「 大工町 寺町米町 仏町 老母買ふ町 あらずやつばめよ」

この作品の逐語訳、情景を教えて下さい。
相当せっぱ詰まってます(汗
あと、読み方も教えていただけませんか?
お願いします(土下座
ちなみに

大工町 寺町米町 仏町

は地名ですよね???

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

遅い解答になったけど、ま、時間があったら読んでみてください。


ご質問の短歌は、寺山が監督した映画「田園に死す」をご覧になったら、分かりますよ!
「田園に死す」は自らの少年時代を軸に、現実と想像をさまよう作品ですが、
印象的なのが東北なまりで詠まれる寺山の短歌。
「だいくまち てらまちこめまち ほとけまち ろうぼかうまち あらずやつばめよ」と東北なまりで詠んでます。
町はすべて実在しませんが、ニックネームでそう呼ばれていた可能性は大いにあり。それがヒントになったかもしれませんね。
寺山はそれぞれの町で、生から死までを象徴するものというより、生活に必要最低限欠かせないもの、大工(新居や家の修理)、お寺(葬式・法事)、お米屋(ゴハン)、仏壇屋(仏壇や線香)を並べ、最後に今まで生活に必要だった母が老いて自分が独り立ちしたら、こんな老母なんか雇ってくれるところがあるんだろうか?やっぱり一生離れられないのかあというアキラメ半分、早く家出して独立したいという気持ち半分という複雑な心境を詠ってます。
このおっかさん、ものすごい気性の激しい方で、シューちゃんは死ぬまで悩まされつづけた。何せ寺山ハツさんはシューちゃんが喜ぶだろうと少年雑誌を買い与え、シューちゃんが本に夢中になって自分の話を聞かないと、その雑誌を火鉢に放り込んだり、女学生時代、何かでクラスメイトにケチをつけられ、裁縫バサミでケチをつけた相手を切りつけたり。
気に入らないことがあると、ぐわ~っとゴジラみたいに暴れるおっかさんで、しかも女性の汚い面を見せつけられたら、成人したらサヨナラしたいと思う。でも母親に金を送るだけで別居できる冷血なシューちゃんじゃなかったんで、その複雑な気持ちを短歌で昇華してるなあ。
映画「田園に死す」で主人公=シューちゃんにべったりつきまとう母親は親一人子一人でも尋常とはいえない。で、現実の自分が忌々しい過去の母親を殺そうとするんですが・・・。ビデオもDVDも出てます。
    • good
    • 0

こんばんは~~


う~~~ん
これ初めて読んだんですけど
普通の感覚では
母が恋しくて母を買いたいんじゃないの?かと思ったんですが
母を売る町なの?
そういう意味??
┐('~`;)┌
    • good
    • 0

 回答No.1の追加補足です。

(^^;)

 「もし母を疎ましくおもったらこんな心情になるだろう、ということを詠んだ歌」と書きましたが、寺山修司はけっこう現実ではない、フィクションを歌にする人ですから、この歌の心情が、そのまま寺山修司の自身の母親への心情ではないということを言いたかったわけです。ちょっと舌足らずな言い方でした。(反省)

 作者を抜きにこの歌だけを考えたら、母を捨てたくなるほど母の存在がうとましくなっている気持ちを詠んだ歌と考えていいと思います。それも、寝たきりで介護が大変とかいう現実的な理由が大きいのではなく、多分に心情的なものからくるうとましさではないかと思います。
    • good
    • 0

 あれっ、なかなか回答がありませんね。

私なんかが出しゃばらなくても、寺山ファンの方はけっこう多いだろうから、誰か詳しくコメントしてくださるだろうと期待していたのですが。

 ええと、まず読み方は「だいくまち てらまち こめまち ほとけまち ろうぼ かうまち あらずやつばめよ」でいいですかね。

 逐語訳は「大工町、寺町、米町、仏町と様々な名前の(したがってさまざまな暮らしぶりの)町があるが、私の年老いた母を買ってくれる町はないだろうか、つばめよ(教えてほしい)。」ぐらいかな。「~町」は具体的にどこの都市の地名ということではなさそうです。

 大工町や寺町は城下町として発達した都市ならどこにでもありそうな地名です。大工さんが集まって住んでいたり、宗教政策や都市防衛上の理由から寺院が集まって建てられていたりした地域です。
 米町は米屋さんが集中している町ということになりますが、ここらへんから少し現実離れしてくるんじゃないでしょうか。
 仏町というのはおそらく実在の地名ではないでしょう。現実的に解釈するなら仏壇屋さんの町ということになりましょうが、仏(のような心やさしい人)が集まってすんでいる町と理解してはどうでしょう。

 一種の「姥捨て」の歌ですかね。「面倒を見きれなくなってきた年老いた母を、買い取ってくれる町はどこかにないか、これほどいろんな町があるのだから、一箇所ぐらいはあってもいいんじゃないか。あったら教えてほしい、つばめよ。」
 自分を生んで育ててくれた母だから、山に捨てる訳にもいかず、追い出すわけにもいかず、まして殺すわけにもいかない。しかし、このままでは老母の存在が自分にとって負担でしかたがない。なんとかしたいという感じでしょうね。
 つばめは渡り鳥としてあちこち飛び回っていて、いろんなことを知っているはずだから尋ねているんだと思いますね。「地上の星」のありかなんかも教えてくれそうですし。(^_-)
 それに巣作り・子育てのイメージの強い鳥であることも関係しているのかな。

 ともかく、特定のどんな場面のどの情景での歌というより、もし母を疎ましくおもったらこんな心情になるだろう、ということを詠んだ歌だと思います。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q寺山修司のような短歌

寺山修司のように、虚構(フィクション)を好んで歌った歌人を探しています。
特に人生や生活の中の「私」からの解放を感じられる作品が良いです。
お勧めがありましたらお願いします。

Aベストアンサー

少し方向性は違いますが、
春日井 健 などいかがでしょうか。特に初期。

寺山修司と同人誌『極』を発行していた歌人の一人です。
ちなみに、同人には塚本邦雄、岡井隆が加わっていたと思います。

Qこの短歌の情景が浮かびません。。。

『やがて発光するかと思うまで夕べ追いつめられて白猫膨る』  
永田和宏

永田和宏の歌です

いま高2の国語で学習しているんですが、
情景がさっぱり思い浮かびません。。。。

古語ではないのでどなたか推測できる方はよろしくおねがいします!

Aベストアンサー

>『やがて発光するかと思うまで夕べ追いつめられて白猫膨る』  
永田和宏

「夕べ」とありますので、夕方薄暗くなった時の出来事だと思われます。
白猫が何かに追い詰められて毛を逆立てて威嚇する様子が、体は膨張し白い毛はますます白く鮮やかに見えて、暗い中でも(白く)発光しそうな程だ、という事ではないでしょうか。

Q寺山修司はなぜすごいのですか?

たびたび本屋や図書館に行きますが、いろんな本に寺山修司が天才のように書いてあるのを目にします。彼のどこが天才なのでしょうか?一般にどのように評価されているのでしょうか?その彼の天才である事が生い立ちなど関連があると思われるようなものがあれば教えてください。

Aベストアンサー

私は短歌が好きですので短歌のことだけしか知らないのですが、
寺山修司は独自の世界観を見事に創り上げていると思います。
独自の世界観=彼だけの短歌、とでもいいましょうか。
他の歌人とは一線を画しています。

寺山修司の世界だけを見ているとその素晴らしさはわかりません。
いろんな芸術、文学に触れてみると、
寺山修司の世界観の素晴らしさが際立ち、
よくおわかりになると思います。

Q「太平の眠りを覚ます米空母、たった一杯で夜も眠れず」 米空母は、カールビンソンの事です。この私が作っ

「太平の眠りを覚ます米空母、たった一杯で夜も眠れず」

米空母は、カールビンソンの事です。この私が作った狂歌は歴史に残るでしょうか?

Aベストアンサー

太平の眠りを覚ます米空母、核実験で戦争勃発

Q寺山修司の短歌なのですが、『わが拇印むらさき色に濁る日を 断崖にゆく涜

寺山修司の短歌なのですが、『わが拇印むらさき色に濁る日を 断崖にゆく涜るるために』の解釈が知りたいです。わかる方教えて下さい。

Aベストアンサー

いくつもの嘘に拇印をつきてきしわが親指に濁るむらさき
という歌があります。
そこから考えると、世俗の嘘(と思える)の契約で穢れてきた自分の日々は、その穢れ(涜れ)のために断崖を落ちるのがふさわしい、それほど自分の日常が肯定できない、それを叫びたい(というよりは述懐したい)というふうに私は思いましたが、自信はありません。

Q正岡子規「くれないの二尺のびたるばらの芽の~」の情景はいつ頃を指していますか。

 正岡子規「くれないの二尺のびたるばらの芽の針やわらかに春雨の降る」の情景はいつ頃を指していますか。
 季語で見ると春雨で春、しかしバラの季語は夏でまだ芽であるため、春雨は梅雨を表し6月中頃ではと思いますがどうでしょうか。

Aベストアンサー

これは、まさに「芽」でしょう。
木々の芽吹くときです。病床にある子規がバラの新芽の生命力の強さに憧れた歌だと思います。
まさに「春雨」早ければ2月、あるいは3月の歌だと思うのが妥当です。
「くれないの」というのは、バラの花ではなく、芽吹くときの先が赤くなることを指しています。或いは、子規自身が吐血したのかもしれません。
いろいろと想像力をたくましくすることが、詩歌の鑑賞には必要でしょう。

Q寺山修司の・・・

こんばんわ☆
最近寺山修司にはまりました。寺山修司少女詩集を読んだのですが、その中にある
「なみだはにんげんのつくることのできる一ばん小さな海です」
というのが好きです。これを読んでいてふと思ったのですがこの詩にある海とはいったいどういうものを表しているのでしょうか?みなさんはどう考えられますか?

あと、海に関するおすすめの詩やおすすめの詩集(海以外でもOKです!)などないでしょうか?あれば教えてください。


よろしくおねがいします♪

Aベストアンサー

寺山さんの言葉にはとてもかっこいいものが多く、
私もその『一ばんみじかい抒情詩』は好きなもののひとつです。
小さいものと大きなものの対比が面白いですよね

野暮を承知で言うなら
人間の遠い祖先は魚だったらしく
かつては海から生まれ水中に暮らしていたとか。
そのなごりで、人間の涙と海水はとてもよく似た成分だとか。
母の胎内の羊水も海水に似ているそうです。
寺山さんの作品には「母」にこだわったものも多く、
この詩の海も、母なるものの象徴でもあるでしょう。

寺山さんの海と言えば
ちょっとさびしい時にだまってみつめる海・・・

『猫の航海日誌』もおすすめです。

Q地獄にいる仏?

お願いします
たしか、慈悲深いためにすべての地獄の亡者が救済される
までと、ずっと地獄にいる仏様がいるという話を
聞いたことがあるのですが、名前を忘れてしまいました
教えて下さい。よろしくお願いします

Aベストアンサー

こんにちは。私も地蔵菩薩だと思います。

「今昔物語」に小野たかむら(すいません。変換できませんでした。。)が地獄に行った時、地獄の亡者を救済していたお地蔵様に会った話が出てきます。

(「地獄に仏」の仏も地蔵らしいですしね。。)

仏教的に見ても、釈迦が死んだ後次の如来が現れるまでの(56億7千万年後に弥勒が如来になる予定。)如来不在の時代、衆生救済を担当するのが地蔵菩薩です。
そんな背景があるので、地蔵は慈悲の仏として人気が出ました。(特に平安中期以降、末法思想の流行とともに地蔵信仰は広まってますね。)

Q寺山修司さんの作品で

記憶がおぼろげなのですが、寺山修司さんの作品で
『人は不完全な死体として生まれやがて完全な死体に返るのだ』
といったような言葉を含むものがあったと思います。
この作品のタイトル、収録されている本を教えてください。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

たびたびすみません。

思潮社の方は自信なかったのですが、今、ちょっと調べましたら、下記の「墓場まで何マイル?」に遺稿として掲載されているようです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4894561840/qid=1120701029/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/249-6593992-2789139

Q仏作家:カトリーヌ・アルレーの作品について

こんにちは。
今日の産経新聞に、大意以下のような記事が載っていました。「関西TVで放映中の連続ドラマ『わらの女』のヒロイン:類子役を演じている女優・櫻井淳子が久しぶりの連ドラ主役に奮闘中。原作は仏の作家:カトリーヌ・アルレーの『わらの女』。しがない境遇の女性・類子が、ある資産家の花嫁募集告知に応じる。ところがそれは計略結婚だった。しかし類子はひるむ事なく、そのたくらみに踏み出していく」
これを見て、はっと思いました。
これは、今から10年前?にNHKーTVで放映されたドラマと同じ原作でしょうか。その時は、類子役が大空真弓で、老資産家が(確か)加藤嘉でした。
老資産家を殺した後、それを悟られぬよう気を付けながら資産家を車椅子に乗せ、大空真弓が車椅子を押すシーンをなぜか鮮明に覚えています。
どなたかご存じの方 よろしく御願いします。

Aベストアンサー

同じです。

TVドラマについては
「TVドラマデータベース」が参考になります。
ここの「ドラマ全文検索」で「タイトル&番組名」で「わらの女」
を入れると出てきます。30年前にNHKでドラマ化されています。
質問者さんの見たのは再放送?

http://www.tvdrama-db.com/


人気Q&Aランキング

おすすめ情報