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旧約聖書では、 <神は「光あれ」と言われた。>
これに対して、井筒俊彦は「光より先にそう語る言葉があったはずだ。」と言ったそうです。

質問は、この後の展開はどうなりましたか?

A 回答 (5件)

新約聖書の冒頭は、その言葉からはじまります。


「初めに言があった。言は神と共にあった」
しかしゲーテは
「初めに言葉(Logos)」ではなく、「太初に行ありき」だ。
人間の可能性は、その「行動によって運命を切り開いていくカ」がはじめにある。と言い、聖書を否定しました。
確かに
言語の虚構性の自覚、ロゴスで表現される理論が現実を説明し尽くすことは絶対にない。出発点とすべは、ロゴスではなく、人間の「行」である。
と、確かに思います

吾輩は、井筒俊彦氏よりゲーテを受け入れます
更に
人間には不可能を可能にする力 、矛盾した具体的問題を解決する知恵がある、と解いた仏教にも注目したい。
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この回答へのお礼

ノーコメント

お礼日時:2023/10/09 12:05

1週間で天地と万物を作った話ね。


天と地に分かれ、様々の生物が生まれる。最後に人が生まれ、最初は男で
男のあばら骨を採って女が出来る。
神はここをエデンの園と呼び、園内に生えている物を取って食べてよいが、
一つだけ智榎は食べていけないと告げた。しかし、蛇が唆し女に盗らせ、男と一緒に食べさせた。そのため、裸を恥ずかしいと悟り、陰部にイチジクの葉で隠した。これはこれを見て怒り、楽園を追放した。
問題は楽園の場所だが、川が流れていて、今のメソポタミアにある川なので
舞台はメソポタミアの地とされることが多い。
ただ、当時の人類は寿命が九〇〇歳とか信じられぬ年齢が多く、真偽を疑う。
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この回答へのお礼

ノーコメント

お礼日時:2023/10/09 12:05

No1です。



>「光より先の言葉」についてどのような思索の展開があったのか、を質問したわけです。

No2さんがおっしゃったとおりです。
井筒氏のジョーク、ただそれだけですよ。
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この回答へのお礼

そうですか

お礼日時:2023/10/09 12:04

その井筒さんのお言葉は、悪く言えば屁理屈、良く言えばジョークの類でしょう。


そもそも論としては、言葉よりも、言葉を発した神の存在または誕生が先でしょう。

いずれにしても哲学的には空虚な神学論争のレベルにも達しないテーマです。居酒屋で酒を吞みながら楽しく面白おかしく議論を戦わせるレベルの話でしょう。
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この回答へのお礼

そうですか

お礼日時:2023/10/09 12:04

これ、論争になったのでしょうか?



キリスト教の神学者と井筒氏との議論があったとは聞いていないのですが。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
論議があったとは、私も聞いておりません。
「光より先の言葉」についてどのような思索の展開があったのか、を質問したわけです。

お礼日時:2023/10/07 17:46

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