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カテ違いかもしれませんが答えてやろうと思う方は答え下さい。
自分は今、高校三年生なのですが太宰治の「正義と微笑」を読んで主人公に非常に共感しました。
優れた人物と自分を比べて落ち込んだり、その反面心の中では自分の芯の薄い正しさの基準で他人を評価し見下だす。
その中で特に共感したのは「何かをしなければならないのに何も出来ない」とい主人公の心境です。
主人公は作中で何度も頑張ろうと意気込みます。
しかし行動的でない事(勉強だったり読書だったり)が実行出来なくて後悔し、反省し、次こそは、という描写が何度も出てきます。
ここは、まさに僕のことを書いているのか?と思う位に共感し少し安心もしました。
これをやらないと人生に関わる、今の自分を変えるにはがんばるしかないんだ。
こういう場合、普通の大人ならウジウジしたりせず、すぐその作業に取り掛かると思います。
しかし作中の主人公や僕の場合それが出来ない。
これは僕の勝手な想像ですが、どうしても出来ない、どうあがいて出来ない、のは面倒くさいとか怠惰とか惰眠をむさぼる様な原因はそんなところではなく、もっと内面的なところ(もっと言うと思春期的な何か?)にある様な気がするのです。
或はそう思い込むことによって本当に怠けているのか。
そこで質問なのですが、このやらないといけないのに出来ない、という心理は一体どういう状況なのでしょうか?
どうすれば解決できるのでしょうか?
教えてください。

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A 回答 (4件)

 そもそも、なぜやらないといけないのに出来ない(行動に移せない)と いった心理的状況がおこるのか。



 それは、正当な方法では、問題を解決できない(あるいは当人がそう思ってる)からだと思います。
 真っ向に立ち向かったところで問題を解決できない(と本人が思ってる)場合、その問題に立ち会った当人は大きなストレスを感じます。
 その場合、人間は本能的にそのストレスを排除しようとします。
 そのストレスを排除するのに一番効果的な方法は、(当たり前のことですが)当人が理想とする正当な方法に基づいて、その問題について立ち向かう事です。
 でも、前述の通りの状況だから出来ない。
 それではいかにしてそのストレスを排除するか。
いろいろタイプはあると思いますが、大別すると(1)攻撃的な態度に出る場合(2)受動的な態度に出る場合に分かれると思います。
(1)の場合は、例えば人に八つ当たりをしたり、(2)の場合はあえて具体的な行動にでないで内心で人のせいにしたり、過去の自分のせいにして責任転嫁したりします。
「やらなければいけないのにできない」という場合についても、今やるべき行動をとらないで受動的な態度になることによって、やらなけらばならないといったプレッシャーから逃れている(ストレスを排除しようとしている)のだと思います。
2 ここはあえて、心理に目を向けるのではなく現実に目を向けるべきではないでしょうか?

  そもそも、目の前にある問題を正当に解決できるのであれば前述の通りまったくストレスを感じなくてすむのです。(そんな簡単に言うなって思われるかも知らないですが・・・)
  ですから、まずは現実に目を向けて正当に問題を解決する手口をみつける努力をすべきです。
  ポイントは、小さなことからこつこつと。
  趣味でも何でもいいからとりあえず何かを始めてみる。その中でどんなに小さくてもいいので目標をたてて、その目標を解決していく。その過程では他人の目なんて気にしない。評価されようと思わない。自分のこと大好きな感じでいいので、その目標を実現していくために邁進する。
 目標自体も仕様も無いものでもいい(笑)。人に話したところで下らないって思われるようなものでもいい。
  すぐには効果が出るとは思いませんが、 少しずつでも進めていけば違ったものがみえてくるはずですよ。
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自分も同じような質問を以前した事があるので是非ご一読を。


ここのAno.5さんが脳科学の観点から秀逸な回答を書いています。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3783979.html

簡単に書くと、どうしてそのようになるのかというと、
成功報酬の脳内物質が出ないから、と理解しています。
・美味しいものを食べる→脳が本能的に気持ちいいと感じる。
・寝る→脳が本能的に気持ちいいと感じる。
・遊ぶ→脳が本能的に気持ちいいと感じる。
ので、これをするのは本能的に苦ではない。

・努力する→脳が気持ちいいと感じない。
 ※これは努力から成功を体験する事によって
  脳が気持ちいいと感じる事が出来るようですね。
 但し、一般的には極度の成功体験を得る事は少なく、
 それによって努力が無駄に感じる場合も多いようです。
ので、これをするのは本能的に苦である。

但し、人間は本能を貪るだけの存在ではありませんので、
レベルの高い目標を定め、それに向けて邁進すべきでしょう。

努力しないのが原始的な人間の姿であり、
努力するのが、一歩進んだ人間の姿なのでしょう。
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私もあなたと同じように悩みました。

(今もその悩みは絶えませんが・・・)やらなきゃいけないのにやろうとしない自分。きっとそれは誰についても言えるのではないでしょうか。殊に大学受験を控えているあなたならばなおさら、この一年が人生を決める大事なときだとお思いになっていることでしょう。実際それは本当であり、嘘でもあります。それは人生何十年もこの先生きてみないとわかりませんよ。あるいは一生どの道が正しかったかなんてわからないかもしれません。
私が高校3年のとき、どうしても悶々として勉強が手につかなかったとき、日記というか、一冊のノートにそのときの心境なり、空想なり落書き、アート(?)のようなものまで何でも書いてました。笑)勉強からの逃避ともいえますが^^; でもなんだかそうやってると落ち着きました。で、最後には、こんなことやってちゃダメなんだ。勉強・・・やる!!!!!って思うんです。考えてみれば、自分でがんばりさえすれば好きなところ(大学)に入れるなんて幸せなことなんです。
あなたに私の言葉を贈ります(くさい??)笑

どうしてこんな気分なの?
どうして前に向かっていけないの?
やらなきゃいけないことはわかっていうるのに
このぐちゃぐちゃな気持ちは何?
南の島の透き通った青空はどこから来るの?
私の心は当分クリアーになんてならないわね。

どうしてこんなにうらやむの?
今は今しかないのに
私に与えられたものって今だけなのに
それなのにどうして過去の楽しかった思い出や
未来の楽しい衣生活を考えるのかしら
人間って不思議なものね
ないものに強く惹かれてしまう
自分に与えられたもののすばらしさになんて
興味も持たないで

なんていやな人間なんだろう自分って
悪いところぜんぶ見えちゃう
苦しいのは自分だけなんて
思ってないけど、やっぱ特別扱いしちゃう

人の世って不平等なものね
学校に行きたくてもいけない子がいて、
親のいない子がいる
私は名に不自由ない生活をしているのに
何か物足りなさを感じている・・・。

あなた一人ではないんですよ。
応援してます。
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簡単です。


俗に言う、
「理解はできても、納得はできない」心理です。

やらなければいけない、というのは、理性で思うこと。
納得は本心、心理の根幹、本能で知ること。

あなたの本能が、何も感じていない。
だから動けない。
エネルギーが無いから。

目覚めろ野性。

あなたはまだ自分を知らない。

本能は何を求めている。

だが勘違いしてはいけない。
本能、とは、
すごく深い深層にあるのだ。
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