と思いませんか?
自動車を作れば自動車事故が起きるのは仕方がない、と同じようにです。

いやそんなことはない、という意見は、
1. 原発を全廃すれば良い。
2. 原発は完全に制御できる。
の2つに分かれるでしょう。

1の場合には、
a. すでに覚えてしまった快適性・利便性を放棄することはおそらくできない。
b. 効率的代替エネルギーの開発が進んでいない。
c. (核兵器バランスの点で)世界中が足並みを揃える必要があるため、国家間の調整が難しい。
という点が最大のネックになるでしょう。

2の場合は、ほぼ妄想に近いものと言えるでしょう。
そこで、タイトルのように、
3.原発事故が起きるのは仕方がない
と考えることが今、最も必要とされているのではないか、と私は思います。

現状では、安心・安全という建前のもとに原発が稼動しています。
東電も嘘つきですが、それを受け入れている国民の欺瞞性のほうこそ問題にされるべきではないでしょうか。
「震度7を超える地震が起きた場合には安全は保障できません。
高さ10m以上の津波が来た場合には何が起こるか未知数です。
しかし、この範囲内であれば最善を尽くすので原発の建設を認めてください」
電力会社はこのように言明すべきですし、なにより、国民(つまり享受者)側から、このように言明させるのが本来の姿でしょう。
これは大雑把な一例ですが、このように最大限のリスクを当初からきっちりと受け止めようとする姿勢が必要で、最終的には、
「わかりました。震度〇以上の地震や高さ△m以上の津波の場合には諦めます。しかし、確率は低いようですし都市部への電力供給のためにも建設を認めましょう。むろん補助金は十分にいただけるのでしょうね」
という国民の納得があって初めて原発建設が可能になる。
これはむしろ当然のことだと思います。
今回の事故は、こういった経緯を経ずに、また原発の危険性を十分に検討せず、あいまいに妥協してしまったために起きた事故と言えるのではないでしょうか。
みなさんはどう思われますか?
  

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A 回答 (51件中1~10件)

片や、原発施設立地地域住民たちは、さりとて決して、犠牲的精神などから、損な役割を引き受けたわけではありますまい。

すでに、「この範囲内で」という、あくまで一応の想定があって、そのもとに、「安全神話」による裏打ちを信じ、低いリスクと引き換えの高い供与を得られるつもりで受け入れてきたであろうと思います。
同じ原発立地域内でも、こまかく見ていけば、行政サービスに差が生じているとかいう、現地の人の声もありました。

原発立地域外の国民としては、、実際、自分ちの近所なら猛反対するとして、しかし、かなり離れた立地で、自分に直接の不利益はないとなれば、そこまで しない。傍観する。なんと言っても、現地住民が受け入れるというのなら。せいぜい、そんなところだったのでは。

>なぜ、原発の危険性にも拘らず、こうした大企業に頼った利便性に国民は執着するのだろうか、という点

このたび東京都知事選で4選となった石原氏は、私は、基本的に疑問を感じる人物ではありますが、例の「天罰」発言での「我欲」に関する意見は、頷ける面もあるかと受け止めています。

>電力消費減衰のため、たとえば最低温度20度のエアコンが発売されたとしても、最低温度12度の外国製品を買うのではないでしょうか。

これも、そう単純なことではないということを、自身の日常生活のなかで実感しています。
単に数値だけで「20度」と言っても、体感的に全然違うことが多いということに気づいています。
そういうレベルのこととは別に、
火力などのエネルギー供給によって引き起こされる環境汚染、それを避けるためという側面もが原発には負わされていますから、その点でも頭の痛いところです。

>リスクなしに恩恵だけ受けようという人間

それにしても、大企業の提供する恩恵を受けたいのは一般大衆の本音、しかし、その一般大衆あっての企業であり、その企業人も また、個々には大衆の一人なのですよね。

>>慎ましくてもいいから、安全に、平和に

これも、一筋縄の話でないようです。現に、避難勧告に猛反発して、高度被爆の危険をも辞さず、現地で、これまでどおりの日常生活(地方農民としての慎ましい生活?)を続けることを宣言している人々もいるようですね。

>「あるいは生きることすら諦めなければならない」という緊迫した事態が想定されることを強く認識するためには、「仕方がない」が最も強力で有効な思考の形態

それは どうでしょうか。
私は、むしろ、楽観性の力のほうが大きいのではと思います。しかし、この問題は、なかなか難しい根本問題です。
楽観性というものは、ほとんど宗教的と呼ぶべきほどの無根拠なものですが、それなくしては、のうのうと生きてこれなかったであろうほどのことだと思います。
「欺瞞」というよりは、「信じる」のであると思います。
いつだって、自分は見逃され、災厄は他人のもとへ。なのでしょう。ですから、「傍観」側になるのですかね。

>>・オーナーや幹部はプラントの近くに住居をかまえなくてはならない。(リスク管理の向上の為)
>:これは私なんかもよく考えます。

こういった御意見、時々見かけるのですが、まあ、大責任ある立場の者が、他人事感覚であるということへの皮肉なのかという程度に受けとっていますけれど、
人生が人並以上の結構であった者ほど、他人事感覚でいられることを強化されてしまうのでしょうか。
「しゃあない」のうちに、おのれを入れているか?ということです。
あくまで、他者なら「しゃあない」が許せるのか?ということです。
でも、原発の問題ともなると、それでは済まないレベルなのですからね。

そういえば、先日、どなたかの御質問で、私も回答の一端として、『灰とダイヤモンド』で知られるアンジェイ・ワイダ監督が、日本人の、まさに その楽観性のことを称えていた記事があったのを紹介したのでした。


それにしても、今回の原発事故を めぐって、個人的に大変驚いてしまったことの一つが、
専門領域内に立場を持つ人ならびに、いわゆる「専門家」と称される人たちの見解のバラつきやアヤフヤさです。正直、こんな人々に任せていたわけか、と、今更ながら思いました。
もはや、「震度〇以上の地震や高さ△m以上の津波の場合には」という明確な基準を設けてさえ、実のところ信用していいのだろうかとすら思いました。
「人事を尽くして」原発を受け入れる、ならびに、一定の想定以上が起きた事態に臨んでは諦めることと、対して、思い切って原発自体を諦めることの、どちらが、コストのことも含めて、現実的なのか。。。
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この回答へのお礼

引き続きご回答ありがとうございます。

>すでに、「この範囲内で」という、あくまで一応の想定があって、そのもとに、「安全神話」による裏打ちを信じ、低いリスクと引き換えの高い供与を得られるつもりで受け入れてきたであろうと思います。

おっしゃるとおりでしょうね。
「低いリスク」と思わせられている、あるいは思いたがる、この構図を崩す必要があると思います。

>原発立地域外の国民としては、、実際、自分ちの近所なら猛反対するとして、しかし、かなり離れた立地で、自分に直接の不利益はないとなれば、そこまで しない。傍観する。なんと言っても、現地住民が受け入れるというのなら。せいぜい、そんなところだったのでは。

そうでしょうね。ご存知と思いますが、
NIMBY(ニンビー)とは、Not In My Back Yard(自分の裏庭にはあって欲しくない)の略で、施設の必要性は認識するが自らの居住地域には建設して欲しくないとする住民たちや、その態度を指す言葉である。(ウィキ)
という記事もあります。
事故の可能性を共有し、事故が起きた際の補償も共有する、という具体的な宣言が必要になると思うのです。
災害復興税などどかっと徴収すべきじゃないでしょうか。
こういったケースも含めた「仕方がない」ですね。

>火力などのエネルギー供給によって引き起こされる環境汚染、それを避けるためという側面もが原発には負わされていますから、その点でも頭の痛いところです。

あまりに原子力に頼り過ぎていて、他の代替エネルギーに対する開発努力や資金がおざなりになっている部分もあるんじゃないでしょうかね。

>>>慎ましくてもいいから、安全に、平和に

これも、一筋縄の話でないようです。現に、避難勧告に猛反発して、高度被爆の危険をも辞さず、現地で、これまでどおりの日常生活(地方農民としての慎ましい生活?)を続けることを宣言している人々もいるようですね。

おそらくnoname002 さんもそうだと思うのですが、わたしもこの蝉雪さんと全く同じ感覚なのです。
ただ、経済=命という側面もあるでしょうし、おっしゃるように難しい問題ではあります。

>楽観性というものは、ほとんど宗教的と呼ぶべきほどの無根拠なものですが、それなくしては、のうのうと生きてこれなかったであろうほどのことだと思います。
「欺瞞」というよりは、「信じる」のであると思います。
いつだって、自分は見逃され、災厄は他人のもとへ。なのでしょう。ですから、「傍観」側になるのですかね。

なるほど、そういうことも言えますか。
真実と向き合うのが面倒というか怖いというところかな、と思っていましたが。
そのことも含めて、他律的な面が払拭しきれないというところはあるのかもしれません。

>人生が人並以上の結構であった者ほど、他人事感覚でいられることを強化されてしまうのでしょうか。

今、サンデルが司会するテレビを見ていたのですが、コミュニティの矮小化というか、非グローバル性というところが関係しているのかもしれませんね。
先に挙げたNIMBY(ニンビー)の概念の延長線上にあるような気がします。

>いわゆる「専門家」と称される人たちの見解のバラつきやアヤフヤさです。正直、こんな人々に任せていたわけか、と、今更ながら思いました。

いや、全く辟易します。

>「人事を尽くして」原発を受け入れる、ならびに、一定の想定以上が起きた事態に臨んでは諦めることと、対して、思い切って原発自体を諦めることの、どちらが、コストのことも含めて、現実的なのか。。。

短期的には前者しかないでしょうね。
ただ、新規建設は中止です。
そして現有原発稼動の際の「一定の想定」基準を厳しく設定し続け、長期的には後者の実現を目指す、といった感じでしょうか。
  

お礼日時:2011/04/16 23:42

 回答No.61だけでは 人を食ったようなものになってしまうとかえりみまして。



 ★★(No.57お礼欄) ~~~
 今回の質問趣旨は、
 『今後、同じ事故を繰り返さないために、あるいは、被害を可能な限り小さくするためにはどのような心構えなり対応なりが必要になるか。また、そのために有効な思考・方策はどういったものか』
 ということになると思います。
 ~~~~~~~~~~~~~
 ☆ つまりは 今回いま現在と今から みなが心のわだかまりを割りきって水に流して こころよく協力してことに当たるということができないのであれば 今後の対策としてもせいぜい堤防が高くなり格納容器が頑丈なものになるくらいであろうというさびしい見方になってしまうと思ったものですから いまの気持ちや心のあり方のみを問いました。

 反則技だったかも分かりません。
 ひとえにご海容のほどを。

この回答への補足

bragelonne さんのこの欄をお借りして改めてみなさんにお礼申し上げます。

締めるに当たって、みなさんのご回答を再度読み直してみました。
拙い質問であったかもしれませんが、真摯なご見解をお寄せいただき誠にありがとうございました。
貴重なお時間を割いていただきましたこと心より御礼申し上げます。
それぞれ独自の視点からの内容で大変参考になりました。

ベストアンサーには、
『私は、むしろ、楽観性の力のほうが大きいのではと思います。しかし、この問題は、なかなか難しい根本問題です。
楽観性というものは、ほとんど宗教的と呼ぶべきほどの無根拠なものですが、それなくしては、のうのうと生きてこれなかったであろうほどのことだと思います。
「欺瞞」というよりは、「信じる」のであると思います。』
という、質問趣旨に沿った新しい視点をお示しいただいた#25さんを 選ばせていただきましたが、みなさんに対する感謝の念も同じほどの重さです。

  

補足日時:2011/04/25 00:06
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この回答へのお礼

引き続きありがとうございます。

>今回いま現在と今から みなが心のわだかまりを割りきって水に流して こころよく協力してことに当たるということができないのであれば 今後の対策としてもせいぜい堤防が高くなり格納容器が頑丈なものになるくらいであろうというさびしい見方になってしまうと思ったものですから

そうですね。
とげとげしい非難なり、不満だけでは建設的な展開はたしかに望めないと思います。
ただ、「>心のわだかまり」とは何に由来するものなのか。
その存在理由をはっきりと認識する必要があるように思います。

わだかまりの内容は、他への恨みつらみだけではないはずです。
ですから、仮にその部分だけを水に流して、つまり、相手に対して寛容になったとしても「自己欺瞞という根」は残るでしょう。
それがある以上、根本的な解決にはおそらく至りません。
それを明るみに出して認識するためには、「起きたら仕方がない」と、【あくまで事故前に】名無しさんの言葉を拝借すれば「腹を括る」しかないように思うわけです。
現状ですでにそういう認識があるかもしれませんが、「仕方ない」の程度が甘すぎる、ということが大きな問題になるでしょう。
  

お礼日時:2011/04/24 23:42

 いやぁ はこぶるさん――ご返答をありがとうございます―― もうわたしは兜を脱ぎます。



 過去の欺瞞をすべて飲み込み自分の不甲斐無さを陰で泣き怒りつつ顔には見せず ただいまの復旧・復興にみなともに手をたずさえて尽力しましょう。とのみです。
 わたしの単細胞ぶりは はこぶるさんは ご存じでしょう。

 もう一点。地震で家が潰され津波で流されたくらいは どうってことないと じつはわたしは思っています。原発だけです 問題は。

 と不謹慎ついでに――えっ? おまえ だいじょうぶか?―― 胸の内を明かします。
 もしこの事故処理を乗りこえ復興全般をうまく達成したときには みんな 今よりは賢くなっていると思いますから あらためて原発問題についてよい知恵が出されその話し合いも民主的にできるようになると踏んではいます。

 ですから 住民の一人ふたり三人が あぁおれは原発問題ではばかだった いやちっとは知っていた それなのにこの大災害をこうむり今の今までまだなお大欺瞞をつづけて来ていた あぁ情けない ようしかくなる上は しっかりするぞと声を挙げて欲しいと思います。

 たぶん くだらんと言って切り捨てつつ まぁそんな場面のあらまほしきかもと思ってくだされば ありがたいという投稿でした。ありがとうございました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>過去の欺瞞をすべて飲み込み自分の不甲斐無さを陰で泣き怒りつつ顔には見せず ただいまの復旧・復興にみなともに手をたずさえて尽力しましょう。とのみです。

はい、よくわかりました。

> わたしの単細胞ぶりは はこぶるさんは ご存じでしょう。

ご謙遜でしょう。^^;
みんな困りますよ。

>原発だけです 問題は。

根本問題ですよね。

> もしこの事故処理を乗りこえ復興全般をうまく達成したときには みんな 今よりは賢くなっていると思いますから あらためて原発問題についてよい知恵が出されその話し合いも民主的にできるようになると踏んではいます。

わたしは、あまり楽観視していません。
まだ経済云々の勢力は強そうです。
ただ、経済とひとくち言っても命綱であることはありますから、ないがしろにするわけにもいかず、兼ね合いが難しいのでしょうね。

> ですから 住民の一人ふたり三人が あぁおれは原発問題ではばかだった いやちっとは知っていた それなのにこの大災害をこうむり今の今までまだなお大欺瞞をつづけて来ていた あぁ情けない ようしかくなる上は しっかりするぞと声を挙げて欲しいと思います。

わたしの考え方と全く附合します・・・。
だから、というわけではありませんが、くだらん、ということにはなりませんよ。^^
今回の応質が、どのように考えればしっかりと欺瞞を越えられるのか、という一助になればいいのですが。
  

お礼日時:2011/04/24 23:24

>お上や権威というものに本当に弱いんですよね、日本人は。


>こと原発に限らずそうだと思うのですが、この従順なる精神というものはどこから来るのでしょう。
>鎖国時代が長すぎて、その間に天皇を頂点とする身分制度があまりに定着しすぎた残滓なのでしょうかね。
>美徳とばかり言って喜んでいられない側面が露呈しているような気がします。

このことは、hakobuluさんにとっても、特に大きな問題意識なのですよね。
日本人には伝統的に、学問や教養というものを重要視してきた国民共有レベルの価値観があると思います。外国から流入した知識や文物などを高く評価し、積極的に とり入れてきたことにも窺えることです。その基本に加えて、
「天皇制」という制度。これは、以前から私も、日本人の国民性を理解するうえで、非常に重要性を孕んでいると思っています。つまりは、「安保」と通底する問題を潜めているのだなと思っています。

また、自分たちの「身代わり」(人柱など)となったものを、(実は皮相的なものなのかもしれないですが)ある種の、いわゆる「聖性」を与えて敬い崇める風習がありますね。このへんは、ちょっとキリスト教を連想させますが。。。
ということは、反面で、徹底的な弱者(その 半面 は強者)を好む性向にも繋がっているのかもしれません。徹底的な、というところがミソですかね。
これって日本人に特有のものか どうなのか分かりませんけれど。

>『福島第一原発の耐震性を考慮する際、東京電力が地震を起こすことがないと認定していた断層が東日本大震災後に起きた地震で活動したことがわかった。経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会も東電の見解を追認していた。』
>まず、東電に認定させるということ自体が根本的な誤りでしょう。

ええ、そうなんですが、東電認定というのを、学者や専門家に置き換えても、結局 同じことになり得るのではないかと。

>目先の欲
>曖昧でいいや、という一種の人生に対する投げやりな部分

この「曖昧でいいや」というところに、私は、一種の「信仰」的楽観性を見るのですけれどね。

>自身との折合いがついていない、というのが実は本当のところで、しかも一般的なことなのかもしれない、という。(それが哲学カテに質問した意味でもあると思っています)

「折り合い」と おっしゃいますと、やはり、「納得」のことでしょうか。

>>そうなると、必然として、消極的な選択にならざるを得ないでしょう。つまり、「原発なら、つくらない」。

>では消極的すぎる気がします。
結局、何か経済性やら利便性やらで不満が再燃した際に元の木阿弥に戻ってしまうようね、そんな気もするわけです。

そうですね。。。
「原発なら、つくらない」と選択したことの一面では、その時点においては消極的と言えるんですが、しかし、これを転換点として、別様の方向へ向けての積極的選択とすることも可能だと思います。それこそが、これからの課題だとも思います。

>難しいのは特権階級を倒した者が時期特権階級に居座ってしまったりすることもよくあるということ

一揆と同じく昔からある、「下剋上」というやつですね。
絶対に、「居座ってしまったり」こうはならない、というわけに いかないのでしょうかね。。。

エジプトでしたか、政変後、学校の給食に出されるミルクに、イチゴ味やらチョコ味やらも加えろとかいう要求のデモも起きたとか(苦笑)

参考URLのブログも御覧になってみてください。私の好きなブロガーさんの お一人ですが、hakobuluさんも共感を感じられるかもしれません。
『われらの罪深きまどろみ』

参考URL:http://09moonrose.iza.ne.jp/blog/entry/2240568/
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この回答へのお礼

引き続きお礼申し上げます。

>「天皇制」という制度。
>つまりは、「安保」と通底する問題を潜めているのだなと思っています。

頼る、寄りかかるという要素から見るとそうなのかもしれませんね。

>自分たちの「身代わり」(人柱など)となったものを、(実は皮相的なものなのかもしれないですが)ある種の、いわゆる「聖性」を与えて敬い崇める風習がありますね。このへんは、ちょっとキリスト教を連想させますが。。。

この場合の聖性とは一種の懺悔なのでしょうね。
過剰な高みに相手を持ち上げることで、申し訳なさなり罪悪感なりを払拭しようとする無意識でしょう。

>ということは、反面で、徹底的な弱者(その 半面 は強者)を好む性向にも繋がっているのかもしれません。徹底的な、というところがミソですかね。

弱者を好むのは多様な意味でですが、相対的な生き方でしょうね。
強者に対する場合は基本的には防衛機制の一種と捉えています。

>東電認定というのを、学者や専門家に置き換えても、結局 同じことになり得るのではないかと。

その可能性は否定しません。

>この「曖昧でいいや」というところに、私は、一種の「信仰」的楽観性を見るのですけれどね。

#25でもおっしゃっていたことですね。
この点はかなり興味深く受け止めています。

>「折り合い」と おっしゃいますと、やはり、「納得」のことでしょうか。

ほとんど同じ意味で使いました。

>エジプトでしたか、政変後、学校の給食に出されるミルクに、イチゴ味やらチョコ味やらも加えろとかいう要求のデモも起きたとか(苦笑)

そうなんですか。
メイドにミルクを与えてはいけない。ビスケットは無いのかと言うようになる。
という諺?がアメリカだったかにあるようですが、必要性の高いのはどちらでしょうか。^^

>『われらの罪深きまどろみ』

拝見して共感しました。
ブログのタイトルが面白いですね。^^
長い間お付き合いいただきありがとうございました。

  

お礼日時:2011/04/24 22:47

それにしても、川崎でのゴミ騒ぎ、あれも、私に言わせれば、やはり身も蓋もない自分可愛さが如実に出てたなあとも思います。


私なんかは、同じ国内、国民どうしなんだから、こういう場合、敢えて、こちらも引き受けるというのもアリかなと思ってたくらいなんですが、やはり、ふつうの賢い人は、いよいよ自分自身の身に降りかかりそうになったら初めて騒ぐんですよね。

しかし、先日、紹介いたしました福島ご在住のブロガーさんは、「原発を引き受けてやった」福島に世話になったはずではないかという主張を お持ちのようです。

『大馬鹿達の「原発反対デモ」』
http://kohichi.iza.ne.jp/blog/entry/2235319/
『原発内でなきゃ被曝しねえョ』
http://kohichi.iza.ne.jp/blog/entry/2222680/
『放射能?美味けりゃ良いの!』
http://kohichi.iza.ne.jp/blog/entry/2219322/
上記のエントリーと、
こちらのかたの、このエントリーは、ある意味、対照的です。
『中部大学 武田邦彦氏の警告』
~農作物が売れなくなって農家の方は大変でしょうが、魂のある農家の方なら自分の作ったもので消費者が健康を害することを望むでしょうか?~
http://flamenco-luna.iza.ne.jp/blog/entry/2253088/

本当に難しいです。

>いじめ問題同様、教育者は子供を守る者、ということすら(事実ではなくて)神話になっている側面が浮き彫りになっています。

この問題については、他のブロガーさんが、お子さんのことで、学校内外を めぐっての お悩みが深刻らしく、これまで何度か意見を遣り取りしてきました。
まあ、一事が万事の社会情況なんですよね。

>記事の内容も重要ですが、わたしとしてはむしろ、「外部への影響はない」だけで記事を終わらせているこの新聞社の姿勢のほうが怖いと感じましたね。

そうなんですけれどね。
報道機関と、権力側との癒着ということは さて置いても、結局、報道記者個人にしても、専門家筋に、こうですよ、と言われたら、それ以上ツッコムだけの知識もないでしょうし。体よく利用されてしまいやすい大きな原因の一つではあるでしょう。

「フェア」なるものとは、余計な自己利欲を掻く者とは、根本から相容れないと思います。
そうして、「大欲は無欲に似たり」となりかねないわけです。。。

「京大の科学者6人衆」を挙げられました。
学者・専門家と言いましても、ご承知のように、スタンスの違いがあるわけですが、困ったことには、本当のことを言う人ほど、いわゆる「干される」という立場に追いやられてしまうらしい、それは つまり、権限行使の場から遠ざけられてしまう、という現実情況ですよね。ここを どうにかしないことには、と思うのですが。。。
報酬などを、庶民並みにグンと低くしておきますかね(笑

すでに御存じかもですが、最近も、こういう話題が あがりました。

『福島第1原発「ババ引くのは作業員」嘆く下請け社員』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000 …

『英誌「雨ニモマケズは東北の美徳だが」』
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/euro …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>川崎でのゴミ騒ぎ
>こういう場合、敢えて、こちらも引き受けるというのもアリかなと思ってたくらいなんですが、やはり、ふつうの賢い人は、いよいよ自分自身の身に降りかかりそうになったら初めて騒ぐんですよね。

こちらも欺瞞の一種でしょうね。
放射線の基準と数値の公開があまりにもないがしろにされている結果のような気もします。
これが欺瞞を増幅させる結果につながっている。

>先日、紹介いたしました福島ご在住のブロガーさんは、「原発を引き受けてやった」福島に世話になったはずではないかという主張を お持ちのようです。

たとえば、
⇒こんな時に集会抗議するってのは「風評被害を煽る」って話。

ですね。
わたしは「東大教授はかけ算ができない」という警告のほうが論理的という気がします。
いずれにせよ、これも「放射線の基準と数値の公開」の重要性に無頓着な政府の無策がもたらしている混乱のひとつと言えるでしょう。

>専門家筋に、こうですよ、と言われたら、それ以上ツッコムだけの知識もないでしょうし。

こういう記者を使うこと自体がマスコミの使命放棄ではないか、とわたしは思いますよ。^^

>、困ったことには、本当のことを言う人ほど、いわゆる「干される」という立場に追いやられてしまうらしい、

どうもその傾向は顕著なようで。
「>本当のこと」が何かにとっては都合の悪いことなのでしょう。
何を求めてどこへ行こうというのか、ビジョンがあるものやらないものやら・・・
>報酬などを、庶民並みにグンと低くしておきますかね(笑

子飼いの御用学者なり文化人?なりの報酬も公開性にすると意図がわかりやすくなるかもですね。


⇒厚生労働省は通常規則に基づき「100ミリシーベルトを超えると5年間は放射線業務に就けない」とする一方、作業員の被ばく線量を一括管理する文部科学省所管の財団法人は「通常規則とは全く別扱いとする」と違う見解を示し、手帳への記載法も決まっていない

⇒英誌エコノミストの最新号は、東日本大震災で東北地方の被災者は東京電力や政府の無策で過大な我慢を強いられていると分析、岩手県出身の詩人、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を引いて「我慢強いのは東北人の美徳だが、我慢のしすぎは良くない」と不満の声を上げるよう呼びかけている。

という記述が印象に残りました。
  

お礼日時:2011/04/24 21:06

ただの挨拶のことにまで お気遣いいただいて(笑


私自身も、もともとは欠かさなかった挨拶を、ある考えから、ここでは、あえて省くようにしていたのですが、もとのようにするときは、それなりの判断あってのことなのです。

>ブログプロフィールの白雪姫さんは、とてもかわいいですね。

あら、見られてしまいましたか;ーー最近、画像を とり替えたんです。
トシがいもないことで、照れますが、もともと自分の本名などに ちなんでのネーミングでもあるんですけれど、これにも何かと煩くケチを つけてくる手合いもいるもので、まるごと違うものに変えてしまおうかとも思いましたが、「noname」などと、このうえなく無味乾燥の そっけないハンドルでも、やっぱり嗤う者は いるんだからと、もう放ってあるのですよ(笑

さて、今回の連続投稿で打ち止めといたしましょうか;^^A

>1.『銭がらみの「避難勧告基準」』
  ⇒最終的に「想定外と言えば何でも許されると思う狂った感覚」に疑問を覚えます。

>「想定しなかったという責任」はない、という認識がおかしいでしょう

この、ご尤もな御意見にさえも、真っ向から反対の見方をする人もいるのですが、
問題は、「想定」の基準に上限を設けないことには、どうしようもないという現実ですね。

>「銭をもらったから仕方ない」と該当地域の【住民自身】が言えるほど、補償金を思い切りふんだくっておくような姿勢

これも、簡単な話ではないようだと。
どうしたって、今さっき述べた「想定の基準」に左右され、引きずられることじゃないですか?
「半端でない額」って、どのくらいでしょうか。
原発立地域住民のなかには、家が一軒建つほどの金銭を手に入れた人もいるそうですが、これを「ハンパない大金」と呼ぶべきかは分かりませんけれど、そのためといって、ひとたび「現実の最悪事態」となれば、どこまで受け入れられるか。。。

>政府は、事故が起こった後の補償金額も試算して準備する。
>そのために増税せざるを得なくなるほどの補償金を要求すべきです。

そこまで行くなら、いっそ、最初から諦めるでしょうか。
今現在、復興予算絡みで消費税アップのことが再論議を呼んでいますけれど。

原発を めぐる問題にも、過去からの地域格差のことが潜在的に影響しているのでしょうね。

>「譲れないもの」とは、生命体としての基本的な安全確保だとか、人としての矜持といったような意味で使ったのですが、つまり、それを譲ってしまった自身への怒りでもあると
>無意識的にはですが。

ならば、無意識的にせよ無自覚であるにせよ、いまになって怒っているとすれば、事前には譲ったつもりなどなかった、ということになりませんか?
他の回答者さまにも おっしゃっている、

>彼のあの怒りは、半分は自身に対してのものだという私には確信に近い推測が湧きます。

一般住民と全く同じ心理ということもないと思いますので、どうなんでしょうか。一応、地域では「エリート」側、「権力側」に属する知事の その「怒り」のパフォーマンスは、それこそ、地域住民に向けた、「保身」込みか?とも思ったんですが。。。


プルサーマル計画大詰め 佐藤栄佐久前福島知事に聞く【国民関与の仕組みを 再処理工場操業が前提】
福島県の東京電力福島第1原発(大熊町、双葉町)と宮城県の東北電力女川原発(女川町、石巻市)でのプルサーマル計画をめぐる議論が、両県で大詰めを迎えている。福島県は1998年、全国で初めてプルサーマルの受け入れを表明し、2002年に撤回した。当時の知事で、国の原子力政策に地方から警鐘を鳴らし続けた佐藤栄佐久氏に、原子力と地域とのかかわりなどを郡山市の自宅で聞いた。~
http://lailai-hanyu.at.webry.info/201103/article …

しかし、先ごろの選挙では、こういう結果でした。
『原発県の現職知事「安全対策」強調し再選』
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/l …

『風力発電で原発40基分の発電可能 環境省試算』
(新しいURLに移動していましたので、【参照URL枠】に貼り変えておきます。)
だいたい、この試算にしても、いつから やり始めたのか?と一読して私は思いました。
いままでは、「原発が第一」という前提で、やはり手抜きしてたんですかね?

>なめられない、なめさせないようにどう心構えるか、という方策について少しだけでも考えるべき機会の到来なのかもしれません。

これは間違いなく そうでしょうね。
「平和ボケ」と呼ばれる日本人は、長いこと「麻薬入り飴玉」でも しゃぶらされていたんでしょうか(苦笑)

参考URL:http://www.asahi.com/eco/TKY201104210510.html
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>問題は、「想定」の基準に上限を設けないことには、どうしようもないという現実ですね。

おっしゃるとおりです。
その意味でいずれ全廃するべきです。
今は負の遺産というべきか、負の成果というべきかこの後始末を最小限の被害でなんとか将来的にも食い止めることを考えるしかないようです。

>「半端でない額」って、どのくらいでしょうか。

原発には経済効果がない、と全ての国民が認識するほどにです。
ただ、これはやけのやんぱちで言う無理押しではありません。
実際、それだけのものが懸かるはずなのです。(と思います)
人間の命の重さに差を付けるべきではないのだとすれば、です。
この点に目をつぶっているのでしょう、現状では。

>原発立地域住民のなかには、家が一軒建つほどの金銭を手に入れた人もいるそうですが、これを「ハンパない大金」と呼ぶべきかは分かりませんけれど、そのためといって、ひとたび「現実の最悪事態」となれば、どこまで受け入れられるか。。。

おとなしすぎます。^^;
たとえば、防波堤の高さのみならず厚さも数倍にさせる。(不必要に高いと却って危険ですが)
また、災害発生時における高額補償金を【あらかじめ】提示、約束させ、国民にも明示する。
避難する必要がある場合の避難先としての国有地を【あらかじめ】確保させる。
また、今やっと課題になりましたが、災害時避難検討区域を30KM圏内などと言わずに、もっと広げ、その範囲の住民に対しても同様の補償を準備する。
まだまだ、いくらでもあるはずです。
それに、外国などに対する補償・賠償なんかも考える必要があるんじゃないですかね。
決してクリーンでないこと明らかになったと思いますが、経済的ではないことが明確になれば誰も使おうとは考えなくなるでしょう。
そう思わなくても【済む】人の良さが事故を当然の結果として生んでいるわけです。

>そこまで行くなら、いっそ、最初から諦めるでしょうか。
今現在、復興予算絡みで消費税アップのことが再論議を呼んでいますけれど。

個人的にはそう願いますが、別にそのための方便というわけではありません。
事後にこうした復興予算を考えるという、それが甘さであり欺瞞であるだろうと思うだけです。

>ならば、無意識的にせよ無自覚であるにせよ、いまになって怒っているとすれば、事前には譲ったつもりなどなかった、ということになりませんか?

建前的にはそうだったのでしょう。ただ、
「譲っちゃいかん線だよな・・・でも、ま、いっか・・・こんなにくれるんなら・・・まして専門家先生が安全と言っているんだから・・」といった感じはあったように思うのです。
その予測が外れて怒り嘆く、という線は(少なくとも賛成派には)あるのでは。
しかし、これが当てはまらない方も大勢おられるでしょうね。
あくまで欺瞞の構造としてはこういう感じかな、とうことです。

>一応、地域では「エリート」側、「権力側」に属する知事の その「怒り」のパフォーマンスは、それこそ、地域住民に向けた、「保身」込みか?とも思ったんですが。。。

なるほど。
欺瞞というよりあざとさですか。
その可能性もあるでしょうね。
合わせ技一本ということにしておきますか。^^;

>『風力発電で原発40基分の発電可能 環境省試算』
(新しいURLに移動していましたので、【参照URL枠】に貼り変えておきます。)

助かります。^^

>だいたい、この試算にしても、いつから やり始めたのか?と一読して私は思いました。
いままでは、「原発が第一」という前提で、やはり手抜きしてたんですかね?

そうなんでしょうね。
色々教えていただいたように巨大な利権が幾重にも絡んでいるのでしょう。
フランスの食い込みが深くならないうちに脱却したいところです。

>「平和ボケ」と呼ばれる日本人は、長いこと「麻薬入り飴玉」でも しゃぶらされていたんでしょうか(苦笑)

まあ、自戒を込めつつですが、そういう傾向はあるんじゃないですかね・・・。
  

お礼日時:2011/04/24 22:09

 No.56です。



 ていねいなご返答をもらって ますます恐縮ですが それではとわたしに思いが起こるのならば お応えしておくのがよいかなと思いました。

 ふたつありました。

 ★ ~~~~~
  >あとは われわれの町や村に原発を受け容れたのであるから 事故が起これば〔あとは〕処理作業が最後までうまく行くように応援していますので どうか胸を張ってお仕事に従事していただきたい 
 :
 と被災者が言えるためには、タイトルにもしたのですが、「原発事故が起こっても仕方がない」と言えるだけの納得を【事前に】している必要があると思うのです。
 ~~~~~~~
 ☆ これを・そこのところを 事後承認に代えて避難民の方々は 澄まして そしてどうどうと言って欲しいように思いました。

 ★ ~~~~
  >福島県知事は 菅さんや清水さんに対して 踏ん反り返り過ぎ。ではないでしょうか。
 :
 彼のあの怒りは、半分は自身に対してのものだという私には確信に近い推測が湧きます。
なぜ危険性をもっと精査しなかったのか。うんぬん。
 ~~~~~~~
 ☆ これを・そこのところを やはり澄ました顔で そしてどうどうと腰を低くして相手が気持ちよくしかるべき仕事に精進することができるように ふるまって欲しい。こう思いました。

 
 せっかくのここまでの熱心で精魂を傾けて来られたやり取りに水を差すような物言いのような投稿で 恐縮の到りながら・・・。(でも 心つもりは大きくひとつであると思いつつ)。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

bragelonneさんのご回答は一見すると、今回の事故後に関する、つまり現況に対するご感想を述べておられるような文面ではありますが、そうではないと解釈してコメントさせていただきます。
それはそれで大事なことですが、質問の意図とは離れてしまいますので。
端的に言うと、この事故処理をどのように、あるいはどういう心構えで行なうべきか、ということは当実門ではあくまで二義的な事柄です。
今回の質問趣旨は、
『今後、同じ事故を繰り返さないために、あるいは、被害を可能な限り小さくするためにはどのような心構えなり対応なりが必要になるか。また、そのために有効な思考・方策はどういったものか』
ということになると思います。

同じことを繰り返すようで恐縮ですが、
事故後に「>澄まして そしてどうどうと」言うためには、
事故前にすでに「原発事故が起こっても仕方がない」と言えるだけの納得をしている必要があると思うのです。
この点が曖昧なまま受け入れていることを欺瞞とわたしは判断せざるを得ませんし、実際そうでしょう。

たとえば、過去の最大津波が9メートルという場合。
「では10mの堤防を作りましょう」で納得してしまうわけです、現状では。
仮に12m、15mが来たら、どのような被害が実際に降りかかるのか、ということについて検証しようとしない。
緻密に検証すれば、20mの堤防でなければ「仕方がない」とは言えなくなるはずです。
実際にあった例では、過去最大津波の倍の高さの堤防を強引に(避難を受けながらも)実現した自治体の長がいたようです。
そして、実際、そのために難を免れた。
今は、〇億円の補助金も入るわけだし、10mで安全と専門家が言っているのだから妥協しとこう。
といったような感覚じゃないでしょうか。
あくまで一例なのですが、上のようなケースの場合、10mの堤防で妥協したのでは仮に事故が起きた場合、
「>澄まして そしてどうどうと」仕方がない、とは言えないように思われます。
ここに欺瞞が隠されていることに自ら気づいてないのだと思います。
そして、この欺瞞に気づかない限り、また同じことが繰り返されることは明白でしょう。

とは言っても、実は無意識ではそのことを感じてはいるはずです。
事故に直面して、気づかされた(=無意識領域に閉じ込められていた欺瞞が浮上してきた)ということは言えます。
つまり、この欺瞞の隠蔽という、もしかすると無意識の作業かもしれないものを意識化することによって、(むろん、事故が起こる前、つまり通常稼動の段階で)欺瞞を乗り越えるということが必要になると思うわけです。
このことによって、想定される、というより想定すべき被害というものを正面から受け止め対策を講じる方向に踏み出せるはずだ。
このように思います。

> ☆ これ(=「原発事故が起こっても仕方がない」)を・そこのところを 事後承認に代えて避難民の方々は 澄まして そしてどうどうと言って欲しいように思いました。

とのことですが、これは、確かに「美しい姿」のように見受けられます。
言ってみれば「矜持を保ってほしい」ということですよね。
そう言って「≫欲しい」という点では全く同感です。
>水を差すような物言い

とは全く思いません。
自らの欺瞞に気づかないまま美しい矜持(と勘違いするもの)を保ったとしても、再び同じことが繰り返されるでしょうし、このことを否定なさるわけではないでしょうから。
そうならないためにはどのような心構えで望むのが妥当であろうか・・・。
といったようなことを考えてみたい、教えていただきたい、という質問趣旨でした。
  
>☆ これを・そこのところを やはり澄ました顔で そしてどうどうと腰を低くして相手が気持ちよくしかるべき仕事に精進することができるように ふるまって欲しい。こう思いました。

福島県知事のことに関しても同様ですが、「>ふるまって欲しい」というご感想を述べられたにすぎないでしょうか?
であればわたしも全く同感です。
ただ、なぜそうできないのか、という点を検証することが【今後の適切な対処法】を探る上で必要ではないか、と考えるわけです。
それとも、原発問題を有効に検討するための何らかの意図がおありになるのでしょうか。
あるようでしたらお示しいただき参考にさせていただければと切に望みます。

単に
>仕事に精進することができるように 

というだけの意味ではないと思いますので。
    

お礼日時:2011/04/24 19:47

 はこぶるさん こんばんは。



 おおむね賛成ですし この原発ということで特にこれと言って考えたり調べたりして来ていませんので 読者として参加していました。ただし あまり熱心だったとも残念ながら 言えません。(いま この種の話をなぜか――なぜか です――したくないという気持ちがあるかも分かりません)。

 ふと思ったことを投稿したいと言うそれは けっきょく被災者と東京電力また政府・自治体が同じ姿勢ですすみ行くことが大事なのではないか。これです。
 被災者の方々は どうどうとして 事故処理にあたる人びとに われわれもつらいし あなたがたもきびいし作業である どうか気をつけて作業をして欲しい きちんとしっかりと安全を取り戻して欲しい 当面の生活のための保障は欲しい あとは われわれの町や村に原発を受け容れたのであるから 事故が起これば〔あとは〕処理作業が最後までうまく行くように応援していますので どうか胸を張ってお仕事に従事していただきたいとでも言ってやって欲しい。 

 福島県知事は 菅さんや清水さんに対して 踏ん反り返り過ぎ。ではないでしょうか。

 質問ヨゴシであったかも。ゆるされたし。
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この回答へのお礼

こんばんは。

何かとお忙しい中、お立ち寄りいただきありがとうございます。^^;

> この原発ということで特にこれと言って考えたり調べたりして来ていませんので 

いや、それはわたしも同じですよ。
全くの勢いのみ!という危うい感覚でして、みなさんに助けていただいているところです。

>けっきょく被災者と東京電力また政府・自治体が同じ姿勢ですすみ行くことが大事なのではないか。

そうできればどれほど良いでしょうね。
ただ、それぞれがどういったスタンスで今回の事故を受け止めているのか、ということを推測してみると、どうも「>同じ姿勢」になるためには、それぞれの生き様に対する相当の軌道修正が必要になるような気もしてきませんか。

>あとは われわれの町や村に原発を受け容れたのであるから 事故が起これば〔あとは〕処理作業が最後までうまく行くように応援していますので どうか胸を張ってお仕事に従事していただきたい 

と被災者が言えるためには、タイトルにもしたのですが、「原発事故が起こっても仕方がない」と言えるだけの納得を【事前に】している必要があると思うのです。
現在の日本では、この点がなおざりにされている(いた)ように思います。
「>われわれの町や村に原発を受け容れたのであるから」と「>どうどうと」言えるだけの覚悟がないままに原発を受け入れているわけです。たぶん。

原発受け入れを自らに納得させる根拠となっていたのは、おそらく政府や東電がなしたであろう口先だけの「安全保障」なのだと思います。
それと、何より、事故が起きてみればあまりにみみっちい額であることを改めて実感しているに違いない補償金でもあったことでしょう。

原発の危険性は薄々は(反対派はもちろん明確にですが)わかっていたはずなのです。
ただ、わたしとしては、やはり何らかの利権絡みでなければ原発を地元に引き受けようなどと思うわけがない、と考えています。
そして、最終決定者は知事であったと思うのですが、結果的に一般庶民ひとりひとりが直接選挙で選出した長なわけです。
つまり、該当地域の住民は、金で原発を受け入れた、というのが本質に違いはないはずです。
こういった点にはいっさい触れずに、政府・東電のみを悪者扱いするの不条理ではないかと考えます。
政府・東電は悪くないと言うのではありません。
そのように仕向けたという、ある意味での教唆犯と言っていいとわたしは思っています。
このように、今回の事故の本質は相互的な欺瞞性が露呈したものと言えます。
欺瞞とは隠すことですが、隠し切れないものが必然的に噴出しただけです。

政府・東電の欺瞞性を改善することは無理です。
彼らは一般庶民が変わらなければ、また欺瞞のベールで保身を図るに決まっているからです。
なぜなら、一般庶民がそれで良いと肯がっているものを、わざわざ否定してまで進むべき正しい道へと導いてくれるような超自我的役目を彼らは負っていないからです。
ブラジュさんに言うには陳腐な言葉ですが、あくまでこの庶民あってのこの政府この企業ということでしょう。
いずれにせよ、一般人の心構えが変わらなければ根本は変えられない、と思うわけです。
その方法論について問うたわけですが、
>おおむね賛成ですし

とご賛同いただき心強い限りです。
各論としてはまだ多様な問題があるでしょうが、とりあえずということで。

>福島県知事は 菅さんや清水さんに対して 踏ん反り返り過ぎ。ではないでしょうか。

彼のあの怒りは、半分は自身に対してのものだという私には確信に近い推測が湧きます。
なぜ危険性をもっと精査しなかったのか。
今から思えばわずかばかりの補償金に目がくらんで、県民の安全と、自らの矜持を犠牲にしてしまった、その自らの愚かさに、おそらく腹を立てていると私は考えます。

危険性の精査をするためには、安全基準ではなく、むしろ危険基準、つまり、安全基準が崩れた場合を想定する必要があるのであって、そのためには、
「ここまでやったのだから安全」ではダメで、
「ここまでやってだめなら仕方がない」と宣言することで、その仕方のない結果として一体どのような被害が想定されるのか、ということを詳細に至るまでそれこそ堂々と広く明示しておく必要があると思うわけです。
具体的で詳細な被害想定が明確に示されることで対策はかなり万全の方向に傾くのではないでしょうか。
長期的には全廃をむろん目指すべきと思います。
      

お礼日時:2011/04/24 00:06

こんにちは。

いつも拙文に忍耐強くお付き合い下さり有難うございました。
締切間近とのこと、いただいたお礼に対する若干の補足をご容赦下さい。

>ワインセラー
>ただ、先立つものが・・・。^^
>やはり税金を払っている先に対して、その使い道を有意義にせよ、と伝えていくしか貧乏人に道はないかもです。

はい、私がシェルターをワインセラーと称したのは、ご推察の通り、過去の冷戦の産物であり現況に必ずしも即していないという意味合いを込めたからです。
やはり荒唐無稽過ぎました。私自身も書いていてちょっとキツかったです。あほですね。^^

ただ、軽はずみにふざけて書いたつもりではないということだけはどうか信じて下さい。
安全保障の観点から原発の危険性を語っているつもりでしたから。

3.11の日付から私は9.11の日付をふと思い浮かべました。
たしかテロリストがハイジャックして東部辺りの原発に向かっていて、乗客等の英雄的行為で未然に墜落を防げたと聞き及んでおります(間違っていたらごめんなさい)。
最悪、当時の大統領は緊急避難的に旅客機の迎撃命令を円滑に出したはずです。

一方の我が国の場合、たとえば北からのミサイル迎撃や旅客機テロの場合、マニュアル想定通りに?迅速にトップダウンで危機管理を対処克服できるのかどうか。

どうなのでしょう、
このたびの事故処理を通じても、どうにも危ぶまれる気がするのは私だけでしょうか。
ですので、この国においては、「想定しうる」津波地震対策のみならず、より広汎に「原発の危険性」について語られてもいいのになあと思うのですよ。

ついでながら、声をあげることが第一歩というのであれば、先の川崎市の瓦礫の件でさえも、先んじて不透明さや疑問を問うという点では決して愚かではないのでしょうね。

>しかし、舵を逆に切るときは大目に操舵輪を回さざるを得ないような気もします。

はい、津波地震大国であること、先に申し上げた国のトップの危機管理の心許なさという点からも、やはり今まで通りの原発推進策というわけにはいかないだろうと私も思っております。
最初に会津の叔母を想定して再生復興をと申し上げた点につき、このような意味合いとは違うということを是非ともご理解いただけますでしょうか。

このたびの事故を通じ、質問者様が仰る通り、バイオマスをはじめとして今後原子力に偏らないあるいは頼らないエネルギー政策が切実に期待されています。
その実、戦後の日本において、アメリカに比較的介入されず従属せずに独自路線を歩んできた唯一の戦略がこのエネルギー安全保障政策(油田開発と原子力)でしたよね。
殊に後者の原子力技術(六ヶ所村の処理施設も含め)は国連でも一目置かれていましたし、陸続きの国とは異なり他国からの電力を購入するわけにもまいりません。

自船を優先させて右旋回する面舵いっぱい、といきたいところですよね。
くれぐれも、他国に対する資源依存度を高める=相手の船を優先させる左旋回の取舵いっぱいにならぬようにと心より願わずにはいられません。

最後まで質問者様のご期待に沿えずに申し訳ありませんでした。
ただ、私にとってはとても多くの気付きがありました。特に、

>原発であれ何であれ、危険性のあるものを共有する際には、万が一の核爆発の時にとばっちりをこうむる鳥や草にもあらかじめリスクを詳細に伝えることがフェア

>そういった発想が無いと、人間自体の本当の安全も結局はないがしろにされてしまうことになるのでしょうね。
>つながってないと何故思うのか。

以上がとてもとても心に残りました。
みなさまどうも有難うございました。

追伸:北海道の風評被害が一刻も早く収まりますように。
そして観光産業が復興することを心より願います。
ここ1か月以上、農産物の出荷産地にどうしても目がいってしまいます。
そんなこんなで、いつにもまして、北海道産に憧れが募り食意地が張っているのです。^^
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この回答へのお礼

こんばんは。
ご回答ありがとうございます。

>やはり荒唐無稽過ぎました。

いえ、そんなことはありません。
フランスの香りがしましたよ。^^;
ワインセラー(日本なら生貯蔵酒セラーでもいいですよね)的な感覚で原発をサラッと受け流すのもまた粋なものなのでしょうが、何しろ目に見えないので、そして、過去の実績・検証事実から、やはり危険対象として扱わざるを得ませんよね。

>ただ、軽はずみにふざけて書いたつもりではないということだけはどうか信じて下さい。
安全保障の観点から原発の危険性を語っているつもりでしたから。

了解いたしました。

>3.11の日付から私は9.11の日付をふと思い浮かべました。

これはわたしも感じていたことです。
偶然にすぎないのですが、一致しているという事実は事実ですし、その点に着目してしまうのは致し方ないようです。
何らかの因果関係に結び付けようとするようになるとまた問題ですが・・・。

>たしかテロリストがハイジャックして東部辺りの原発に向かっていて、乗客等の英雄的行為で未然に墜落を防げたと聞き及んでおります(間違っていたらごめんなさい)。

そのようなことをテレビで言っていたようにわたしも記憶しています。

>最悪、当時の大統領は緊急避難的に旅客機の迎撃命令を円滑に出したはずです。

そうかもしれません。
当カテの他の質問にもそれに関連するような質問が出ていますが、多数を救うために少数を犠牲にすることに関する妥当性の問題ですね。
是非を問う場にはできませんが、実際問題として選択を迫られる立場というのは、どういう心境になるものでしょう。

>一方の我が国の場合、たとえば北からのミサイル迎撃や旅客機テロの場合、マニュアル想定通りに?迅速にトップダウンで危機管理を対処克服できるのかどうか。

良くも悪くも他国の傘頼みですしね。
迎撃機能の効果は殆んど期待できないというのが通説のようです。

>このたびの事故処理を通じても、どうにも危ぶまれる気がするのは私だけでしょうか。
ですので、この国においては、「想定しうる」津波地震対策のみならず、より広汎に「原発の危険性」について語られてもいいのになあと思うのですよ。

なかなか鋭い突込みをされますね。
見直しました。^^;
「想定し得る」の「得る」は可能性なわけですが、みなでこの可能性を低く見せよう、あるいは思おう、としているわけで、それがまさに欺瞞性なのでしょう。

>ついでながら、声をあげることが第一歩というのであれば、先の川崎市の瓦礫の件でさえも、先んじて不透明さや疑問を問うという点では決して愚かではないのでしょうね。

これまた鋭い。
同感です。
「>先んじて不透明さや疑問を問う」ために、後だしでも声を挙げる必要はあると思います。
ただ、後で言って何らかの対応をしてもらい、それで「よかった・・・」と考えるようでは、先の回答者の方ではありませんが愚民と呼ばれても致しかたない、ということになるのでしょう。

>最初に会津の叔母を想定して再生復興をと申し上げた点につき、このような意味合いとは違うということを是非ともご理解いただけますでしょうか。

はい。
mashumaro3さんの真意は、よ~くわかるようになりました。
わたしの誤解を解くべく、ご説明を重ねていただき感謝しております。

>その実、戦後の日本において、アメリカに比較的介入されず従属せずに独自路線を歩んできた唯一の戦略がこのエネルギー安全保障政策(油田開発と原子力)でしたよね。
。殊に後者の原子力技術(六ヶ所村の処理施設も含め)は国連でも一目置かれていましたし

そのような背景もあったのですか。
全然疎くて・・・。^^;

>自船を優先させて右旋回する面舵いっぱい、といきたいところですよね。
くれぐれも、他国に対する資源依存度を高める=相手の船を優先させる左旋回の取舵いっぱいにならぬようにと心より願わずにはいられません。

はい。
それがベストだとわたしも思います。

>そして観光産業が復興することを心より願います。

原発に対して根本的な対応が為されるまでは難しいでしょうね。
泊原発でも先日訓練が行なわれました。
津波で通常電源が使用不能になったという想定で、あらたに導入した移動式電源車を使用した訓練です。
消防士みたいな人たちが普通の格好でホースをつないだり、一生懸命放水をしたりしていました。
「放射線が流出したら?」というインタビュアーの問いに、北電幹部は、
「それは、これから考えるところです」
と答えていましたよ。?????^^;
何の訓練だったのかな・・・?????
お後がよろしいようで・・・、いやよくないだろっつうの!
ですよね・・・。^^;  

お礼日時:2011/04/23 23:00

「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である」


力なき正義は反抗を受け、正義なき力は弾劾を受ける。 それゆえ、正義と力を結合せねばならない。

>正義には正義を守る力が付随している必要がある

正義は有効でなければならない。。。
どうやったら有効化できるだろうか。

自分を選んだ者を信用しないなら、返ってくるのは、やはり「不信」。

科学者を含めた専門家層、指導者層、権力者側に居る者たち、その海千山千がワンサカいる連中相手に、どう、「首根っこをシッカリと押さえておく」か。

まあ、昔から「一揆」というものはあったわけです。

>ネット情報から一国が覆る、いや一国どころではないですよね。

と おっしゃいましたが、
先般、チュニジアからエジプトにかけての政権転覆を、ネットを利用した大衆全体の動きによって実現させたことがヒントになるのかもしれません。あるいは、「ウィキリークス」も、その切っ掛けになる可能性は持っています。その前に、クリアしなければならないことがあるでしょうけれど。。。
(こういったことは、逆に、ネットの力の悪用による影響の甚大さにも要注意であるという、背中合わせの問題を潜めているわけです。ましてや、権力側が、あるいは、権力志向の者が、ノンビリと見逃しているはずがありません。)

地の低い所に少しずつガスが溜まるように、遅かれ早かれ、やがて何らかの かたちを とって、爆発するときが訪れる。そのときになって、特権階級は、力弱き ただのマイノリティと化す。
真偽は存じませんが、アラブ王族たちが、民衆に媚びるような金銭ばら撒きを やり始めたという話も見かけました。


私は、もう だいぶ前から、2、3の理由で、新聞、テレビも見なくなっているのですが、
田原総一郎氏と言えば、尖閣での騒ぎのときのビデオ映像漏洩事件を指して、「知る権利」というコトバでもって称えているらしいことを知り、少し調べてみましたら、wikipediaに、こういう記事がありました。

~著書『私たちの愛』によると、以下のような過激なドキュメンタリーを撮影していた。
~全共闘くずれのヒッピーたちが、全員全裸で結婚式をやることになった。余興として花嫁が列席者全員とセックスをする。スタッフも全裸で撮影していたが、花嫁がスタッフともセックスしたいと言い出したため、田原はみずから彼女とセックスし、そのシーンを撮影させた。この「日本の花嫁」は、ゴールデンタイムで放映された。
当時の東京12チャンネルには「金曜スペシャル」のような過激な番組がゴールデンタイムに放送されていた。~

私は、こうした番組のようなものは、スケベ男が喜ぶだけだろうと思うのみですが(笑)例のビデオ映像漏洩をして「知る権利」を満たしたという彼の見解には賛成できませんでした。

田原さんで思い出しましたが、先回の遣り取りでも出ましたマスコミの問題。
hakobuluさんは、テレビ業界にも、電力会社の おエライ連が雁首並べて食い込んでいるらしいのを御存じでしたか?テレビも電力を大量消費する分野でしたね。


それにしても、尖閣を めぐる騒ぎのときも、結果としてアメリカは、うまいことやったとも言えますね。今回も、抜け目はありませんでした(苦笑)
フランスやアメリカに縁を持つ人たちは、原発に関しても援護射撃こそすれ、事故については口ごもりたくなるのかもしれませんが。。。

もしも、今回の事故が なかったら、わが国は、フランスよりも多くの原発施設を抱えることになったようですね。

先の投稿に示したURLを御覧いただいたら分かりやすいかと思ったのは、
国家のことと、一般国民のレベルとで乖離が生じがちなのは、国家レベルともなりますと、経済の問題、要するに「商売」が絡んでくるからというのも大きいとうことです。
もちろん、経済を疎かにしては運営していけないという現実面は重いですし、経済はダイレクトに国力と繋がります。
が、他国の「商売」に体よく利用されないことと併せ、自分の「商売」の やりかたをも、根本から見直さなければならない時期に来ているかと。それには、自己利益だけの狭い視野では、すぐに限界が来るでしょうね。そのことも、放射能汚染が端的に示していると思います。
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この回答へのお礼

引き続きご回答ありがとうございます。

>まあ、昔から「一揆」というものはあったわけです。

今はさしづめアラブ一揆でしょうか。

>こういったことは、逆に、ネットの力の悪用による影響の甚大さにも要注意であるという、背中合わせの問題を潜めているわけです。ましてや、権力側が、あるいは、権力志向の者が、ノンビリと見逃しているはずがありません。

そうなのでしょうね。

>地の低い所に少しずつガスが溜まるように、遅かれ早かれ、やがて何らかの かたちを とって、爆発するときが訪れる。そのときになって、特権階級は、力弱き ただのマイノリティと化す。

難しいのは特権階級を倒した者が時期特権階級に居座ってしまったりすることもよくあるということでしょうね。
評判の悪い独裁者連中も、往時は革命の英雄だったわけですしね。
チュニジアでは、いま、政権が変わったのに生活が楽にならないといってデモが頻発しているそうです。(テレビのちら見情報ですが)

>(「日本の花嫁」)私は、こうした番組のようなものは、スケベ男が喜ぶだけだろうと思うのみですが(笑)

ノーコメント。^^;

>例のビデオ映像漏洩をして「知る権利」を満たしたという彼の見解には賛成できませんでした。

そうでしたか。
わたしはどちらかというと好意的に受け止めています。

>テレビ業界にも、電力会社の おエライ連が雁首並べて食い込んでいるらしいのを御存じでしたか?テレビも電力を大量消費する分野でしたね。

知りはしませんでしたが、さもありなんという感想です。

>もしも、今回の事故が なかったら、わが国は、フランスよりも多くの原発施設を抱えることになったようですね。

そういう可能性があったわけですか。
サルコジさんが必死になるのも無理はありませんね。
アレバでしたっけ、の上得意客になる予定だったのでしょうから。

>自分の「商売」の やりかたをも、根本から見直さなければならない時期に来ているかと。それには、自己利益だけの狭い視野では、すぐに限界が来るでしょうね。そのことも、放射能汚染が端的に示していると思います。

おっしゃるとおりと思います。
そういった視点もたしかに必要ですね。

ブログプロフィールの白雪姫さんは、とてもかわいいですね。
      

お礼日時:2011/04/22 21:21
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日本人の伝統体質が原発事故を起こしたという推論に反論
したいと思います。

近代の自律した凛とした女性像の父親という方は、
僻み根性と自己愛が強く、人の欠点が気になってしょうがなく、
自分ばっかり可哀想だという思いが抜けきらず、家族に八つ当たり
ばかりしていた。しかし、それは裏を返せば、会社という組織に
身も心も捧げ、それで家族を養っているという、生け贄の悲哀を
しょっていたというようなこ...続きを読む

Aベストアンサー

原発の安全神話は単なる宣伝文句であることは、原子力を学んだり、携わっている技術者は皆知っているとおもいますよ。どのようなものであれ、事故がないように皆、日々努力しているのです。
東電の原発事故にしても、想定外の津波であそこまで破壊されても、関係者が踏みとどまり、最小限の被害に収めたと思いますよ。彼らがあそこまで頑張らないと関東一円は住めなくなっていましたね。
さて、原発の推進というのは、1970年代のオイルショックで民衆がパニックを起こした時から始まったのですね。オイル断は日本を江戸時代に戻すことと捉えれば、石油に依存しない電力としての原子力は必然として選ばれたわけですね。当然、そのリスクは誰の目にも明らかにあったわけです。だから原発は海の近く、過疎地帯に建設されていますね。事故想定されたからですね。これは、何かあった時は小を捨てて大を取るという哲学ですね。この哲学は向田さんの時代も今も同じですね。
いつの時代でも民衆はパニックを起こすのですね。あの程度の事故で既にパニックを起こしてますね。
それを安全神話のせいにしているだけですね。少し頭を使えば誰にでも分かることです。
また、中東もきな臭くなってますし、隣国も怪しい動きをしてますから、オイルショックやミサイルショックがあるかもしれません。その時、パニックに陥らず冷静に多数を活かすことを考え、実行できるのが本当の日本人ですね。向田さんの時代も今も、考える人はいますし、また愚民も沢山いるということなんです。

原発の安全神話は単なる宣伝文句であることは、原子力を学んだり、携わっている技術者は皆知っているとおもいますよ。どのようなものであれ、事故がないように皆、日々努力しているのです。
東電の原発事故にしても、想定外の津波であそこまで破壊されても、関係者が踏みとどまり、最小限の被害に収めたと思いますよ。彼らがあそこまで頑張らないと関東一円は住めなくなっていましたね。
さて、原発の推進というのは、1970年代のオイルショックで民衆がパニックを起こした時から始まったのですね。オイル断は...続きを読む

Q自衛隊の戦力

自衛隊の戦力って世界的に見てどこの国と同程度の強さなんでしょうか。
お願いします。

Aベストアンサー

○予算
日本は国防予算で世界第二位

○装備
兵器の質と量。
自衛隊の装備は、英軍よりも1.5倍くらいは大きな「軍隊」である。

○兵力(兵士の数)
日本の兵力は、アジアで、中国、インド、北朝鮮、韓国、パキスタン、ベトナム、インドネシア、台湾、タイ、ミャンマーに次いで第11位である。米国とロシアを加えたとしても第13位になり、アジア地域30カ国の中では、決して小さい規模ではない。

兵力はそれほど大きくないが、装備含めた軍隊としての規模は英軍よりも上であるようです。

但し、実践経験が全く無いことのネックはあるようです。例えば戦車は車両数は多いが、所有の70%は74式という旧式戦車。高機動多目的装輪車がFRP製で、戦闘時の防弾製が非常に劣っていて、戦闘時の運用に適さない等です。

Qエントロピーは増大する一方ですが、最大という概念はあるのでしょうか?あるとすれば、それは宇宙の死と同

エントロピーは増大する一方ですが、最大という概念はあるのでしょうか?あるとすれば、それは宇宙の死と同じ事でしょうか?

Aベストアンサー

この問題は、多くの物理学の教科書で熱力学の成り立つ条件をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解を生じさせているようです。

この質問の回答のために、始めにエントロピー増大の法則を物理学として正確に表現して置きましょう。

先ず、この法則が成り立つための条件で、普通の教科書に明から様に語られない重要な条件があります。それは、

1)熱力学的記述がその物理学的系の記述に意味がある系に限る

と言う条件です。

そして、その条件の下に、エントロピー増大の法則は

2)孤立系のエントロピーは時間と共に増大するか同じ値に留まる

と表現されます。これを熱力学第2法則と呼ぶこともあります。そして、エントロピーが一定値をとり続ける系が熱平衡状態です。非平衡状態にいる系はエントロピーが増え続け、漸近的に熱平衡状態に近づいて行きます。ですから、系の大きさが有限だろうが無限大だろうが、エントロピーが変わらなくなったら熱平衡状態です。この熱平衡状態のことを、熱死状態とも言います。

この法則は、古典力学のニュートンの法則、古典的電磁気学のマクスウェル方程式、シュレディンガーとハイゼンベルグの量子力学の基本方程式方程式、一般相対性理論のアインシュタイン方程式などの僅かな方程式で構成されている物理学の全ての基本方程式と一見矛盾しております。したがって、熱力学第2法則は基本的な法則であるにもかかわらず、そして、この法則に反する現象に人類がお目にかかったことがないにもかかわらず、今の段階ではこれを基本法則とは呼ばれず、現象論的法則と呼ばれています。

さて、系は無限大だったらエントロピーの値はいくつなのか。そのことが、上の1)の条件と関わり合うのです。実は1)が成り立つためには、その系を特徴付ける物理量に、次の大変きつい条件が必要なのです。それは、

3)系の大きさをN倍すると、その物理量もNの1乗に、すなわち、Nに比例して大きくなるような量が存在する

と言う必要条件です。後で例示しますように、このような物理量が存在するかどうかは自明ではありません。そして、重力の場合には存在しないのです。

物理学では、「系の大きさ」をもっと正確に、「自由度の数の大きさ」と表現します。このような性質を持った物理量のことを「示量変数」と呼びます。そして、示量変数をその系の自由度の数で割ったものを、「示強変数」と呼びます。そのその結果、示強変数は自由度の数をN倍しても、Nに依存しなくなります。

ところで、エントロピーは示量変数です。したがって、系の大きさが無限大になるとエントロピーも無限大になります。しかし、エントロピーを系の自由度の数で割った量は示強変数となり、系が有限だろうが無限だろうが、その示強変数は有限の値をとれます。だから熱死状態でもこの示強変数の値は有限です。

いよいよ本論です。結論から言うと、重力が無視できない重要な役割を演じるときには、示量変数が存在できません。だから、熱力学をこの宇宙全体に適用できなくなり、

「系がエントロピー増大の法則に従って、行く行くは熱死状態に到達する」

という言葉に意味が無くなってしまいます。しかし、始めに述べましたように、多くの物理学の教科書では、上記1)の条件の存在をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解が生じているようです。

何故、重力には熱力学が適用できないかを説明しましょう。

この宇宙の粒子は個々の粒子が運動エネルギーを持ち、また粒子同士が互いの距離に依存した位置エネルギーを持っています。最も簡単な位置エネルギーは、各々2個の粒子間の距離だけに依存する位置エネルギーで、これを2体力による位置エネルギーと言います。重力は2体力です。もっと複雑な3体力、4体力、、、も重力以外には在りますが、それはほとんど例外的な力です。

さて、粒子の運動エネルギーは粒子の数をN倍するとその総和のエネルギーもN倍される。だから全系の運動エネルギーの総和は示量変数です。しかし、2体力では粒子の数がN倍に増えると、位置エネルギーの総和はN個から2個選ぶ場合の数に比例するので、Nが大きくなるとNの1乗ではなく、Nの2乗に比例大きくなってしまう。だから、一般には位置エネルギーの総和は示量変数ではない。

ところが、力の届く範囲が本質的に有限の場合、一つの粒子に力の働く粒子の数は有限になります。その結果、位置エネルギーも総和もNが大きい極限でNに比例して大きくなることが示せます。このような力を短距離力と呼びます。重力でなく通常の分子間力は皆短距離力です。だから、この場合、位置エネルギーの総和は示量変数となり、熱力学が適用可能となります。

しかし、重力はどんなに粒子間の距離を離しても有意義にその影響力が残るのです。このような力を長距離力と言います。したがって、重力では位置エネルギーの総和は示量変数ではない。だから、熱力学の論理も演算も使えないのです。

実際、分子間力で相互作用し合っている通常の気体では、ボルツマン方程式と言う基本的な方程式が存在するのですが、銀河系を構成している星の集団を記述するボルツマン方程式は存在しません。

だから、この宇宙が閉じていようが、開いていようが、ブラックホールがあろうがなかろうが、この宇宙が熱死状態になることを重力が妨げてくれているのです。

この問題は、多くの物理学の教科書で熱力学の成り立つ条件をそれほど深く考えずに書かれているので、多くの人に誤解を生じさせているようです。

この質問の回答のために、始めにエントロピー増大の法則を物理学として正確に表現して置きましょう。

先ず、この法則が成り立つための条件で、普通の教科書に明から様に語られない重要な条件があります。それは、

1)熱力学的記述がその物理学的系の記述に意味がある系に限る

と言う条件です。

そして、その条件の下に、エントロピー増大の法則は

2)孤立系の...続きを読む

Q実戦経験なしの自衛隊の戦力

自衛隊は世界最高レベルの戦力を保有していますが、実戦経験がないという弱点があります。軍事組織にとって実戦経験とはどれぐらい重要な地位を占めているのでしょうか?

Aベストアンサー

日本の防衛は、まず海や空で行われます。
こうした作戦の場合、どの程度の国が実戦経験があるのでしょうか?むしろ、海軍や空軍にはろくな訓練を施していない国の方が多いと思います。
確かに陸上戦は貧弱なゲリラ戦を含めれば、あちこちでやっています。兵士を鍛えるだけなら、簡単でしょう。しかし、航空戦はアメリカ軍やロシア軍ぐらいしか、十分な経験がありません。海での戦いとなると、アメリカの独壇場でしょう。(イギリスとアルゼンチンも1980年代にドンパチやりましたが、両国がアメリカに勝るとは思えませんし、)
また、海や空の戦いは、科学技術力の要素が大きいですよね。レーダーやセンサーで索敵して、ミサイルを敵に命中させるのです。訓練による経験でも、相当役に立つはずです。

訓練の頻度やレベルでは、自衛隊は中国や北朝鮮よりも密度が濃いはずです。燃料代もかかるし、艦船や航空機はある程度稼働させると整備点検や補修が必要です。自動車の車検と違い、軍事装備の点検整備には時間がかかり、そうライフサイクルにおける稼働時間の比率は意外に低いんです。そうなうと、装備の信頼性や耐久性が、実動戦力に響きます。

それに、海上自衛隊は実は旧日本海軍の伝統を受け継いでいます。それは技術面においてもです。たとえば、掃海のノウハウ、艦船のダメージコントロール(敵の大砲を食らっても、被害を最小限にとどめて、戦闘を継続したり、帰港して修理を受ける技術)、またダメージコントロールを最大限に引き出せる艦船の設計思想などです。

航空自衛隊はF-X問題が長引いて心配ですが、しかしパイロットの訓練時間の長さは十分ですし、戦闘機の稼働率も世界トップクラスです。また、レーダーの性能やミサイルは、すでに述べたように勝敗を分ける重要な要素ですが、電子産業が得意な日本はこうしたアビオニクス(航空電子)でも高い技術を持ち、独自の装置やミサイルも開発しています。

さらに、自衛隊はリムパックやレッドフラッグなど米軍やその同盟国による共同訓練、在日米軍との連携も図っています。陸上自衛隊も、アメリカに行って火器の性能試験や訓練を行うことがあります。その中で、米軍から現代の戦闘におけるノウハウも吸収しているはずです。

油断は禁物ですが、そう心配することもないと思いますよ。
ただ、ゲリラ戦やテロは、自衛隊だけではなく、警察や地方行政、社会の対応能力も問われるので、こちらはやや不安ですね。東京は、石原都知事がその辺の心配をしていて、自衛隊を街中に出させて、訓練を実施しているみたいですが。。。。

日本の防衛は、まず海や空で行われます。
こうした作戦の場合、どの程度の国が実戦経験があるのでしょうか?むしろ、海軍や空軍にはろくな訓練を施していない国の方が多いと思います。
確かに陸上戦は貧弱なゲリラ戦を含めれば、あちこちでやっています。兵士を鍛えるだけなら、簡単でしょう。しかし、航空戦はアメリカ軍やロシア軍ぐらいしか、十分な経験がありません。海での戦いとなると、アメリカの独壇場でしょう。(イギリスとアルゼンチンも1980年代にドンパチやりましたが、両国がアメリカに勝るとは思...続きを読む

Q青天の霹靂と同意義的な意味をもつ格言

青天の霹靂という言葉がありますよね。
参照(ttp://gogen-allguide.com/se/seitennohekireki.html)
それと同意義の、つまり「予想外のことが実際に起こった状態」
或いは「普遍的な日常に突然生じた特殊なもの・現象」を表した
格言を探しています。どなかご存じの方いらっしゃいましたら
格言を作った作者名を添えて教えて頂けませんでしょうか?

それと質問とは少しずれるのですが、哲学や格言等に堪能な方
もしよろしければお勧めの格言集などありましたら教えて頂けませんか?
(できれば色んな方の格言が纏めて載っているものが欲しいなと思っています。)

御指南、よろしくお願い致します。m(_ _)m

Aベストアンサー

「普遍的な日常に突然生じた特殊なもの・現象」でしたら

とんびが鷹を産む

でもOKですよね。

Q航空自衛隊の戦力について

現在の航空自衛隊の戦力は十分足りているのでしょうか?足りない装備とかありますか?あと人員も足りているのでしょうか?

Aベストアンサー

#2です。

物理的な存在(装備)ではないけど・・・

旧帝国軍以来の伝統芸で、国家レベルの「戦略」がありませんね。
あと、Rules of Engagement(ROE、交戦規定)の不存在も国家の軍事組織としては大問題。
ROE不在ということは、組織的な軍の体を為していない=ただ重武装の愚連隊と言っていいレベルなんですけどねぇ。

Qホモと言えばエレクトス、ゲイと言えばお笑いですが、マツコ・デラックスと言えば何でしょうか?

ホモと言えばエレクトス、ゲイと言えばお笑いですが、マツコ・デラックスと言えば何でしょうか?

Aベストアンサー

家なき子じゃなくて、出待ちの子じゃなくて、餌を待つひな鳥でもないし…。コ待つ子も変だ。なんだろう。待ち子も違う。

Q日本は、戦争放棄をしましたが、自衛隊がいるので、戦力はすごいということを聞きました。 実際、今、戦争

日本は、戦争放棄をしましたが、自衛隊がいるので、戦力はすごいということを聞きました。
実際、今、戦争(?)をするかもしれない、北朝鮮や、いろんなことで関わってくる、中国と韓国。
領土のことで問題がある、ロシア。
無いとは思いますが、アメリカ。

整理すると、北朝鮮と、中国、韓国、ロシア、アメリカ。
上記の国と戦争する場合、勝てるのでしょうか?


また、今一番戦争が起こりそうな国を教えて下さい。


質問が多くてすいません。

Aベストアンサー

アメリカは武力の使用を躊躇しない国で、他の国よりも豊富な実戦経験やそれに基づいた武力の運用実績があります。
兵器の質に関しても全てにおいてトップクラス、本格的な空母機動部隊を世界でただ一つ運用している国です。
通常兵器で戦う場合、ある1国対アメリカなら、他の国は敵わないでしょう。

ロシアは兵器の質についてはまあまあです。ただ訓練その他で兵の質が劣るという噂がありますね。
ロシア極東軍では空自機1機に対してロシア側は3機で当たれといわれていることもあるようです。
ロシア海軍もその活動は往時に比べると活発とは言えず練度も不確かさがありますね。

中国はよく判りませんね、最新兵器らしきものがあるもののカタログスペックは良いけれど、本当の実力は故障が多いなど問題を抱えているようです。
日清戦争時と同様に今でも軍閥があると言われて中央政府の指示が徹底されるか、またそれがどの程度なのかわかりません。

韓国は、兵器の質は表面的には良い米国製を揃えてはいるものの、消耗部品の十分な補給が無く共食い整備が主流となっていると言われています。
また、少子化の為、部隊の指揮官は兵の親に気を使わなければならいという、武力の運用上、ヘンテコな負担を強いられているようですね。
一応、米日と同じイージス艦を保有していますが、積んでいるシステムが旧式で、弾道弾に対応していません。
また、国自体がかなり北に侵食されていて、情報が北にダダ漏れという話も聞きますね。

北は、通常装備その他はWW2時代の骨董品が多いですね。ただ、航空機やミサイルではある程度脅し用に効果があるものがあります。

他のどの国に対してもそうなのですが、日本は海上自衛隊と航空自衛隊とが対処して優位になければならず、
陸自が登場する本土決戦になると形勢は不利な状況となってしまうので避けないとならないです。

海自の潜水艦は通常動力としては世界最高性能なので、露中韓北レベルでは大きな戦力になると言われています。
海自の水上艦艇も他国との共同訓練などで高い評価を受けているので、私見ですが空母のない米と同等と見ていいと考えます。
また、30年程昔の空自は訓練時間が少なく米軍には敵わないと言われていましたが、今は米も手こずるパイロットが多いとされています。

日本の近海で戦う様に海自・空自とも想定しているので、相手の国で…という戦力の作り方にはなっていないですが、
今の想定の状況なら米以外とは優位に戦えると考えます。

アメリカは武力の使用を躊躇しない国で、他の国よりも豊富な実戦経験やそれに基づいた武力の運用実績があります。
兵器の質に関しても全てにおいてトップクラス、本格的な空母機動部隊を世界でただ一つ運用している国です。
通常兵器で戦う場合、ある1国対アメリカなら、他の国は敵わないでしょう。

ロシアは兵器の質についてはまあまあです。ただ訓練その他で兵の質が劣るという噂がありますね。
ロシア極東軍では空自機1機に対してロシア側は3機で当たれといわれていることもあるようです。
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Q脳みそグダグダの質問です。ドラゴンと言えばボール、無駄と言えば公務員、では 金と言えば何でしょう。

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