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ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ

この文末の「らむ」が連体形になる理由を教えてください。
終止形だと思ったのですが、、。係結びも見つからないので、わからなくなってしまいました、、。

質問者からの補足コメント

  • あ、ごめんなさい、お礼の文章、誤変換です、
    現在推量現在→現在推量
    です。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/04/06 16:16

A 回答 (2件)

お礼コメントを読みました。


こちらも言葉足らずですみません。この「らむ」は現在の原因推量と説明されるところですね。それで「どうして~だろう」と解釈する。
ただ、この歌では「現在の原因推量」に加えて、「しづ心なく散る」ことへの詠嘆が込められていると解釈して、連体止めの用法と見ます。
詠嘆が込められていない終止形の形だと、単純に疑問に思うだけ…みたいな感じで、桜が散り急ぐことを惜しむ気持ちはそこにはないですよね。

なお、現在の原因推量は、疑問の副詞「など」等を伴う例や、「~ば」という形とセットで使われる例が多いです。それ以外だと文脈判断ですね。
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この回答へのお礼

なるほど!!!!!
わざわざありがとうございました、、、、、!!
すっごく納得できました!!!!!
判断方法も知りたかったのでとても助かりました!!!!
本当にありがとうございます!!

お礼日時:2021/04/06 16:32

係助詞がなくても文末を連体形で終止する場合があります。

『枕草子』冒頭の「やうやう白くなりゆく山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」の文末も同じく連体形です。これは「連体止め」と言って、詠嘆や強調の気持ちがこめられています。
「しづ心なく花の散るらむ」の「らむ」は現在推量で、直訳すれば「落ち着いた心もなく桜の花は散っているだろう」となりますが、歌の解釈としては疑問や詠嘆の気持ちをこめて「”どうして”落ち着いた心もなく桜の花は散って”しまうのだろうか”」となります。
この疑問や詠嘆の気持ちは終止形では表現できないので、「らむ」は連体形で、連体止めの用法である、という解釈です。
その他、疑問詞が省略されている表現形式だという解釈もあるようです。係り結びは疑問詞でも起こるので、そういう解釈もできるでしょう。
ただし、中学や高校の教科書的には「連体止め」と説明されると思います。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
連体止め、、、、なんだか授業で聞いたかもです、、。
ちなみに、現在推量現在とおっしゃっていましたが、私のプリントでは、(現在)原因推量と表記されているのですが、どちらでも良いのでしょうか、、?

お礼日時:2021/04/06 16:14

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