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精神的な活動・本能的な活動の根幹を成すもの、と言われている『心』ですが、その位置はどこにあると思いますか?
いつの頃か、心理学の講義を受けたコトがあり、その際に「自分の『心』がありそうな場所を手で押さえてください」と言われ、私は自然と胸を押さえていました。
周囲を見てみると、大多数の人が胸を抑えていたのですが、頭や腕を押さえている人も数人いたのです。
個人の感受性の問題だと思うのですが、皆様はどこにあると思いますか?

A 回答 (6件)

心があると思うのは胸(腹でも背中でもよいです)、


本当にあるのは頭(脳とか延髄、中枢)です。

胸は、生理的にドキドキしたり気持ち悪くなったり、
あるいは苦しくなったりする症状が出る場所なので、

昔の人はそこに心があると考え、
それがいまにも残っているのではないかな?

でもいまの医学では心 = 脳ですよね。
これ以外には考えられません。
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こころというものも脳の働きだ、というのが脳の専門家の共通認識のようですが、疑問に思っております。

ま、どシロウトの私が疑問に思ったところが、道に落っこちてる一円玉みたいなもの、誰にも見向きもされないのですが。

感情の動きにこころの現れを認めるとしたら、私は、やはり、こころは心臓にあると確信しています。というのも、わたしのそばにいるひとの、喜びとか落胆とか驚きとかのさまざまな感情は、そのひとの心臓のあたりから伝わってくるからです。脳の専門家がいうように、脳にこころがあるなら、その感情は頭部から伝わってくるのではないでしょうか。しかしこれまで、そんなことは、いちどだって経験したことがありません。

脳の専門家の説明が聞きたいな。
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やっぱり心臓の位置と同じですね。

 私の場合、
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 心を「精神的な活動・本能的な活動の根幹を成すもの」と此処では定義してるんですよね。


 知識としては、もしくは理解としては頭です。考えたり感じたりしているのは脳と様々なメディアを通して知りましたから。

 ですが、私の心の中(笑)では、心は「身体全体にある」ものだと思っています。それこそ、頭や胸から手足の指先爪の先まで。
 全身で心を包み、全身が心に包まれているんだと、そう感じています。

 あなたの受けた講義で、私は何処を手で押さえればいいんでしょうねぇ。
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私の場合、「右のかかと」ですね。


例えば、色々悩んだりした時になぜか痛くなるんですよ。特に悲しくて切なくて、辛い時に泣いているとウズウズ痛くなります。
昔骨折をした部位が、低気圧が近づくと痛み出すのと似たような感じです。
だから私の場合は胸に「心」はないようです。

答えておきながら、ちょっと恥ずかしくなってきました。。。
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ちょっと変な考えですが……。


コンピュータを例にして考えると、連中は人間が入力したデータを処理して、それに基づいた結果を人間に返します。
しかし、コンピュータが自分のやっている事を理解しているでしょうか?
コンピュータの返す結果は人間がいなければ何の意味もない、ただの記号の羅列ではないでしょうか。
人間も同じように、目で見て、考え、行動するけども、それら一連の処理の意味を自分では理解していないコンピュータで、人間とは別に心という、人間の行動に意味をもたせ、楽しんでいる存在がいるのではないかな、と思ったりしてます。
身体の中にはない、に一票……。
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