AIと戦って、あなたの人生のリスク診断 >>

地形図には、縮尺が2万5千分の1の地図と5万分の1の地図がありますが、それぞれの特徴はどういったものになるのでしょうか。

詳しく教えていただけるとありがたいです。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

5万分の1地形図は市町村などのある程度広い範囲を俯瞰する際に役立ちます。

土地利用図など、土地・交通の分布や広がりを見るのに適しています。
いっぽう2万5千分の1地形図は、より狭い範囲の地形等を見るのに適しています。土木構造物の建設や地質調査を行ううえでの基本になるものです。また2万5千分の1地形図は、日本全土を網羅する詳細な地形図としてはもっとも縮尺が小さいもので、「国の基本図」とも呼ばれています。

表記の違いとしては、たとえば等高線の間隔が異なります。
5万分1地形図 
計曲線:100mごと、主曲線:20mごと、第一次補助曲線:10mごと
2万5千分1地形図
計曲線:50mごと、主曲線:10mごと、第一次補助曲線:5mごと
    • good
    • 3
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。第一次補助曲線なるものがあるなんて知りませんでした。

役に立ちました!

お礼日時:2009/01/13 00:40

otuhazimeさんこんにちは。



 No.1とNo.2である程度語られていますので、それ以外についてお答えします。

 1:25000に比べますと、1:50000はよい意味で大雑把です。
 仮に、1:25000に表記されている道路が1:50000に全て描かれるとなると、あまりに道路だらけになってしまいます。
 つまり、1:50000に描いてある道路は、1:25000に描いてある「主要な道路を厳選して」描かれてあるということになります。

 この1:50000のメリットが活かされるのが、災害時です。
 例えば東京で大地震があったとしましょう。渋谷から上野までの通路を確認するには、1:50000がベストです。
 なぜなら、1:50000に描かれてある道路は、道幅の大きな幹線道路であることがほとんどだからです(当然広範囲を見れるというメリットもあります)。
 1:25000では、裏道を選んでしまって渋滞…なんてこともありますからね。

 最後に、No.1とNo.2の誤りを指摘&訂正しておきます。
 「1:25000が、国土地理院による日本全土を表す最も大きな基本図」
 残念ながら北方領土には1:25000はありません。理由はNo.2の通りで、戦後はソ連の支配下にあるので1:50000のまま止まっています。
 正確には「北方領土を除く、日本全土を表す最も大きな基本図」です。
 領土問題には政府も慎重なので、こういった言葉の表現には細心の注意が払われています。
    • good
    • 1

1/5万の地形図は戦前に単色(黒で全ての要素を記述)ながら全国が整備されました。

1/2万5千は戦後に「1/5万」では国土の基本を記述するには小さすぎるということで整備が進み、現在では全国が整備されています。

それでは1/5万は不要かというと、そういうことでもなく整備されていますが、現在では、1/5万は1/2万5千の「編集」、つまりは1/2万5千の地形図を作ったのちに、それをもとにして作る、ということで、最新状況の反映がすこし遅くなっています。

なお、「また2万5千分の1地形図は、日本全土を網羅する詳細な地形図としてはもっとも縮尺が大きい」ものです。(1/5万より、1/2.5万が縮尺が大きい)。
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q地図のよみとり(水準点と等高線、縮尺)

中学受験の社会(地理)の問題です。地図の読取で、図のような地図があります。

解説に、地図の下方に160.3mを示す三角点があり、「すぐそばに主曲線と計曲線が続けてひかれていることから、縮尺は25000分の1」であることがわかる。

とあるのですが「 」の意味がわかりません。

どうして、この地図から縮尺が25000分の1であることがわかるのでしょうか?
どなたか、解説よろしくお願いいたします(けっこう切羽詰まっております)。

Aベストアンサー

まずは、下の曲線の間隔を覚えてください
20万分1地勢図
計曲線 500m間隔
主曲線 100m間隔

5万分1地形図
計曲線 100m間隔
主曲線 20m間隔

2万5千分1地形図
計曲線 50m間隔
主曲線 10m間隔

今回は
太い線が計曲線
細い線が主曲線
なので

三角点が160.3mだと、一番近い計曲線は
20万分1地勢図だと存在しません
5万分1地形図だと標高が100m
2万5千分1地形図だと標高が150m
なので、5万分1か2万5千分1となります。

今度はこれに主曲線1本の高さを足すと
5万分1地形図だと標高が120mとなり三角点の高さにするには、3本必要となります。
2万5千分1地形図だと標高が160mとなりますので、正解が2万5千分1

Q地形図の縮尺の2万5000分の1と5万分の1の見分け方を教えてくれませんか?

地形図の縮尺の2万5000分の1と5万分の1の見分け方を教えてくれませんか?

Aベストアンサー

等高線に注目します。等高線には『主曲線』『計曲線』があります。細い線が『主曲線』で太めの線が『計曲線』です。
1:25000と1:50000の地形図ではその間隔が違っています。

1:25000の地形図の等高線の間隔は主曲線が10mごと。太い計曲線が50mごとになっています。
一方1:50000の地形図の場合は主曲線が20mごと。太い計曲線が100mごとです。

計曲線には必ずどこかに標高を示す数字が書かれているはずです。それを見て判断します。
等高線が密なところを見て、太い線に200と書いてあって、細い線が4本あって、次の太い線に250とあれば1:25000の地形図ということです。

Qイスラム教の聖地はエルサレム、メッカ?

イスラム教の聖地とはエルサレム、メッカ、どちらなのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どっちもです。

メッカ、メディナ、エルサレムの3つの都市が、イスラム教の三大聖地とされているようです。

メッカには、「神の館」であるカーバ神殿があり、また、預言者モハメッドの生誕地でもあります。

メディナには、モハメッドの墓所に建てられたモスクがあるらしいです。

エルサレムは、モハメッドが天に登った場所だそうです。

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


人気Q&Aランキング