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私は現在中学3年生で、夏休みの宿題でミステリ小説についてしらべています。
私はミステリ小説は好きですが、あまり詳しくありません。
小学校の頃から「ただ好き」という理由で色んな作家さんの本を読んでいただけなので、ミステリの歴史だとかそんな事は今回調べていても、初めて聞くことばかりで、よくわかりません。
ただの本を読むのが好きな人だと思います。
なので、ウィキペディアなどで、本格ミステリ、新本格ミステリなどという言葉や、トリックなどがたくさん載っていたのですが、どういう物なのかよくわかりません。
どなたか、あまりミステリに詳しくない自分でも分かるように説明してください!お願いします。
分かりやすい言葉で書いてあるサイトなどがあれば教えて下さい!
よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

本格ミステリとは何か?どう説明しても、「それは違う!」とクレームのつく言葉の一つ^^;



それはともかく、最大公約数的に説明すると
「ある謎が提示され、その謎を探偵役が論理的合理的に解明することに主眼が置かれている物語」
とでもしようか。

まずは、読んでみたらいかが?
エラリー・クィーンの国名もの(タイトルに国の名前がついている作品群)などは、がちがちの本格ものです。

参考URL:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%DC%B3%CA%A5%DF …
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本格ミステリ、というのは、事件が起こったときのアリバイ工作、密室などの部分がメインとなっている作品です。


元々、ミステリ作品が出始めたエドガー・アラン・ポーや、コナン・ドイル、はたまた日本で言えば、江戸川乱歩や横溝正史などの作品では、事件が起こって、それを行うことができたのは誰か? そのためのトリックは、どのようなものだったのか? という形で作品が語られていました。こうものが「本格ミステリ」です。

ところが、時代が変遷するに連れ、事件をきっかけにして、社会問題、ある業界が抱えている矛盾点などを綴る、というような作品が増えてきました。松本清張などは、代表的な作家ですが、ミステリとしての謎解きよりも、それをきっかけに社会問題などを語る作品を「社会派ミステリ」と呼びます。

それとは別に、時刻表などによるトリックを中心として、刑事が地方などに行って、読者はその土地に旅をした旅行気分を味わえる、なんていう作品も出てきました。西村京太郎作品などが、典型的ですが、こういう作品をトラベルミステリなどと呼びます。

また、トリックそのものの表し方も様々な工夫が出てきて、例えば、犯人が密室を作るなどはせず、ただ、文章の構成を工夫することで読者を驚かせるような「叙述トリック」の作品などもあります(叙述ミステリの場合、あくまでも読者を驚かせることが主題であり、その謎は、登場人物に取っては謎でも何でもなかったりします)。こういうものも、「本格ミステリ」とは言いません。

日本のミステリの流行を追うと、元々は、密室工作を解いたりする「本格ミステリ」があったわけですが、やがて、そういうものよりも社会派ミステリや、トラベルミステリなどというようなものが多くなり、ミステリの主役が交代される、というような感じになりました。
しかし、80年代の末ごろになって、綾辻行人などを中心にして、再び、密室の謎、アリバイ工作など、原点に帰ったような作品が勢いを取り戻しました。この80年代後半以降の流れを「新本格」などと呼びます。

ただ、実際のところ、「これは本格ミステリ」、「これは違う」と、厳密に区分するのは難しいと言えます。
というのは、例えば、社会派ミステリと呼ばれる作品の中にも、極めて精巧な密室トリックなどを用いている作品はありますし、反対に、密室の謎解きを中心とした作品であっても、その背景に社会問題があり、読後、そこに思いを馳せざるを得ない、なんていうようなことはしばしばあるからです。また、叙述トリックと社会派小説が組み合わされている、なんていうことも良くあります。
そういう意味ではあくまでも、相対的な区分である、という風にとらえた方が良いのではないかと思います。
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 基本的に「本格ミステリとはこれである」という明確な定義はないです。

人によって千差万別で、それぞれが全く違う考えを持っていると行っていいでしょう。そのためプロの作家や評論家でも考え方が違い、論争になったりもします。
 数年前にも、ある作家が直木賞を受賞した東野圭吾の『容疑者Xの献身』は本格ミステリではないという意見を発表したのに端を発して、ミステリ界を揺るがすような大論争が巻き起こりました。ですから、それほど難しく考える必要はないと思います。

 まず本来の意味で言うならば、「本格ミステリ」とは現実的なミステリを指します。これはかつてのミステリはSFや幻想小説、怪奇小説、ファンタジーなどを幅広く含むジャンルでしたが、それらの非現実的・空想的な作品を「変格ミステリ」と呼び、現実的な物語を「本格ミステリ」と呼んで区別した事に由来します。
 しかし、現在ではこの「変格ミステリ」という言葉が使われなくなったため、本来の「変格」に対する「本格」という意味が失われてしまい、「本格ミステリ」は別の意味を持つようになりました。

 おおざっぱに捉えるならば、現在の意味での本格ミステリとは「謎の面白さと謎解きの楽しさを中心にしたミステリ」と考えておけばよいかと思います。なにやら事件が起き、その謎を解決していく部分を楽しむミステリですね。
 謎に関しては「誰からも好かれる立派な人物が殺された。いったい誰が、なぜ殺したのか」とか「絶対不可能な状況で事件が起きた。いったいどうやったのか」のようなものから、「喫茶店で少女たちが砂糖壺から順番にカップに入れ、取りすぎたのかそれを壺に戻している。何をしているのか」のような日常的な謎まで様々です。
 謎解きは、読者が示された証拠を元に自分で真相を推理し、最後に探偵役が謎を解決する前に真実を見破れるかという、作中の探偵と対決するようなタイプと、探偵が捜査をして一つ一つ証拠を見つけていくのに伴って、読者も探偵と一緒になって推理を進めていくタイプの作品がありますが、どちらも謎解き自体を楽しむという意味では本格ミステリと言っていいと思います。

 これに対し、例えば、ある人物が謎の殺人鬼に付け狙われ、必死に逃げ惑う。そして、最後には偶然にその殺人鬼が自分の身近な人物だった事を知ってしまう。と言うような話になると、これは謎解き自体を楽しむ作品ではなく、殺人鬼に追われるスリルとサスペンス、そして意外などんでん返しに重きを置いているので、本格ミステリとは呼びにくく、「サスペンス」と呼ばれるのが普通です。
 ちなみに「最後に犯人が分かるのがミステリ、最初から犯人が分かっているのがサスペンス」などという頓珍漢な事を言う人もいるようですが、これは明らかな間違いですので無視して下さい (^^;)。

 実のところ、密室だとか、アリバイだとか、トリックだとか、どんでん返しだとかは、本格ミステリかどうかとはあまり関係はありません。本格ミステリはこれらを使う事が多いと言うだけの話で、こういう要素を使った本格ミステリではない作品も数多くあります。
 最近の国内では「叙述トリック」と呼ばれる仕掛けを使った本格ミステリが数多く書かれていますが。叙述ミステリを使ったから本格ミステリになるわけではありませんし、逆に使っているから本格ミステリではないという事ももちろんありません。
 例えば、ハリイ・ケメルマンに「九マイルは遠すぎる」という短編がありますが、これは主人公が「九マイルは遠すぎる。ましてや雨の中となると大変だ」という言葉から、推理を積み重ねて行き、最後には実は重大な犯罪が発生したという事を暴き出すという作品で、トリックと呼べるような物は何一つありませんが、単純な言葉に秘められた謎を解いていく過程に焦点を当てた、最も典型的な本格ミステリの一つだと言えると思います。
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本格ミステリとは何か?に対する回答は既に出ていると思いますので


雑談に近いような補足をします。

日本で本格ミステリというと、エラリー・クイーンの国名シリーズ
(「エジプト十字架の謎」「チャイナ橙の謎」など作品名に国名が入るもの)
が代表例として挙がることが多いと思います。
ちなみに「日本で」とわざわざ書いたのは
本格という呼び方が日本独自のものだからです。
欧米ではパズラーやフーダニット(Who done it)と呼ぶ方が一般的です。

なぜエラリー・クイーンの国名シリーズが代表例とされるかといえば
「読者への挑戦状」がついているからだと思います。
すでに読んでいればご存知だと思いますが
物語の途中、探偵が真相を明かす手前で「読者への挑戦状」という章が挿入され
そこには「ここまでの部分で、推理に必要な手がかりは全て晒した。
さあ犯人(もしくは真相等)を推理してみよ」というようなことが必ず書かれています。

ここで大事なのは
●推理に必要な手がかりは全て晒した
つまり「探偵が真相に辿り着くのに必要なネタは全て漏れなく嘘偽りなく書いた」
という宣言です。
このように宣言することで「だから読者にも既に謎が解ける筈。
ここからは作者と読者の知恵較べですよ」という挑発になっているのですが
この謎解きに対する知恵較べがフェアか?フェアでないか?が
過去しばしば議論されてきました。
フェアか?フェアでないか?と
本格か?そうでないか?は、ほとんど同意義と考えてイイと思います。

過去を代表するミステリ作品の中で
フェアか?フェアでないか?で大きな論争を巻き起こしたのは
おそらくアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」です。
こちらはお読みになりましたでしょうか。
論争の中身を語るとネタばれになってしまうのでココで語りません。
間違いなく名作ですので未読なら是非とも読んでみて下さい。
ただ、もし仮にこの作品がフェアでないとしても
この作品がミステリ・ファンに最も愛されてきた作品のひとつであることは
間違いのないことであり、ミステリの歴史から排除することはできません。
ゆえに「本格の明確な定義はない」と主張する人が多いのだと思います。

では、ミステリにおいてなぜフェアか?フェアでないか?が
そこまで重視されるのでしょう。
それは恐らく、かつてはキワモノ扱いされていたミステリが
19世紀後半から(20世紀頭にかけて)人気となり
小説のいちジャンルとして認知されていく中で
ヴァン・ダインやノックスがミステリーにおける
「べからず集」を発表したことが大きいと思われます。
それぞれ「ヴァン・ダインの二十則」「ノックスの十戒」と呼ばれます。
検索すればすぐ出てくると思います。

ちなみにクイーンは「ヴァン・ダインの二十則」を結構律儀に守った作家です。
一方、クリスティは(恐らくあえて)ルールを逆手に取ったような名作トリックが多いのですね。

さて、純粋に謎解きを楽しむようなミステリは戦後徐々に減り
別の要素が入っているようになります。
社会派なんていうのは、その代表ですね。
蛇足になりますが、ミステリと戦争は結構無縁ではありません。
クリスティのほとんどの作品には戦争が影を落としていますし
名作「ABC殺人事件」のトリックなどは戦争を揶揄することから生まれたといわれます。

最後に。
日本では1980年代後半あたりから
かつての「フェアか?フェアでないか?」を主軸に置くような作品を書く
新人作家が次々デビューしました。
これをもって「新本格ムーブメント」と称します。
綾辻行人の「十角館の殺人」なんかが代表作と言われますね。
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