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昔の人より今の人の方が力は強いですか?
実際、過去と比べて寿命が多くなってるってことは身体能力(握力、体力、素早さとか)は今の人達の方が上なのではないかと思いました。
(もちろん鍛えとかもあるので、平均化として数値にするならば。)
てことは俺らがタイムスリップして大昔になれば王になれる?

A 回答 (4件)

たしかに各種スポーツの記録は伸びています。


が、しかし。
それはそのスポーツに特化したトレーニングの賜物だと思います。
ようするに水泳でもフィギュアスケートでも野球でもサッカーでも、幼い頃からの家庭環境(裕福であるかどうかなども含め)で、スペシャリストを育成できているんだと思います。
一般人の体力はおそらく昭和の時代のほうが良いように感じます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/58/ …
詳しく研究された論文の一部をコピペすると
「文部科学省による青少年の体力の推移に関する報告によれば,1980年代は体力水準が高く,1990年代に入ると体力低下が叫ばれ,2000年代では体力低下の下げ止まりの兆しが表れた.」ある大学の学生の体力と体型を四半世紀を調べたものなのでなかなか面白いです。

 質問者さんのおっしゃる昔の範囲がどこまでかはわかりませんが、「戦う」ことで生死をかけていた時代の人に喧嘩で勝てるとは思えません。根生が違います。
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教科書にも載っている、女性の運搬屋「女丁持(おんなちょうもち)」が1個60kgの米俵を5つ、つまり300kg背負っているとされる写真。

担ぐだけでなく背負って運ぶのが仕事。
これ昭和14年撮影といわれています。今長生きしている高齢者はこの時代生まれの人たち。
米俵が約60キロなのは、人が持ち運べる最大基準が1俵だったわけで、機械化されていない時代の百姓は、男女ともこの米俵を倉庫の2階まで投げます。それも1日中作業する。今も東北では俵投げのお祭りが残っています。
現代ではあまりに身体を壊す重労働なので、米袋は半俵(30キロ)になっています。

飛脚なんかも駅伝方式で江戸〜大阪を2日半で届けたわけですが、平均時速8キロと言われ、マラソンランナーより遅いですが、舗装路でなく山道も含まれ、昼夜休まず走ります。それも馬が転落するような崖もあるから飛脚が存在しました。
これを毎日仕事として走るので、人生50年の時代でも飛脚の平均寿命は30歳だったそうです。

あと、有名所では、暴力団の山口組は神戸港の荷役労働者の用心棒が最初。清水次郎長一家は横浜港の埋め立てと地上げのギャングです。
荒くれ者をまとめあげ、荷物を守るのにはヤクザレベルの武力が必要。

戦国武将ってどんだけ豪腕なんだよってハナシ。平均身長150cmの時代に2mクラスがゴロゴロいますしね。
「昔の人より今の人の方が力は強いですか? 」の回答画像4
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子供の運動能力の推移を見れば分かるように


平均値は年々低下しているけどね

感覚的には、良い人と悪い人の幅が極端になっているのではなかろうか?
今の時代、何にもしなくとも生きていける、一方で食生活も向上しているから努力している人のレベルは格段に上
昔は、栄養面で今とは確実に劣っているが、それなりに身体を使わないと生きていけなかった

結果、昔は皆程々のレベルで一定しているのに対して、現代では極端に上のレベルもいれば、ビックリするほど低レベルもいる

>てことは俺らがタイムスリップして大昔になれば王になれる?
適応出来ずに餓死するな
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逆だと思います。


力の強さでいうと、昔の人のほうが機械を使わない生活なので身体能力は高いです。
車やバイクがなく全て徒歩。
農業や漁業も全て手作業。
洗濯機や炊飯器がないので、家事も時間がかかります。

寿命が延びているのは医療の発達のおかげなので、力の強さと寿命の長さは別物だと思います。
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これは本当なんでしょうか?確かに最近の若者にはストレスに弱いように感じます(メディアなどで報道されているので)。しかし、昔の人は本当にストレスに強かったのでしょうか?

Aベストアンサー

質問者さんの疑問点は
「大人の心の鍛え方」という本に書かれています。
今までの回答の中では、比較的NO.5さんの回答に近い内容です。
人間の基本機能は、こんな短い間には変わりません。
ですが先に社会構造のほうがどんどん変わってしまいました。

人間の欲求にはいろいろの種類がありますし
心理学でも欲求には段階があると昔から言われています。
(マズローの欲求段階説)http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm
たとえばですが、あたり一帯が砂漠という場所で
家畜も栽培植物もなく、今日か明日かには食料が底をついてしまう
こういう状況にある人間が
「より自分らしいファッションをして自己表現」
「ただ食べられるだけではなく、自分らしい仕事」
こんなことを考えるわけがありません。

まずは命を脅かされずに、食べられて寝られることを目指す。
次に、そういった基本的な保障を、なるたけ長く安定して受けられる立場になること。
そしてそれは、集団への帰属や集団でポジションを得れば、もっと確かなものになる。
できたら、その中でも独自の地位を築きたい。
でも最後の最後は、本当に自分独自の能力や欲求を開花させたい。

こんな風に、段階を追って強い欲求は変わっていくようにできています。
昔はいわば、生命維持の基本ラインを獲得するのが結構難しかったり
基本ラインはクリアして、さあみんなで保険ラインを目指そうよ といった風に
時代によって少々差はあれど、達成感を得やすいわかりやすい社会構造でした。

ところが特に今日の日本では
生まれながらの貧困層や
電気も水道も通ってない地域なんてほとんどありません。
程度の差はあれ「生存」は誰でもできて当たり前、だからここでは達成感がない。
次に当然のように「保険」段階に進もうとしますが
今の豊かさを将来も確保する・・・これはとても難しくなっています。
親世代よりも子世代のほうが収入が上がると
(頑張ればどんどん道が開けてくる)という期待感が増えますが
日本では1970年代でそれは終わっているそうです。

普通に頑張っても、今より悪くなる可能性が高くなっている。
ここで大事なのは「普通に」です。
驚異的な実績を残せば10億でも20億でも稼げる という仕組みでは
多くの人は満足できません。

また、グローバル化以前では、誰もが自分のポジションを持ちやすい。
村一番の器量よし、村一番の力持ち、村一番の歌い手
村で唯一の修理やさん、村一番の物知り
他のコミュニティとの距離が遠かったので
多くの人がその中で「かけがえのない存在」になりやすかったです。

今は買い物でも、クリックひとつで市町村どころか国も超えます。
今日の人気ストアが、1週間後には別の所になっているかもしれない。

こんな状況では、「保険」ラインを達成したと実感するのは難しいです。

すると原始的にゆっくり発達してきた、人間の頭や心や身体は
満たされているのに満たされていない???
次にどうしたらいい?と
迷子になりやすいです。

まあ本当はもっと多角的に見ることができるのですが
さわりはこんなところです。

質問者さんの疑問点は
「大人の心の鍛え方」という本に書かれています。
今までの回答の中では、比較的NO.5さんの回答に近い内容です。
人間の基本機能は、こんな短い間には変わりません。
ですが先に社会構造のほうがどんどん変わってしまいました。

人間の欲求にはいろいろの種類がありますし
心理学でも欲求には段階があると昔から言われています。
(マズローの欲求段階説)http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm
たとえばですが、あたり一帯が砂漠という場所で
家畜も栽培植物もなく、今日か明日...続きを読む

Q昔の人の精神力はどうやって育てられたの?

歴史は全くダメだったのですが、昔の『人』にはとても興味があります。

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どうしたらこのような精神力がつくのでしょうか?今もこのような精神力を育てることは可能なのでしょうか?
環境や教育、色々な面から簡単に教えていただきたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

昔は人しかいませんでした。機械もありませんし、コンピュータなどもちろんありません。
すべては人の力で解決しなければならなかったため、人の発する一言はとても重かったのです。だから立派な人が必要だったのです。

ただ、すべての人が偉かったわけではありません。むしろ大多数の人が、食べるのに精一杯で、人を蹴落としても自分の利益を優先してしていたはずです。
しかしこのような人ばかりでは、社会は成り立ちません。言った言葉に責任を持ち、その責任を全うするためには命を掛けるという人がいて初めて、社会が機能するのです。

近代化以前は、このような人々がどの世界にもいました。普通は貴族とか武士などの特権階級がそれを担いました。これをノブレス・オブリージュ(貴族の社会的責任)といい、農民などの庶民と違い学問や知識に明るく、公正・公平で、人々が尊敬できる人でなければならなかったのです。(またそのように教育されました)
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そのため、責任を全うするために、自死を選んだのです。

現代は昔に比べればルーズです。自分がしなくても誰かがやってくれる時代です。
それでも、人が社会を動かしている限り、必要なだけの立派な人は必ずいるのです。ただ、昔の人と比べて庶民が、そのような人を見分ける目が曇っているだけなのかもしれません。

昔は人しかいませんでした。機械もありませんし、コンピュータなどもちろんありません。
すべては人の力で解決しなければならなかったため、人の発する一言はとても重かったのです。だから立派な人が必要だったのです。

ただ、すべての人が偉かったわけではありません。むしろ大多数の人が、食べるのに精一杯で、人を蹴落としても自分の利益を優先してしていたはずです。
しかしこのような人ばかりでは、社会は成り立ちません。言った言葉に責任を持ち、その責任を全うするためには命を掛けるという人がいて...続きを読む

Q昔の人は足腰が強かったの?

最近の老人はたいてい,足腰を痛めているようで,
「腰が痛い」「整形やマッサージに通っている」「転倒が心配で家をバリアフリーにした」
などという話を老人通しでしているのを耳にします。
 私の子ども時代の記憶では,
昔(主に戦前にすでに大人だった人)の老人たちは
もっと足腰がしっかりしていたように思うのですが,
これは私のたんなる記憶違いなのでしょうか。

どなたか感想でいいですから教えてください。

Aベストアンサー

昭和30年代までは歩くしかなかった場合が多いです。
また、足腰が弱ることは死を意味していました。

医者にかかることもまともにはできませんでした。
今のように健康保険制度がきちっとしたのは昭和30年代後半以降です。

我が家にS32発行の岩波写真文庫「村と森林」があります。
舞台は山梨県三富村
ここの中学生は中学校まで12Km通っていました。なので、冬になるとまともに学校にも通えませんでした。
医者もよほどのことがない限り入院もできませんでした。
栄養状態も悪かったですから、今のように高齢になる前に亡くなっていた訳ですね。
今のお年寄りの体にガタがきているのは今と違い栄養状態等がよくない時代に成長期を迎えていたのもあると思いますよ。


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