「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

人は、支配を欲するのか、支配されることを欲するのか?

世の中の出来事を見ていると、
人は、意外に、他者に支配されることを望んでいるのではないか?
と思えることが多々あります。

人は、他者を支配することを欲するのか、他者に支配されることを欲しているのか?

教えてください。
よろしくお願いします。

わたし、SMのSです、Mでも結構です。
わたしの考えるSM論でもOK。
ファッションなどの流行に敏感です、
ホニャララさんは、わたしの《神》です、
ニーチェは間違っている、
などなど、
この質問に関係することならば、どのような内容でも大歓迎です。

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A 回答 (9件)

基本的には、人は「支配されたい」という欲求はなく、あるのは、「所属したい」「つながっていたい」という欲求だと言われています。



アメリカの心理学者のアブラハム・マズローは、人間の基本的欲求を低次から述べると、以下の通りであると述べています。
1.生理的欲求(Physiological needs)
2.安全の欲求(Safety needs)
3.所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
4.承認(尊重)の欲求(Esteem)
5.自己実現の欲求(Self-actualization)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1% …

1と2は生物の本能的な欲求で、3番目から社会的欲求と言われます。
この「所属したい」「つながっていたい」という欲求の中で、このルールに従わないと仲間に入れないとか、この人の言うことを聞かないとつながっていられないという場合に、支配されているような状態になるわけです。

ただ、欲求の大きさが大きいほど、支配の幅が広がり、欲求が小さいほど、支配されない状態になると言えると思います。


4が「認められたい」という欲求で、高じて支配への欲求となります。
5は自己実現で、これは支配への欲求がさらに高じて、支配を使命と考えるようになる時の欲求といえます。
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この回答へのお礼

なるほど、なるほど。

マズローを忘れておりました(ポリポリ)。

回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 16:40

支配したい、上にいたい、これは勝たねば負ける、弱肉強食のひとつの基本パターンですから、進化論で十分説明できますね。

上はアレキサンダー大王の遠征から下克上の戦国武将、下はちゃぶだい返しの夫唱婦随まで世にあふれた傾向で、支配欲は単純に説明できるでしょう。
問題は仰る被支配欲、実例の数から言えばこの方が圧倒的といえますが、説明は意外と難しい。まぞ歪むは極最近いわれはじめた”変態性欲”としての捉え方しかされないものですが、確かに実体はごくふつーの人間のありかたなのかもしれません。というより、S,Mに関する限りでも、人間の場合男性はS、女性はMとしての性格を遺伝的に付与されることで順当な種の保存が確立されたといっていいのかもしれません。このでんでいけばやはり男性がM気質をもつということは異常なのだといえるかもです。
さて、この思考を社会に敷衍した場合、弱肉強食で勝つものは数値的には1/2で、敗者は敗者として消え去るべきなのか?これでは社会は順々にトーナメントを勝ち進み、勝者ひとりだけが生き残るということになりますが、これでは人間社会は成り立ちません。ここで敗者も完全には消え去らず、負けても良しとする一種の精神規範が現われたのでしょう。もちろん絶対勝たねばならぬ、勝てなければ俺は死ぬ、という人間は希少ですが最後に勝ち残る人間の原資になる、あとはいはば負けてもよいという大勢の人間が大方は生き残り、一般大衆になって全体でヒエラルキーを形成して人間社会を作り上げてきた。つまり

大方の人間は支配されることを悪くは思っていない(欲しているとはいえなくも、まあ、そのほうが楽が出来るし、いーかもー)ということになったのではないでしょうか。

いーかげんな私見ですが、ご参考になればw。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

負け組の方が数は多いので、その内に、恨みから徒党を組んで、勝ち組打倒に走るかもしれませんね。

お礼日時:2013/10/23 11:57

生命は、淘汰に対する反力として発生する。


ゆえに、生きる意志を発し、その充足を目的とする。
その意味では、他者であれ物であれ、意志を充たすために
従わせる事が喜びとなるはずである。

しかし、分業化&組織化による社会性の発達において、
そうした生命性も分業化され、情報を収集・分析し、計画し、
行動する過程を、異なる個体が分担するようになった。
それは蟻や蜂などの社会的昆虫でも同じで、中枢で支配し
生殖する個体と、外部で働き戦う個体に分化している。
人類は、生後の学習によって多様化し、分業化するので、
「支配されている」という優劣関係を意識してしまうが、
蟻や蜂は遺伝的に形や行動まで決められているので、
優劣もナニもなく1つの生命体を構成している事が明らか
である(命まで投げ出しても全体を維持する)。

社会生命性の発達において、全体で1つの機能を果たす
のであり、個体の優劣関係は実質的意味はなくなる。
中枢にいて計画し情報を発する者は、支配しているので
はなく、情報処理能力に優れている“計画者”であって、
支配者ではない。
もちろん、特殊な能力であって代わりのない個体は優遇
されるが、それは社長であれ職人であれ同じである。
厚遇して守り、能力をより発揮させる事で、社会全体が
利を得るのだから。

人がそうではなく、出世を競って敗れたものが職人になり、
同じ会社員でも敗れたものが営業マンに残り、勝者が
管理職になるというのは、最初の社会性の発達において、
そうした自己の生命の社会的拡張を自覚化(助け合いと
しての社会行動=愛による労働)させる労を省略し、自己
チューな意識のまま他律的に社会行動をとらせるために、
お金や出世といった“馬車馬の目の前のニンジン”で操る
方法をとったためである。

本来、助け合っている社会において、個人の意識としては、
競い合い奪い合う弱肉強食の擬似ジャングルと化している。
生命として根源的な目的(=自己存在の本質に根差した
最大の喜び)である生=その社会的展開としての労働を、
“お金をもらうためにイヤイヤ働く”ものにしてしまったのだ。

本来、社会全体の繁栄(最大限の助け合い)という同じ目的
の共有において、その成果も全ての人に共有され、実行者も
計画者のプランの実行を喜ぶべきところ、『出世競争に敗れ、
勝者に支配された結果、イヤイヤ働かされる』という正反対の
モチベーションにより、苦痛(マイナス)から逃げる事による、
死人に等しい生に堕してしまっている。
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この回答へのお礼

なんか、
psytexさんのために、この質問をしたような・・・。

ハチやアリの社会的、組織的な行動(?)も念頭において質問したのですが、
見透かされてしまった感が・・・(笑い)。


☆生命として根源的な目的(=自己存在の本質に根差した
最大の喜び)である生=その社会的展開としての労働を、
“お金をもらうためにイヤイヤ働く”ものにしてしまったのだ。
◇疎外化された《自己》とかいう奴ですね。



☆『出世競争に敗れ、
勝者に支配された結果、イヤイヤ働かされる』という正反対の
モチベーションにより、苦痛(マイナス)から逃げる事による、
死人に等しい生に堕してしまっている。
◇勝者も、実は、死人に等しい生に堕している、ってことはないですか?
心の奥底にしまいこんでいる、疎外感、不安感などを忘れ去るために、
さらなる競争に我が身を置く、置かざるを得ない。。。
などと、この回答を読んで、ちょっぴり思いました。



回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/22 12:21

 支配=自分の思いどうりにしたい。



 これは誰もが持っている気持ちですね。
 でも、大小があるようです。

 大は、国家を自分の思いどうりにしたい。または、精神世界(宗教的に)を自分の思いどうりにしたい。
 小は、家庭内に於いては主権を手にしていたい。それもかなわなければ、せめてペットでも飼って・・・・・、と。

 質問文に「意外に」とありますが、支配されたい=自分の思いどうりにならなくてもいい、という気持ちは、依頼心という言葉に置き換えられるかと思いますが、そこには「なにかしたい事が無い」のだと思います。

 「意外に」とは人は思いどうりにならなくてもいい、と云う人がいる。そしてそのような“小”が多いのでは、との問いかけになっていますね。

 当たっていると思います。
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この回答へのお礼

こんにちは。


☆「意外に」とは人は思いどうりにならなくてもいい、と云う人がいる。そしてそのような“小”が多いのでは、との問いかけになっていますね。
◇飼っているインコにすら、鋭いクチバシで血が滲むほど思い切り、指の背や手の甲を《ガブリ》されております。
インコの気紛れに翻弄されております(笑い)。
インコさまの意に沿うように、懸命に仕えておるつもりでおるのですが・・・。



回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/22 12:03

俺は支配されることも、支配することも欲さない。


というのは答えになるかな?

せやけど、支配されることが楽チンということはあると思うよ。怠惰な生き方やけど。
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この回答へのお礼

こんにちは。


☆俺は支配されることも、支配することも欲さない。
というのは答えになるかな?
◇はい、立派な回答だと思います。
わたしも、支配すること、支配されることを望みません。



☆せやけど、支配されることが楽チンということはあると思うよ。怠惰な生き方やけど。
◇同感です。


回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/22 11:50

>Sがご主人様なのか、Mがご主人様なのか、



 その組み合わせなら双方が合意の場合になりますが、それならば表面上の役割はSが主人であり、Mは従う者になります。ただ、どのような主人であるかといえば、従う者の要求に最大限応えるような主人です。

 自己の利益の最大化だけを求めないことはもちろん、場合によっては、自己の利益を度外視して、従う者の利益を最大化します。主人役が極めて不快という、極端な場合もあり得ないわけではありません。従う者を演じているパートナーの言うがままに、主人役を務めることもあり得ます。

>支配⇔被支配を考えるのに、いい問題だと思うのですが・・・。

 おそらくそうではありません。支配-被支配の形式を借りた遊び、あるいは劇、コントです。あるいは、性に関する本能、快楽を中心としているため、支配-被支配そのものを志向してはいないとも言えます。

P.S.

 動物実験では大脳新皮質の機能を抑制すると、生殖行動が鈍化することが知られています。これはオスに顕著に現われ、多くの動物では複数のオスが競争、闘争してメスを獲得することと照らし合わせると、オスの性行動には思考が深くかかわることをうかがわせます。対して、メスの新皮質を機能抑制しても、それほど性行動の変化に見られません。多分に本能的であることを暗示しています。

 ヒトで同じようになるかどうかは、そのような人体実験は不可能であるため、はっきり肯定的に言えるわけではありませんが、ストレートでない性行動が女性より男性に現れやすいことと、無関係ではなさそうです。サディスト-マゾヒストのパートナー関係も、男性が主導的なようでも、その実は女性に気に入られようとする行動である場合が多い可能性もあります。

 これに対して、男性がサディストとして、女性の意思を無視するような性犯罪行為を行うのは、同じような性行動に見えても、その実は反社会的な人格を起因とする行動であると考えられます。サディスト-マゾヒスト関係が円満に成立している場合とは、峻別して考えるべきなのかもしれません。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。


☆その組み合わせなら双方が合意の場合になりますが、それならば表面上の役割はSが主人であり、Mは従う者になります。
◇だと思います。
一種のロールプレイングなのでしょう。
と同時に、相手を自己の快楽追求の道具、手段としているのでしょう。

もし、これが統治機構にも当てはまるのだとしたら、
ヒトラーと当時のドイツ国民の関係はどうなるのか?
などと考えてもいます。

ヒトラーやナチスを生贄として差しだすことによって、自己の犯罪性から目を背けているのでは・・・
な~んてね。

お礼日時:2013/10/22 11:47

 こんばんは。




 《主と奴》あるいは《王と臣下》の話と同じなのではないのですか?

 つまり どっちもどっちという答えですけれど。

 どちらか一方がその《支配‐被支配の関係》から抜け出しても もうその時点で 関係は成り立たなくなる。

 熟しませんが。
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この回答へのお礼

こんにちは。

☆《主と奴》あるいは《王と臣下》の話と同じなのではないのですか?
◇はい。
と同時に、
相依性、相待性のみならず、知らず知らずのうちに、
 《主》が《従》に、
 《従》が《主》に
変化している、ということもあるのだと思います。
支配しているつもりが、支配されていた。。。

で、
《支配⇔被支配》とは何なのであろう。。。


回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/22 11:34

>これでファッションの流行などを説明できるのか。

。。

 それは先の回答中に書いたつもりでしたが、伝わらなくて申し訳ありません。それに言及したのは以下です。

>快と感じることを、特に必要がなくても行います。遊びにも取り入れます。

>ヒトラーと当時のドイツ国民

 それは、支配-被支配よりはヒトが持つ模倣の習性のほうが大きいかと思います。もちろん、その二つに限定してしまえるものではありません。

>あれこれ余計なことをいちいち考えずにすむので、奴隷になることを、人は、心の奥底で望んでいるのではないか。

 自分ではできない場合、他人に託します。その際、協力することも、当然ながらあります。

 例えば、日本も採用している議会制民主主義も、多数が少数に権限を託しています。それについて、国民の大多数が奴隷となることを望んでそうしているかどうか、にわかには結論できません。

 なお、快を求めて、不必要なのに支配を受ける、支配することこともあることは、先述した通りです。それは当然ながらいろいろな場面であり、性行為に持ち込まれることすらあるのは、衆知の通りです。

P.S.

 極端な場合は、反社会的な人格として治療の対象になることもあるほど、こうした社会性に基づく性向に反する個人もいます。ある程度であれば、職業によっては優れた資質となることも、一部については知られており、そうした傾向を持つ個人も社会維持にとっては不可欠であるように思われます。
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この回答へのお礼

再回答、ありがとうございます。

☆それは先の回答中に書いたつもりでしたが、伝わらなくて申し訳ありません。それに言及したのは以下です。
◇いえ、意地悪く、すこし重箱突きをしただけです。
この点について、どのようなお考えを持っていらっしゃるのか、正確に知りたかったもので。。。


☆ なお、快を求めて、不必要なのに支配を受ける、支配することこともあることは、先述した通りです。それは当然ながらいろいろな場面であり、性行為に持ち込まれることすらあるのは、衆知の通りです。
◇誰か、SMについての回答を寄せてくれませんかね~。
Sがご主人様なのか、Mがご主人様なのか、
支配⇔被支配を考えるのに、いい問題だと思うのですが・・・。

お礼日時:2013/10/21 23:09

 必要が無ければどちらも望みません。

複数が協力して何かを行うとき、仮に権限を委譲するだけです。

 ただ、大なり小なり社会が成立し、かつその社会に充分な力がないとき、権限を委譲された権力者は近親に権限を委譲する傾向が生まれます。最も起こりやすいのは歴史を振り返っても分かるように、権力者の兄弟姉妹や子になります。

 指導者に足る資質を与えるには教育が不可欠ですが、社会のリソースが不足であれば全メンバーを教育することができず、自分の身の回りで間近に見ており、協力や代行で経験的に教育を受けた者に権限を委譲せざるを得なくなるからです。

 権限の委譲がスムーズに行われないと、社会不安や騒乱が生じる為、それが習慣、つまり世襲などになってきます。適切な者に権限が委譲されれば社会がうまく運営され、不適切な者が権力を握れば、やはり歴史が示す通りです。

 こうしたことは、人間が社会を形成して生き残る本能を持つためと思われます。おおむね、秩序は生存に有利で快、混乱は生存に不利で不快となります。本来は不快である懲罰、はなはだしきは死ですが、自己の行為や存在が社会にとって害であると認識すると、むしろ進んで懲罰受ける傾向も出てきます。罰を加える方も快となることがしばしばです。

 人間は知能が発達したためか、快と感じることを、特に必要がなくても行います。遊びにも取り入れます。そのため、必要もないのに支配-被支配の構造を作ったり、理由や必要のない懲罰も行われます。よくある罰ゲームなども、それに該当するものが含まれるでしょう。

 そうしたことがある一方、自分の判断で最適・最善を判断して行うことも、やはり本能的な行為です。社会の構成員全員の教育・訓練レベルが高く、かつあまり個々のメンバーで量的な差異がない場合、リーダーのいない秩序状態が生まれることもしばしばあります。支配を嫌い、対等・平等を求めるのも、やはり自然な傾向です。

 経済学の個人のモデル化では、自己の利益を最大化するという仮定が置かれることがあり、それがうまく機能して現実を説明できることがある反面、種々の心理実験では、自分に期待できる利益よりも、他のメンバーの利益を増す行動が頻繁に見られます。特に同じメンバーで実験を繰り返すと、そうした傾向が強まります。

 支配、被支配、自律、利益最大化、相互扶助等々といった、互いに相反する面もある要素を、矛盾がそれぞれのメリットを妨げないよう、うまくバランスさせているのがヒトという種族であるようです。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

回答で書いていらっしゃる内容は理解できるのですけれども、
これでファッションの流行などを説明できるのか。。。

ファッションという感性的な部分ですら、
人は容易にその価値判断基準を他者に委ね、それに隷属する人も多いようです。
ヒトラーと当時のドイツ国民などなど、
実は、大多数の人は他者に支配されることを望んでいるのではないか?
と思わせる事例は多数あります。

あれこれ余計なことをいちいち考えずにすむので、
奴隷になることを、
人は、心の奥底で望んでいるのではないか。
意外に奴隷の状態は心地よいものなのかもしれない、などとちょっと思ったりしています。

お礼日時:2013/10/21 20:43

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Q女性の性欲は支配されたい気分になるのは本当?

 今、ネット上のある百科事典を見ていたら
>男性の性欲が支配欲に結びつく傾向が強く、
>女性の性欲が被支配欲に結びつく傾向がある

 とありました。

 確かに男性の性欲と呼ばれる本能には「支配したい」
「女性を征服したい」という欲求があるのは確かだと思います。

 というのも、僕自身は男の端くれでありながら全くの人畜無害
人間で、羊の皮を被ったナマケモノくらいの人間です。
 人に優しいのだけが取り柄ですが、優しすぎると言われます。
これでマメならきっと「女たらし」になったのでしょうが、幸か不幸か
億劫で自分から女性にということは一切なく従ってもてません。
 なぜ、わざわざそんなことを語ったのかというと、それくらい、
「草食系老年」の僕が、自己の心奥にというか妻とのそのときには
おさえつけて支配したい欲望が出るのです。

 で、表題の言葉ですが、
女性は逆に男性に支配して欲しいという本能があるのでしょうか?
知ったからどうこうはないのですが、昔から気になると知るまで心が
落ち着かないので、それに個人的にはそうあってほしくないという
願望があります(他者に支配されたい欲求なんてゲッ)。

 本能という心の奥底のお話しですからやはり当事者である女性の
ご意見を伺いたいのですが、男性でも有意義なお話しが伺えるなら
お願いいたします。

「女性の性欲には男性に支配されたい欲求があるのは本当」でしょうか?
ご意見お願いいたします。

 今、ネット上のある百科事典を見ていたら
>男性の性欲が支配欲に結びつく傾向が強く、
>女性の性欲が被支配欲に結びつく傾向がある

 とありました。

 確かに男性の性欲と呼ばれる本能には「支配したい」
「女性を征服したい」という欲求があるのは確かだと思います。

 というのも、僕自身は男の端くれでありながら全くの人畜無害
人間で、羊の皮を被ったナマケモノくらいの人間です。
 人に優しいのだけが取り柄ですが、優しすぎると言われます。
これでマメならきっと「女たらし」になったのでしょう...続きを読む

Aベストアンサー

質問者さんに近い年代の既婚男性です。

>確かに男性の性欲と呼ばれる本能には「支配したい」
>「女性を征服したい」という欲求があるのは確かだと思います。

私としては、以前から、男性の性欲は、ペニスの《生理的》な快感を求める射精欲、女性の肉体一般が《社会的》に帯びる性的禁忌性への侵犯欲、女性を性的に攻略、支配、所有しようとする《心理的》な征服欲の三種の欲求に大別されるのではないかと考えてきました。

たとえば、男性は女性の裸体そのものよりも、それを覆っていた衣類等(性的禁忌性)が剥奪され、露呈された裸体にこそ、より強い性的刺激を覚えるのではないでしょうか。
また、「はい、どうぞ!」と誘ってくる女性よりも、性的羞恥心から抵抗したり、拒否したりする女性に愛撫を加え、しかもその女性が徐々に快感に喘いだり、身悶えしたりしてきたときに、より男としての性的プライド(性的征服欲)がくすぐられますよね。

男性のこうした欲求ははたして本能的、生得的な欲求なのか、それとも社会的な性的規制や男女間の性的駆け引きによって生み出された、あくまでも人為的、後天的に形成されてきた欲求なのかとなると、私には他の動物と異なる人間固有の性行動を本能で説明するのはとても無理なのではないかと思われてなりません。
と言うか、「本能とは全ての生命体が有するDNAの自己複製プログラムだ」と説明するのと、「本能とは神のご意志である」(=人間の理解を超越している)と説明するのと実質的には何の違いもないですよね。

以上を踏まえて、

>「女性の性欲には男性に支配されたい欲求があるのは本当」でしょうか?

とのご質問にお答えさせていただくなら、確かに平均的な女性の性的振る舞いを表層的に観察する限り、一見そう見えなくもないですが、より深層レベルにおいて女性の性欲の正体なり、真相なりを詳細に検討するなら、必ずしもそう単純ではないような気がします。

私が思うに、人間の性行動を根本で規定しているのは、人間だけがセックスと女性の妊娠との因果関係を知った上で性行動する唯一の動物であるという《自明の事実》にほかならないのではないでしょうか。
こういう事実を知ってしまった女性としては、たとえ本能からの指令があろうと、望まぬ妊娠の危険性を冒してまでセックスする気にはとてもなれませんよね。

それよりは、自分にうんと愛情を注いでくれ、かつ妊娠しても、授乳・育児に忙殺されても、自分や自分の産んだ子の扶養・養育の責任を果たしてくれる男とセックスしたいと思うに決まってますよね。
こういう男にセックスを求められたとき、女性ははじめて「支配されたい欲求」が強くなるのではないでしょうか。
しかも、男性の場合、女性と違い、相手を《拒否》しないだけではセックスにならない、すなわち女性に対して能動的に欲情しない限りセックスにならない以上、女性としても意中の男性には自分を性的欲望対象と見なしてくれるように振る舞う必要がありますよね。

その意味では、女性が表面的に示す「支配されたい」という性的姿勢にしても、女性の本能によるというよりは、むしろセックスで妊娠する側の女性の性戦略が生み出した、男性に対する巧妙な性的振る舞い、男性との間のしたたかな性的駆け引きの産物と考えた方がより妥当なような気がしてなりません。

質問者さんに近い年代の既婚男性です。

>確かに男性の性欲と呼ばれる本能には「支配したい」
>「女性を征服したい」という欲求があるのは確かだと思います。

私としては、以前から、男性の性欲は、ペニスの《生理的》な快感を求める射精欲、女性の肉体一般が《社会的》に帯びる性的禁忌性への侵犯欲、女性を性的に攻略、支配、所有しようとする《心理的》な征服欲の三種の欲求に大別されるのではないかと考えてきました。

たとえば、男性は女性の裸体そのものよりも、それを覆っていた衣類等(性的禁忌性)が...続きを読む


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