動詞の方の「候ふ」に、
・「あり」「をり」の謙譲語。…ございます。…あります。
・「あり」の丁寧語。…あります。…ございます。
とありますが、丁寧語と謙譲語を区別する方法はありますか?
教えていただけると、ありがたいのですが…。

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A 回答 (1件)

> ・「あり」「をり」の謙譲語。

…ございます。…あります。
> ・「あり」の丁寧語。…あります。…ございます。

 上の説明は、どの辞書または参考書のものかわかりませんが、間違っています。

 文中に「候ふ」が出てきた場合、まず、本動詞か補助動詞かを見極めてください。

 補助動詞であった場合は、「~でございます」「~ております」「~ます」「~です」といった丁寧語になります。
 たとえば、「『……』と申し候ひつれば、」の「候ひ」は丁寧の補助動詞で、したがって口語訳は「『……』と申しましたところ、」になります。

 本動詞であった場合には、謙譲語、丁寧語両方の可能性がありますが、これは意味で判断するしかありません。
1.謙譲語
・「仕える」の謙譲語。「お仕えする」
・「行く」「訪れる」の謙譲語。「うかがう」「参上する」
・貴人の「そばにいる」意の謙譲語。「伺候する」「お控えする」「お手元にある」
・貴人に「従っていく」意の謙譲語。「お供する」
2.丁寧語
・「あり」「居り」の丁寧語。「あります」「おります」「ございます」

 たとえば、「高き木候ふ」の「候ふ」は、本動詞「あり」の丁寧語で「あります」の意になりますし、「宮に候ひし童」では、「候ひ」は「お仕えする」という意の謙譲語と考えられます。「候ふ」相手があり、その人物を敬っているとみなすことができる場合は、謙譲語と考えていいでしょう。

 何か疑問点があったら、補足してください。
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Q古典文法の「謙譲語」について

古典文法の「敬語」の中の「謙譲語」は、話し手が(登場人物の)動作の受け手に敬意を払って、動作の受け手の行動に対して使うもの、という説明が一般的ですが、「謙譲語」というのは、話し手が自分の行動に対して(へりくだる意味で)使うものではないのですか。少なくとも、現代語ではそうなっている気がするのですが。文語と口語では、謙譲語のニュアンスや使われ方が違うのか、それとも、私の解釈がおかしいのでしょうか。教えて下さい。

Aベストアンサー

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書くなら1-1のようになりますし、
自分の立場を明らかにするなら1-2のようになります。
つまり、現代の小説は中立の立場で書くのに対して
古典の作者は、だれだれに仕えているという立場にたって
物を語っているので、そこには位に順列がつくのです。
〇校長先生>▲先生>私
ということになると、「私」の行動はもちろん一番下なので、すべて相手をたてる敬語になります。
また、「校長先生」も、この場合一番上なので、無条件に敬語の対象となります。
微妙なのが、この「▲先生」。「▲先生」はもちろん「私」より上の立場なのですが、同時に「〇校長先生」よりも下の立場にあります。「▲先生」自身が自分の行動を言うときは「〇校長先生」に対して敬語をつけるだけでいいのですが、「私」が「▲先生」と「〇校長先生」のやり取りを語る場合、謙譲語と尊敬語が必要となるわけです。
例えば、「▲先生」が「〇校長先生」に資料を渡す場合、「▲先生」自身は『私(▲先生)は〇校長先生に資料をさし上げた』となります。もちろん、この場合、「さし上げる」は謙譲語ですよね。
ところが、その場面に「私」が出くわして、◇先生にそのことを話す場合、「▲先生は〇校長先生に資料をさし上げていらっしゃいました」となるわけです。つまり、「さし上げる」の謙譲語を▲先生の行動に使って、▲先生の〇校長先生に対する敬意をあらわし、「いらっしゃる」の尊敬語を使って「私」の▲先生への敬意をあらわすのです。
そう考えると古典も現代もそう変わらないのではないでしょうか。
ただ、現代では、他人の行動に謙譲語を使用するのは全て失礼にあたるという感覚があるようなので(もちろん、古典の世界でもただ単に使用すれば失礼でしょうが)、使用する事が少なくなってきているのかもしれません。
長くなってしまいましたが、参考になれば幸いです。

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書...続きを読む

Q丁寧と丁重

丁寧にお断りします、とは言わないけど丁重にお断りしますっていいますよね。
あれは何故「丁重」の方が正しいのでしょうか。
丁重は見た目、丁寧は心のこもった状態って言いますが、
心をこめて断る時って丁寧を使う方があっているわけじゃないですよね。
何故なのでしょうか。

Aベストアンサー

>丁寧と丁重
丁寧にお断りします、とは言わないけど丁重にお断りしますっていいますよね。
あれは何故「丁重」の方が正しいのでしょうか。
丁重は見た目、丁寧は心のこもった状態って言いますが、
心をこめて断る時って丁寧を使う方があっているわけじゃないですよね。
何故なのでしょうか。

       ↓
同意語であり、文字&読みは違っても意味合いは同じであり、同義語の読みも意味も同じとは少し異なる。
実際に日常生活では、文節や会話の流れやセンテンスの中に於いて、語韻や慣用で何れかを用いるケースが多い。

一応の原則的な使い分けは「事例→丁寧なお礼を賜りor丁重にお礼をさせて頂く」

◇丁寧:聞き手・相手に対する敬意を表す言葉。臣は親切・手厚い・深く気を配る事。

◇丁重:自らの言動で親切・手厚い・十分に注意して行う様子。

Q『セビリアの理髪師』の筋に不可解な点がございます

ボーマルシェの戯曲『セビリアの理髪師』を、ロッシーニのオペラを通して鑑賞しました。戯曲自体を読んでの疑問ではございますのであれなんですが、ロッシーニの音楽のDVDを聴いて筋の上での疑問なので、音楽のカテゴリーではなく文学のカテゴリーがふさわしいと思います。

第一幕の終わりのほうで、バルトロの家のなかで、兵士に扮したアルマヴィーヴァ伯爵がバルトロと喧嘩をしていて、そのうち騒動に気づいた警備兵の一群がバルトロの家のなかに入ってきて、アルマヴィーヴァを逮捕しようとします。そこでアルマヴィーヴァが自らを伯爵であることを打ち明けます。それで逮捕を逃れます。少なくともここまではDVDを見てわかったことです。

第二幕で、バルトロの監視下に常に置かれ、籠の鳥状態であったロジーナを救い出すために真夜中にフィガロに先導されたアルマヴィーヴァ伯爵がロジーナのもとにやってきます。しかしロジーナは、アルマヴィーヴァにあてて書いたロジーナの手紙が伯爵の愛人の手に渡ったという偽の情報を信じており、アルマヴィーヴァ伯爵に駆け落ちすることを断ります。しかしアルマヴィーヴァ伯爵が、みずからがアルマヴィーヴァであることを打ち明けると態度が一変、陶然とし、自らの運命をアルマヴィーヴァとともにすることとします。

しかし第一幕終わりで既に、兵士に擬装したアルマヴィーヴァ伯爵は自らをアルマヴィーヴァ伯爵と認めているのに、なぜ第2幕でロジーナは音楽教師に擬装した伯爵を伯爵とわからないでいたのでしょうか?第一幕の「酔った兵士」イコール「音楽教師」とわかっているはずなのに、第一幕で「酔った兵士」イコール「アルマヴィーヴァ伯爵」と伯爵自ら宣言しているのに「音楽教師」イコール「アルマヴィーヴァ」がロジーナにはわからなかった、というのはどうしても理解できません。解説をぜひお願いします。

ボーマルシェの戯曲『セビリアの理髪師』を、ロッシーニのオペラを通して鑑賞しました。戯曲自体を読んでの疑問ではございますのであれなんですが、ロッシーニの音楽のDVDを聴いて筋の上での疑問なので、音楽のカテゴリーではなく文学のカテゴリーがふさわしいと思います。

第一幕の終わりのほうで、バルトロの家のなかで、兵士に扮したアルマヴィーヴァ伯爵がバルトロと喧嘩をしていて、そのうち騒動に気づいた警備兵の一群がバルトロの家のなかに入ってきて、アルマヴィーヴァを逮捕しようとします。そこでア...続きを読む

Aベストアンサー

以下サイトの中段「あらすじ」はお役に立たないでしょうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%93%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E7%90%86%E9%AB%AA%E5%B8%AB

第2幕
「バルトロが家にいると、今度は音楽教師ドン・バジリオの弟子ドン・アロンゾに化けた伯爵がやってくる。
… ロジーナは一目で伯爵(彼女にとってはリンドーロ)と気づき、
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Q大原や蝶の出て舞ふ朧月

『大原や蝶の出て舞ふ朧月』の
解釈のようなものを知りたいのですが、
どなかたご存知ではありませんか?

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私の解釈を書きます。何も参考になるものを見ていないので、一般的な解釈かどうかわかりません。参考にはならないとは思いますが…。

内藤丈草は、芭蕉の弟子で、17世紀後半、江戸時代はじめの俳人ですよね。大原は、京都の奥座敷、大原を指しており、大原は平安時代から、寺院などが多い山里でした。当然、周りは林だらけなので、虫も多いでしょう。

蝶といえば春の季語、おぼろ、おぼろ月も春の季語ですから、春の情景を詠んだものでしょう。「朧」(おぼろ)は、「霞」(かすみ)の夜バージョンの呼び名で、霧ほど濃くないかすみ方をしているもの。おぼろ月は、かすんだ月で、風の強くない湿度の高いときになります。一方、江戸時代もまだはじめのころは、蝶と蛾をはっきりと区別していません。ですから、ここで詠んでいる蝶は、昼飛ぶ現在の蝶ではなく、夜飛ぶ蛾のことを指している可能性が高いです。蛾が夜飛ぶ条件は、ある程度以上気温が暖かいこと、風があまりなく、湿度が高めなこと、なので、おぼろ月と蛾の飛ぶ条件は重なるので、この推測を裏付けます。また、蛾が飛んでいるのが見える、という情景から、月明かりが結構明るいことが想定できます。

出て舞う(いでまう)とは、ただ飛んでるんじゃなくて、出てきて飛び出す様子を描いています、明るくて穏やかな月夜に誘われるように飛び始める様子だと思います。春は気温が低いので、蛾は暖かい夜じゃないと飛びません。寒い夜は林の葉の陰に隠れてじっと夜をすごしています。

蛾の飛び方は、一般に蝶ほどしっかりしてなくて、あっちいったりこっちいったり、踊っているように見えます。明るい月夜に蛾の飛ぶ情景は、非常に美しいもので、蛾の翅がつきの明かりを反射しますので、蛾のはばたきにあわせて翅がかすかにきらきら光ります。(現代の街灯だともっと強く光りますが)ちなみに、夏の蛾と春の蛾は種類も違っていて、春の蛾は個体数も少ないです。そこらじゅう蛾だらけで気持ち悪い感じにはなりにくいです。

という感じで、山里の穏やかで暖かな春の夜、霞のかかった明るい月夜に、蛾が誘われるように飛び交う情景を詠んだ句だと思います。そこに、どんな思いを込めたのか、これはこれを読んだ人1人1人が感じるところがあるでしょう。純粋にその光景の美しさなのか、冬の終わりと春の訪れなのか(大原の冬は寒いですよね)、山里の自然の豊かさなのか、お寺での修行の合い間の息抜きの一コマなのか、いろいろあるんだと思いますが。

蝶というのを、いわゆる水商売の女と考えても、それなりの解釈ができそうですが、後代の川柳じゃないので、それはちょっと違うような気もしますので、省略。

私の解釈を書きます。何も参考になるものを見ていないので、一般的な解釈かどうかわかりません。参考にはならないとは思いますが…。

内藤丈草は、芭蕉の弟子で、17世紀後半、江戸時代はじめの俳人ですよね。大原は、京都の奥座敷、大原を指しており、大原は平安時代から、寺院などが多い山里でした。当然、周りは林だらけなので、虫も多いでしょう。

蝶といえば春の季語、おぼろ、おぼろ月も春の季語ですから、春の情景を詠んだものでしょう。「朧」(おぼろ)は、「霞」(かすみ)の夜バージョンの呼び名で...続きを読む

Qこの世をばわが世とぞ思ふ望月の

「この世~」という道長の歌ですが、自分はこの歌を最初に知ったとき、「わたしの権勢も今は絶頂だけど、いつかは満月も欠けていくように衰えていくのだろう。」というネガティブな意味だと思いましたが、そういう解釈は変でしょうか。また、これは本当に道長の作なのでしょうか。道長はこんなに傲慢なやつだったのだと言いたいために、誰かが作ったということはないでしょうか。

Aベストアンサー

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 参考になさってください。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1526097.html


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