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利他的とは「自分を犠牲にして他人の幸福・利益のために尽くすさま」と定義されていますがそのような行為は存在すると思いますか?

わたしは利他的行為は存在しないと思います。一見、利他的に見える行為もそこから何らかの報酬(物質的・精神的報酬)を得ていると考えるからです。それが良いとか悪いとかいうことではなく、人間とはそういうものだと思います。

仮に利他的行為があるとしたらどのようなものが考えられるでしょうか。

A 回答 (19件中1~10件)

利他的行為は宝くじを買うことです。

利他的行為をするのは難しいです。なぜなら行為と結果に利・損・なしのつながりがあんまりないからです。
問の初めで自分が損をしなければならないという制約があります。質問者さんの場合はさらに自分は利を得てはならないという制約がついてます。他人が利を得るなら他人が損をしてもよいと考える人たとえば、虫歯の子供を嫌がっているのに無理やり歯医者に連れていくお父さんとかがいます。他には自分に利があってもよいとか、自分が損をしなくともよいと考える人もいます。
個人同士ではなくて集団でとらえる考えもあります。

行為となんだかよくわからない結果があります。結果を分類します。己と他があって、利と損とどちらでもなしがあります。利他、利己、損他、損己、なしの5種類があり、利他で損己、利他で利己、利己だけとか組み合わせもあるので全部で16種類あります。利と損はほぼほぼ打ち消しあわないです。私がエビでタイを釣ったりすると、エビを失い、タイを得て、タイにエビを与え、タイは命を失いますから、私は損己で利己で利他で損他します。
問の初めの定義では、水色と緑の重なったところの利他で損己と、水色と緑と紫の重なったところの利他で損己で利己と、水色と緑と赤の重なったところの利他で損己で損他と4色重なった中央の利他で損己で損他で利己の4つの範囲が利己的行為ですが、質問者さんの制約がつくと、より狭まって水色と緑の重なったところと水色と緑と赤の重なったところの2つの範囲が利己的行為になります。ヴェン図を添付します。

量に着目した問がありました。Q:善と悪-もくぞーさんhttps://oshiete.goo.ne.jp/qa/10106390.htmlです。己と他については見ないことにして、善と悪だけを取り出して、各々の全体の総量が同じか、関係なしか、関係ない場合どっちが多いか考察しています。
上の質問の回答のNo.10と11は私です。No.13さんに感謝されてます。当時は利他しないようにがんばっていたのでふん…勝手にすればと思っていたのでまさしく利他的行為でした。今は役に立ってよかったし、いいことができて嬉しいですし、さらにNo.13さんにこのサイトに登録して今までで一番役に立った情報かもしれないとの評価もらうような回答する私やるじゃん!と誇らしいです。うれしくなっちゃったので自分に利がでてしまい利他的行為ではなくなってしまいました。でもそもそも、知識は与えても減らないので自分が損しないため利他的行為が不可能でした。ぐぬぬ。

『『それはそれ』!!『これはこれ』!!』https://twitter.com/furamuni/status/765120565879 …として、行為についての考察で下記の回答が良かったです。自発性のある/ないの分類をするとよさそうです。Q:因果応報説は 共同主観にはならない。-No.22さんhttps://okwave.jp/qa/q7902069/a21946741.html
~~~~~引用はじめ
私が非自発的行為に疑問を覚えるのは次のようなケースです。夜道で花子がある男に「金を出せ」と脅された。貧乏な花子は金を出したくなかったが、金を出すか出さないかの選択に迫られたことになる。逃げるとか戦うもありますがその選択肢二つが頭に浮かんだとしましょう。結果として花子は嫌々ながら金を出したとします。このとき、花子が金を出したのは自発的でしょうか。ある意味ではそうです。花子が自分の財布を手に取り、そこから金を出したのですから。しかし、この事件を「花子は金を脅し取られた」と見なすのもよいと思われます。たしかに花子が財布を取り出したのは行為です。先に挙げた転落死や足をすべらせたのとは違い、彼女が自分で自分の手を動かしたのですから。ただし、嫌々ながら、望まずながらです。意に反した行為を選ばされたのですから、手を動かす動作などが意図的だとしても、それは非自発的行為なわけです。あなたが転落事故を非自発的行為に分類するとき、花子が嫌々ながら金を出した行為は自発的行為だとなりそうです。なぜなら転落や足をすべらせたさい、彼には意図がなかったが、花子が財布から金を手に取ったのは花子の意図的行為だから。しかし、花子がコンビニのレジ横の募金箱に金を入れる自発的行為と、脅迫されて財布を出す行為には明らかに違いがある。それゆえに「意志なく意図しない場合でも」という条件には反対なわけです。財布を手に取るという意図的行為があったとしてもそれは自発的ではない。「金を出せ」という脅迫に端を発して花子は財布を手に取ったのだから、自発的ではない。行為者に意図がありながら、その行為が非自発的行為である場合がある。
引用おわり~~~~
なんだか花子が非自発的利他的行為をしていてむずむずします。そんなわけで冒頭に戻って、宝くじを買うことは、自発的で、自分が当たらないことが多く損をして、たくさんいる他人の1人が当たって利を得るので、利他的行為であるとしました。
「利他的行為は存在するか」の回答画像19
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被災地へ自腹切って赴くボランティア。

偉いなぁ。
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ううむ。



長男の友人が一家でスキーに行きまして、三人兄弟の一番下の八歳児が、木に激突して、治療の甲斐なく、なくなりました。で、ご両親は、まだ脳死の状態の時に、いくつもの臓器を提供しました。うちも、同じ年代の子供がいますから、泣けて仕方がありませんでした。自分の子供だったら、絶対にできないことです。

もっと、身近なところでは。
道端で、バッテリーがあがって、エンジンがかからない車のボンネットをあげて、しばし、茫然としていると、ジャンプ・スタートをしてくれる人が、必ず、車を止めてくれます。で、エンジンがかかると、さわやかな笑顔で、”お大事に~”と言って、消えてゆきます。自己満足というよりも、それが当たり前、と、躾けられているからでしょう。ちょっとした、親切ですが、本当に助かります。

他にも、あるかもしれませんが、今は、思いつきません。
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私もそう思います。


「誰かに尽くす自分」でいたいのも、自分のため。
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自分を犠牲にして他人の幸福・利益のために尽くすさまを利他的と言うならば、そのようなものは存在しません。


何故なら自分を犠牲にすることを、他人は喜ばないどころか悲しむからです。

ではどのような利他は存在するのかと言うと、自利になる利他は存在します。
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利他的行為が存在しなければ 子供も子孫も育たない それが人倫の為であれば利己も利他もないのでは?

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愛も精神的報酬

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No10の奴質問文ちゃんと読んでないな笑



精神的報酬も利己的であると考えた場合の利他的行為はあるかって聞いてるんだがなw
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言いたい事はわかります。



実際にあった事ですが、妊婦が火災でビルから飛び降りなければならない時がありました。地面にはマットもありますので大丈夫です。

しかし妊婦は何故か、逆さになった状態で飛び降りました。その状態で飛び降りると、頭から地面に叩きつけられる危険性がありますので、マットがあるからといって極めて危険な行為です。

理由は、普通の状態で飛び降りると、脚で着地してそのまま尻などで衝撃を緩和する事になりますが、その際おなかの子にダメージを与えて流産するかもしれないので、自分が死ぬリスクがあってもおなかの子を守る行為をしたそうです。



これも、母親の利他行為と言うよりは、その母親にとっては「自分の命よりもおなかの子の命を優先する方が、自分のためになる」と言う意味で、利他ではなく利己だ。

と言う考えをあなたは持っているのでしょう。確かに、あらゆる利他行為は「何らかの報酬(物質的・精神的報酬)を得ている」のは事実です。





あなたの、その気持ちは分ります。
しかしだからといって、「利他はありえない。全て利己だ」と言う考えは、ただ雑なだけです。
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たくさん知ってます。


本当にたくさん!

利他的行為=自己犠牲の精神を持つ人は意外と身近にいるんですよ。

したいからする。

見返りは求めない。

人に喜ばれることが喜び。

幾つか例が挙げてありますが、他にも災害のときに遠くから駆けつけて下さる方たちもおられます。

動機を疑わずに素直に感謝を表したいと思います。
そうすることで、また自己犠牲の精神を育てることができていくのだと思います。
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