徒然草のあやしゅうこそものぐるおしけれ

色々な思いが浮かんできて心の高ぶりを感じる
という解釈は適切ですか

A 回答 (3件)

あえて不適切とは言いませんが、下記二つの辞書の内容とはちょっと違うような気がします。

なかなか、微妙な所です。作者が本当の所どういう気持ちだったかは分かりにくい表現ですね。

[小学館 全文全訳古語辞典]

もの-ぐるほ・し 【物狂ほし】 〔‥グルオシ〕
最重要語
〔形容詞シク活用〕 正気を失ったようだ。
例「あやしうこそものぐるほしけれ」〈徒然草・序〉訳「妙に正気を失ったような気持ちになる。」

要点
動詞「くるふ」の形容詞化した「くるはし」の変化した「くるほし」に、接頭語「もの」が付いた形。

[旺文社 古語辞典]

もの-ぐるほ・し
 狂気じみている、なんとなく気が変になりそうだ
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「あやしゅうこそ」は「ものぐるおし」という状態になる自身を客体化して評価する言葉です。

「色々な思いが浮かんできて心の高ぶりを感じる」自身を「不思議だ、妙だ、なんでそうなるのだろう」と思う心境です。
色々な思いが浮かんできて心の高ぶりを感じる、それは説明が付かずとても不思議なことだ。
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高ぶるのではなくて、心に様々な感情が湧いてきて不安定になることです。


どうしようもなく感傷的になってしまうよ。ということではないでしょうか?
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Q徒然草序文の口語訳について

『つれづれなるまま・・・・・』の序文の終わりである『あやしうこそものぐるほしけれ』←この部分の口語訳は、どういったものが最適なのでしょうか・・・。もしご存知の方、もしくは、この解釈はどう?という意見が御座いましたら、是非教えて下さい。
ちなみに私は『不思議なくらい、言うなれば、気が狂ってしまったかのようだ。』と解釈が出来るのではないかと思っています。いかがですか?

Aベストアンサー

jakyyです。吉田兼好の思想から考えると序文を
どう解釈するかがわかります。

【 吉田兼好】
吉田兼好は宮廷に仕え、祖父の代からかかわりの深い堀河家の諸大夫ともなりましたが、
1313 年 (正和 2) ころ出家しました。
歌人としても優れ、二条為世門下の四天王の一人と賛えられました。
徒然草の執筆は1317年から1331年ですが、
構成は枕草子を参考にしながら世間の見聞、感想、
実用知識、有職の心得など多彩にわたっています。
しかし、この随筆の根底には仏教思想があります。

【徒然草序文】
吉田兼好は山科の年貢米で生活をしながら、
朝晩、仏と向き合い、また机に向かって随筆を書いていました。
一人暮らしで時間が十分あるので、気を紛らわすために徒然草を書き綴ったのでしょう。
序文の「あやしうこそものぐるほしけれ」の解釈は
「どうしょうもない位、不安な気持ちになってきたものだ」でいいと思います。

【ものぐるほし】
言葉の意味は「正気を失ったようだ、冷静な心がないようだ 」という意味です。
解釈によっては「狂乱」という意味も含まれていることもありましょう。
しかし「ものぐるほしけれ」をそう解釈するのはどうかと思います。
というのは、随筆の根底に流れる温かみのある兼好法師の仏教思想からすれば、
狂ったとか、異常であるという意味があったとしても言葉は解釈としては適切ではないと思います。

jakyyです。吉田兼好の思想から考えると序文を
どう解釈するかがわかります。

【 吉田兼好】
吉田兼好は宮廷に仕え、祖父の代からかかわりの深い堀河家の諸大夫ともなりましたが、
1313 年 (正和 2) ころ出家しました。
歌人としても優れ、二条為世門下の四天王の一人と賛えられました。
徒然草の執筆は1317年から1331年ですが、
構成は枕草子を参考にしながら世間の見聞、感想、
実用知識、有職の心得など多彩にわたっています。
しかし、この随筆の根底には仏教思想があります。

【徒然草序文】
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Q徒然草の七八

今様のことどものめづらしきを、言ひ広め、もてなすこそ、またうけられね。
世にこと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。
いまさらの人などのある時、ここもとに言ひつけたることぐさ、もののななど、心得たるどち、片端いひかはし、目見合わせ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はすること、世慣れず、よからぬ人の必ずある事なり。

全部書きましたが、わからないのは3文目の「心知らぬ人に心得ず思はすること」です。
「心得」も「心知る」も〔事情を知る〕というような意味が辞書に載ってますが、うまく訳せません。
「事情の知らない人に・・・・」
の後が続きません。ので、教えてください。

Aベストアンサー

>「心得」も「心知る」も〔事情を知る〕というような意味が辞書に載ってますが
というところまで判っているのだったら、それ以上あんまり悩むことはないような気がしますが...

「事情を知らない人に、わけがわからないと思わせること」
ではいけないのでしょうか?

もう少し言葉を足して訳せば、

事情を知らない人に「わけがわかんないよ~。(大事なことなのかな~?そうだったら困るな~。なんだか心配だな~)」などと思わせるのは
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深読みしない素人の、あまり役に立たない回答でした。

Q徒然草

徒然草の「この人を具して、往にけり」とは現代文でなに

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  この人を連れて(一緒に)行きました。

Q徒然草144段「悲田院の~」

現代語訳にしてもらえないでしょうか?
明日までにちょっと必要なのですが、どうかお願いします。

Aベストアンサー

Jwill さん、こんばんは~☆♪

> 徒然草144段「悲田院の~」

第141段 『悲田院の堯蓮上人は ・・・』ですね。

お役に立つかどうかわかりませんが、

下記のサイトに少し解説が記載されております。

http://www.sinfonia.or.jp/~akiaki/kyo/ture141.html

少しでもご参考になれば、幸いです。


ではでは☆~☆~☆

Q徒然草 第六十六段 岡本関白殿・・

岩波の原文で読んでいるのですが、
この段で何を言わんとしているのか、よくわかりません。

そもそも、岡本関白殿(近衛家平)が、
キジのつがいを木の枝につけて差し出すよう
武勝に命じたことにどのような意味があるのでしょうか?
その後に繰り広げられる武勝の薀蓄もいまいちわかりません。

Aベストアンサー

有職故実、わかりやすく言えば作法の世界です。鷹狩の獲物をプレゼントするにはそれなりの決まりがあったのですが、ここでは主君が作法を無視したプレゼント方法を指示したのに対して、家来が作法に則ったやり方を主張し、結局主君も折れた、家来が作法を縷々説明した。兼好もこの家来を指示しつつ若干の疑問を呈しているものです。
沼波瓊音(ぬなみ・けいおん。1877-1927)の『徒然草講話』(大正十四年。修文館)の「評」には次のようにあります。
鷹の取つた鳥を枝に着けて進物にすると云事即ち所謂「鳥柴(としば)」に就ての叙説である。武勝は唯鷹飼である。しかしこの式法のオーソリチーなるが故に、主人関白の命を峻拒し、「花に鳥つくるすべ知り候はず、一枝に二つつくることも存じ候はず」と毅然として言放つたここの点が、先づ兼好の大いに気に入つた所である。なに事にまれ一事に通じた人には兼好は敬意を表するのである。(下略)


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