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皆様、はじめまして。初めての質問が、この内容で自分でも恥ずかしく思っているのですが、宜しくお願いします。妖怪好きなもので、中年だというのに、妖怪大戦争(2005年版)をDVDで見ました。見ているうちに、映画そのものに関してかなり批判的な気持ちになりましたが、それでも頑張って最後まで見ました。それなのに、戦いのクライマックス、加藤が妖怪を合成する溶鉱炉に落ちるところで、何故小豆と混じると大爆発で負け、となるのでしょうか。途中から酒を飲みながらの鑑賞だったので、子供でも判る伏線を見逃しているのだと思います。その後の展開に関して質問されている方はいらっしゃいますが、それは理解出来ています。何故、溶鉱炉に大豆が入るとダメなのか?もう一度見る気力が無いので、どなたか教えていただけないでしょうか。

A 回答 (2件)

こんにちは。


私などは中年どころかぼちぼち初老と呼ばれる歳ですが、水木しげると妖怪どもの大ファンで、この映画もロードショーで観ましたよ。
さて、ご質問の件ですが、この映画では「小豆」というのがある種キーワードになっています。
主人公の少年が「麒麟送子」に選ばれた時のご褒美が小豆たっぷりのお赤飯で、おじいちゃんが「小豆は身から(体)にエエだ」と、おいしそうに食べますし、忌野清志郎と井上陽水が歌う主題歌の「愛を謳おう」の歌詞にも「アンアン、小豆ズキズキ」というリフレインがあります。
これはおそらく、原作者の水木しげるさんが一番好きな妖怪は「小豆洗い」と言うことに、制作スタッフがオマージュを捧げたものだと思います。
従って、劇中での小豆は正義のパワーに満ちあふれたアイテムとして扱われています。
ドラキュラに対する十字架のような働きで加藤をやっつけたと言うことでしょう。
子供騙しと観るかファンタジーと観るか...。
裏の顔では一部のマニア向けには作られていますが、表向きはやはり子供向け映画です。
でも、良くできた映画で、私は好きです。
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この回答へのお礼

早々に回答をいただき、有難うございます。そうでしたか・・・赤飯のくだりは憶えていたのですが、小豆が正義のパワーである凄いアイテムという位置づけで描かれていたとは気づきませんでした。確かに後半クイクイ酒を飲みながらの鑑賞でしたが・・いけませんね、反省しきりです。しかし、(自分の鑑賞態度は棚にあげますが)その設定は無理があるような気も・・・。一般的な認識ではないし、何故そうなのかきちんと説明が無かった気もしますし(それも見逃している?)。この映画、私は機械と戦うという設定が不満でした。でも今の子に受けるには、この形が良いという判断なのかもしれませんね。テレビゲーム的でした。また、皆さん大絶賛の子役の演技も、私は気に触りました。演技の幅が狭いなあ、と。でも、大勢の方が妖怪に親しむ機会があって良かったです。最後にもう一度、丁寧な回答をありがとうございました。

お礼日時:2007/12/03 14:12

この映画の中で豆は健康・健全の元で正の源(みなもと)という位置付けにあります。


それに対して、溶鉱炉は憎悪やねたみを糧(かて)にしている負の存在です。

負の溶鉱炉に正の小豆が入ったため、拒絶反応が起き大爆発が起きた。
という事だと思います。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。お二方の回答から察するに、そのような意味合いが明確に描かれているようですね。気づかなかった私は何なのでしょう・・・少しショックです。今すぐは無理ですが、しばらくしたら、再見しようと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2007/12/03 14:27

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