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自己責任論って正論ですか?

高学歴で高給取りの一部の人たちは、貧乏人のことをこう評価する傾向があります。「学生時代、勉強を頑張ってこなかったから、偏差値の低い高校や大学にしか進めず、将来必然的に低所得になる可能性を受け入れて生きてきた人たちなのだから、同情の余地はない。自業自得である」

貧困層に生まれた子供と、世帯収入一千万前後の家庭に生まれた子供の教育水準って、違うと言われているのに。

他にも例えば、若い頃からずっと生活が苦しく、その日暮らしのような生活をしてきており、年金を納めてこなかった、生活保護の老人に対しても、老後の準備が足りなかったのだと一掃して、さらには年金受給資格がないから生活保護を受ける?はぁ?ふざけんなと、貧困老人を責める姿勢まで見られることがあります。

貧困に対する多岐にわたる背景一つ一つを無視したような自己責任論は正論ですか?

A 回答 (11件中1~10件)

自己責任を嫌がる人間ってさ


たいていタイプが一致してて
いい年して大人になり切れてないような
真面目だけが取り柄の、柔軟性で頭の固くて仕事の出来ない
独身中年が多いんだよね。
誰とは言わないけどさ 嘲笑
以上 参考になれば
by 東証プライム企業 正社員総合職 元採用担当
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1960から1970年代の高度成長期は1億総中流社会だったのですが、。


政治的には1980年ころの中曽根内閣のときから、自己責任論が登場してきたと思います.
やがて1980年代の半ばころに労働者派遣法が制定され、小泉内閣(2000年前後)には派遣労働の拡大がされました.
このようにして働いている人々の所得格差が定着してしまいました.
つまり自己責任とは個人的なものというよりは社会構造なのです.
近年の少子化の原因の一つも、労働者の所得格差にあります.
特に男性の場合には正規雇用よりも非正規の人々のほうが未婚率が高い傾向です.
このままなら我が国は、少子化で、じり貧かもしれません.
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自己責任論って正論ですか?


 ↑
正論です。

確かに、遺伝や環境に左右されますが
その人の努力にも左右される部分があるのは
事実です。

遺伝や環境のせいにしても、何も解決
しません。

頑張るしか方法がないのです。

その意味で正論です。



他にも例えば、若い頃からずっと生活が苦しく、その日暮らしのような生活をしてきており、年金を納めてこなかった、生活保護の老人に対しても、老後の準備が足りなかったのだと一掃して、さらには年金受給資格がないから生活保護を受ける?はぁ?ふざけんなと、貧困老人を責める姿勢まで見られることがあります。
 ↑
現実には、貯金もせず自堕落な
生活をしてきた人が多いのです。

ヤクザには、生保受給者が多いです。
昔の話ですが、和歌山県 御坊市
暴力団員70人のうち、60人が生活保護を
受給していました。

小田原ジャンパー事件というのがありました。
2007年より10年にわたり生活保護業務を担当する
小田原市職員が不適切な文章が記載されているジャンパー等を着用し
業務を行っていた事件です。
マスコミでパッシングされましたが、
生保を受給しているヤクザに対する威嚇、抗議でした。

数年前ですが、臓器売買で問題になった
暴力団員は受給者でした。



貧困に対する多岐にわたる背景一つ一つを無視したような
自己責任論は正論ですか?
 ↑
貧困に至る個々の背景を無視して、
全員が、遺伝や環境に恵まれなかったかの
ような論調は正論ですか。
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正論の部分とそうではない部分があります。



まず、高学歴者の「学生時代、勉強を頑張ってこなかったから、偏差値の低い高校や大学にしか進めず、将来必然的に低所得になる可能性を受け入れて生きてきた人たちなのだから、同情の余地はない。自業自得である」

は大部分で正しいです。なぜなら「地方の貧困層だからと言って、高学歴になることはできるから」です。

お金持ちの子供のほうがたしかに「高学歴になるためのリソースが豊富」とはいえますが、各都道府県にはそれぞれ「東大入学者を出す公立高校」があるのですから《貧困だから高学歴に成れない》という状態ではありません。

逆に、どれほどお金持ちの子供でも「相応の努力をしないと高学歴に成れない」のも事実です。

なので「その個人」という点でいえば、自己責任論は正しいといえます。

しかし「社会全体の活力は方向性」という視点で考えた時、高学歴者は同時にエリートとして社会を指導していく層に入りやすいのですから「低学力・チャンスの低さによる貧困の再生産を防ぐ」必要があります。

この部分は自己責任論ではありませんが、この場合「個人」ではなく「社会全体の潮流」なので、自己責任論とはやや違うものであるとも言えます。
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私も自己責任論を唱えることがありますが、何から何までと言うことではないですよ。

例えば、「人が制止するにも関わらず敢えて危険な行為をしてその結果窮地に陥った人」とか「家庭に何の問題もなく個人的な問題も無かったのに、ギャンブルにはまって財産全部すってしまった人」とかそういうのが「自己責任」を問われる典型的な例でしょう。要は、当の本人が「自己責任」であることを自覚している場合ですね。(まあその場合でも、生活保護を受ける等の基本的人権はあると思いますが。)

本人の責任を問えないケースももちろん多いので、「背景一つ一つ」を無視した自己責任論は正論ではないと思います。

とは言え、逆に「背景一つ一つ」を無視した自己責任全否定論もまたおかしいとは思います。
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公正世界仮説じゃないでしょうか。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%AD%A3 …

そもそも日本自体経済成長せずに停滞しているのに貧乏人の生き方がどうこうは無理がありませんか?
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貧困とか格差という言葉を最近よく耳にします。

貧困に対する自己責任論は単なる結果論です。なので正論とは言えないかと思います。生まれたときに
将来貧困になるなんて未来がわかる人っていると思いますか?
金持ちであれ貧乏であれ民主主義のこの国は年齢、性別、職業の種類や有無がどうであれ国民はみな平等である。憲法に記載があります。
人間の価値は誰にも決められないし、決めてはいけないのが日本という国です。
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「高学歴で高給取りの一部の人たち」は、優遇された状況から現在のポジションを得たわけです。



スタート時点で違っているわけですから平等ではありません。

その意味からすれば、彼らの言う「自己責任論」は間違いです。

また、「幸せとは何か」を考えれば、必ずしも「高学歴で高給取り」が幸せとは限りませんから、彼らの言う自己責任論は狭い価値観の上に成り立っているわけです。

視野狭窄の価値観でしかありません。
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https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00081/06 …
参考になればいいのですが…
上手く送れるかな?
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>貧困層に生まれた子供と、世帯収入一千万前後の家庭に生まれた子供


よく、「親ガチャ」と言いますね。
“自分の境遇がこうなったのは、親が自分を産んだからだ。親がそうだから自分がそうなったんだ”という解釈です。
そういう認識・自覚があるならば、自分でどうにかする努力なり対策を立てるべきなのに、そういう思考を持たずに、専ら親のせいにする・・・
まさに自己責任を放棄して、「他人責任」として逃れようという考えです。
自分の現在を受け入れて、その中でどうすべきかを考えなければいけないのに、「隣の芝生は青い」ということばかり気にして、劣等感に浸るのはどこかおかしい。
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