あなたの純文学ベスト10を教えてください。

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A 回答 (2件)

順位は付け難いですが


「フィネガンズ・ウエイク」ジョイス
「ユリシーズ」ジョイス
「失われた時を求めて」プルースト
「夏の闇」開高健
「玉、砕ける」開高健
「檸檬」梶井基次郎
「鮨」岡本かの子
「月山」森敦
「車輪の下」ヘッセ
「変身」カフカ
てとこですね。
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邦洋まとまりありませんが、好きな純文学作品です。


「砂の女」安部公房
「城」フランツ・カフカ
「青春の蹉跌」石川達三
「天窓のあるガレージ」日野啓三
「愛と幻想のファシズム」村上龍
「狭き門」アンドレ・ジィド
「恩讐の彼方に」菊池寛
「山の音」川端康成
「悪霊」ドストエフスキー
「百年の孤独」ガルジア・マルケス
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Q非純文学の定義

僕は最近小説を読むようになり純文学というものの存在を知りました。
辞書によれば「通俗文学・大衆文学と違って多く売れることを期待せず、純粋に芸術的な意図の下に作られている文芸作品」だそうです。

それはすごくすばらしい事だから純文学を読みたいと思ったのですが、何をもって多く売れることを期待しているかいなかを判断すればいいのか?という疑問がわきました。
その他にも純文学なのか非純文学なのかを判断するポイントがあれば教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは。
読書好きの二十代後半の女性です。

「純文学」と「非純文学」の線引き、ですか。。。「多様な価値観」が叫ばれ「尊ばれるべき」とされる中で、語弊/誤解を恐れずにこれを語る事はなかなかに難しいな。。。と思えます。^^

ちょっと、ウィキペディアを覗いてみましたら、
「現代の主要な純文学作家としては、北杜夫、村上龍、村上春樹、高橋源一郎、島田雅彦らの名前が挙げられる。」となっておりました。「純文学」で検索したら出て来ましたので、参考になさると良いかと思われます。

さて、
「何をもって多く売れることを期待しているかいなかを判断すればいいのか?」を「中心」に、「純文学か非純文学か?」について、がご質問ですね。。。。

「評価」「分類」と言うものは、「過去に対して」のもので、「作家の意図/主題」と言うものは「未来に対する」ものです。そして、私が考える「純文学か非純文学か?」の違いは、この「作家の意図/主題」の違い、です。

故灰谷健次郎さんの「少女の器」にこんな一節がありました。。。。
「それで、何? パパ」
「なんだったっけな」
「人に認められるのはうれしいことだけど、しかし・・・とパパはいったでしょ」
ああ、と男はいった。
「つくり手はね・・・」
「芸術家という意味?」
「自分で芸術家というのは面映いだろ」
「分かる」
と絣はいった。
「つくり手というものは作品の値打ちと世間の評価は本質的に関係ないと思っていないと堕落するってことをいいたかったんだよ」

「純文学作家」は、
*「作家の意図/主題」先行
*この「意図/主題」に「流行」「人気」は加味されず、
*作家自身の「思考」「本質」「衝動」によって「生成」される
*「商業面の成功」については「まあ、売れたらいいかな。。。」くらい

「非純文学作家」は、
*「意図/主題」に「流行」「人気」が多分に加味されて「選択」される。
*「商業面の成功」の目処が立っている。
*いわば「職業作家」という感じ。

いくつもお読みになって行くと、「重たい」と感じる作品に出会うと思います。私はそれこそが「純文学の必須項目」だと思えます。「重たさ」は「作家の人格の重たさ」だと思えるのです。「重たい人」って、昨今「人気が無い」ですよね。「彼女にこんな発言されたら重たくて嫌ですよね?」等と言うフレーズを良く聞きます。あまり「重たさ」って「好かれません」。

古くなりますが、夏目漱石の「我が輩は猫である」は「大衆小説」だと思われますが、「こころ」等はとてもそのような分類は出来ません。この「重さ」の違いが、「純文学と非純文学」の違い、と私は考えております。

これで回答になっていますでしょうか。。。

こんばんは。
読書好きの二十代後半の女性です。

「純文学」と「非純文学」の線引き、ですか。。。「多様な価値観」が叫ばれ「尊ばれるべき」とされる中で、語弊/誤解を恐れずにこれを語る事はなかなかに難しいな。。。と思えます。^^

ちょっと、ウィキペディアを覗いてみましたら、
「現代の主要な純文学作家としては、北杜夫、村上龍、村上春樹、高橋源一郎、島田雅彦らの名前が挙げられる。」となっておりました。「純文学」で検索したら出て来ましたので、参考になさると良いかと思われます。

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Q純文学と大衆小説の違いについて教えてください! 純文学 →読者を意識せず、作者が、伝えたいことや思う

純文学と大衆小説の違いについて教えてください!
純文学
→読者を意識せず、作者が、伝えたいことや思うことを作者のセンスで書いたもの。
大衆小説
→読者を意識し、読者が読みやすく親しみやすいよう書かれたもの。

自分なりに説明してみるとこんな感じなんですけど、こういう認識でいいんでしょうか…。よくわからないのでお願いします。

Aベストアンサー

大衆小説は、おもに筋や展開の面白さで読ませるもので、読者は基本的に、主人公や周囲の人物に感情移入して、ハラハラドキドキできればそれでいい、というものです。

純文学は、ストーリーはそこまで重要ではなく、言葉や表現そのものの奇抜さや面白さを味わわせたり、普通なら思いもしないような感覚や感情を描いたりするものですね。

Q純文学・大衆文学

最近気になって仕方がないのですが、純文学と大衆文学の違いとは
何だと思われますか?

学術的な定義はよくわかりませんが、自分自身は

・純文学→人間や生き方を追求。人の内面世界を重視。固め暗め。
・大衆文学→ストーリー自体の面白さを追求。エンターテイメント性重視。軽め。

という風なイメージを持っています(個人的には大衆文学の方が好みです)。

でも、最近、「純文学はエンターテイメント性は低いのか?」「大衆文学
だって、人間を深く描いているものもあるじゃないか」、という疑問を
持つようになり、「純文学・大衆文学の違いってなんだろう」と思うように
なりました。特に、純文学って何?、と。

知人とそのことについて話したところ、「自分は純文学と言われる本は
嫌い」とのこと。理由は、「作者も登場人物も自分(の世界)に酔ってる
感じがする」「内面がドロドロ書いてあって、書いた本人はスッキリ、
読んでる方はどんより。わざわざ暗い気分になるために本を読みたくない」
からだそうです。これは、その場のノリで話した内容なので、極端な言い方
だとは思いますが、私自身が「読後感がスッキリ爽やかな明るい純文学」に
出会ったことが無かったので、少し納得したりも(笑)

線引きや言葉の定義について深く考えることもないかな、とも思うのですが、
何となく気になるので、純文学と大衆文学の違いやそれぞれの魅力について
皆さんの意見をお聞かせ願えればと思います。また、それぞれのお薦めの一冊、
というものがありましたら教えていただけると嬉しいです。範囲が広すぎる
とは思いますが、あえて!特に、明るい純文学を知りたいです。

内容の薄い質問の割に、うまくまとめられず長くなってしまい、失礼しました。
お時間のある方、よろしくお願いします。

最近気になって仕方がないのですが、純文学と大衆文学の違いとは
何だと思われますか?

学術的な定義はよくわかりませんが、自分自身は

・純文学→人間や生き方を追求。人の内面世界を重視。固め暗め。
・大衆文学→ストーリー自体の面白さを追求。エンターテイメント性重視。軽め。

という風なイメージを持っています(個人的には大衆文学の方が好みです)。

でも、最近、「純文学はエンターテイメント性は低いのか?」「大衆文学
だって、人間を深く描いているものもあるじゃないか」、という疑問...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
お礼読ませていただきました。すぐに補足を書いたのですがgoo側に
削除されてしまったようで、kaigaisenさんの補足要求の再回答が
結果として遅れてしまい、失礼しました。

<<宮本輝について>>
純文学より大衆文学にカテゴライズされる作品がはるかに多いです。
ダ・ヴィンチ誌上インタビューで「希代のエンターテインメント小説作家」
というタイトルが振られるくらいです。
『道頓堀川』から読書を始められるのはお薦めしません。純文学→大衆文学への
変遷作なので、
(1)作品として洗練されていない(私個人は大変好きな話ですが)
(2)もし純文学と大衆文学の違いを理解されたいなら川三部作を初めから読むほうが
  よい(『泥の河』『蛍川』『道頓堀川』の順)
という要素があるからです。
kaigaisenさんが質問の「純文学・大衆文学」にこだわって理解を深められたいなら(2)の方法で作品を読むとよいかもしれません。
単に宮本作品を読んでみよう!と思われたのでしたら、『ここに地終わり海始まる』『錦繍』がよいかも。
また全集が出ていますので、それを順に読まれてもよいかもしれませんし、
映画化された作品が多々ありますので、それらをご覧になってもよいかもしれません。江角マキコ主演の『幻の光』、岸谷ゴロウ(漢字分かりません)出演の『わたしたちのすきだったこと』などあります。

<<漱石・鴎外について>>
鴎外は『舞姫』かな?
漱石はわたしも『こころ』がよいかと思います。

<<純文学の暗さについて>>
生と死はどうしてもエンターテインメントなしに語ると自然と暗くなりませんか?
だから意識して暗くかいてるわけじゃないと思います。
ただ海外の純文学は日本のものより明るいイメージを抱くことが。
芸術作品を作り上げる際に影響するだろう、国民性の違いでしょうか?

こんにちは。
お礼読ませていただきました。すぐに補足を書いたのですがgoo側に
削除されてしまったようで、kaigaisenさんの補足要求の再回答が
結果として遅れてしまい、失礼しました。

<<宮本輝について>>
純文学より大衆文学にカテゴライズされる作品がはるかに多いです。
ダ・ヴィンチ誌上インタビューで「希代のエンターテインメント小説作家」
というタイトルが振られるくらいです。
『道頓堀川』から読書を始められるのはお薦めしません。純文学→大衆文学への
変遷作なので、
(1)作品として洗...続きを読む

Q純文学の小説を片っ端から読みたいです。 何がありますか? 教えてください。

純文学の小説を片っ端から読みたいです。
何がありますか?
教えてください。

Aベストアンサー

片っ端からということでしたら近代だと
森鴎外、泉鏡花、夏目漱石、樋口一葉、芥川龍之介、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治
あたりの作家の全集を図書館などで借りて、面白そうなものから読んでみるのはどうでしょうか?谷崎や太宰の作品は読みやすいものが多いのでとっつきやすいかもしれません。
谷崎『刺青』『痴人の愛』『春琴抄』等
太宰『津軽』『パンドラの匣』『お伽草子』等
梶井基次郎『桜の樹の下には』坂口安吾『桜の森の満開の下』は少し奇妙だけど、今の季節にぴったりだし、読みやすいと思います。

Q最近の小説は純文学よりえらいか

僕は純文学が好きで色々読んできました。先日友達と話していたら、「純文学は難解なだけで読むだけ無駄だと思うけどな。最近の小説の方が面白いし偉いと思うよ。」と言われ、ちょっとショックを受けました。どういう基準でえらいと言っているのか分かりませんが、純文学を読むのは無意味なことでしょうか??

Aベストアンサー

1冊の本との出会いが人生を変えることもあります。本を読むことは無意味ではありません。

ただ難解なだけの物が何百年、何千年と受け継がれるでしょうか。純文学を含めいわゆる芸術作品は「良いもの」だからこそこの世に存在しているのだと思います。

大衆小説や流行歌も無意味ではありませんし、世界中に味わい尽くせないほどの芸術があります。気にせずどんどんいろんな物に触れましょう。

参考URL:http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/kt-1000sp.htm

Q最近のものでおすすめの純文学を教えて下さい。

ミステリーやホラーを好んで読んでいたのですが、
うっとりするような素敵な文章の本をもっと読みたいと思うようになってきました。

50年以上前に遡れば名作が沢山あるのは知っていますが、
純文学に若干苦手意識もあり出来れば最近のものの方がとっつきやすいのでは、と思って質問してみました。

日本の作品で、文章が上手で恋愛メインではないものがいいです。
目に浮かぶような情景描写や巧みな心理描写、読み終わってしまうのが惜しいそんな小説を読みたいです。
あと癖のない読みやすい文体、文章の方が有り難いです。
太宰治は何作品か読みました。斜陽など面白かったものの方が多いですが読みづらいものもありました。

ミステリーで森博嗣さんの小説はとても文章が上手いと聞いて読んでみましたが、お話が全然好みではなかったので純文学のみで答えて頂けると嬉しいです。

Aベストアンサー

日本の作品、癖のない文体と云っても曖昧ですね。
文章というもの自体、好みですから、ステーキが好きな人も居れば、和食が好きな人もおります。
その違いが分かるようになるには、名作と呼ばれる作品を幾つも繰り返し読むことですが……。
大江健三郎の飼育や川端康成の雪国などは、好きな方も多い作品ですが、私には翻訳臭が強くて読みにくく、
吐き気すら覚えるときもあります。
そういう時は口直しに志賀直哉の暗夜行路や夏目漱石の草枕を適当に開いたところから数行サラサラと読みます。
正確には志賀直哉と漱石も全く違う文体ですが、此の「素敵」の違いも矢張り説明するのは困難です。

何を私が申し上げているか恐らく全く伝わらないと思いますが、
分かる時がもし来るのであれば、そのときはあなたが純文学の奥深さの虜になっているときかもしれませんね。
本題について、芥川賞を取った中から挙げさせて頂きました。

町田康 きれぎれ
綿矢りさ 蹴りたい背中
青山七恵 ひとり日和
吉田修一 パークライフ
朝吹真理子 きことわ
川上未映子 乳と卵

どんな一冊でも好いですから、騙されたと思って、賞を取った作品だけ気楽に三回繰り返して読んでみて下さい。
うっかり見過ごして気付かなかった「すてき」な言葉、場面の数々に出会えるはずです。
そしてその後で、併録されている賞を取っていない作品を読んでみましょう。
同じ作家の中でも出来、不出来がはっきり分かると思います。

日本の作品、癖のない文体と云っても曖昧ですね。
文章というもの自体、好みですから、ステーキが好きな人も居れば、和食が好きな人もおります。
その違いが分かるようになるには、名作と呼ばれる作品を幾つも繰り返し読むことですが……。
大江健三郎の飼育や川端康成の雪国などは、好きな方も多い作品ですが、私には翻訳臭が強くて読みにくく、
吐き気すら覚えるときもあります。
そういう時は口直しに志賀直哉の暗夜行路や夏目漱石の草枕を適当に開いたところから数行サラサラと読みます。
正確には志賀直哉と漱...続きを読む

Q純文学の対義語は?

よく「この本は純文学だ」という表現がありますが、
その対義語はなにになるのでしょうか?大衆文学でしょうか?
芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学という概念抜きで気になっています。
教えてください。

Aベストアンサー

確かに難しい。
対義語は決められんでしょう

>芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学という概念抜きで…

感覚的には対義語は通俗小説と云う事になるのでしょう。
分かりやすいのは、週刊誌などで純粋(?)にSEXを主眼に置いた
ものでしょう。
アニメの本(例えばガンダム)なんかも純文学とは言えない。

対義語は色々あるのでしょうが、実際に読んだ本をこの意味で分けようとすると、
いざどの読物がどちらの範疇に入るのか
よく解りません。

藤沢周平とか、今、大ベストセラーの水滸伝は純文学なのですか?

純文学という規定自体が宙に浮いた、似非芸術家の自己満足だと思われてなりません。

音楽でも、絵画でも、芸術かそうでないかがあると感じます。
歴史が解決してきました。

100年後に分かるのかも。

独り言:テレビでは歌手を全て、アーティストなんて言っているアナウンサーがいますが、彼らは日本語を理解していません。

Q新人文学賞の傾向(純文学系)

新人文学賞に応募したいと考えています。
文學界新人賞、群像新人文学賞、新潮新人賞、すばる文学賞、文藝賞、のどれかに応募したいと思ってます。
過去の入選作などを読んだりしているのですが、傾向があるようなないような。
例えば、主人公の視点がひねくれている(笑)とか、性を主題にしているものが多いとか、今時の世間で流行っている気分が出ているとか、主人公の年齢層とか、受賞者の年齢層とか、結末がハッピーエンドかアンハッピーかとか、etc。
何か感じることがあったら教えて頂きたいのですが。
よろしくお願いします!

Aベストアンサー

純文学系のことはよくわからないので単なるイメージですが、カラーはやはりあると思いますよ。読者層が若いとか、保守的とか、とんがってるとか。

どの程度研究すべきかは何とも言えないでしょう。
付け焼き刃でも入賞することもあれば、研究し尽くしたって何ともならない場合だってあるでしょう。
結局は作品が全てということです。
ただ、新築の家にリフォームのセールスに行くような真似はしたくないですから、アバウトに流れを把握しておくくらいのことは必要でしょう。
それがどこまでプラスになるかはわかりませんが、少なくともマイナスではないはずです。

Q純文学とライトノベルについて。できれば業界の方、あるいは目指している方

純文学とライトノベルについて。できれば業界の方、あるいは目指している方のご回答だと助かります。

私は最近小説を書き始めたものです。
質問させていただく前提の話ですが、私がこなしてきた読書数はあまり多くありません。純文学では八日目の蝉、半落ち等ヒットしたものを数冊。ライトノベルでは文学少女シリーズなどを読んできました。

私は純文学を読んでいて、薄味すぎると感じることがあります。かといってライトノベルだと味が濃すぎてきついと感じることがあります。
具体的には嫌な点は……

純文学:
人物の性格・設定、物語の展開等すべてが現実的すぎる。よく言えば大人。悪く言えば固い。

ライトノベル:
人物の性格・設定は非現実的だが、行き過ぎていて実際にいたらウザいキャラが多い。
マンガ的なくさい台詞、ご都合主義、理由付けの不十分など、しらけてしまう要素が多い。
好きなのに気づかないとか、現実ではありえないですよね? そういうところがちょっとかゆいです。
逆にそういった部分が比較的薄いものは好感触。実際文学少女はそれでハマりました。

といった趣向を持っています。
文学少女は、ライトノベル的な設定(本が大好きで、本当にページをちぎって食べるなど)もいくつかありますが、本筋のストーリーは本格ミステリーで、純文学的です。
それらを改めて、ベースはそのままで純文学風にアレンジしたなら、「味の濃い純文学」になるのではないかと考えました。
それゆえに私は「ベースはライトノベルだが、キャラ設定や展開はとことん純文学風」にすることで、私の言葉で言う味の濃い純文学を目指しています。
しかし、それは商業的に有りなのでしょうか?
プロへの意識は「まあもし万が一才能があれば」程度で、本気で目指す気はありません。商業的になしなのであれば自己満足でやっていくつもりではあります。
その、私の言葉で言う味の濃い純文学について、業界事情に詳しい方、アドバイスいただけないでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。

純文学とライトノベルについて。できれば業界の方、あるいは目指している方のご回答だと助かります。

私は最近小説を書き始めたものです。
質問させていただく前提の話ですが、私がこなしてきた読書数はあまり多くありません。純文学では八日目の蝉、半落ち等ヒットしたものを数冊。ライトノベルでは文学少女シリーズなどを読んできました。

私は純文学を読んでいて、薄味すぎると感じることがあります。かといってライトノベルだと味が濃すぎてきついと感じることがあります。
具体的には嫌な点は……

純文学:
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Aベストアンサー

 小説は叙述(書き方)と虚構(ストーリー・設定など)のバランスにより成り立っています。文学小説は叙述を重視し、娯楽小説は虚構を重視します。
 表面的な設定等にばかり目がいって、技巧的な面の分析が不足しているところからして、質問者さんはまだ文学を知らないように見えます。
 とりあえず、ゴーゴリ『鼻』、カフカ『変身』、レーモン・ルーセル『アフリカの印象』、ロレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』、大江健三郎『性的人間』、三島由紀夫『仮面の告白』、笙野頼子『二百回忌』、奥泉光『バナールな現象』などを読んで、まだ「人物の性格・設定、物語の展開等すべてが現実的すぎる」と言えるかどうかは聞いてみたいところです。

 それとは別として、質問者さんの言う「味の濃い純文学」というやつですが、それをやりたいなら、海外のSF小説やミステリー小説、冒険小説などとライトノベルを読み比べて検討すればいいかと思います。
 たぶん、質問者さんがライトノベルに感じている不満は、日本のドラマや映画に感じる不満と同じ性質のものだと思うのです。なんでもかんでも誇張しすぎという。アニメや漫画はデフォルメ表現と調和した表現媒体なので違和感がないのですが、実写になると途端に嘘くさくなります。
 アメリカやヨーロッパのファンタジックな作品は、設定そのものはぶっとんでいても、その中でリアリティが感じられるように演出されています。両者のいいところをいかにして折り合いを付けるかを研究されてはいかがかと。

 商業的にどうかは、理想通りに書けたら売れるに決まってます。それがどんなに難しいかは、書いてみればわかると思いますが。

 小説は叙述(書き方)と虚構(ストーリー・設定など)のバランスにより成り立っています。文学小説は叙述を重視し、娯楽小説は虚構を重視します。
 表面的な設定等にばかり目がいって、技巧的な面の分析が不足しているところからして、質問者さんはまだ文学を知らないように見えます。
 とりあえず、ゴーゴリ『鼻』、カフカ『変身』、レーモン・ルーセル『アフリカの印象』、ロレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』、大江健三郎『性的人間』、三島由紀夫『仮面の告白』、笙野頼子『二百回忌』、奥泉...続きを読む

Q主人公のスペックが高すぎない(純文学)小説を教えてください

こんにちは。
前から本を読まなければと思い、純文学といわれる本を数冊読んでみましたが、どれも読めないのです。

なぜかと言いますと大抵の小説で、主人公が良家の出だったり、容姿端麗文武両道だったりして、「これ著者の妄想を書いただけじゃないの?」と考えさせられ、半ば気持ち悪いとさえ思ってしまうのです。

このような経緯があって今回質問させていただきました。
どうか、主人公のスペックが高すぎない小説(一応純文学の方が好ましい。けれど読みやすい方がいいかな…?)をお教え下さい!

よろしくお願いします

Aベストアンサー

たとえば、

中上健次『枯木灘』
三島由紀夫『潮騒』
林芙美子『放浪記』
カフカ『変身』
スタインベック『ハツカネズミと人間』『怒りの葡萄』

『枯木灘』は実はストーリーを忘れてしまったのですが、とにかく良家の子女ではありません。
『潮騒』も良家の出ではないんですが、・・・・ある意味ではスペック高いかも(^^;
『放浪記』は生まれも育ちも貧乏な女性。でも学校出てるからスペック低くないか。
『変身』は、しがないサラリーマンです。
スタインベックの2冊は、貧しい農民です。

>なぜかと言いますと大抵の小説で、主人公が良家の出だったり

どのあたりの時代の作品を読んでらっしゃるのか分かりませんが、
昔はたいてい、書くのも読むのもインテリでした。
皆が高等教育を受けていたわけではありませんから。
おまけに日本文学なら私小説が主流だったようですし、
そういう人々が自分の住んでいる世界を中心に描くと、自然と「良家の出」になるのだと思います。

外国の場合は、日本ほど庶民が読み書きできなかったので、さらにまた仕方ないと思います。

夏目漱石が先生や学生の話を書き、農民の話を書かないように。
ドストエフスキーが学生や旦那衆を中心に描いたり、貧乏人でも都市生活者や勤め人(農民ではない)を描いたように。
妄想でなくてむしろ現実というか・・・・太宰さんなんかそうでしょう。
妄想も入ってるでしょうけれど、実家が裕福で、容姿も良かったです。

たとえば、

中上健次『枯木灘』
三島由紀夫『潮騒』
林芙美子『放浪記』
カフカ『変身』
スタインベック『ハツカネズミと人間』『怒りの葡萄』

『枯木灘』は実はストーリーを忘れてしまったのですが、とにかく良家の子女ではありません。
『潮騒』も良家の出ではないんですが、・・・・ある意味ではスペック高いかも(^^;
『放浪記』は生まれも育ちも貧乏な女性。でも学校出てるからスペック低くないか。
『変身』は、しがないサラリーマンです。
スタインベックの2冊は、貧しい農民です。

>なぜ...続きを読む


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