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 日本語を勉強中の中国人です。こちらのサイトで質問する時に、いつも質問文の最後に「また、質問文に不自然な表現がございましら、それも教えていただければ幸いです」という文を付け加えます。お伺いしたいのですが、日本の皆様が考えられる不自然な日本語表現(あるいは自然な日本語表現)とはどのようなものでしょうか。日本語を本質的に理解したいので、些細な一言でもかまいません。たくさんのかたがたのご意見をお待ちしております。

 次は私が特に不自然だと考えている日本語の表現です。

1.「ご飯を食べる」を「ご飯を飲む」と、「薬を飲む」を「薬を食べる」と、いういわゆる単語と単語の組み合わせが間違っている。
2.「ご飯を食べた」を「ご飯を食べる」と、いういわゆる文法の間違い。
3.お願いする時に、「お手数をおかけしますが」、「恐れ入りますが」などクッションの言葉がない。
4.自分の価値観を相手に押し付ける表現。
5.相手に傷つける表現。
6.傲慢で謙遜でない表現。

 また、質問文に不自然な表現がございましら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

A 回答 (6件)

なかなか本質的なご質問です。


まず、基本的なことですが、日本語表現の規則に反している表現は、結果として不自然になります。
おっしゃるところの
『2.「ご飯を食べた」を「ご飯を食べる」と、いういわゆる文法の間違い。』
です。
殆んどの場合、これが不自然の最大の要因となります。

次に大きな要素を占めるのが、おっしゃるところの、
『1.「ご飯を食べる」を「ご飯を飲む」と、「薬を飲む」を「薬を食べる」と、いういわゆる単語と単語の組み合わせが間違っている』
に近いのですが、要するに言葉(単語)を使うシチュエーションの理解に関する問題です。
挙げていらっしゃる例に関して言えば、どのようなシチュエーションで「食べる」や「飲む」という言葉が使用可能なのか、ということを十分に理解していないために発生する間違いです。
単語は、多様な意味を持つ場合が多いことはご存知でしょう。
しかし、ネイティブ以外の方にとっては、その微妙な差異を十分に理解することが難しいのです。
「論理と慣れ」の両方で覚えていくしかありません。
これに加えて、敬語表現を覚えることが必須です。
この3つの要素がクリアできれば、基本的な日本語表現は可能です。
そして、十分に意味の通じる自然な文が書けます。

3以降は、マナーの問題で、正しい日本語であるか、あるいは、自然な日本語であるか、という問題とは別の次元の話になります。
『3.お願いする時に、「お手数をおかけしますが」、「恐れ入りますが」などクッションの言葉がない。』
という点に関しては、敬語表現さえ知っていれば、クッションの言葉がなくても、基本的には大丈夫です。
『4.自分の価値観を相手に押し付ける表現』
『5.相手に傷つける表現。』
『6.傲慢で謙遜でない表現。』
これら3つに関しては、その人の性格なり、人格の問題であって、日本語の表現とは関係ありません。
  
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この回答へのお礼

 ご丁寧に教えていただきありがとうございます。とても参考になりました。本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/02/13 14:43

1~6の全部です。



日本語的思考の本質に迫るご質問ですが日本語の自然さとは何かを考える質問をなさりたいのならばそうお書きならないとまた誤解されます。
日本語的思考は質問者がどう書こうが不自然さの名のもとに助言を試みようとします。不自然が多義的だからです。

例えば、
何かお気づきの点がありましたら日本人の常識がないまま作文している中国人にご指導ください。
この場合、日本語「気づく」の本質をつかむ目的のご質問をされますでしょうか。

不自然でもお気づきのでも同じ解釈になるのが日本人的日本語思考です。語義そのものを無視して趣旨優先です。漢字に強制力がないのです。
中国人にとって漢字は強力な実在と思われます。漢字文明圏の功罪です。世界三大発明の中国が自然科学で遅れを取ったのは観察よりも哲学をするからです。インドも同じです。両者は漢字と妄想の差です。中国語の思考では現実よりも漢字の観念が優先する悪癖があるかもしれません。個々の文字が見るからに意味を放ちます。魯迅以降の社会主義に料理された結果、現在の人々がどんな中国語思考に至っているのかは存じません。
一方の日本人は漢字や思想を記憶しようが奈良平安の大昔から相も変わらす即物的感情論の多感な民族のまま現在もそうですから自然などの字義に固定化されない自由なシコウをしています。感情を優先して現実を無視します。感覚論だから哲学にさえ至らない。
日本人がいい加減な思想でも今日まで平穏に生活してこれたという世界史の珍事が伝わりましたでしょうか。要するに漢字でも科学でもなく世間様の教えなのです。
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この回答へのお礼

 いろいろありがとうございました。

お礼日時:2013/02/13 14:54

申し訳ないのですが、質問の意味がよく理解できません。



質問の内容を私なりに推察しますと「間違い」でなく「違い」に対しての
質問ではないかと思い、その回答を考えました。

1、ご飯は咀嚼(噛む)ので「食べる」と表現し、薬は噛まずにそのまま飲み込むので「飲む」と
  表現します。

2、「ご飯を食べた」は過去形で終わったしまったこと。「食べ終わりました」の意味
  「ご飯を食べる」は未然形で今から始まると言うこと。「今から食べる・まだ食べてません」の意味

3、お願いをするときに言葉がないのは、上下関係において下から上に伝える時は使うことが多い。
  上から下に伝える時には、使われることが少なくなる。

  立場の上下があっても本来は協調関係であるので、お願いをし合う関係なのですが
  日本の封建制度の名残で強い上下関係が残っているので、「給料を貰うからやって当たり前」の
  意識が強く残っているために、お願いする意識が薄い人が多い。

4・5・6も、日本人の意識レベルの問題だと思います。
礼節よりも自分の感情を優先してしまい、不遜な態度を取ることとなります。

昔の力関係が強い縦社会では、精神を磨くことが重要視されてバランスが取れる状態でしたが
今は形のみを重要視するようになってしまったので、形に囚われ精神は弱体化しています。

形と精神が一体化しての礼節ですから、精神が取り残され内面的に幼い人が多いので
表現方法がどうしても幼くなるのだと思います。
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この回答へのお礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。わかりにくい表現で申し訳ございません。日本語ネイティブスピーカーが考える不自然な日本語(自然な日本語)と外国人の自分の考えたそれと比べてみたいと思います。中国語は「薬を食べる」と表現するので、「薬を飲む」と表現する日本語に新鮮な感じがします。薬は噛まずにそのまま飲み込むので「飲む」なのですね。なるほど、とても納得できました^^。おもしろいです。いろいろ大変参考になりました。本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/02/13 14:51

勉強熱心な方ですね。

自分の協力できる範囲でお答えいたします。

 今回の質問は「ネイティブ日本語と外国人が習得した日本語との違い」ということでよろしいでしょうか?なぜこのようなことを書いたかというと、日本人中にも無礼な人は存在します。ただ、彼らが話す言葉は間違いなくネイティブ日本語になります。あなたが挙げた3~6というのは日本人でもない場合がありますし(それでも不自然にはならず、丁寧でないと判断します)、親しい間柄や上司から部下への発言の場合はある方がおかしい表現になります。

 私個人ではありますが、多くの人が話している相手が日本語がネイティブかどうかの判断基準に「文法的には正しいが、普通使わない言葉のつながりがある場合」があるかどうかです。例えば「隙あらば○○したい(少しでも時間や条件がそろえば○○したい)」という表現ですが、これを「隙あれば○○したい」と表現する場合です。両方とも間違いではありませんが、後者は使いません。「あら・あれ」は動詞「ある」の未然形・仮定形で意味内容からすると仮定形の「あれ」の方が正しいはずです。しかし、日本人のほとんどの人が「あら」の方の表現しか聞いたことがないために「あれ」を使った表現を聞くと、違和感を覚えます。日本語にはこのように文法事項から逸脱した表現があり、そこを真っ当な文法表現を使う人はネイティブでないと感じます。

 こうした文法から逸脱した表現が多いのは恐らく日本人の飽き性・継続性と関係がしていると思います。日本人は物の名前をそのまま同じ表現をすることに飽きやすいです。特にファッション業界は流行を作るのに必死なので「チョッキ」を「ベスト」、「ジーンズ」を「デニム」等と同じものでも新たな名前を作ります(同じものでも複数名前がある場合もあり、その人がどの世代か分かったりします)。会話表現でもそのような飽きがあり、同じ内容を伝える場合も、時代によって変化していきます。
 また継続性ですが、これは日本人が「理由を考えず、とにかく頭に叩き込む勉強の習慣がある」からです。外国人の方の場合、ひらがなの「あ」はなぜそのような形なのかをご存じだと思いますが、ほとんどの日本人は知りません。「あ」は「a」と発言するものでそれだけで十分と思っているのです。会話表現も文法的に正しいかの吟味をせず、家族や周りの人の話し方をそのままコピーすることで、状況と自分の話す内容が正しいかを感覚的に判断しています。上に挙げた「あら・あれ」を未然形・仮定形と答えられる日本人は恐らく10%いません。そのために(文法的に正しいかは問わず)言葉遣いが丁寧な家庭環境で育った人は乱暴な言葉を、乱暴な家庭環境に育った人が丁寧な言葉を使うときは、使いにくさを感じます(自分の頭の中にほとんどない表現のためにスムースに出てこないのです)。こうした状況から一度間違った表現が誕生しても修正されることなく受け継がれていきます。
 言葉や表現が誕生した理由も考えないので、変えるときも躊躇が少ないです。相反する両者ですが共存しているのが日本語です。明確な基準はありません。

 かなり細かい表現の例として、あなたの質問内容から少し書きます。2行目に「付け加えます」とあります。この表現は間違いでないですし、多くの日本人も気づきませんが、私なら「付け加えています(付け加えております)」にします。まず、他の部分が非常に丁寧な表現であるのにここは通常の表現になっています。そのために丁寧のレベルが少し他の部分と違い違和感を覚えます(そのためにカッコで「おります」を書きました)。恐らくあなた自身の行為なので丁寧語等を使わなかったと思いますが、あっても間違いではありません。また、1行目に「いつも」とあります。ということは「また、~幸いです」は複数回しており、「いつも」という表現から多くの回数と考えられます。その時は継続性を表現するために「しています」等の進行形を使う方がよりスムースです。専業主婦が「毎日洗濯する」と表現するよりも「毎日洗濯している」としてもいいのと同じです。進行形の概念は英語のそれと少し違い、日本語では習慣などにも進行形を使い、その違いで中学生は英語習得に苦労します。

 1,2に関しては単純な間違いと感じます。ただ日本語は前後の部分から意味を推定しやすいので、多少の間違いは平気です。あと5ですがこれは「相手を」が適切です。「に」は目的地や、何かを渡す時の相手などに使い、行為そのものを目的物(今回は人)にするときは「を」にします。「相手に殴る」は間違いで「相手を殴る」になりますし、「(プレゼントを)相手を届ける」は間違いで「「相手に届ける」になります。
 あなたの表現から丁寧に書こうという意思を感じ、また日本語習得に相当の努力をされていると感じました。その助けになれば幸いです。日本語の勉強頑張ってください。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。どんなに努力しても、ネイティブスピーカーのような自然な日本語のレベルに達するのは無理だと思い、断念しました。正しい日本語を身につけることを外国人日本語学習者の目標としてがんばりたいと思います。いろいろとても参考になりました。本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/02/13 14:35

てにをは が間違っている文章が不自然な日本語だと思います。


「歯を磨いてから寝ます」という文章を例に挙げるとするなら
「歯を磨いてから」というのが、「歯が磨いてから」という間違いなら明らかな間違いですが
『歯は磨いてから』という間違いの場合、当たらずも遠からずといいますか、不自然な日本語だと思います。

文法が間違っている日本語は不自然な日本語ではなく、普通に間違いだと私は思います。

他に私が思う不自然な日本語は、相手と自分の立場において日本語の使い方が間違っている。ということです。

先生や尊敬している人に「お前」という表現は"You"という意味では間違ってはいないのですが、
やはり不自然な日本語だと思います。

日本語を自然に使う日本人は、その時の状況や特に相手との地位や年齢の差などを重要視する傾向があると思っています。
それは中国でも、アメリカでも同じことだと思いますよ。

余談ですが、私も英語を勉強していた時に習いたての言葉を使ってアメリカ人と話していたら、失礼だ!とよく注意されました。
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この回答へのお礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/02/13 14:02

投稿された質問の文章そのものに手を加えると



> 1.「ご飯を食べる」を「ご飯を飲む」と、「薬を飲む」を「薬を食べる」と、いういわゆる単語と単語の組み合わせが間違っている。

 → 「ご飯を食べる」 を 「ご飯を飲む」 としたり、「薬を飲む」 を 「薬を食べる」 としたりなど、単語の組み合わせが間違っている場合。

> 2.「ご飯を食べた」を「ご飯を食べる」と、いういわゆる文法の間違い。

 → 「ご飯を食べた」 とすべきなのに 「ご飯を食べる」 とするような文法上の間違い。

* 以上は、私ならこう書くだろうなという形に改めてみただけで、元の文が間違っているというわけではありません。

> 3.お願いする時に、「お手数をおかけしますが」、「恐れ入りますが」などクッションの言葉がない。

* これは 「不自然な日本語表現」 というよりも、マナーの問題ではないかという気がします。

> 4.自分の価値観を相手に押し付ける表現。

* これも個人的な問題で、「日本語の表現」 の問題とはいえない気がします。

> 5.相手に傷つける表現。

 → 相手 を 傷つける表現。

> 6.傲慢で謙遜でない表現。

 → 傲慢な表現。

* 「傲慢な表現」 が 「不自然な日本語」 というわけではありません。「傲慢な表現」 を日本語として自然にやれば、それはそれで 「自然な日本語」 ということになります。

* 実は、私たち日本人も、ほとんど自覚することなしに 「不自然な日本語」 を日常的に使っています。このサイトも含めて、ネット上の投稿などに見られる日本語には、厳密には日本語として正しくないものも見られますが、でも言いたいことは分かるので、それはそれで気にしないようにしています (わざと間違えようとしたわけではなくて、ついつい間違えてしまうといったものが多いのです。それは私にもよくあります)。しかし、外国の方が丁寧な日本語を使おうとされる姿勢はありがたいと感じます。

* 日本の作家に村上春樹という人がいるのですが、彼の作品の文体は日本語として不自然だという評価をされることがあります。日本語で書いている日本の作家でさえ、そんな指摘をされることがあるくらいですから、外国の方が少しくらい日本語らしくない表現をしたとしても、そんなに気になさることはないのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。村上春樹の随筆を読んでいるところです。不自然な日本語とはどのようなものなのかちょっと実感してみたいと思います^^。質問文までもご丁寧に添削してくださり、心から感謝いたします。本当にありがとうごじました。

お礼日時:2013/02/13 13:51

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