プロが教えるわが家の防犯対策術!

頑張ることに疲れました。

まず自己紹介させてください。
現在21歳男 母元暮らしアルバイト
不注意優勢型ADHD
軽度の社交不安持ち

園芸の専門学校を7ヵ月で中退
1社目の会社を8ヵ月で退社
1年のブランク期間あり

私はもともと強い不安と劣等感に苛まれており、中学2年生の時からそうでした。
小学校までは普通に周りと馴染めていたのですが、高学年になるにつれて喋る友達の人数が減り、中学に上がって3つの小学校から生徒が集まり、全く関わりのない人間達の中に放り込まれ、それから中学3年間、クラスでは友達が一人もできず、孤独感を感じていました。しかも当時は、友達が少ない人間=存在方がないという認識をしていたので、自分は友達がいないからつまらない、価値がない人間なのかなと思っていました。
しかし部活動では打って変わって7割の人間と仲良くすることができました。なので完全に孤独だったわけではありません。
そして高校では普通に友達もおり、何の問題もなく過ごすことができました。

しかし専門学校に入ると、また周囲から孤立してしまいました。最初は普通に仲良く喋っていた人たちも、急に素っ気なくなり、他のみんなが何かを言うと、反応したり笑ったりするのですが、わたしが何か発言をすると場がしらけたように静まりかえります。
次第にその友達の和にもいづらくなり、なんで自分だけまともに人と会話も仲良くできないんだろうと強い劣等感、孤独感に苛まれ、次第に学校を休みがちになってしまいました。
その結果、7ヵ月で中退しました。
この頃から自分は何かがおかしい、普通の人がやっていることを普通にできない、会話が続かない、すぐ不安に苛まれる。ネガティブな思い込みが激しい、とても深い劣等感を抱えている。
このことについて母にも相談しました。すると母の口から私が幼少期の頃に発達障害と診断されていたという事実を知ります。今思えば、会話が苦手な理由や劣等感が強い理由や、生きづらさの原因がその事実で分かった気がします。
この頃は完全に人生の暗黒期であり、中退した後は、何度も死にたいと思っていました。
しかしそんな中で、心理学というものに出会い、不安のコントロール方法について書かれてある記事を見つけました。
その時はこの生きづらさをなんとかしたいという一心で、不安のコントロール法、すなわち瞑想を毎朝晩5分続けました。
すると次第に不安をコントロールできるようになってきて、少し生きやすくなったかなと感じました。これをきっかけに心理学に猛烈に興味が湧き、他にも色々メンタルヘルスに関連する情報を読み漁り、当時コミュニケーションで悩んでいたこともあり、コミュ力を鍛える方法なども読みあさり、当時学校を中退した後に働いていた人達に、学んだ内容を実践してみると、最初はうまくいきませんでしたが、何度も会話術で読んだ方法を試していくうちに、会話が以前よりも続いている事実にとても喜びを感じました。
今まで苛まれていた不安や生き辛さ、そして人とまともに会話できないといった悩みがスーッと消えていくような感覚を全身で感じました。この時初めて、自分の人生は変わったと心から喜び、打ちひしがれました。
そこで今まで生き辛さで頭がいっぱいだった部分がクリアになり、将来のことについて考える余裕ができました。

当時は特にやりたいこともなく、悶々としていましたが、なんとなく目に見える成果が欲しい、昔から家で働いてみたいという憧れから、フリーランスという働き方を実現するべく、プログラマーになることを決意します。

そのためには勉強時間の確保が必要だと思い、勢いで仕事をやめ、プログラミングスクールに通い始めました。
金銭的な心配はありましたが、あの生き辛さを克服した今、どんな逆境が来ても乗り越えられるだろうという自信に満ち溢れていました。(この考えが後に悲劇を生むのですが)

そしてスクールに通い始めるのですが、ここで大きな問題にぶつかります。人にわからないことを聞くことができないという壁です。
プログラミングではわからないことが多発して、人に質問をしないと全く先に進めないという状況に何度も陥るのですが、そこで私は大きな挫折を経験しました。人に質問ができないため課題が先に進まない。質問できない理由は、こんな聞き方であってるかな?相手から変な風に思われたらどうしようといった他者からの拒絶を極度に恐れていたのです。社交不安の傾向とそれからくる回避行動が原因だと考え、それを直すために認知行動療法やエクスポジャーを試してみますが、当然1〜2週間やっただけでは効果は薄く、何とか頑張れば質問はできるのですが、質問した後にどっと疲れてしまい頭が真っ白になり、作業どころではなくなりました。その後も課題が進まないストレス、お金がなくて食生活が疎かになっていたことから次第にスクールに行く気力もなくなり、ある日体が動かなくなりました。パソコンに向かうだけで拒絶反応が出てきてしまい、プログラミングどころではなくなりました。
自分は、今までどんな逆境も努力と考え方だけで乗り越えられるとそれを盲信してここまできました。睡眠時間もちゃんと7時間とって、散歩や読書などのストレス発散も毎日していた。しかしそれをやっても体が動かなくなってしまった。ここで私は努力や考え方だけではどうにもならないことが存在すると知り、絶望しました。
そしてその日を境に、何かに向けて頑張る、努力する、挑戦することが怖くなってしまいました。今思い返せば、週3日はスクールに通い、その残りの日はアルバイトをしており、休む時間が一切なかったため、そのストレスかもしれませんし、お金にも余裕がなく、食生活も菓子パンとコンビニがメインでしたのでそのせいかもしれません。
結局そのあとスクールを卒業したのですが、私が望む会社とは全くかけ離れた場所に就職が決まりました。(実力不足のため)そこで完全に燃え尽きてしまったようです。

そのあとはお金の問題でアパートに住まなくなり、一人暮らしをしていたのですが、やむなく母親の元に戻りました。そこからは色々考える日々が続き、少し元気になったので、またプログラミングを再開しました。しかしまたスクールと似たような体調不良が続き、また辞めてしまい現在に至ります。
プログラミングが続かないのは向いていないからなのか、それともこの壁を超えたら面白くなるのか、試してみないとわかりませんがそんなことすらどうでも良くなってしまいました。
冷静に考えたら、こんな職歴の自分を雇ってくれるところはブラック企業しかないだろうし、発達障害の凹凸のせいで会社でうまくやっていけなかったらどうしよう。色々ワーキングメモリーのトレーニングとか、運動とか症状の改善も1年くらいやったけどあんまり効果なかったし、就職するなら就労支援を頼ろうかなと思いました。母とは、もう一度プログラマーになるために時間を確保したいから一緒に住みたいと約束を交わしました。無駄な支払いやストレスを減らすことで少しでも勉強に集中したかったためです。バイトで毎月4万円を払うことも条件に加えました。

しかしまた燃え尽き症候群的な症状がぶり返し、何もしたくありません。就職しようにも経歴がズタボロだからやってもどうせまた嫌な思いするだけだし、アルバイトをこのまま続けていても母から反対されるし、就労支援を使おうにも一旦完全なる無職にならないといけない、そしたら4万円を支払えなくなり、家から追い出される。おそらく思い込みの部分も強いでしょうが、完全に自分の中で八方塞がりになってしまっており、どうしていいのか…。
親と相談すれば解決することもあるでしょう、しかし勇気が出ない。かといって一人でことを勧める気にもならない。しかしなぜか心は妙に落ち着いています。どんな結果になっても受け入れられる気がします。
でもこの苦しい気持ちを誰かに話したくて仕方なく、現実で相談できる相手もいないので長々と質問というか愚痴というか…投稿させていただきました。
なんでもいいのでささやかなアドバイスなんかいただけるととても嬉しいです。


かなりの長文になってしまい、誤字脱字や読みにくい箇所が多々あり、見苦しい文章で申し訳ありません。そしてここまで読んでくださった方、本当に感謝いたします。

A 回答 (1件)

全部を理解できたかどうかは分かりませんが


文章も真面目に書いてしっかりした方なのに何が悪いのだろうと思いながら
もう一度読み返しました。
感じ取れた印象は母上との会話が少ないように思えます。言いづらい事も多々あるよね!?それは良く分かります。何とか打開していこうと思っているだけにお母さんからの突っ込みは必要ないだろうから話しにくいだろうと思うけど親子です。相談した方が良い結果があるように感じます。
それと貴男自信が
どうせ○○だろう。会社は俺なんかを雇わないだろうとか、仕事も勉強も途中でリタイアしていることもそうです。
他の人が辞めろとかもうよせ!って言っているわけじゃない、
自分の意志で決めています。
そこで何でもいいから歯を食いしばるとかやってやろうとかの姿勢を感じませんでした。
色々あるだろうけど人生なんてそんなもんですよ!
みんなそれぞれあって今があります.貴男も色々あっても今が有るじゃない!
これからも色々あるだろうけど当たり前だと思って前進してみれば!!
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