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「そこなりける岩に指(および)の血して書きつけける」という文の文末の「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形だと思うのですが、係り結びの係助詞もみあたらないのに、なぜ文末ば連体形なんでしょうか?疑問の副詞があるときも、係り結びになるらしいですが、それもみあたりませんし。。よければ、意見きかせてください。ちなみに、出典は伊勢物語です。

A 回答 (5件)

当該箇所の場合、「書きつけける」の直後が歌なので、



書き付けた(歌(は以下の通り)):~

みたいなことを言いたいのを省エネしていると考えれば良いと思います。用言が体言的に働く歴とした準体法で、このような場合は、「余韻」とはあまり関係なかろうと思います。

また、既に例が出ていますが、連体形で文を結ぶことによって「余韻を与える」とされる用例もあります。連体形というのは本質的に体言的なもので(だからこそ準体法が可能なのですが)、文を連体形で終えるということは、文末に体言があるのと同様の効果となります。これは現代語で言えば「~の(だ)」に相当します。

 紫たちたる雲の細くたなびきたる(『枕』)
  →紫がかった雲が細くたなびいているの(ウットリ)。
 雀の子を犬君が逃がしつる(『源氏』若紫巻)
  →雀の子を犬君が逃がしちゃったの!(プンプン)

みたいなもんです。意訳ですが。これをただ「余韻」という曖昧極まりない用語で説明して片付けるのは学校文法の怠慢だと思います(室町時代になって、活用語の終止形は連体形に合流してしまうので、仮に連体形=余韻だとすると現代の全ての文が余韻含みになることになってしまう。だいたい「余韻」って何でしょう)が、まあこのように説明される用法もあるということです。

一応この二つを、学校ではあまり説明してくれませんが、気に留めておくと良いでしょう。
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平安時代にはまだ連体形の終止用法は完成していません。

準体法の意味合いの方が強いようです(テストで解答するときは、連体止めとした方がいい、か、な)。

春は あけぼの(体言)(なり)。
(春は) 山際少し明かりて、紫たちたる雲の細く棚引きたる(準体)(なり)
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これは「連体形止め」と言います。


体言止めと同じように文に余韻を与えるための表現方法です。
次の例と同様です ( ^^

紫だちたる雲の 細くたなびき “たる”
(『枕草子』 春はあけぼの)
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準体法の連体形です。

動詞・形容詞を名詞と同じように働かせるものです。
「指の血で書き付けたの(は)」「……書き付けたこと(は)」という感じで、ここは次に歌がありますから、「……書き付けた歌(は)」でもいいでしょう。
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ける〔もの〕が略されてるんじゃなですか。


現代でも
~のような〔気がする〕を略すなどあります。
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