これはおもしろい!と、あるウェブサイトで
モリエールという人の書いた劇が薦められていたので
(薄いし安いし)読んでみました。
「タルチュフ」「ドン・ジュアン」「人間ぎらい」
です。
「三大性格喜劇」といわれているみたいで、
ものすごく笑える話と思いきや。。。
「タルチュフ」はそこそこ喜劇とおもいましたが、
ほかの2編はどうしても喜劇とおもえません。
とくに「ドン・ジュアン」は最後の召使が(名前を忘れました;)
主人が死んだあと(あの死に方もすさまじいし、
人が死んだのに喜劇?)
が「給料を地獄まで取りに行かないと!」と
言っているあたり、悲劇にみえるのです。
どうしてこれらの作品は「喜劇」に分類されているの
でしょうか??
(喜劇ときいてよしもとのようなものを期待したので
その期待と現実のギャップだったのかもしれませんが;;)
No.2ベストアンサー
- 回答日時:
ついにモリエールのことを聞いてくれる人が出てきましたね!
わたしははっきり言って、この質問に回答するためにここに登録していたようなもんです(嘘だけど)。
よくぞ聞いてくれました、ってなもんです。
はりきって回答、いきましょう。
まず、字義的に回答すると(実はこれだけで回答は十分なのではないか、という懸念もなくはないのですが)、「喜劇」というのは、「悲劇」に対立する一ジャンルであって、単に滑稽な劇、おもしろおかしいものとは区別されます。そうした滑稽なもの、なによりも観客を笑わせるものを目的とするものは、笑劇(ファルス)というジャンルに分類されます(ただし、ファルス自身はそれ自体厳密な定義を持つ中世演劇の形式ですので、#1の方のおっしゃるように、吉本新喜劇をファルス(ファース)に分類することには異論があります)。
ならば喜劇とは何か。
これもいくらでも書きたいのですが、そうすると、そうでなくても重いここのサーバに過剰な負担をかけること間違いナシなので、カンタンにまとめます。
すべての演劇は、ギリシャ時代に端を発するのですが、喜劇も例外ではありません。
ギリシャ時代の演劇において、神話や歴史上の英雄が主人公を演じるものが「悲劇」です。
偉大な人物が、神のお告げからなんとか逃れようとするが、めぐりくる運命はそれを許さない。最後にはかならず主人公は破局を迎える。
悲劇は、まずまちがいなくこうしたストーリーをたどります(代表作としてある『オイディプス王』の話はごぞんじかしら)。
のちにアリストテレスは以下のように定義します。劇とは、壮大深刻で完結した主人公の行動を模倣(ミメーシス)するものである。劇を通して観客は、主人公の苦悩と受難をともに体験し、最後の破局を迎える。そうして、一気にこの激情から解放されるのだ、と。
そう、この「劇」というのは、悲劇のことですね。
それに対して、喜劇とは、庶民が登場するものだった。
最初のうちは、時事ネタ、政治風刺ネタが中心でしたが、だんだんに性格に欠陥を持つ人間が、ドタバタを引き起こす、そのドタバタをみんなで笑おう、というものになってきます。登場人物も、けちんぼうやうそつきの軍人など、シェイクスピアやモリエールの登場人物の祖型は、ほぼローマ期には完成しているのです。
つまり、悲劇か、喜劇か、というのは、泣けるか笑えるか、という分類ではなく、登場人物(神話の登場人物か、庶民か)、劇を動かす要因(運命か、性格的な欠陥か)、大団円(破局かめでたしめでたしか)という要素によって決まっていると考えたほうがよいのです。
さて、時代はずっとくだってルネサンス期、この時期にイタリアで演劇の理論が確立されます(そのなかにあの『君主論』のマキァベリの名前も見える)。
喜劇と悲劇は同居させてはならないこと、善は報われ、悪は滅びること、アリストテレスの「三一致の原則」(詳細はここを参照:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=842349)などが原則として確立されますが、この理論が実質的に演劇として発展したのは、フランスにおいてです。
よくモリエールのことを「古典喜劇を確立した」と称しますが、この「古典」というのは、こうした演劇理論に基づく形式を踏まえたもの、という意味において「古典」なんですね。近代というのは、こうした古典の形式を破壊していくところから始まった、おっと、話がそれました。
モリエールはこうした厳しい制約のなかで、非常に豊かな作品を生みだしていきます。
モリエールの特長は、おもに、以下の点に見て取ることができます。
(1) 類型的な人物に深みを与えたこと
モリエールの戯曲のタイトルは、「粗忽者」、「タルテュフ」(人の名前)、「ドン・ジュアン」、「守銭奴」、「女学者」、「気で病む男」といったように、タイトルそのものが、喜劇的登場人物の類型をあらわしています。
ところが、もっとも初期の作品、『粗忽者』でさえ、粗忽者のレリーに
「ぼくは自分のいとしいひとの悪口を言われて黙っているような卑怯者じゃないんだ。侮辱的な言葉を我慢するより、きみの恋を大目に見る方がよっぽど気が楽だよ」(第三幕 第三場 引用は『モリエール名作集』白水社)
のように、記号的・類型的な登場人物に、奥行きと情感を与えています。
このことは、単に悲劇・喜劇というジャンルを越えていく指向性を内包させており、同じくモリエールの作品『女房学校』はフランスで初めての悲喜劇(幸福な結末に終わる悲劇)であると考えられています。そのほかにも『人間嫌い』は結末から、悲劇というジャンルに位置付けられることもあります。
つまり、モリエールの喜劇的登場人物たちは、単純ではない。
(2) 風刺の矛先が、人間の本性を妨げる「社会」「慣習」に向けられている。
たとえば『人間嫌い』の主人公アルセストの「おかしさ」はどこにあるか。
彼は、くそまじめで正義漢で、それ自身、滑稽な要素はまったくありません。ただ、彼が恋するのは、彼の理想とはほど遠い、蓮っ葉な小間使いです。その結果、彼の行動は滑稽なものになってしまう。しかも、彼の行動は、正義感から発せられたものです。それがおかしいのは、「社会」とずれているからなんです。
モリエールは単に人物だけを描いたのではなかった。
人物をとりまく社会を描いていったんです。
その結果として、同時期、モリエールと並び称された悲劇作家のラシーヌやコルネイユの作品よりも、圧倒的に、当時のフランスの社会や人々の息づかいを伝えるものとなっています。
最後に、『ドン・ジュアン』に関して、当時の背景事情を補足しておきます。
モリエールは1664年に『タルテュフ』(初演は1669年)を発表します。
この『タルテュフ』、喜劇の類型でいくと「居候型」に分類されるのですが、お読みになってわかるかと思いますが、とてもではないけれど、そんな単純な人物ではない。
宗教を表看板に、富裕な商家に取り憑いて、その全財産を巻き上げ、おまけに女房まで口説き落とそうとする。
当時のフランス社会は、カトリック勢力の権威が増していた時期でもあります。
修道院の力が強かったばかりでなく、「聖体秘蹟協会」という秘密結社が、有力な僧侶や貴族と結びついて、社会生活のあらゆる領域に渡って干渉を及ぼしていたのです。
事実、モリエールはそれ以前からも何度かぶつかっていたのですが、この作品は当然、大騒ぎを引き起こすことになります。
モリエールは宗教や真の信者に攻撃を加える意志がないことを序文で明らかにしていますが、宗教家の仮面を被ったタルテュフの行動は、あまりに生々しかったために、国王から五年間の上演禁止の措置を受けることになるのです。
そこで、上演禁止の空白を埋めるために、急遽用意されたのが『ドン・ジュアン』です。
大作にもかかわらず、早急にまとめあげられたもの、とされている大きな根拠に、この作品が散文で書かれていること(戯曲は韻文で書かれるのか普通でした)があげられています。
基本的にモリエールの作品は、完全なオリジナル、というより、いろいろな作品の流用が多いのですが、特にこの『ドン…』は先行作品がいくつも取り入れられています。
もちろんこれは伝統的にある「ドン・ジュアン(ドン・ファン)伝説」を下敷きにもしていますが、モリエールは彼に、卑劣な誘惑者であるだけでなく、立派な宮廷人、無神論者、偽善者と、さまざまな性格をつけ加えていったために、場面ごとにたえず性格を変えていく、という、さまざまな解釈を産み出す存在になっていきます。
加えて、この劇は古典劇の法則が傍若無人に踏みにじられている。
つぎつぎに場面を変え、多くの挿話が埋め込まれ、かろうじて「時の法則」が保たれているだけです。
おまけに喜劇と悲劇の要素は遠慮なく雑居している。
ですから、当時にあってさえ、『ドン・ジュアン』がかならずしも喜劇として受け取られていたわけではなかった。
したがって、作品完成までに時間がなかったという不可避的な側面があったにせよ、モリエールの作品のなかにあっても、『ドン・ジュアン』は、一種の異色作と位置づけられています。
はてさて、モリエール、本名ジャン=バティスト・ポクラン、この人の生涯がまた突拍子もなくおもしろいんですが、ここでは涙を飲んで割愛します。図書館などに白水社の全集があるかと思います。その巻末にかなり詳しい評伝が載っていますので、もし興味がおありでしたら、ぜひごらんになってみてください。
長話に最後までおつきあいくださって、どうもありがとう。
こんなにたくさんどうもありがとうございます!
質問した甲斐があるというものです。(?)
じつはわたしはシェイクスピアの喜劇好きで、
シェイクスピアの喜劇といったらかなり笑えるものばっかりなので、「ドン・ジュアン」のようなもので喜劇というのは驚きでした。
シェイクスピア以外の劇を読んだのも初めてで、
物語に脇筋がなくて、はじめから終わりへ、一直線にすすんで、読み終わったときは「えーっ、もう終わりなの!?」と思いました。
「タルチュフ」は、偽善者が悪事を重ねて人を騙す痛快な作品だと紹介されていて、期待していたらかなりあっさりおわったのでちょっと残念でした。
「リチャード3世」のように悪人の美学がないというか、う~ん。。。
ghostbusterさんのおっしゃる、「モリエール自身の生涯」がなんだか面白そうですね。こっちのほうに興味がわいてきました。(笑)
評伝を読んでみます!
どうもありがとうございました!!!
No.3
- 回答日時:
吉本のは、上方落語のストーリーに上方漫才の会話を融合させたものだと思いますので流れが違うんじゃないかな・・・・
喜劇というのはもともと皆さんが仰るとおり「喜ばしいことを書いた韻文」なんで、笑えるのも笑えないのもあります。(少なくとも今の私たちの感覚では。)
もっと強烈なのでダンテの「神曲」。
これの原題は「Divina Comedia」で、直訳すると「神様の喜劇」「神聖喜劇」ですが・・・まあダンテが政敵をかたっぱしから地獄に落として(それも生きたまま)いるところは笑えるかもしれないですが・・・少なくとも私たちの感覚で「笑える劇」などではとてもありません。(劇でもないし)
モリエールはルイ14世の宮廷劇作家なわけでこれまたちょっと性格が違ってきますが、2のかたの解説が詳しいのでこのくらいにしておきましょう。
ご解答ありがとうございます!
「神曲」の原題はなんか面白いのだときいたことがありますが、成る程(笑)。
明日使えるすてきな知識をありがとうございました^_^
No.1
- 回答日時:
↑
このあたりが参考になるかと。「喜劇」というのは、「悲劇」の対を指す言葉であって、基本的にはハッピーエンドですが、「笑い」を追求したものとは限りません。むしろ、吉本のようなものはファース(笑劇)に分類されます(これも喜劇の一分類といえばいえるのでしょうが、笑劇イコール喜劇ではありません)。モリエールでしたら『スカパンの悪だくみ』がyawarakajuicyさんの想像する「喜劇」に近いでしょう。『ドン・ジュアン』の場合希代の色魔ドン・ファン伝説を芝居にしたもので、主人公が表向きには「悪人」であるがゆえに、彼が滅ぶことは「喜劇」になるわけです。(モーツァルトの、同じ題材のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』も、やはり同様の結末です)
なるほどー、悪人が滅ぶから喜劇!
でも彼にたぶらかされた人達や、「給料!」と嘆く
従者のことを思うと素直に喜べませんね;
どうもありがとうございました!
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