが、皆さんはどう 思われますか。

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A 回答 (6件)

把握されている情報が十分ではなく、誤解されている面があると思います。


結論から言うと、横山氏の言うことが正論ですが、
その前に、何のために音楽を学ぶのか、という前提をはっきりさせないと何も論じられません。

まずスズキメソードなのですが、これはもともと音楽教育を主眼としたものではなく、
音楽による情操教育、人間育成を目的にしたものです。
そのため創立者の鈴木慎一は、スズキメソードの卒業者が
音楽以外の分野で活躍することを喜んでいました。

スズキメソードの、楽譜を使わず音で覚えるという方法は、
母国語の習得と同じという発想を根拠にしています。
言葉は親から教わり、文字の習得は後からです。
音楽も同じ方法で習得できると言うことで、
まだ文字の読み書きができない幼少期から音楽教育を可能にするという考え方です。

その発想自体は必ずしも悪いとは思いませんが、
ごく最初の段階はともかく、幼少期以降も聞いて覚えるという方法を続けることには問題があり、
事実、スズキメソードの大きな欠点のひとつとして、
いつまでたっても楽譜が読めるようにならない、初見が聞かない、ということが指摘されています。

そもそも楽譜というのは図形でありシンボルであり、
異なる長さを表す音符の形をいくつか覚え、
拍子の原則や五線上の段階と音階の対応など基礎的なことを押さえればよいだけので、
次から次へとたくさん覚えていかなければいけない文字と比較したとき、
それほど極端に難しいこととは言えないのです。
私自身の幼少期を振り返ってみても、
楽器に触れる前に音感教育から始め、
楽譜の読み書きも3歳から教わりました。
ですので、音楽教育をなるべく早くから始めるという目的だけのために、
楽譜の読み書きの習得を意図的に避ける理由はありません。
ただ、幼児に楽譜の読み書きを教えるのには、教師の側に工夫や忍耐がいるというだけです。
それに、スズキメソードはそもそもヴァイオリン教育として始まったものです。
ヴァイオリンなら、最初の内は完全に単旋律なので、
聞いて覚えるということもかなりの段階まで可能だと思いますが、
ピアノの場合は複数の音を弾いていくので、耳で聞くだけで覚えるというのには限界があります。
やはり楽譜を見ながらでないと、細かい音がないがしろになります。

子供は覚えが早いので、耳で聞いた通りに弾かせるということを
ある程度繰り返せば、じきにできるようになります。
それで、教材のCDを家でも繰り返し掛けつづけることを推奨したり、
同じ曲を1000回繰り返し弾かせたりする教師もいるという話です。
スズキの教師にもピンからキリまでいて、全員がそうというわけではないようですが、
今言ったような体験談はかなり多いようです。
このようなやり方をすれば、子供の注意は聴覚へ集中しますので、
聞いたものを細部まで真似する能力はつくはずです。
ですから、手本として与えられたCDの演奏がある程度音楽的なら、
それを徹底的に真似て演奏すれば、自動的に音楽的に聞こえる演奏はできるようになるでしょう。
とにかく、かなりの回数の「反復」と「覚え込み」を課しているようです。
しかし、その結果音楽的に聞こえるとしても、それは錯覚です。
実際、CDのない曲は弾けない、という体験談も多く存在します。
これでは、音楽性を習得したことにはなりません。

この方法だと、集団でのレッスンも楽なのではないかと思いますが、
数十人の幼児が一斉に同じ曲を集団で演奏しているレッスンの情景は、何か異様なものがあります。
この辺が、スズキメソードは機械的、という批判が出てくる理由だと思います。

また、スズキメソードでは、もし将来本気で音楽を学ぶなら重要になってくる、
音階の練習などの基礎的なテクニックが組み込まれていません。
いくつかの課題曲を設定して、それだけを目標にしていくようです。
いろいろと大義名分を謳っていても、これではディレッタンティズムです。
そのため、本格的にやりたい人は、途中でスズキメソードを降りて他へ移るということがよく起きます。

曲のイメージを掴むためや、表現の参考のために優れた演奏を聴くことは、
もちろん悪いことであるはずはなく、勉強になるので全く問題はないのですが、
スズキメソードがいう、楽譜を使わずに聞いて覚える、という方法は、
それとはかけ離れた次元の話で、手本の演奏を徹底して反復、コピーするということです。

この点を誤解してはいけないので、つまり横山氏は、
イメージづくりや参考のために聞くことそのものを否定しているわけではありません。

横山氏は音楽大学で教えている人なので、
もちろんプロ養成という前提で言っていることではありますが、
ここでは子供も含めて指摘していることです。
(「教えている」と書きましたが、横山氏は、
教鞭をとっていた大学のひとつである上野学園に対し、
それを運営する家族の不正を刑事告発したため、
一週間ほど前に学園側から解雇されました。余談ですが。)

そもそも日本人は、昔から精神論に偏りがちで、
演奏における表現力や音楽性に関しても、
その源泉を人生体験とか感性のようなあいまいなものに求めやすいのです。
しかし、西洋音楽というものは理論的、合理的に構築された世界であり、
音楽的な演奏をするためには、その「音楽文法」を踏まえたうえで、
楽譜に書き記されたものの中から、
それぞれの部分をどう演奏するのがふさわしいかを自分で読みださなければいけないものなのです。
もちろんこれには、最終的には音楽理論や作曲理論などの専門知識が不可欠にはなってきますが、
教師が熟練していれば、子供のときからそういう音楽の読み方、作り方を教えていくことはできます。
楽譜だけを見て、そこから自分で考えるという自発的な音楽性を早くから学び始めた方がよいのです。
確かに、CDで聞いて覚えてしまうという方法は手っ取り早く、
最初はその方が、進歩が速く見えるかもしれませんが、
楽譜から自分でイメージを作っていくという方法は、
たとえ回り道のように見えても、長い目で見るとあとで伸びます。
録音にあまり頼りすぎるというのは、どうしても受動的になり、
最悪の場合は思考停止になります。スズキメソードにはその危険があるということです。
ですから、先に音で覚えて楽譜をあとで見るという方法と、
先に楽譜から入るという方法に対して、どちらの方が表現力が付くかという因果関係を結ぶことは出来ません。
もし楽譜から先に入って、演奏が楽譜通りで表現力が足りないとしたら、
それは教師の教え方に問題があります。
ただ、それをしっかり教えられる教師の数は必ずしも多くはないです。
そして音楽性や表現力は、日本人音楽家や学習者の課題であり、
スズキメソードを使う、使わないに関係なく、昔から欠けていると言われ続けていることです。

ある程度弾けるようになるまではCDなどを聞かない方がいいというのは、
決して横山氏に限った特別の考え方ではなく、
プロ養成を手掛ける教師なら共通した認識だと思います。

そもそも、録音が簡単に手に入るようになったのもこの50年ほどの間のことで、
それ以前は録音を手軽に聴くことは出来ませんでしたが、
優れた音楽家は昔からいたわけです。
また、長く音楽をやっていれば、楽譜だけ当て録音がない曲もやらなければならない場面が出てきます。
そういうとき、録音がないからイメージづくりができないという言い訳はできないのです。

もちろん、趣味でやっている人に関してはこの限りではありません。
たとえお手本のCDのコピーであっても、
そこそこ音楽的な演奏ができて楽しければそれでよいのです。
ましてや、情操教育そのものが目的なら、何も問題はありません。

いずれにしても、プロ養成という観点から見た場合、
音で覚えて楽譜を後回しというスズキメソードは必ずしも推奨できません。
ただ、スズキメソードのやり方は、小さい子供には楽しめるレッスンであることや、
とりあえず難しい楽譜の決まりを覚えることを強要しないことから、
幼児が音楽を始める初段階において、音楽への感性を開いて音楽好きにさせるという点では、
準備として有用なメソードのひとつではあるということでしょう。

スズキメソードのみで学んで一流のプロになった人というのはほとんどいないはずです。
海外の有名なヴァイオリニストで、スズキメソードの体験者として挙がっている名前は結構ありますが、
こういう人たちもよく調べてみると、最初の一年だけとかいう話で、
やはり子供のころから著名な演奏家や名教師のもとでしっかり学んでいます。

スズキメソードは国際的に認められているという紹介をあちこちで見ますが、
本来はこのようなもので、表現力の獲得という点で過度に期待できるものではありません。
また、創立者の鈴木慎一は、禅から大きな影響を受けており、
スズキメソードにも禅の哲学に基づく考え方が多くあります。
アメリカなどでスズキメソードをある程度評価している教師たちも、
この禅の哲学に基づく部分に関しては批判的で、使わないという人が多いです。
やっているのは西洋音楽なので、東洋の哲学や精神論を持ち込むことは、欧米では受け入れられないと思います。

私自身は、現在ピアノ曲を弾くにあたって、録音を先に聞いてイメージを作ったり、
いろいろなピアニストに演奏を聞き漁って参考にしたりということはまずありません。

ちょっと話が散らかってしまって、まとまりがないようなのですが、この辺にしておきます。
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この回答へのお礼

こんにちは。 非常にわかりやすく書いていただいてありがとうございます。 私はアメリカに来る数年前 スズキメソッドに基づいた”こども英会話教室” の講師をしていたことがあります。 とにかく、聞かせる。 アルファベットを教えたり、書かせたりするのは 数年経ってから。 これは、母国語を習得するのと同じ方法なのでかなり効果がありました。生徒の進歩をみて (なるほど。)と思ったものです。 次にヴァイオリンのスズキメソッドに関してはある程度納得していました。 自分で音を聞き、出していかなければならないからです。でも、スズキ・ピアノの存在を知ったときは正直、驚きました。 ピアノは鍵盤を押せば、C ならCの音がでるのに、どうして スズキメソッド??? と思ったものです。 おっしゃるとおり、スズキ・ピアノは 何百回も弾かせます。松本から来る、”偉い先生” に K.さんとおっしゃる方がいますが、「100回弾きなさい!ばか。」と言っていました。そういう事になれていないアメリカ人の子供は「鬼!」と、言っていました。 ハハハでしょ?

そうですね。 確かに著書というのは文字数に制限があったりして、横山氏も考えていることのすべては書ききれていなかったのかもしれません。 そして、行間を読めなかった私が ただ(え~、CD 聞いちゃいけないの?)と思ってしまったのでしょう。 前述の質問、Poulenc の曲を練習しているとき、私の教授は 「パスカル・ロジェ の演奏を聴いてフランスのエスプリを感じ取りなさい。」と笑いながら言いました。 こういうところも私が今の教授が大好きなところなんですけどね。厳しいけれど。
話はそれますが、最近 先生の Expectation が高くなって、ついていくのが大変です。 結局、Poulenc は3本のペダルを全部使いました。 本番ではドレスのすそが長くて ソステヌートベダルをちょっと失敗しましたが・・・・。

で、話を戻して・・・・プロの Tasten Kastenさんは あまりお聞きにならないんですね~。 
昨日、大学の図書館でバレンボイムの Mozart Piano Sonata 〔全曲集 CD)を借りてきました。 今、練習している曲、(ああ、ここはこんな風に弾くと 次の小節にうまくつながって聴こえる。)とか 関心して聴いております。

お礼日時:2017/03/23 04:31

ちょっと間が空きましたが・・・



スズキメソードが英語教育もやっているのは知りませんでした。
効果がある部分はうまく生かしていけばよいと思います。
ただ、音楽に関しては、ただ何度も繰り返すことを要求するのはよいこととは言えません。
スズキメソードの最初の目的は、人は生まれつきの才能で違うのではなく、
環境次第で誰でもできるようになるというものです。
しかし、能力を開発するには、自分で考えるということも早くから教えなければいけません。
日本人は、努力ということを、回数とか時間など、具体的な数で表せる形で量りがちです。
子供の内は、この回数の努力で結構差が出てくるので、一見有効なように感じますが、
これだけだといずれ壁に当たると思います。

私は、現在はCDなどを特に参考にしないと書きましたが、
若いころは当然やっており、聞いた量はそれなりです。
そういう時期を過ぎてしまうと、あとはそれほどたくさん聞く必要はなくなるということです。
また、聞く以外に楽譜や関連資料に当たる時間も必要になるので、
あまりたくさん聞く時間は確保できません。
それでも、今弾いているかどうかには関係なく、機会があるごとに何かしら聞いています。
そして、このピアニストはこの曲のこの部分をこう弾いているな、
と頭の片隅にとどめておけば十分です。
直接参考に何か聞くときというのは、バッハやモーツァルトで装飾音符をどうしているかとか、
そういう具体的に調べたいことがあるときです。
バッハなら、アンドラーシュ・シフなどを結構参考にしますが、
表現は私の方向と違うので、ほかにも好きな演奏はあります。

バレンボイムのモーツァルト・ソナタ全集はもちろん知っています。
割と自由でロマンティックな解釈で、表現の点ではよい参考になるはずです。
古いところでは、リリー・クラウスやヴァルター・ギーゼキングも聞きます。
ヨーロッパの若手の現代的で切れのある演奏も面白いと思います。
バレンボイムは普段よく聞くピアニストの一人で、
ショパンや、特に新しいベートーヴェン・ソナタ全集(ライブ録画)が優れています。
Youtubeでも見られますが、ほかにベートーヴェンのソナタの公開レッスンも出ていますよ。
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この回答へのお礼

ベートーヴェンのソナタの公開レッスン(Youtube) はシカゴで行われたもので、若き日のラン・ランが 「ア・パッショナータ」を弾いているものでしょうか? これなら、私も何度も観ました。 バレンボイムのアドヴァイスでどんどん よくなっていくのが興味深かったです。

なぜ? と聞かれてもきちんと答える事はできないのですが、私はバレンボイムとClaudio Arrau の演奏が好きです。
Bach は Tasten Kastenさんと同じく Andras Schiff の演奏、好きです。

ほかの回答者さんのところにも書いたのですが、どうも、グレン・グールドは 苦手ですね。 Fantasy in D Minor K397 を彼が弾いているのをユーチューブで聴きましたが ほとんど別の曲のようでした。 Mozart っぽくないんです。でも、好きな方はたくさんいらっしゃるので、なにか魅力のあるピアニストなんでしょうね。私の感性には合いません。

私は絶対音感がないし、耳コピができないこと。私の幼少期はただ、楽譜と先生だけが頼りだったので、却ってよかったのかな?と思います。 今の先生には「耳がいい。」といっていただいています。 Mozart Piano Concerto で、左手が3拍、右手が4拍 というのがたくさん出てきて、先生が楽譜に書いたり色々工夫をして教えてくださったのですが、うまくできず「先生、弾いてください。」とお願いして聴いたら一発でできました。

Bach に関する簡単な質問をしますので、よかったらのぞいてください。

お礼日時:2017/03/26 08:37

誤字がありました。



楽譜だけ当て録音がない曲

楽譜だけあって録音がない曲
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この回答へのお礼

深夜のご回答、ありがとうございました。 今、こちらとの時差は13時間です。
また、ご丁寧に訂正までしていただいて。

No.4 のご回答に対してのお礼はのちほどさせていただきます。
今日はこれから、ピアノのレッスンですので 行く前に少し、練習をしたいと思います。

お礼日時:2017/03/22 01:29

No.2です。

ちょっと補足。

「木を見て森を見ず」ということわざがあります。
「物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと」「小さいことに心を奪われて、全体を見通さないことのたとえ」ということです。
http://kotowaza-allguide.com/ki/kiwomitemoriwomi …
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/50057/meaning/m0u/

初心者が楽譜だけで曲を弾くと、往々にしてこういうことになります。「一つ一つの音を出す」ことにばかり注意が行ってしまって、「曲にならない」「メロディが流れない」ことになるからです。音楽でいう「フレーズ感」が欠如します。

「スズキ ピアノの生徒はそのせいか 譜面をそのまま弾いているのではない、という意味で表現力があるような気がします」とおっしゃっているのは、その逆のことが起こっているのではないかと思います。「楽譜に書かれた細かいことよりも、音楽全体を見通している」「音楽にフレーズ感がある」ということ。

No.2に書いたことは、初心者・初級者には、この効果も大事だと考えての意見です。
横山幸雄さんの本は読んでいませんが、初心者ではなく「プロを目指す人」向けの本なのではありませんか?
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
横山氏の著書は 項目によっては、一般向け。また、ある項目は音大生やプロ向けに書かれています。 確かに、普通の人が読んでもわからない「音楽用語」はたくさん でてきます。

私は子供のころ 譜読みから入った(そのコロはCDなどありません。 昭和30年代です)ので、 音源からはいっても、弾けません。(トホホ)
でも、練習の過程で何度も 何度も 好きなピアニストの演奏をききます。 そして、少しでも盗めたら・・・などと思っています。
私の教授〔アメリカ人)は ”ここのところは譜面どおりではなく、ホンの気持ち、遅らせて弾くといいです。表現が豊かになります。” とか指示をくださるので、{全くの譜面どおり} には弾いていません。 イケナイノカナ?

余談ですが、スズキ ピアノ の生徒さんは音がきれいですね。(指導者にもよるかも)

お礼日時:2017/03/21 01:03

どちらも一長一短だと思います。



昔から、録音を聞いて勉強する「レコ勉」というのがありました。イメージや流れを「大まかにつかむ」上では、これもけっこう大事なことではないかと思います。
ただし、テンポの取り方や音楽が、「最初になじんだ演奏」に大きく影響されてしまうことも事実です。これは、後で修正しようとしても体や頭に「しみついて」なかなか捨てられなくなります。

初心者や学習者、まだ譜読みの得意でない人には「レコ勉」は必須だと思いますし、中上級者やプロに近いレベルの人なら「自分の演奏」をするためには邪魔になるかもしれません。
いずれの場合でも、やはり「先人の優れた演奏」を聞くことは勉強になることも多いので、いろいろな演奏を「真似する、洗脳される」ために聞くのではなく、あくまで「批判的な観点から」客観的に聞くということが大事なのだと思います。

ということで、その功罪を理解した上で、両方を上手く活用・実践するのが大事なのではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。 同感です。

お礼日時:2017/03/23 04:33

ある主張の裏には別の相対する主張(二項対立)があるということですが、私ならブルグミュラーは聞かなくても完成形まで持っていけますが、ショパンのエチュードは音源がなかったら、いつまで経っても完成形のイメージが湧きません。



横山氏の主張だとCDの真似になってしまい、学習者が曲のイメージを持たない演奏になるということが理由なのかがはっきりしません。
スズキメソッドは譜読みが後で、そのせいか表現力のある演奏のようですね。

要するに最終目的地にいくにはカーナビがいいのか、地図で十分なのかだと思いますが、CDを聴いたからといってプロのような演奏になるわけでもないので、私なら特に(聴くことは)気にしません。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

私も特にショパンの曲を弾くときは何度も何度も CDを聴きます。 ショパンのノクターンにはルバートが多く、どのぐらい”テンポをゆらせばいいのか”を つかむためです。

横山氏の著書には確か ”子供や耳のいい人は 楽譜を読む前に耳で覚えてしまうからよくない。”といった事がかかれていたような気がします。
ある意味、”CD の真似” できるほどの演奏ができれば スゴイですよね。

私は自分のつくりたい曲のイメージをつかむために聴きますので、 グレン・グールド は聴きません。〔笑)

お礼日時:2017/03/21 00:47

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