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ミルはどのようにして快楽の質の優劣を決めた(解釈した)のでしょうか?
そして、そこから出てくる問題とはなんでしょうか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

"質的"功利主義とあるので、ジェームズ・ミルではなく


ジョン・スチュアート・ミルのこととして話を進めます。




まず、功利主義とはジェレミー・ベンサムの唱えた理論です。
つまり『人の幸福を増大させるものが善、減少させるものが悪』
としました。さらに、『実在するのは個人だけであり、社会とは
個人の集合の名称に過ぎない』という近代哲学の要素を取り入れます。
このことから、社会が目指すべきは社会に所属するメンバーの
幸福の総和が最大となる姿であるという結論が導かれます。


いわゆる『最大多数の最大幸福』です。
社会の姿を説きながら、その本質は徹底した個人主義であるとも
言えるのですが、同時期のルソーと大きく異なる点は、
『国家の存在を前提とし可能な限り国家の干渉を受けない』
ことを目指したのです。国家のあるべき姿は、人々の寝静まった後に
人知れず治安を維持する『夜警国家』であると説きました。


これらはアダム・スミスのレッセフェールにおける『予定調和説』に
繋がる思想でもあります。つまり、『他者の幸福を最大にすることは
自分の利益・幸福に繋がる』という素晴らしい発想です。
この平和的な幸福の追求こそが『自由主義』の根幹なのです。





ですが、数年後ジョン・スチュアート・ミルによって
このベンサムに対する批判が行われます。

まず、人は平等ではないとしました。つまり
何を幸福と考えるかは人によって異なると考えました。
もし最大多数の最大幸福を追求するならば、多数は専制者となり
個性的な少数を抑圧するとしたのです。

ですが、功利主義そのものを否定したわけではなく、幸福を追求するならば
より望ましい幸福を目指すべきであると主張しました。



彼の指摘するところの違いの原因として『個性』という言葉が用いられました。
そこに存在するのは優劣ではなく、感じ方の差なのではないでしょうか。








以下は少し下品な表現になるので読み飛ばしていただいて結構です。

ジョン・スチュアートの批判に少しちぐはぐなものを感じる人間は
多いと思います。結局のところ功利を批判しつつ認めているのですから。

実はこれは当時のイギリスの政治状況が影響していると考えられています。
つまり、選挙法の改正により、ジョン・スチュアートの時代に労働者階級にも
選挙権が認められるようになりました。
つまり、彼は労働者のような『バカ』が選挙権を持つことで自分たちの権益が
脅かされることを恐れたのです。専制者となる多数、とはつまり民衆=愚民の
ことでもありました。しかしながら功利主義の追求の仮定では彼らに権益を
与えざるを得ません。この矛盾に終生苦しめられた彼は、ついには
社会主義という完全な欠陥品の理論へ傾倒することとなります。
一方で社会主義者を批判しており、やはり矛盾を内包した人ではあるようです。
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