お酒好きのおしりトラブル対策とは

学校で宮沢賢治の求めた「本当のさいわい」をテーマにしてレポートを書いているのですが
なかなか、資料が見つかりません。

宮沢賢治の求めた「本当のさいわい」が言及されていて、手に入りやすい本などはありますでしょうか?

ぜひ、教えてください。

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A 回答 (5件)

卒業論文で「本当のさいわい」について書きました。



図書館で借りたものをいくつか載せておきます。

『新修 宮沢賢治全集』宮沢賢治著、筑摩書房
『『銀河鉄道の夜』とは何か』村瀬学著、大和書房
『宮沢賢治を読む』山下聖美著、星雲社

『『銀河鉄道の夜』とは何か』がよかったかな。
「本当のさいわいとは」という項目もあったと思います。

また、#1の方がおっしゃっているように『農民芸術概論』の「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」との言葉からも賢治の考えが伺えます。
世界は人間が中心ではなく、他の自然と同格だという認識を持っていたとされています。
「世界が全体幸福」というのは人間や動植物、この世の中に存在する全ての生き物を指しています。
賢治の作品に動物や植物が多く出てくるのもそのせいなのかもしれません。

『銀河鉄道の夜』には、自分の命を犠牲にして他の者の幸せを願うさそりが出てきます。
主人公のジョバンニも、そのさそりの話を受けて「僕はもうあのさそりのように、ほんとうに皆のさいわいのためならば僕の体なんか百ぺん灼いてもかまわない」と言っています。
『よだかの星』のよだかも似たような感じです。

このような「自分を犠牲にしてまでも他のものたちを助ける」といったことからも、賢治の考えが分かるかもしれません。

賢治の実家は仏教を信仰していました。さらに賢治はキリスト教にも関わっていたようです。
これは私論なのですが、仏教の「慈悲(書物などでは「自己犠牲」とされています)」的な精神、キリスト教の「アガペーの愛(無条件の愛)」的な精神の影響もあるのかなと思っています。

長文失礼しました。
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この回答へのお礼

お礼遅くなってすいません。
たくさんの資料を教えてくださってありがとうございます。
これで、卒業制作が間に合いそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 19:21

この言葉は「銀河鉄道の夜」にも出てきますよね。

下記のサイトの掲示板でお尋ねした方が適切なアドバイスがもらえるかもしれません。回答されている方の中には賢治研究の第一人者の方もいます。すぐにお返事がもらえるか分かりませんが。また同じサイトの他のページに参考文献の膨大なリストがありますので参考になるのではないでしょうか。

参考URL:http://www.kenji.gr.jp/cgi-bin/bbs/bgbbsg.cgi#20 …
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この回答へのお礼

お礼遅くなってすいません。
これで、卒業制作が間に合いそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 19:22

彼の作品には宗教的な物が数多くあります。


彼の求めた「本当のさいわい」は彼のもつ宗教観からくるものと、私は考えます。

そして、#2のかたがおっしゃいつように、彼の求めた理想は「雨ニモマケズ」に集約されていると思います。

申し訳ないことに、資料として良い物の提示は出来ませんが、探すための指針になれば幸いです。

以上、ご参考とまで。
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この回答へのお礼

お礼遅くなってすいません。
これで、卒業制作が間に合いそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 19:22

私は、宮沢賢治が求めていたものとは、それこそ、そのまんまですが、「雨ニモマケズ」の世界だと思っていましたが・・・。



ただし、昔の道徳の教科書等での解釈は、宮沢賢治は、こんなに立派な神様のような人だったんだということだと思いますが、私は、少し違うと思っています。

宮沢賢治は、彼の遺書ともいえる「雨ニモマケズ」で、”サウイウモノニ ワタシハナリタイ”と結んでいます。
”そういう者に私はなりたい”のです。
”そういう者に私はなった”のではありません。
つまり、彼は、彼の理想としたイーハトーブの中で、そういう神様のような人間になりたかったのだけど、結局、なれなかったと言っているのです。

私は、そこに、人間としての宮沢賢治の最後の気持ちが込められていると思っています。

したがって、宮沢賢治の求めた本当の幸いは、「雨ニモマケズ」の世界そのものであり、しかも、それは現実には実現不可能な世界だったのです。

もしかして、何か見当違いのことを書いていたら、ごめんなさい。
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この回答へのお礼

お礼遅くなってすいません。
これで、卒業制作が間に合いそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 19:22

宮沢賢治の言葉で、


「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」があります。
それは、『農民芸術概論綱要』という本に書かれているのですが、その言葉がヒントになると思います。
申し訳ないことに本は分かりませんが、参考になるサイトを紹介しますね。

参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~yukiya-s/home-2/miya …
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この回答へのお礼

お礼遅くなってすいません。
これで、卒業制作が間に合いそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 19:23

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Q銀河鉄道の夜で印象に残っている場面はどこですか?

宮沢賢治の銀河鉄道の夜で印象深く残っている場面を教えてください。

いくつあげられてもかまいません。

Aベストアンサー

『銀河鉄道の夜』には箇所を限定できないほど優れた表現が数多くありますが、私には「銀河ステーション」の初めの部分が特に印象的です。

するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。

西脇順三郎のよく知られた詩に「(覆された宝石)のやうな朝」という一節があり、これは19世紀のイギリスの詩人キーツの詩の表現が元になっているそうで、詩人は洋の東西を問わず、宝石(箱)をひっくり返すのが好きなのかとも思いますが、賢治の「ダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いた」という比喩はさらにユニークで面白いと感じます。

『銀河鉄道の夜』には箇所を限定できないほど優れた表現が数多くありますが、私には「銀河ステーション」の初めの部分が特に印象的です。

するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという...続きを読む

Q宮澤賢治「永訣の朝」の解釈

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二」を使っているのか?
4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 御影石材が踏み石や飛び石のことならば、あぶなくはないので、これは別のものと考えるべきなのか。
 水のたまるような形状をした庭石のことでしょうか?
4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 これは霙じゃなく雪ですよね。松の枝に霙はたまりませんから。
 みぞれがたまっているのは「みかげせきざい」の上。
 みぞれは、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。」広辞苑
 半分溶けた雪のことを「あめゆじゅ」というのか?
 それとも、とし子はみぞれを所望したが、賢治は気を利かせて雪をとってきたのか。
 あるいは、雪ではなく、松の枝から滴り落ちる水を陶椀で受けたのか?
 「たべもの」「アイスクリーム」という表現があるので雪と思いますが。
5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 「おら、おらで、一人、逝くも」と解釈しますが、どうしてローマ字表記なのか?
 「おらおらでしとりえぐも」では通じないと考えたのか、現代的感覚を読者に訴えたかったのか。


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二...続きを読む

Aベストアンサー

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという願いにも読み取れます。

3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 「2」が繰り返されるのは私と妹の「二人」を暗喩する数字でしょう。
 「2」から「1」になるという事を際立たせています。

4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 濡れた御影石の表面は滑りやすいので、アブナク、です。

4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 「あめゆじゅ」は雨と雪。賢治が採ったのは松の枝に積もったみぞれ交じりの雪。

5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 草稿では平仮名だったそうですね。
 妹の今際の言葉として、文字の意味ではなく「音として記録」した、という解釈ができるでしょう。


~~~
言葉の美しさを愛した詩人で、「永久の未完成これ完成である」なんて言葉が残されてますが、完成した作品に何度も手を入れていたような方です。改稿も本人にとっては「そうしたほうが好ましい文章になった」というだけのことで、作品は彼のフィーリングがその一時結晶化した結果に過ぎない。作品を売って金にしたわけでもなし、彼の念を文書に表せればそれで十分、「解釈」なぞは後の人が勝手にすればいいというのが彼のスタンスではなかったでしょうか。

彼の作品は各人が思い思いに韻を楽しみ、言葉に酔えばいいのでしょう。

参考URL:http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13616/1/16_p175-191.pdf

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという...続きを読む

Q法華経の教えを簡単に言うと

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

どうぞ簡単に簡潔に教えてください m(_ _)m

Aベストアンサー

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

○法華経の主眼は、簡単に言えば、「1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。」つまり、全てのものに仏生があるので、
三宝に帰依してしっかり修行をして仏性を磨いて今世を生ききれば、必ず来世、来来世あるいは未来世で菩薩になれる。という教えですね。言い換えれば、「2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。」ですね。だから、2点でほぼ正しいのですが、菩薩への修行には、釈迦如来が実践したように、衆生伝道も含まれるのですね。これは菩薩が立てる四弘請願で明らかですね。簡単に言えば己を磨き、衆生を助ける「上求菩提下化衆生」ですね。
鎌倉期以降は「上求菩提下化衆生」が「上求菩提」と「下化衆生」型宗教に分かれてなにやらわからなくなってしまってますが、
1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。
3.学んだ教えを広めましょう。
の3点が本来的な主題ですね。仏教では正しく物事を観る、判断することを「正見」といいますがこれは「正信」つまり、正しい信仰を持つことと同じ意味ですね。
仏教では釈迦如来に帰依することが「正信」ですから、本尊は釈迦如来以外にはないですね。
釈迦如来を役割の違いで阿弥陀仏や大日如来と言い換えているだけですね。表現方法は寛容ですね。ということで仏教においては、弟子やお経は本尊には決してなりませんね。

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

○法華経の主眼は、簡単に言えば、「1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。」つまり、全てのものに仏生があるので、
三宝に帰依してしっかり修行をして仏性を磨いて今世を生ききれば、必ず来世、来来世あるいは未来世で菩薩になれる。という教えですね。言い換えれば、「2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。」ですね。だから、2点でほぼ正しいのですが、菩薩への修行には、釈迦...続きを読む

Qフローレス

そのなの通り
フローレスってどんな意味ですか?
教えてください。

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flawless 無傷、完璧
のことでしょうか?

Q陰部のできもの

一週間位前に気がついたのですが、外陰部のところにプクッとしたものができました。
最初気がついた時は、すぐに無くなるかな・・・と思い、あまり気にしていなかったのですが、少し大きくなってきたような気がするので困っています。
別に痛いとか痒いなどの症状はないのですが、さわると固い小さな丸いものが中に入っている・・・という感じのできものです。
体調も熱が出たり、だるいなどの症状もなくいつもと変わりません。
できものの症状の場所が陰部なので、チョットはずかしくて病院に行くのもためらってしまいます。
症状を上手に説明出来ませんでしたが、何か良いアドバイスがありましたら教えて下さい。 宜しくお願いします。

Aベストアンサー

わたしも大陰唇にぷくっとしたできものができたことが何度もあります。
最初は小さいのですが、どんどん大きくなって、たぶん直径5ミリくらいにはなったと思います。

メンソレータムを何日か頻繁に塗って、触ると痛くてフニャフニャになってきたころ、ティッシュをあててこすると、血と膿がでました。
やっぱりニキビみたいだなと思いました。

特に病院で見てもらったことはありませんが、病院で診てもらったほうが安心できると思います。
男性の先生が多いですが、医者はもう何人もの女性の陰部(というか患部)を見ているのです。

私も恥ずかしいので行くのをかなりためらいましたが、行ったら「なぁんだ、こんなもんか」って思いました。

大丈夫ですよ^^

Q「黙示録」って何ですか?

カテが分からないのですが、「黙示録」ってどういうものですか?

Aベストアンサー

 黙示はギリシャ語で「覆いを取り去る」「隠されていたものが明らかにされる」つまりは啓示を意味していて、紀元前3世紀頃から紀元後数世紀のいわゆる後期ユダヤ教の内外で起こった文学運動を「黙示文学」といいます。一番有名なのは、新約聖書にある「ヨハネの黙示録」なのですが、旧約聖書の「ダニエル書」も黙示文学として分類されています。

 現代において「○○黙示録」などと使われる場合、終末的な記述や人間の絶望的な状況の記述がある場合に用いられていることがよくあります。それは「ヨハネの黙示録」の影響が少なからずあると思いますが、厳密な意味での黙示文学とはほとんど関係ないと考えていいと思います。

Q明治時代は何年間続いたの?

大正時代は15年間、昭和は64年間ですよね。では、明治時代は何年間続いたのか教えて下さい。度忘れしてしまいました。

Aベストアンサー

1868年1月25日~1912年7月30日まで。
約44年半。
一般的には45年間と表現されてます。

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Q送付いたします。お送りします。どれが正しいですか?

仕事上での取引先に対する言葉(書類の文章)について質問します。
相手先に郵送書類やFAXを送る際に、内容を記した用紙を添えますが、そこに印刷しておく文章は
どのような言葉が正しいのでしょうか?
『次の書類を送付いたしますので、ご査収のほどお願い・・・・・』
『次の書類をお送りしますので、ご査収のほどお願い・・・・・』
その他、良い表現やよく見かけるけど良くないと思うもの、などありましたら、教えてください。
『お送り』については、自分が送り主の場合はダメで、相手が送り主の場合の場面で『●●をお送りください』などと頼む場合の言葉なのでしょうか?

Aベストアンサー

『次の書類を送付いたしますので、ご査収のほどお願い・・・』

送る行為は、相手にも関わる事なので、
「送付いたします」と、致しますと言っていても、
「ご」を付けなければ「送り付ける」という意味になります。
「ご」は相手に対する「謙譲語」です。

「ご送付します。」か「ご送付致します。」が正しいです。
「する」の謙譲語は「いたす」なので、「ご送付致します。」が
正しいのです。 二重敬語になるかもしれませんが、こちらの方が
丁寧です。

「お送り致します。」でもOKです。

・「ご」を必要としない場合は、「送付させて頂きます」になります。

例えば「ご連絡します」の「ご」も同様です。連絡するのは
自分の動作ですが、「連絡」を受ける相手に対する敬意を表すため、
謙譲の接頭語「ご」を付けます。

相手に頼む場合は「お送りください。」です。

http://mc2.civillink.net/biz/biz.html

http://allabout.co.jp/gm/gc/297603/


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