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一般に、うちに向かうにせよ外に向かうにせよ、問題行動のあるある子(大人)に付帯しているのが「不幸」の問題であろうと思います。深刻なものから表層的なものまであると思いますが、簡単には脱却できずに、恒常的な「不幸感」に本人が沈んでいるものと思われます。ここから抜け出して「幸」の方向を目指すには、どういう方策を採るのが一番効果的で、本質的でしょうか(あるいは麻薬的でも効果甚大ならばそれも可としましょう)

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A 回答 (8件)

私は人に問題があると言うことができますが、私自身も問題行動を起こす人である、という自覚があります。


自覚がありわかっているのにやるのでタチが悪いです。苦笑。


さて、わたしの事は棚に上げて(笑)、一般的に問題があると言われる人、協調性がありません。
他の人がやることと同じ事をしない。

例えば、朝 人に会ったら普通は「おはよう」と言うのに、その人はしない。
みんなが右に行くのに、その人は逆行して人にぶつかり、他の人はそこでスピードが落ちてしまい困ってしまう。

どうして他の人と同じ事をしないのか。
1つは、能力的な問題。
朝人に合ったら挨拶をすると、人間関係がスムーズにいく、という誰しも経験して生かしていることを、経験として取り込めないので、その誰しもやる朝の習慣(儀式)が習慣となっていない。

もう一つは、そうやった方がスムーズに事が運ぶとわかっているのに、こだわりがあるためやらない。
(例えば、「朝といえば、7時や8時、もしくは起きて1時間以内くらいまでを言うのであって、午前11時に会った人に言うなんておかしい」と思っている場合、言いません。)


「みんなと同じ行動をすることはない。俺は人と違ったことをしないと、没個性になり俺が失われる」なーんて、こだわりを持つと、わざと逆のことをして自分の個性を他者にアピールしたりします。
(ですが、私から言わせると、その程度は強い個性でもなんでもない。単にわがままなだけ。)


まあ ともかく 簡単に整理すると、あわせる能力が先天的無い人、と、あわせる能力は先天的にあるがやらない人と二つに区別してみます。


今回の「恒常的な不幸感」を抱く人は、前者になると思います。
つまり、わかっていないので同じことができない。

で、浮かんだのがアスペルがガー症候群というもの。
一見 能力において障害が無いようでいて、よく観察すると実はコミュニケーションにおいて、重大な障害があり、集団の中でも浮いています。


線引きはまだ確定していませんが、高次脳機能障害 とも言われる。
高次脳とはなんでしょう。
コミュニケーションをする上で、発揮される能力。

例えば、相手の目の表情。
人は言葉だけではなく、目でも語ります。
ダイレクトな言葉で表現せず、目と湾曲な言い方をして、相手を気遣う、または逆に声と湾曲表現をすることで、不快感を相手に知らせたりする。

「ああ、、、牛乳をこぼしてくれて ありがという。」

「いいえ、あなたがやってくれたおかげで、仕事が一つ増えました」

目だけではなく声の抑揚も伴いますが、アスペルガーの人は、「感謝された」 「いいことをやった」 「相手は喜んでいる」 と言葉通りに捕らえる。

で、また 同じ事をして、とうとう ゲンコツをもらったり、激しい口調で叱責されたりして、困惑するわけです。

「何故? ありがとうって言ってたじゃない」
「なぜ よろこんでくれると思ったのに」

その誰しも一般的にわかっていて、そういわれればこういう意味だとわかることが、その人にだけは能力的な問題を抱えているために理解できていないなんて思わない。

すると、「何度言っても やっぱりやり、言うことをきかない」または「変な人だ」という印象を持ち、人は自分と違うタイプのこの理解不能な人を敬遠するようになるわけです。

何故なら、理解できないから。
AはNの湾曲表現や目や声の表情を理解できない。
NはAの奇怪な行動、反応の原因を知らないので理解できない。


アスペルガー症候群は、知能に問題は無い。
知的障害者は知能指数が69以下だとされますが、アスペルガーの人はそれ以上、でも90以下の人が多い。
(中には110以上の人もいる。)

一般を100とすると90なので、知的障害の69より全然いいので、問題が無いか というと、大半の人が100わかることが90 つまり10わからないわけです。
この連続で、みんながわかることが10づつわからないので、どんどんその差は広まる。

アスペルガーの人は理論的な事は一般の人より逆に得意です。
一つにことにこだわると、普通の人が飽きてやめることも、とことんこだわりをみせ、研究したりする なんてことも特徴の一つ。。
だから大学教授とか研究者の中にもこのアスペルガーの人は多いんじゃないかといわれています。
シリコンバレーに勤務する人のほとんどは、実はこれじゃないか とも言われている。


大学への進学率が上がったことで、ニュースでも大学生の中にもアスペルガー症候群の人が多いのではないか、それで浮いてしまい孤独を抱えている大学生もいるのではないか、と最近言われています。


高次的なコミュニケーション能力が一般より劣るのに、シリコンバレーなどに勤務したり、大学教授として成功している人も多くいる。

何故か。
シリコンバレーに勤務する人は、人間関係を円滑にしないと、仕事に大いに支障をきたす職種についていないから。
誰もが考えつかないことを、その頭の中のアイデアを実体化させ商品として世に出すのが仕事だから。

こだわりをみせると とことんそのイメージを具体化して形にしたがるのがアスペルガーですから、ソフト関連(知的財産系)は大得意です。
また、理論が特異ですから、発明も特異。

でも、それでも会社は集団ですから、最低限のコミュニケーションを図れる人が必要です。
特にチームを組んで開発するには、どうしてもこれが不可欠。
なのに、何故シリコンバレーで勤務するアスペルガーの人たち(といわれているだけで、実際調べられたのかは知りませんが)は成功しているのでしょうね。


グーグルだったと思います。
採用するかしないかの基準 なんだと思います?
既に働いている人が、応募してきた人を気に入るかどうか。
うまが合うかどうかで決めているらしいです。

そうですよね。 
アスペルガーゆえに誰も考えつかないアイデアを持つ人が能力を持って応募してきて、そのアイデアが採用される。
それだけでは駄目。
最終試験として、チームに受け入れてもらえるかがで合否が決定する。
単独で開発する程度ではなく、チームを組まないと開発にものすごく時間がかかり、出せなければ、他の会社に先越されてしまうわけです。
じゃあ 多くの人で集まってそれぞれの得意分野を出し合って、それを組み立てて一つの商品にする必要がある。
そのためには、特異な性質を持つ人たちの集団同士がそれぞれウマが合うかどうかにかかってくる。



人と同じ事をしないために、社会から取り残されていたの時代は過去のこと。
今は、マイナスではなく、それをプラスとして企業は採用してきているわけです。
企業も競争ですから、従来通りの採用の仕方では、たちまちライバルに差をつけられ、倒産に追い込まれるわけです。


昔は社会の脱落者のレッテルを貼られていた者が、今では社会の上層部 というか いいポジションで活躍している。


社会は変化していっているわけです。

ここに希望があります。
上の人が下にいき、下だったものが上にいく。

ただ、この普通の人に無い障害を持っているから成功者になれるかというと、稀です。
環境次第。

アインシュタイン、エジソン、恐らくアスペルガーかそれに類似した障害を持っていたと思われます。
有名な某女性司会者。この方もそうだと思えます。
(ボランティアの代表としてアフリカにパーティードレスを着ていくということをやらかしたり、感情のこもらない声で早口で淡々の歌手を紹介したりなど、まさにその特徴が出ているので。)

この3名の共通する特徴。
全員小学校の時点で退学させられた。
集団社会からはじかれてしまいました。

でも、前二人は家族の中にたった一人だけその理解不能な家族を受け入れた人がいて、本人にやりたいようにやらせ育てた。
3番目の人は、特殊学校の校長先生が彼女を受け入れやりたいようにやらせた。


ここなんですね。
こういうキーパーソンがいる環境であったかどうかで、成功者となるか、社会から脱落した敗者となるかに分かれる。

前二人は家族の中にたった一人だけキーパーソンがいたという幸運の持ち主だった。
3番目の人は家族ではなく、その後に入った学校にキーパーソンがいた。

どちらも求めて出会ったのではない。 運。


日本という社会はとにかく隣の人と同じ事をすることを和として尊ぶ。
みんな横一列に並び、飛び出た人は、抑えられ、同じ高さに更正されていくわけです。
でも、社会で成功する人は、はみ出た時、押さえつけられ、みんなと同じ高さになれる人じゃあない。
できるのなら障害を持っていない。

どんなに押さえつけられても集団が更正できなかった強い個性を持つ人。
それを他の人からみれば障害がある とするわけです。
多くの人ができることを平均値として計っているだけ。
IQ140の集団からすれば、IQ100の人は障害者ってことにもなりかねない。


で、何度も更正されようとするから、その枠に入りきれないほどの個性を持つ人は苦しむわけです。
個性があっても人間ですから、たびたびやられると 弱ってくる。
はじかれるわけですから、孤独も感じる。
自分が駄目な人間だと自分を否定する。
そのうちこもる。
もう叩かれたくないから、これ以上 傷つきたくないから だから社会から離れる。

この脱落したが、すごい能力を持っていた場合、日本という社会はとても損をしたことになるわけです。
社会がお宝を捨てたから。


ですが、マンモス個性を持つ人は、へこたれません。
やはり輝いている。
お宝ハンターから発見されちゃうわけです。
「こいつは只者じゃない」と。

または、異常なほどこだわるので、自分の作品を企業に売りに行けたりするので、横並びの人格を尊重しない企業だった場合は、採用しちゃうわけです。
その人を受け入れるスタッフ(うまがあうスタッフ)で周りを固め、保護しながら、開発に専念してもらう。
お宝を発掘できた企業は大儲け。


だが、こういう強運の持ち主は稀で、大半は社会からの脱落者とされてしまう。
では、その大半の能力がありながらも、現実は能力無しというレッテルを貼られ、不幸感に沈んでいる人がそこからどう脱却できるのか。


はっきりいって わかりません。

が、一つ思い当たる言葉があります。
その不幸感にさいなまれている人に対しての言葉です。

「あなたは誰にも支配されない者である」


他人から言われた通り、よく理由がわからないが、ともかく慣習でそうなっているし、やっときゃ文句言われないからやっとこう って人は ただの人です。(普通の人)

集団・慣習・既存の社会に支配されるから、足並みをそろえられるわけです。
支配されることによって集団から叩かれず、自分を守れるわけです。
大半の人は、叩かれたくないし、他人とぶつかってもめたくないので、足並みをそろえる。そういう能力があるからできるわけです。

だからといって、足並みをそろえる能力があるので、上かというと、ノー。
それは一般社会が決めた枠組みの中でのみ上になるだけの話。


誰にも支配されないものは 枠というものがありません。
だから 誰にも支配されない者なわけですから。

というわけで、自尊心を回復するためには、「自分を誰も支配しきれやしない。」と自覚することではないかと。
「そういう程度の者ではない」と自覚することではないかと。

この回答への補足

人って言うのは、一面でしか生きられませんね。だから、アスペルガーの価値観を自分に植え付けられない、スイッチを切り替えて、臨時にそっちの価値観で合わせていこうとできない、そういう融通の利かなさ、あるいは人の能力の言外が生んでいる悲劇とも言えるでしょう。

補足日時:2007/06/29 21:42
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この回答へのお礼

不幸の原因が、他人に合わせられないことにある、というのはかなり本質的です。そして私の盲点だったことには、それが「合わせる能力がない」面が大きいということ。「合わせる」能力なんて、棒様なことだと思っていたのですが、アスペルガーの例でも気づきました、かなり難しい高度なことなんですね。言い方を変えれば、コンピューターには不可能です。

その「合わせられない」が高い能力を社会が拾うかどうか、他力本願がかなうかが、鍵を握っているとすれば。。。救いのない事態と紙一重なんでしょう。

お礼日時:2007/06/29 21:42

こんにちは、george-mさん。




参考URL
http://www.origami.ne.jp/kangaeru-bunsu-warizan. …
http://www.origami.ne.jp/kangaeru-bunsu-warizan- …



ここに分数の問題と解説があがっています。
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この回答へのお礼

このメッセージから、質問との関連を求めるのは、どうも私の知力が及ばないところです。

お礼日時:2007/06/29 21:34

こんばんは、george-mさん。





ちょこっと、おたずね。このご質問、「魔術的リアリズム」で、話をすすめてもよいですか?
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この回答へのお礼

はい、お願いします。

お礼日時:2007/06/15 10:22

『恒常的な「不幸感」』に御本人が気づき、その原因と思うことに対する受けとめ方を変えることです。


方法は様々ですが、結果的に効果があり本質的だと思います
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この回答へのお礼

それが本質的だと思います。一人になること、しかも孤立しないで強く生きていることですね。そのとおりだと思います。

お礼日時:2007/06/29 21:35

まず問題児という言葉をやめましょうか。


端的には、オレが好かん奴、くらいがすっきりしていいかと思います。
または、オレはどうも思っちゃいないが、周囲に好かれないと思われる人物、とか。
自分とはかなり違う、とか、みんなと違う、とか少し拙い表現にするのもよろしいと思います。
問題、などというと、問題ないことにまるで価値があるかのような、
全体主義的、排他的でウサンクサイ発言に。

もひとつ、不幸という言葉をやめませんか。
人の不幸に口出ししても仕方ない。

乞食の幸せはわからない人にはわからないものです。
殺人鬼の幸せなど、考えたくもないですね。。。わかりません。
人が不幸そうに見えるというのは、恋の始まりでなければ、ただの思い上がりというものでしょう。

客観的見解など、しょせんメディアに毒された脳内の産物ですから、
ほんとうのあなたの実感が、危険信号を発しているのとは訳が違う。
近所の酒屋の子がナイフ振り回してばかりいるが、母一人子一人なのです、
どうしてやりましょう、というご質問ならよかった。
この子について、不幸だという判断そのものが危険ですからね。

「麻薬的」に処理する思想があります。
全体主義的な、社会的善の、幸せの中に仲間入りさせてあげるために、
「不幸そう」な「問題ある人」に、精神科医が投薬するのです。
ソヴィエト連邦とアメリカ合衆国がさかんにやりました。
薬でおさまらないと、ロボトミー手術をしまして。

社会というのはおそろしいですね。
会社も学校もおそろしいといえばおそろしいですが、
会社や学校は選べば千差万別ですから、抜け道を多く持つという意味でも
混沌とした雑多な機構というのは良いものといえるでしょう。

大手広告代理店では、ある人は問題児でもなんでもない。
この人が小学校教師なら確実に問題教師だ。
ロボトミーしたいと教頭が考えても不思議ではない。
わがまま横暴目立ちたがり、触り魔、陰口魔、陰謀好き、
自己中心、派手な服装、酒乱、離婚再婚をくりかえす、なんて手合いです。
しかもトラウマの塊。被虐待児育ちかもしれません。
ところで、だれが不幸なのか、さっぱりわからない。
他の人の幸、不幸とかかわるのは、まったくむつかしいことのようです。
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この回答へのお礼

人の心がわかったようなおごりはだめだということなんでしょうね。自分との類推というのはそんなに当てにならないものでしょうかね。価値観の多様化までを処理しきれる人間はいないのかもしれませんね。

お礼日時:2007/06/29 21:36

こんにちは、george-mさん。





おたずねの不幸がいかなるものかはさだかではありませんが、例えばこんな場合と勝手に想定して少し考えてみます。お尋ねの件と違いましたらどうぞご容赦を…



昨今、新聞紙面を賑わす年金問題。TV等を見ていますと、年金記録の記載事項漏れがないかの確認をとりに社会保険事務所の窓口に並ぶ人の映像が連日紹介されていますね。出向き、行った先で「記録はない」と、告げられた人を不幸と呼べば不幸かもしれません。が、この時点で記録が有るか無いかがひとまず判明すれば、ないならないなりに確かに支払った覚えがあるならあるだけまた次の一手が考えられる可能性はないとはいえませんよね。早い段階で次への方策が立てられる。傍から見れば不幸のようである時点から見方変えれば幸いなことかも。これとは別にこれだけ報道され呼びかけられていても、かけた年数がわずかだと自覚している者の中には社会保険事務所へ足を運んだとて「無いです」といわれるのが関の山。名乗り出るだけ時間の無駄とばかりそのまま名乗り出ることもなく家に籠もる。さほど蓄えもなければ、いざ食っていけなくなれば生活保護を受給した方が年金を受給するよりかはるかに高所得と考えている者も中にはおられるかも。社会保険事務所の窓口につめかけあっちこっち奔走する人をよそに。



傍目から見ての幸不幸はかならずしも本人にとっての幸不幸とは一致しないこともあります。



まずは、本人が人としてどうありたいかをよく話し合われてみて、話し合う中で本人ができそうなことを無理せず少しづつやらせて(はじめて)みるというのはどうでしょうか?
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この回答へのお礼

塞翁が馬と、価値観の多様化という広い視点観点を持って考察しないと埒が明かないのは事実でしょうね。感情的になってしまいますね。どうしても。

お礼日時:2007/06/29 21:37

不幸を愛する方はたくさんいますね。


これを直す特効薬は「私は幸せものだ、私の未来は明るい」を毎日念仏のように唱えて暮らすことですね。短い人で10年長い人で30年もやれば不幸病は間違いなく治ります。
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この回答へのお礼

かもしれない。暗示は結構効きますから。

お礼日時:2007/06/29 21:38

問題行動のある人間は不幸だから問題行動をとるのだ。

と考えているように感じました。
しかし実際には自分だけの幸せを求めすぎて周りに問題を撒き散らしている人間も非常に多く居ます。
問題行動のある人と幸福・不幸は別物で考えた方がいいと思います。

で不幸感に本人が沈んでいる場合の脱却の仕方ですが、その不幸の原因しだいでしょ。おなかが減って物が食べられず不幸な人、あまりにも欲望が強く何を得ても幸福だと思えない人、他人と競争し勝たないと幸福感が得られないのにその努力を嫌う人、みな対処が違います。
どんな不幸感を持っている人でも他人が救えると思うのは、たぶん間違いだと思います。
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この回答へのお礼

確かにそうですね。一面的に捕らえすぎていたようです。

お礼日時:2007/06/28 13:12

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違う不良系の生徒は、自衛隊、内装工。
学級委員長でもあり、生徒会長だった同級生は、軽い分裂病(総合失調症)となってしまいました。
地味で目立たなくてイジメの対象だった同級生は警察のSP、私をいじめていた女の子は物理の先生、意外と真面目だったのにテキ屋になった男子もいます。

結局は、問題児か否かはあまり関係ないような気がします。
私の時代は、登校拒否という問題はありませんでした。


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