化粧の歴史を探っていくと、病気の跡を隠すためだとか宗教的なものだったりとか色々あるようですが、これは男女両方に当てはまります。しかし、現在化粧をするのは一般的に女性ですよね?
お聞きしたいのは、化粧=女性というのはなぜかということです。歴史的見地、生物学的見地から理由を見つけたいと思っています。こうではないか、という考えでも構いません。ご解答お願いします。

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歴史 生物学」に関するQ&A: 生物学の歴史?

A 回答 (5件)

エジプト!だったかな?


「私は毎晩殿方にモテてるのよ!」という表現の一つで
女性がコケたように見せる為にシャドウや何かを付け出した、と聞いたことはあります。

顔がコケる程男性にモテ、愛されているの!という
女性の見栄ですかね。
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この回答へのお礼

へえー。初耳でした!
なるほど。女性の見栄が化粧をさせた…納得できますね…。

お礼日時:2003/10/15 01:39

現代女性が日常化粧をする理由には二通りあると思います。


(1)性アピール。発情期であることを異性に明確にしている
(2)社会生活を送る上での身だしなみ

ご質問者さんの疑問は主に(2)に関することであると勝手に受け止めております。
私は30代女性なのですが、実は普段殆ど化粧をしておりません。
で、同様の疑問を常々抱いておりまして、興味深くスレッドを拝見しておるところであります。
回答になっていないとは思いますが、少し疑問を掘り下げてみたいと思います。

(1)何故化粧を施すことで性アピールに繋がるのか。
性アピールになるから化粧をするのは理解できますが、唇や目の周りに不自然な色合いや光沢を入れることが、どうして女性的な美しさを表現することになるのでしょうか。考えてみたら不思議なことですよねえ。

(2)何故社会の構成員である上で、女性は化粧顔が必須の身だしなみと義務付けられるのか。
女性の化粧顔と同様に、男性には「スーツにネクタイ、髯は剃るか整えるべし」が身だしなみとして求められます。要は「見苦しくない外見」が求められているようです。
では髯のない女性の素顔が見苦しいかというと、決してそんなことはありませんよね。
ここには社会に進出してきた女性の、男性との区別化が大いに関係ありそうな気がします。

社会に進出する女性が化粧をする
→社会に進出する女性が増える
→化粧をする女性が増える
→「性的アピール」の効果が相まって、外に出る女性の多くが化粧を施すようになる
→化粧をしない女性は異端となる=化粧をする男性は異端である

私なりに考えてみた仮説です。

異端を嫌うというのが人間の常のようです。
男性に興味がないという友人も化粧には気を配っていますし、女子中高生の化粧には交友関係が大きく係わっているように思います。
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この回答へのお礼

えっとですね、私は別に、何で女ばかりが化粧をしなきゃいけないのか。ってことをききたいわけでないのです。ちなみに化粧品も化粧するのも大好きです。
単純に「化粧」というものがなぜ、どういう経緯で女性のもの(少し語弊がありますが)になったのかを知りたいと思っております。

お礼日時:2003/10/16 19:52

文章に残っているところ、そして、文章に残っていないところは、民族学的な見地で考えますと・・・



1)ニューギニア高地人や、アフリカの一部では、男性の化粧もすごいです。

2)17世紀・18世紀ころの男性肖像画を見ると、カツラや化粧が当たり前のようです。

3)20世紀の前半、すくなくても最近までは男性は化粧しなかった、日本では。

4)最近は日本の男性も化粧するようになった・・・

と、1)2)3)4)と社会は進んできました。

元々、男も女も化粧が好きだった。
※ 漁や狩りが男の仕事で、女性が従属する・・・というNo3のご意見ですが、アフリカでの原始的な部族の食料獲得を見ると、女性が獲得している比率が高いそうです。男の狩猟は滅多にない獲物で祝祭的な意味合いが高いそうです。
さて、1)や2)の段階で男女とも化粧をしていたのに、3)でしなくなったのか?

これは、工業化・産業化の進展により化粧をしている暇が無くなったと推測します。
※ これもアフリカでの調査ですが、食料を獲得するための労働時間は非常に少ないそうです。産業化された社会が通勤の時間も含めると(特に産業革命の初期では)12時間以上でした。
これでは、(好きな)化粧も出来ませんし、仕方も忘れちゃいます。

女性の化粧が復活したのは、女性の方が先に脱産業化されても生活できるようになったから、化粧する時間が生まれたからでしょう。
※ 労働時間軽減という意味での、労働者保護は、女性と子供対象が先に進みました。

そして、労働時間の減少によって、4)のように、最近の男性も化粧できるようになってきた・・・

以上、化粧有暇依存説です。
(うんなん、俺しか 唱えてないって)
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この回答へのお礼

化粧有暇依存説ですか。面白いですね(*^^*)
時間が生まれた女性がしたのはなぜ、化粧だったんでしょうねぇ。単に好きだった、ってことですかね。

>アフリカでの原始的な部族の食料獲得を見ると、女性が獲得している比率が高いそうです

初耳です!興味があるので自分でも調べてみようと思います。

お礼日時:2003/10/16 11:56

憶測でよろしいですか。



有史以来、漁や狩りをするのは必然的に男性の仕事です。それはずいぶんとハードな仕事であり、傷だらけになって帰ってくる男性を「迎える」のは、基本的に女性の仕事でもあったでしょう。こういった、素朴な生物学的根拠の元で、やがて女性は、「シンボリック」なものとして扱われるようになっていったのではないでしょうか。誤解を恐れずに言えば、ねぐらで男性を迎える者としての男性のシンボルです。以下、その過程を考えてみます。

やがて人間が集落や家庭という小集団を形成するにしたがって、このコントラストは決定的なものになっていったと思われます。集団の発達に伴って農業や食料保存の技術も発達し、生活に余裕が出てくれば、人間の精神には「価値」のようなものが生まれてきます。非常にうすっぺらな表現になってすみませんが、その価値意識とは、「うち(家)のおんなは」という方向にもシフトしてしったと思うわけです。

さて、一つの価値意識が生まれれば、一時的にせよ、かならず差別が生まれます。そこにおいてメスをめぐる男の戦いは、「たねをのこさねば」というメスの争奪戦から、「うちのおんなにくらべたら」というコンテストへと変わっていったのです。(差別的な言い方になってしまっていますが、あくまで私は男性優位だった大昔の時代の話をしています。)

コンテストという競争が開催されれば、また新しい採点基準という価値を設けざるを得ない。手っ取り早いのは、「装飾」です。シンボリックなものは、なるべく華やかに飾り立てなければならない。(これは女性が神聖化されていったことと深い関係があるように思われます。)そこでは、とにかく、色とりどりに女性を飾り立て、審査員の視覚を奪うのです。これは、残存している少数民族の衣装や化粧にも「なごり」として見られます。

以上のような、超原始的な背景が深淵にあるのではないでしょうか。

歴史を重ねる中で、女性はますます神聖なものとなっていきます。つまり、男性を魅了する特別な存在として、はっきりと認識されるようになっていくわけです。それに伴って、女性に関するさまざまな価値体系が、その地方によって、時代によって、生まれては洗練されていき、こんにちに至っているのだと思います。ですから、「化粧」は、あくまでその「なごり」くらいに考えています。実際、少なくとも過度な化粧は、いまだに男性の理解を超えるところです。

あまり参考にならないと思いますが、おもしろい質問だと思って挑戦してみました。読んでいただいてありがとうございました。
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この回答へのお礼

なるほど~。なかなか深いですねぇ。つまり、女性に化粧をさせたのは男性だったというご意見ですね?
#1とは逆に男の見栄が女に化粧をさせた、という感じを受けます。ひとつの事柄について色々な見かたがあるものですね。勉強になります。

お礼日時:2003/10/15 13:55

男性は女性に対して、その美しさに惹かれます。

女性は男性のその強さに惹かれます。女性が化粧をするのは男性に美しさを強調するためです。これはやはり人間が動物の一種でオスとメスが求め合い種を保存する目的のためと思われます。一方男性が体に刺青をしたり、化粧に替わりひげを伸ばしたりするのはその強さを示すためと考えられます。
中国の史書魏志倭人伝には邪馬台国の日本人の男性が顔に刺青をしていたことがしるされています。
最近は男性の女性化がみられますが、このことは女性が自分に危害を加える外敵がなくなり、男性に頼らなくても食にこまらなくなった結果、強い男性を求める必要がなくなり、男性を自分の癒しの対象として美しさと優しさを求めるようになったためでは無いでしょうか。
最近男性が化粧をするようになったのも、女性がその様に要求した結果と思います。

勝手な推測でごめんなさい。
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この回答へのお礼

 これはなかなか説得力のあるご回答ですねぇ。
 やはり私も、種の存続のため…と考えましたが、それなら男性も汚いより綺麗なほうがその可能性は上がるだろうし、化粧をしてもおかしくないよな…と色々考えましたが、男性の魅力が強さだとすれば納得がいきます。
 近年の男性の化粧についてもなかなか興味深い考察です。

お礼日時:2003/10/15 01:45

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もう話は化粧とは随分遠いところに来ていますが…

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kobareroさんが質問力のある方で非常に嬉しいです。なにしろ目のつけどころがいいですね。
実はそこが哲学の醍醐味とも言えると私は勝手に思っています。
哲学の道に入らない人の多くは、「自分のことは自分が一番よくわかっている」と思いこんで日々生活をしているのですが、哲学の道に入ると、「自分のことほど自分はわからないのかもしれない」と思うようになります。そもそも、哲学発祥の地ギリシアの神殿での標語(のようなもの)が「汝自身を知れ」ですから、自分とは何者なのか、という問題はとても大きな謎なのです。
一般の人はわかりきったふりをしていますが。

例えば自分で自分の目や後頭部を直に見ることはできません。顔などは一番大事なところと言えるでしょうが、鏡などの力を借りなくては見ることができないのです。
(このことも案外化粧する理由に関係するかもしれませんね)
さて、ここで問題にするのは「自分の死」です。
私の考えでは、自分は自分の死を体験することができません。
これは今までいろいろな哲学者も言っていることですが、死とはつまり感覚を失うことであって、理屈の上では「感覚を失う瞬間は感覚できない」のです。
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また、自分を知っていると思い込んでいる人たちは、自分を知らないということを恐れてそれを意識しないようにします。そのような人たちは、自分の体臭が多少きつかろうと、つとめて意識しないようにするのです。
そういう意味では、自分を知っていると思い込んでいる人たちで形成される社会は、「オレ悪くないからな」という、責任のなすりつけ合いになります。

あまりこういう俗っぽい言葉を使いたくないのですが、無意識的に「死を感じさせる生物性を持っていること」から目を背けようとしているのだという風に私は考えます。
また、これらの行為をするにあたっても、「社会的なルールを守った上であれば生物的なものと見なさなくてもよい」というように考えられるところがあるのかもしれません。つまり、マナーを守るということが、その生物的な行為から死の臭いを浄化する、いわゆる「脱臭の儀式」なのかもしれません。
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化粧も「脱臭の儀式」の一種と言っていいと思います。

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Aベストアンサー

単なる習わしです。世の中には、女性は化粧をせずに男性が化粧をする部族もいて、その部族内では男性が化粧をするのが「マナー」ということになります。

例えば、日本そばを食べるときには、音をたててすするのがマナーですよね。それは人々がそれを期待するからです。みんなが、「すするのがイキだ」と思っている中、のたのた、すすらずに食べている人がいると、その人はみっともなく見えるのです。しかし、パスタはすすらないのがマナーですね。みんなが「すすらないのがスマートだ」と思っている中、すする人がいると汚らしいのです。

それと同様に、「女性は化粧をした姿こそが、きちんとした姿だ。化粧をしてこそ正装に近づく」と考えられている社会では、化粧を怠っていると、ずぼらに見えるのです。そして、人前でずぼらに振舞うのは、マナー違反です。だけど、スーツに歌舞伎の化粧をしたらみっともないし、歌舞伎の舞台でナチュラルメイクをしていたら、せっかく期待して見に来てくれた観客に対して失礼です。

余談ですが、私個人は、化粧をせずとも、髪型や服装がきちんとしていて、全体的にすっきりした印象を与えていれば、マナー違反にはならないと思っています。コム・デ・なんとかの店員さんとか、化粧しませんよね。

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