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以下、前田愛『近代文学の女たち ――『にごりえ』から『武蔵野夫人』まで」(岩波現代文庫)を主要な典拠として回答を書いていきます。
『鴎外の坂』も読んだ記憶があるのですが、多くの内容は記憶から抜け落ちてしまっています。手元にないため、参照することもできず、重複する部分が多いかと思いますが、ご容赦ください。鴎外は後年、史伝を書くようになりますが、それ以前からも比較的事実に即して書くタイプの作家だったようです。
『雁』にもそれぞれモデルがいたことがあきらかになっています。
鴎外が医学部に在籍していた当時、学生相手の金貸し業を営んでいた「岡田」という人物がいた。
『雁』に出てくる「岡田」は、ここから来ている。
あるいはまた、こうした金貸しのことを医学生たちは、重宝しつつも憎んでいた。そこで「癌」というニックネームをつけている。タイトルの『雁』は「癌」にも通じ、また訓読みすると「かりがね」、つまり借金にも通じるという一種の語呂合わせになっている。
「お玉」のモデルも戦前からさまざまに詮索されてきましたが(戦前に有力だった説は『ヰタ・セクスアリス』に出てくる古道具屋秋貞の娘など)、決定的になったのは戦後、鴎外の長男 森於莵(おと)が、「鴎外の隠し妻」というエッセイを書いたことで、これが決定的となりました(支持というより、今日では「定説」という扱いのようです)。
その根拠となるのは
・「お玉」という名前
赤松登志子と離婚して、荒木志げと再婚するまでの間、児玉セキという女性を「隠し妻」としていた。
この名字の「玉」から「お玉」という名前が出てきたわけです。
このセキは、慶応三年(1867年)の生まれで、一時期巡査が入り婿になり、そののち明治二十五年から何年か、鴎外の「隠し妻」になっていた。
小説中の「お玉」が生まれたのは、小説の舞台が明治十三年であるのにあわせて遡行させ、鴎外の生年文久二年(1862年)として辻褄を合わせている。
・作中の「末蔵」と「お玉」の描写の一種の揺るぎなさ
末蔵とお玉の関係は、ある意味、鴎外とセキの関係を反映させたものとなっている。
つまり「僕」という語り手、「岡田」(これは自分を一種の美化させた存在)、そして「末蔵」(お玉との関係において)の三役に、鴎外は自分を投影させている。
ここから前田は『雁』を読み込んでいくわけですが、大変おもしろいテクストの読解となっていますので、ぜひご一読をお勧めします(この本はほかにも有島武郎の『或る女』読解など、非常に優れた解釈が集められています)。
おそらく前田のこの記述も、森まゆみ『鴎外の坂』が典拠としている森於莵『父親としての森鴎外』(筑摩叢書)をもとにして書かれたものです。『父親……』は多少手に入れにくい本かと思いますが、図書館には所蔵されていることも多いので、読むことができます。
この女性に関する研究がどこまでされているのかはわかりません。
この点に関しての考察は吉野俊彦『鴎外百話』(徳間書房)にもなされているようです(こちらは未見のため不明)。
この回答へのお礼
お礼日時:2005/05/12 17:48
ありがとうございます。
定説というより事実と見たほうがいいようですね。
森於莵の著書があることは知っていましたが、前田愛氏のほうはこれから探してみます。
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