日本語の文章で、主語の後につく「は」「が」についてお尋ねします。
大きく一まとめにすると、 
 「は」問題にしたい提題/topic
 「が」集中したい主体/subject
として、機能すると思っています。
例外はいっぱいありそうですが…。

たとえば、 
 「夕食の光景は昨日とだいたい同じだった。」
この文の「は」は「が」には変えられないと思います。
あえて、〇〇じゃなくてコレ!!と強調しなくてもいいtopicだからと解釈しました。しかし、
 「昨日ウサギについて話していた男が、僕らのテーブルに加わって、ネズミについてずっと話をしていた。」
(前文の続きです。)
この文に出てくる「が」は「は」に変えてもなんら変わりがないような、どっちでもいいような気がするんです。
ただ、それをどう説明すればいいのやら…

どのように説明すればいいのでしょうか。
よろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

「昨日ウサギについて話していた男が、僕らのテーブルに加わって、ネズミについてずっと話をしていた」


→「僕らのテーブルで何が起こったのか」に話題の焦点がある

「昨日ウサギについて話していた男は、僕らのテーブルに加わって、ネズミについてずっと話をしていた」
→「昨日の男が今日はどうしているのか」に話題の焦点がある

↑ご了解いただけるでしょうか?
「は」は係助詞で、上の語を強調する働きがあります。
だから「男」がどうしたかが話題の中心に置かれるわけですね。
それに対し「が」は格助詞で、上にくる主格の体言と、下に続く用言(または体言)を主述の関係で結びつける働きがあります。
もっと単純な例文で考えるとわかりやすいのですが、
AがBだ → Bなのが何かが問題
AはBだ → Aが何なのかが問題
ということで、「は」を用いると「は」以前の語が焦点になることがおわかりいただけるかと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

御礼が遅くなって失礼しました。
なるほど!焦点!!
そうですよね。
その文章の前に質問が来るとしたら、それは(は)と(が)によって違うものになってきますもんね。
なんだか、目の前が少し開けたような気がします。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/04 19:24

 


  まず、日本語は、明確に言明するのを避けようとする言語だということがあります。例えば、主語の省略は、主語を使っても、日本語として別におかしくないのに、しばしば省略されます。その理由としては、親しいあいだでは、主語を述べなくても場面や文脈で分かるからである、というのがあります。これはその通りなのですが、日本語の場合、日本文化が「忖度の文化」と言われているように、明確に主張しないで、相手が、状況から、文章や言葉の意味を推察してくれることを期待するというか、そういう文章や表現が、良い文章だと考えられているという伝統があります。
 
  これは、元々、ある閉じられた文化的前提において、成立する話なので、日本文化はそれなりに開いた文化なのですが、こういう言語表現では、暗黙の了解を前提に、明確に主張を行わないという文体を持っています。これが、日本語が「情緒的」で「論理的」でないとも言われる理由ですが、論理的に、主張を確定することを敢えて避けているのだとも言えます。というのは、日本語の文法構文では、論理的に明確に書く文体も可能だからです。しかし、慣習的に、敢えてぼかすという習慣があるのです。
 
  このことを前提に考えるのと考えないのでは、言語に対する理解に混乱が生じます。
 
  「は」と「が」の違いは、前者は、言われるように、トピック提示で、これは、「……については」と考えると意味がよく分かるとされます。後者の「が」は、強調とかそういう意味以前に、端的に、文章の動詞の主体です。ただ、日本語では、主語を明らかにして、動詞で言葉を造ると、主張が明確になるので、ぼかそうとする傾向があり、これをぼかさないで、「が」で明確に述べると、結果的に「強調」のニュアンスが出てくるということです。本来「が」は強調ではないのです。それを「強調」と考えるので、使い方や用例解釈が混乱するのでしょう。
 
  >「夕食の光景は昨日とだいたい同じだった。」
 
  この文章の「は」は、「が」に変えられないと言っているのですが、変えることは可能です。「夕食の光景が昨日とだいたい同じだった。」です。この文章と、先の「は」の文章とどう違いがあるかと言えば、「が」の方がストレートに言っているということです。「強調」しているのではないのです。
 
  1)夕食のメニューは昨日と同じだった。
  2)夕食のメニューが昨日と同じだった。
 
  2の場合、「夕食のメニュー」が強調されているように思えます。しかし、本当は、1の表現が、主張をぼかしているのです。1は、「夕食のメニューについては、……昨日と同じだった」であり、「主語」が実はないのです。例えば、「夕食のメニューは、メインの肉料理が昨日と同じだった」と、主語を入れることができます。これを入れない場合、読者あるいは、話を聞く人が、自分で、「夕食のメニューについては、メニューが昨日と同じだった」と、主語を補って理解するのですが、述べられた言葉には、直接の主語の表示はないので、曖昧なぼかされた表現になっているのです。
 
  それに対し、2の場合、はっきりと述べているので、露骨な感じが、1との比較から起こり、「何故、主語を明示するのか」……「強調のためか……了解」となるので、元々「強調」ではないのです。(強調の意味になるので、用法として、「そういう意味になる用法がある」というのは分かりますが、元々文法的にそういう意味はなかったのです)。
 
  「昨日ウサギについて話していた男が……」の場合、これは、出発点に、「が」の文章を出しているので、この後で、「は」の文章を出しても、主語は、もう提示されてしまっているので、「は」の文章と「が」の文章と違いがないように感じられるのです。これを、「は」の文章を提示し、この「は」を「が」に変えると、と考えると、「話していた男は」→「離していた男が」……これは、「男」を強調して提示していうのだ、ということで、「は」文と「が」文で意味が違うように感じられるでしょう。
 
  こういう訳で、婉曲に、曖昧に表現されたものを前提に、主語の明確な文章を考えると、強調というような感じになるのですが、その反対の場合は、同じようになるのは、主語提示がすでに行われてしまっているからです。
 
  「は」で表現された文章は、主語の明確な提示がなく、主語がないと、読者が、自分でそれを補うのです。この場合、先の「夕食のメニュー」で示したように、「は」で示された名詞主体が、「が」が示す名詞主体と必ずしも一致するとは限らないのです。そうであるが故、「が」で提示すると、本来曖昧で、読者が補うはずの主語が、露骨に書かれているので、その理由は強調だろうかとか、一種の当惑感が起こり、これが、「は」文と「が」文の意味の差として感じられるということです。
 
  注)No,3 の人の言い方は、幾らか人を惑わせる言い方なので、この点についても述べておきます。「は」が、既知の知識のような、静的な、というのは、「は」文は主語提示を行わないで、主語を読者・聞いている者に推測させるので、それは「既知の前提の話」に近づくのです。既知だから、省略できるのです。
 
  「昨日の男が、ネズミの話をしていた。」
  →「昨日の男は、今日その甥が、ネズミの話しをしていた。」
 
  ここで、「が」文が発見のように見えるのは、上の例文のように、主義を補うと、必ずしも、「ネズミの話」をした主体が「昨日の男」とは限らないからで、それを言い切るとということは、読者に推測の余地を与えず、話者が、「まさに昨日の男だ」と言っているので、話者の言い方に、「発見」のような、感じが出てくるのです。動的、静的というのは、「が」と「は」の基本的な意味の違いから、そういうニュアンスの違いが出てくるので、「が」は動的表現、「は」は静的表現などではないのです。基本の意味・用法から、そういう表現のニュアンス差が出てくるのです。
 
    • good
    • 0
この回答へのお礼

御礼が遅くなって失礼しました。
そうですね、日本の『言わなくてもわかるでしょ』文化のなせる技が主語なしOKにもあるんですね。
文化と言語はかっちり繋がっているんですね。
専門的なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/04 19:29

「昨日ウサギについて話していた男が、僕らのテーブルに加わって、ネズミについてずっと話をしていた。

」 の文について・・

文章の長さに惑わされていませんか? 間ははしょって考えてみましょう。
が→「(昨日の)男が、(ネズミの)話をしていた。」
は→「(昨日の)男は、(ネズミの)話をしていた。」
述語、文末、係りが何かみつけることで、「は」と「が」の違いははっきりしませんか?

「が」は新しい発見的な書き方、あるいは動的。
「は」既知の情報のような書き方、静的、あるいは対比(対比・・昨日の男はネズミの話をしてたけど、女は~、と対比させている場合。)

それに「は」と「が」は取り変えられる、取り変えられない、という点でもって考えていては問題の解決になりません。

「は」と「が」の違いについては、大野晋先生の「日本語練習帳」 (岩波新書)をお薦めします。他に「日本語の文法を考える」(岩波新書)もあります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

御礼が遅くなって失礼しました。
岩波新書の本をいろいろ読み漁ってみました。
もやもやではありますが、なんとなく先が見えてきた気がします。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/04 19:26

 全くの素人ですが、「が」には強調の「が」とただ漫然とした状態を表す「が」があるのではないでしょうか。


第三者や器物などは「が」を使って表現しても違和感が無いように思います。
 彼「が」話している
この場合、「は」を用いると、主語の意志を加えて表現しようとしているように感じるのですが、如何でしょう。
 彼「は」話している
 こういうのは、専門家の方の意見を求めた方がよろしいのでしょうね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

御礼が遅くなって失礼しました。
う~ん、ニュアンスの問題なんでしょうけど、難しい問題ですね。
当たり前の事を説明するってなんて大変な事なんでしょう。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/04 19:22

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q時制の一致って一体何なんですか 「,」までの前文が過去だったら後ろの文は過去形のwouldになること

時制の一致って一体何なんですか
「,」までの前文が過去だったら後ろの文は過去形のwouldになることはわかるんです。
でもどういう時に時制の一致になるのか全くわかりません!
Ifは副詞節はそうならないし、わけわからないです。教えてください!!

Aベストアンサー

主節と従属節はわかりますか?
文の中心になる節を主節、付属的な立場にある節を従属節といいます。
ちなみに節とは、主語と動詞があるものです。
例えば I know he is smart. なら、I know が主節、he is smart が従属節です。
主節の時制が現在形・未来形・現在完了形とそれぞれの進行形の場合には、
従属節の時制は影響を受けません。
しかし主節が過去形になると、従属節の動詞もそれに引っ張られて過去や過去完了になります。
これを「時制の一致」と言います。
ただし従属節が不変的な真理など、時制の一致の制約を受けないものもあります。
これらはあまり難しく考えず、例文を暗記してしまった方がいいです。
簡単にいうと、現在形は過去形に、過去形、現在完了、過去完了は過去完了に、
助動詞 will、shall、can、may は would、should、could、might に変わります。

Q数学「I」II「II」「III」「A」「B」「C」の違いについて

数学には、「I」「II」「III」「A」「B」「C」というような
いろんな種類がありますが、そもそもどうしてこのように
分かれているのでしょうか?

Aベストアンサー

文部科学省が「学習指導要領」で決めています。

指導要領が変わると、「I」「II」「III」「A」「B」「C」の区分も変わったりして、迷惑な話です。

参考URL:http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603.htm

Q問題 有理数における約分、通分を「最大公約数」「最小公倍数」という言葉を使って説明してください。 お

問題
有理数における約分、通分を「最大公約数」「最小公倍数」という言葉を使って説明してください。

お願いします。

Aベストアンサー

1つの「分数」として表わされた有理数に対して、分子と分母の各々を、分子と分母の「最大公約数」で割ることによって、分子と分母をより小さい整数の分数として表わすことを「約分」という。

複数の「分数」として表わされた有理数に対して、各分数の分母が、すべての分数の分母の「最大公約数」と等しくなるように、各々の分子と分母を整数倍して表すようにすることを「通分」という。

こんなものでどうでしょうか。

Q「き」と「ち」 「し」と「ひ」の発音の違い

この言葉の発音の違いが分からないのです。
何度「き」と「ち」は違うよ、「し」と「ひ」の発音もごっちゃになってるよ、と注意されてもどれだけ聞いても違いが分からないのです。
違いが分からないのだからもちろん正しく発音できるわけもなく陰で笑われて恥ずかしい思いをしています。
私の聴力は正常、とは言えないのですが高音が聞こえづらいだけで普通の高さの音は正常な人と同じに聞こえてます。日常生活にはほとんど影響はありません。

また、今は矯正して直したのですが小学5年生の頃まで歯のかみ合わせが上下逆になっていてこのため、他の言葉も含めて全体的に発音がおかしかったようです。

何が原因なのかわからないのですがとにかく発音の違いが聞きとれないのです。
一般に人から聞いても「き」と「ち」、「ひ」と「し」の違いは分かりにくいものなのでしょうか?
人の反応からして「き」と「し」は何とか正しく発音できているようです。

このような問題を抱えている人は他にもいらっしゃるのでしょうか?
正しく発音できる方法などがあれば教えてください。
人前で話すのがとても苦痛なのです。

この言葉の発音の違いが分からないのです。
何度「き」と「ち」は違うよ、「し」と「ひ」の発音もごっちゃになってるよ、と注意されてもどれだけ聞いても違いが分からないのです。
違いが分からないのだからもちろん正しく発音できるわけもなく陰で笑われて恥ずかしい思いをしています。
私の聴力は正常、とは言えないのですが高音が聞こえづらいだけで普通の高さの音は正常な人と同じに聞こえてます。日常生活にはほとんど影響はありません。

また、今は矯正して直したのですが小学5年生の頃まで歯のかみ合...続きを読む

Aベストアンサー

確かに高音部が聴きづらいと,「き・ち」「し・ひ」の違いは判りづらいですね。
普通の聴力をお持ちの方でしたら両耳を塞いだ状態でそれぞれを発音すると,
menuetoさんの気持ちが(少しは)わかるかと思います。

さて,「ひ・し」をそれぞれローマ字になおせば,
「hi・si」になります。menuetoさんの場合,
(あくまでも仮定ですが)歯のかみ合わせの強制を受けていたことを考慮に入れると,
「h」の音と「s」の音が同じように聞こえる原因としては,
「h」の音を出すために必要な,のどから音ではなく,下の方の指摘のとおり,
「s」の音を出すために必要な,舌を歯につけて音を消すことが難しいかと思います。
同様に,「き・ち」(ki・ti)の場合も,
「t」の音を出すのに必要な舌を歯につけて音を消すことが難しいかと思われます。

k,sは「歯音・歯茎音」と呼ばれ,歯・歯茎と舌を擦らせて音を出します。
k,sの音を発音するときは,意識的に歯・歯茎を舌と擦らせて発音する練習をすれば,
ある程度は向上するかと思います。

また,「きちゅう(忌中)」と「ちきゅう(地球)」など,
アクセントの違いで意味が違う単語の場合は,
そのアクセントの位置を明確にわかる発音方をすれば,
より聞き取りやすくなります。

いずれにしろ,menuetoさんの口の中の様子や,
実際の発音を聴いて見ないと確かなことは何ともいえないのですんで,
一度話し方教室の先生に見てもらうのはいかがでしょうかな?

参考URL:http://member.nifty.ne.jp/ISOP/onsou/hononsou.htm

確かに高音部が聴きづらいと,「き・ち」「し・ひ」の違いは判りづらいですね。
普通の聴力をお持ちの方でしたら両耳を塞いだ状態でそれぞれを発音すると,
menuetoさんの気持ちが(少しは)わかるかと思います。

さて,「ひ・し」をそれぞれローマ字になおせば,
「hi・si」になります。menuetoさんの場合,
(あくまでも仮定ですが)歯のかみ合わせの強制を受けていたことを考慮に入れると,
「h」の音と「s」の音が同じように聞こえる原因としては,
「h」の音を出すために必要...続きを読む

Q「さびしい」と「さみしい」。「寂しい」と「淋しい」

gooの辞書によると「さびしい」の方が元からあった言語らしいのですが、「さびしい」と「さみしい」に使い分けってあるんでしょうか?
それと同様に「寂しい」と「淋しい」にも使い分けがあるのでしょうか?
gooの辞書ではどちらで検索しても同じ内容の答えが
出てきました…

ご存知の方、お願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

ご覧になった辞書の通り『さびしい』が元で『さみしい』はその崩れた形ですので、比較すれば『さびしい』の方が書き言葉的、男言葉的、『さみしい』の方が話し言葉的、女言葉的という傾向になると思います
『寂』と『淋』は、寂しい(寂れた)山村、淋しい心持ち、といったように、客観的な静けさ、人気の無さにウェイトを置くときに『寂』、心細い、物足りないといった感情にウェイトを置くときに『淋』が使われることが多いと思いますが、『淋』は常用外ですので区別せずに全部『寂』で済ますケースも増えてきているのではないでしょうか


人気Q&Aランキング

おすすめ情報