プロが教えるわが家の防犯対策術!

世の中は理不尽で平等などありません

※ここでは個々の存在のみに重点を置いて質問します

<外見の一例>
身長の高さ
顔立ちの良さ
ルックスの良さ

<能力>
学力(1,2度で覚える人)
センスのある人(何をやらせても器用にこなす)
運動神経抜群(走り、筋力でも練習してなくても差が出ますよね)

このように過去に君子が言ったように『虎は生まれた時より強い』というのは人間でも同じです。才能のある人はいいでしょう。しかし、才能に恵まれずに生まれてきた人はどうやって勝てばいいのでしょうか?

仕事、学校、恋愛、合コン、お見合い、格闘、大会、あらゆる場面で才能のある人って勝ちを奪っていきますよね?

そして、才能の無い人は負けが過ぎて負ける事に慣れてしまい、「どうせ俺(私)なんて」と諦めモードに入り、腐る(僻む)ことしか出来なくなる

血みどろになって頑張っても勝てるのは才能あるのに適当になってる時の人ぐらいで才能のある人が努力までしたら手に負えないのが現実です。

皆さんは人生に1度はこのような格差を感じたと思いますが、どのようにしたらいいと思いますか?心構え、妥当手段、屁理屈でチャス板をひっくり返す。などなど、色々なご意見をお待ちしております。

A 回答 (7件)

凡人でいいじゃん。

他人の人生なんか誰も知らんから、人に聞いて答えが出るもんでもない。凡人が嫌なら死ねばいい。
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才能がないのなら自分で磨き続けるしかない。


天才が1の努力ですむところを凡人が100やらなければ
追いつかないとしよう。ならば俺は1000やってやる。10000やってやる。その磨き続ける事に自分の命をすり減らしてでも磨き続けてやる。
そうしなければ得られないものがあると知っているからです。
私はいつも言い聞かせています
スタートラインがマイナスならまず0になるまで努力しよう。
そしてそこから1にしよう。
ご存知の通り天才から見ればその姿が惨めに見えるかもしれません。
私はそれでも構わないと思っています、誰に蔑まされようとも
負け組みと呼ばれようとも自分の一度きりの人生だからです。
正直勝ち負けとかどうでも良いんですよ、満足した毎日が過ごせるなら
どうでもいいのです。あとあれなんですが、仮に天才が何かを得たとしてもその天才を超える人間が必ずいます、いや、自分で創っているのでしょう、その天才はその天才の事を俺よりも凄くてむかつくなあと嫉妬してるかもしれませんね。世界一にでもなってもまだ自分より上の天才がいるんじゃないかと思い続けるんじゃないかと思うんですよね、ようは自分が自分で創り出しているんじゃないかとも思えるようになってきました。
また例を出して見ますが、背の高い人間が低い人間の事をおまえチビだなあとからかったとしましょう。言った本人は優越感にひたれるでしょうね。一方言われた方は今後の人生の全てが変わるかもしれないほど
精神的にダメージを受けているかもしれません。
ここで言われて黙って引きずっていったら今の世の中は生きていけないです、世の中は厳しいですからね。
だから必死で磨くんですよ、自分自身を。
他人と自分を比べて優越感や劣等感を感じたり比べたりしている時点で
ほんとは凄く小さい世界なんですよ。結局ないものねだりじゃないですか。おそらく20歳前後くらいまでは精神の成長をするために
特に外見面でそういった場面に出くわす事が多いと思いますが・・
で、そんな事で口に出して相手を馬鹿にしている人間がいたとすればそれはLVの低い人間です。ようは相手と比べて自分自身の価値を見出しているのです、ああ俺は誰かより優れている、安心だ~ってね。
ないものをねだってもしょうがない。なるようにしかならないのだから。問題はじゃあないのだから、マイナスからのスタートなのだから、馬鹿にされようが泥にまみれて生きようが死ぬ気で自分自身を磨き続けるしかないという事でしょう、全力で生きていけば気づく時がきます。他人と比べる必要がないとう事に・・なぜなら自分自身やるだけやっていたらこれだけやってきたのだからこれ以上できる事はないというくらいまで辿り着くからです。また新しい大きな自分に出会える訳です。
人生の敵なんてほんとは他人じゃなくて自分なんですよ、自分自身で
自分を殴って心を泣かせている。もっと自分を愛してもいいんじゃないかと思うんですよ。ただ甘やかすのと愛することは違いますからね(笑)。他人は所詮他人です。
こんな事書いてきましたが私はポジティブではなくてむしろネガティブなんです、ネガティブも突き詰めるところまでいくと根性出てきますよ。絶対負けないって感じで(笑)満たされない人間の方が私は人間的だと思うし、苦労してきてるので人の痛みに敏感なんじゃないかと確信しています。正直満たされている人間が色々手にするのって当たり前すぎて面白くないし、誰でも出来ますよね。苦労しないで手に入れてるって。満たされている人間に「お前俺と変わったら絶対生きていけないだろうな」って思うの山ほどいますよ。背負ってるもんが違うんですよ。
私はそっちの方が好きですけどね、満たされていない人の方が・・
見てて分かりますよ。特に外見の場合は(笑)
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みんな違ってみんないいと思います。


他人と同じフィールドで競うのもよし、

新たな道を開拓するもよし、
だれもが何かしら才能を持って生まれてきていますよ。
その人の特徴ですら才能です。

誰かにとって興味のない人も、誰かにとって興味深い人
だったりします。

理不尽で平等がない、と書いてみるあのたもそれが才能です。
人は試してはなりませんが、反応を見るのは良いと思います。
ただ不愉快なのは避けるべきですね。それすら強制することでもありません。

人は人、いろんな人がいて、みんなあってみんないいです。
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なんだか殺伐とした寂しい質問ですねえ。

まあ最近はこういう考え方が普通になってるんでしょうか。類似の質問をよく見かけます。

外見とか学力とか運動能力とか、もちろん優れてる事は一つの才能でしょう。
でも、そもそも人間、そういう才能がないと生きて行けないわけじゃありません。
あえて言うなら自分という人間を十分に見切ることが大事です。
社会や世の中に、必ず自分の居場所というのは見つかります。
なのに、学歴だの外見だのと言った条件ですべて決まってしまうかのような錯覚にとらわれている人が多い。
勝ち組だの負け組だの言って、他人の価値観でしか自分を見られない。
他に惑わされない自分の価値観をしっかり持ったなら、生き方がわからないとか生き場所が見つからないなんて事はないのです。
誰が勝ち負けを決めるかと言ったら、それは自分以外の誰でもないんですからね。
ああ、自分は己に負けているな、と感じたら勝つべく努力をする。
それしかないと思います。どんな人でもね。
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私は身障と知障のミックスです。

なので血反吐くほど努力しても、才能どころか、凡人にすら勝てず、バカにされる始末。
私は勝つということを知りません。親はハズレ、何をやっても人並み以下、「神に見放されたのか、俺はこの世で一番恵まれない男だ」と思ったことも何度もあります。

よくテレビの野球などでグローブをベンチに叩きつけたり、奇声を上げたりする選手を見ます。私もそんなタイプです。ハズレ親から貰った使えない体に腹を立て、腕を台に叩きつけたり、足を殴ったりします。
私は努力もロクにできない体に生まれ落ちたのです。「何で俺ばかりこんな目にあわなければならないんだ」と涙を流した日も何度もあります。

どんな人間にも探せば人並み以上にできる部分がひとつはあると思いますが、私には何もない。

どうせ勝てないので他の事も努力し、「これでならお前に勝てる」と惨めな人生を送るしかないのかもしれません。
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そうですね,この世の中は競争社会です。

諺に「過去の因を知らんと欲せば現在の果を見よ,未来の果を知らんと欲せば現在の因を見よ」とあります。これを深く読めば,過去の悪い因も現在の自身の結果を示すことによって善き因に変えることができる。未来も同様です。結論は努力のみが「負けない」という「勝つ」ことよりも高みの自分になれるのです。稲には早世・中世・遅世がありますが,人の人生も同じです。今は他のものに負けているようであっても努力を怠らなければ生きているうちに花咲く人生を必ず送ることができるのです。それを信じて(これが最も大切なことです)いくことです。今の姿に惑わされないように気をつけてくだいね。
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>どのようにしたらいいと思いますか?



・自分の能力以上の事を望まない。
・あきらめる。
・無理をしない。
・妥協する。
・己を悟る

こんなところでしょ。
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