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噂で聞いた事があるんですけど・・・
日本の天皇家は、兄弟、従姉妹などと近親婚していったと言うのは本当なのでしょうか?
血が濃いと遺伝子疾患が多いはず。皇族には多いのでしょうか?

gooドクター

A 回答 (6件)

私もお公家さんの家系図を諳んじてるほどの知識はありませんが、原則的には天皇の后は藤原氏の女性がなります。


藤原氏といっても、光明子の兄弟たちも藤原4家(南・北・式・京の4家)に別れ、そのうち北家が主流になりますが、この北家も鎌倉時代以降は九条家・近衛家・二条家・一条家・鷹司家などの家名で呼ぶようになり、そこから三条家・西園寺家・閑院家などの分流が生じてますから、一族とはいえても、血縁関係があるとまではいえない気はします。
もちろん一族間で養子に入ったり結婚したりはしいますから、どこかで血縁はあると思いますけど。
昭和天皇の后の香淳皇后は久邇宮家の出身ですが、現在のような直宮家(天皇の子供や兄弟)ではなく、室町時代の皇族、伏見宮家の血統で、幕末に伏見宮邦家親王から分かれた宮家になります。
香淳皇后が后候補に挙がったときは、母方の島津家に色盲の遺伝があるとゴシップを流されましたから、遺伝は考えられていた時代です。
大正天皇の后の貞明皇后は、九条家の出身で、当初は別の方が后の候補に挙がっていましたが、肺病との噂が立ち、健康さには定評があった、九条節子が大正天皇の后となりました。
大正天皇は生まれたときから病弱で、何となく頭も悪い方というイメージが付きまといますが、皇太子時代は健康も回復し、学習院の成績も全くの中間(9番/15人中)で、何と言っても4人の男子の父親ですから、現在の基準で言えば虚弱な若者とはいえないと思います。
ただ性格的には繊細な方で、即位後は責任感に押しつぶされて健康を害され、晩年は昭和天皇が病床の父に代わって摂政として政務をみたので、影の薄い天皇ですが、人間味があるということで、私は好きな天皇の一人です。
大正天皇の母親は明治天皇側室の柳原愛子。
柳原家も、藤原北家の支流、日野家の分家になります。
明治天皇の母親は中山慶子、西園寺家の末流の中山家の娘になります。
大正天皇以前は、子供の死亡率も高く、昭和天皇のように皇后が生んだ子供が揃って成人するということは稀で、大抵は生き残った側室の子供が位を継ぎますから、藤原氏が后を送り込むようになってからは、そのものずばりの近親婚は無かったのではないでしょうか。
ただ同じ家系(といってもかなり大きいので血族ともいえない)から后を貰ってますから、似ては来ると思います。
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補足しておくと、現在の美智子皇后を初めての民間出身の后とするのは違和感があります。


それ以前は、万一天皇が崩御し、皇太子が幼いなどで、すぐに即位できない場合に、皇后が代理に政務をとることがありました。
そのため、皇后は皇族でないとまずいという考えがあり、聖武天皇の后の光明子以前はすべて皇族が天皇の后となり、推古天皇、持統天皇など夫に代わって皇位に就いた女帝は皇族出身です。
光明子の出身の藤原氏も姓は臣ですから、今で言う民間と考えてもよいと考えます。
美智子皇后の出身の正田家は財閥で、祖父の正田貞一郎氏は貴族院議員も務めた上流階級の人間ですから、庶民とはどうも言いにくいのですが、どうでしょうね。
また、桓武天皇の母親の高野新笠は、初の外国人出身の后となります。
彼女は百済王族の子孫和乙継の娘になります。
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この回答へのお礼

何度もご返答頂きありがとうございます。
回答を読ませていただきました。
失礼と存じますが、疑問が生まれてしまいました。
お答え頂けたら幸いです。

<過去では近親婚があったが、今の皇族には当てはまらない。

たしかに現代の皇族は民間の方と結婚されていますから当てはまらないと思います。
しかし昭和天皇と・・その以前の天皇は近親婚だと聞いています。
戦後まで血統を重んじる皇族が関係の無い他者のしかも民間の血を入れるとは思えないんですが、どうなのでしょうか?

度重なる質問申し訳ありません。

お礼日時:2006/02/25 23:53

遺伝子学では、


遺伝子疾患がある場合、

男の遺伝子と、女の遺伝子が、互いに悪い部分を修復しあいながら子孫を残します。

つまり、一方が、生まれながらに耳が聞こえない人間の子供でも、ちゃんと5体満足の体で生命を受ける事が出来るのです。

しかし、血縁の場合、遺伝子が酷似しているため、
修復する遺伝子が存在出来ない場合があります。

血が濃いと遺伝子疾患が多いはず。皇族には多いのでしょうか?

最初に戻りましょう。
大丈夫です。
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昔は同母(同じ母親から生まれた)兄弟姉妹を除けば、結婚が許されていました。


例えば、推古天皇は異母兄の敏達天皇の后になり、聖徳太子の父親の用明天皇と穴穂部間人皇女も欽明天皇の息子と娘ということです。
さすがに同母はタブーで、天智天皇は妹の間人皇女(孝徳天皇皇后)が好きであったが、このタブーにより結婚できなかったという噂もあります。
因みに、天智天皇は娘を弟の大海皇子に嫁がせてますから、これも叔父と姪の結婚ということになります。
近親結婚で遺伝子疾患が出やすいのは、劣性遺伝子が増幅される為で、異常な子供が生まれる反面、時として聖徳太子のような天才を生むことがあります。
民間から初めて天皇家に嫁いだのは、聖武天皇の皇后の光明子で、藤原不比等の娘になります。
それ以前は、皇后は皇族に限られ、民間出身の母親から生まれた皇子は皇位に就けない定めでした。
天智天皇の息子の大友皇子は地方豪族出身の母親から生まれたために正当な後継者とは認められず、壬申の乱で、叔父の大海皇子に殺されてしまいました。
光明子以降は皇族以外の皇后も認められるようになり、藤原氏が皇后を出すようになりました。
ただ、天皇家以外といっても、同じ一族から皇后が出るのは、遺伝的には問題ですね。
江戸期には、徳川氏の和子が後陽成天皇の中宮になり、娘の明正天皇が即位しています。
血縁の濃い結婚は、現在でも、犬のブリーダーなどは純血を守るために近親婚させることもあるようですが、異常のある子犬も多いとか聞きます。
昔の話ですから、現在の皇族には当てはまらないと思います。
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皇族には近親婚が多かったと聞きます。


詳しくないのですが、江戸時代には、将軍家から皇后(?)をお迎えする習慣もあったようです。
ようするに、まったく違う血が入る、ということが少なかったのかもしれません。
ヨーロッパのハプスブルク家は、従兄弟婚などが多かったせいで、17世紀くらいまでは、
「ハプスブルク家特有の面長の顔と厚い唇」という独特の顔立ちをしていました。
マルガリータ・テレサやフェリペ2世などなど、スペインやオーストリアの
ハプスブルク家の方々の肖像画は独特なお顔です。
お世辞にも美しいとは言えません。
マリー・アントワネットが絶世の美女のように錯覚されたのは、漫画やアニメの影響のようです。
血族婚が多いと、遺伝子上の異常や精神異常も多いようです。

現在の日本の皇族も、よく似た顔立ちの方が多いように感じます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やっぱり皇族で近親婚が多かったんですね~
皇族の血筋と関係ない人の血が入り始めたのは現代に
なってから(美智子妃)と思うんです。
だから愛子内親王を見てると「父親の遺伝子が濃いな~」って、すごく思うんですよ。違う血が多少入ったくらいでは変わんないだなって(笑)
精神異常・・・大いにありますね。今の皇太子の弟も
精神病だと聞いています。昭和天皇も血が濃すぎて精神病だったとか・・・
しかし、マリーアントワネットが美女では無かったんですね。ショックです~という事は彼女も何らかの疾患があったのでしょうか?

お礼日時:2006/02/25 23:30

そんなの常識です。


今の*皇后が始めて一般の人から嫁いだはずですよ。(貴族から嫁いだ人はいる)
天皇家の系譜図は色々な方がHPで出してるので「天皇 系譜図」でぐぐってみましょう。
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