樋口一葉と半井桃水、島崎藤村と佐藤輔子や姪、国木田独歩と佐々木信子、倉田百三と小出豊子

とその他数人、幸徳秋水と菅野すが、北原白秋と松下俊子、平塚らいてうと森田草平や奥村博(博

史)、大杉栄と神近位子、田村俊子と鈴木悦や窪川鶴次郎、武者小路実篤と飯河安子や真杉静

枝、有島武郎と波多野秋子、宇野浩二と村上八重、中原中也と長谷川泰子、岡本かの子と堀切茂

雄や新田亀三、谷崎潤一郎と根津松子,斎藤茂吉と永井ふさ子、堀辰雄と矢野綾子、立原道造と

水戸部アサイ、太宰治と山崎富栄その他多数、、、、

恋愛結婚した人は抜きましたが、谷崎氏・武者小路氏は結婚したと思います。
恋愛の百花繚乱です。
無論、不倫は数知らず。
何故、昔の作家(作家に限定しましたが)はこれ程情熱的に、恋愛を
謳歌したのでしょうか。
正解はないと思いますので、自由なご意見をお聞かせ下さい。
猶、名前等に誤字があった場合はお許し下さい。

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A 回答 (3件)

男と女が成熟すれば恋愛感情が現れるのは古今東西変わらないと思います。

文学者、特に小説家は自分の経験を物語りに描くことが多く、強烈で切実な体験である個人の恋愛が彼らによって作品になり、それがまた実体験に反映するのは自然なことではないでしょうか。
日本独自の私小説の発展や、北村透谷などが主唱した恋愛至上主義などの影響もあって、そういった傾向が流行したことも原因のひとつだったかもしれません。現在は小説家も知識人として社会的影響が大きくなり、彼らが不倫などをすると、こざかしいマスコミ社会が商売ねたにして騒いだりして許さないというような変な傾向もありますし、難しくなっています。
明治、大正のゆったりした自由な空気、ある意味寛容な社会(時の総理大臣も本妻でない女と白昼堂々デートしたようです)が仰るようなひとつの時代を作ったということかもしれません。そういった伝統は一般には「火宅の人」を書いた壇一雄で終わったとも言われていますが、
今でもそういったテーマは継続して描かれていると思います(生島治郎氏のシリーズなど)。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
確かに寛容な時代でしたね。
あのロリコンの黒田清隆が妻のせいを殺し、それを
大久保利通が助けたというのは事実なのでしょうか?

今はマスコミが騒ぎますが、当時もマスコミ(新聞)は健在だったと思います。
むしろ、個人情報を重視する現在よりも
その内容は、よりイヤらしく、相手のみならず、伴侶や子供の実名を堂々と掲載しましたよね。

初めに小説があり、次に恋愛だったのでしょうか。
作品の為に、恋愛をしたのでしょうか。
では、心中した有島(太宰は毎度のことなので)は、どうだったのでしょうか。

いずれにしても、大変貴重なご意見を頂き感激しています。
どうもありがとうございます。

お礼日時:2012/02/28 19:44

《恋愛の百花繚乱です。


無論、不倫は数知らず。

何故、昔の作家(作家に限定しましたが)はこれ程情熱的に、恋愛を
謳歌したのでしょうか。》

あなたから見れば《百花繚乱》でも、漱石鴎外はもとより、太平洋戦争前ではいちばん自由な雰囲気の高かった大正期に、志賀直哉、芥川龍之介、宮澤賢治など、純情を生きた人が数多いと、僕は認識しておりました。

 この程度の恋愛しかしなかった作家たちを、ことさら取り上げるのは、恋愛が不自由だからでしょう。

 だから、あなたに百花繚乱と思わせた伝記類や、それらを信じたいあなたの意見は、満たされない恋愛願望を抱えていたり、恋愛コンプレックスで自身の行動がままならず、《恋愛を謳歌》できない人の特殊な考え方のように思います。

 有島武郎や中原中也などは、純情、不自由故の悲劇かと思っていました。
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この回答へのお礼

芥川は純情でしたか?他の作家も、分からないでしょう。
なぜなら、昔はお金さえ出せば、女性が買えたからです。
面倒な恋愛などしなくても、そういう隠れ蓑があったからこそ、
私は、恋愛をした彼らに拍手を送りたいのです。

ところで、最後の方の、
「だから、あなたに~考え方のように思います」
・・・そう、思われますか?

返事が遅れてすみません。大変感謝しています。

お礼日時:2012/03/01 10:59

日本の長い歴史における「幕藩体制」が崩壊し、明治維新を向かえ、日本は一気に西洋の文化を取り入れてきました。

世界で活躍する作家達の本が流通しだしたのもこの頃で、日本の文学も西洋文学の影響を多大に受けていたと思われます。俺が考えるに、当時の作家は今で言う「人気芸能人」みたいなもので、庶民の憧れの的であったと思われます。庶民は、数々の作家達が描く作品に読み耽っていた事でしょう。実際、そういったものしか「娯楽」は無かったのですから。

そんな中で、文学を通じて入ってきた「西洋的恋愛」は、特に人気があったと思われます。そんな恋愛小説なんか気軽に読める様になったのは、この頃からですから。

そういった「庶民に夢を売る」作家に傾倒していった女性は多かったと思います。また、書く側も同じく傾倒していったのでしょう。そこで作家のロマンスが沢山できたんだと思います。

文学を通じて夫婦になった代表例に「与謝野鉄幹」と「与謝野晶子」がいますが、やはり小説・俳句・短歌で「恋愛」というものを「想像」するだけでも心がときめく時代だったのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
ただ気になる所があります。
「庶民は、数々の作家達が描く作品に読み耽っていたことでしょう。実際、そういったものしか「娯楽」はなかったのですから。」
尋常小学校もまともに行けない庶民も多かったと思います。
学問に重点を置く人達は富裕層の極一部ではないでしょうか。
庶民の娯楽は、トップだとは思いませんが、「性交」だったのではないでしょうか。
それが証拠に、どの家も子沢山でしたよね。
一般庶民が、わざわざ本を買って読んでいたとはとても考えられないのですが・・

お礼日時:2012/02/26 21:36

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「擬古文」の文章は難しかったはずですが、古風な日本語のリズムの美しさにひかれ、ひたすら繰り返し読んでいました。冒頭の「まわればおおもんのみかえりやなぎいとながけれど…」から1ページ分くらいは今でも暗唱できます。同じ本に「わかれ道」「十三夜」「おおつごもり」「日記(抜粋)」なども載っており、その後もずっと愛読書となりました。
明治という、動いている時代の傍らで自分自身思うように生きられない女性の悲しさと強さ、また、その光景を鮮やかに浮かび上がらせるディテールとなっている着物や髪型、人力車、ランプ、といった明治の描写にも強く惹かれています。
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生活のためでしたでしょうが、この作品を生むためにのみ生きたかのような一葉の生涯にも感銘をおぼえています。
今でも一葉やその作品に関する書籍は折に触れて読んでいますが、何度読んでも新しい発見があります。
「感想」とも言えず申し訳ありませんが、本当に書ききれないんです。

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Q現代の偉大な作家(純文学)

海外・日本国内を問わないので、過去の偉大な作家に匹敵するくらいの現代の作家を教えてください。

文学の偉大な作家は思いつくだけでも数々あります。

■海外
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これらの作家はだいたい読んだんですが、それ以降の作家、すなわち最近20~30年以内の作家でこれらに名を連ねるに値するほどの作家がいれば教えてください。ガブリエル・ガルシア=マルケスに最近深い感銘を受けたので、現代の作家の本も読んでみたいと思いました。

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は、おすすめできるとおもいます。ハシェクは風刺作家で、かつ売文というか仕事を選ばなかったため、まとまった著作は「兵士シュヴェイクの冒険」しかありませんが、幸い岩波文庫の4巻揃いは、非常に名訳、かつ原著挿絵も全て網羅という良書なのでおすすめです。あとは短編集「不埒な人々」が平凡社からでています。
チャペックは邦訳も多く、絵本からエッセイ、伝記、まで多作です。過去の人ですが。

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Q樋口一葉にまつわる話

樋口一葉にまつわる以下の話の典拠を探しているのですが、もしご存知の方いらしたら教えてください。

一葉が「たけくらべ」であったか「にごりえ」であったかを発表して、それが大変すばらしいために(確か森鴎外?)にほめられたのだが、一葉は至ってクールで、「女だから甘く評価しているのであろう」というようなことを言ったという話です。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

『一葉日記』に出ていたと思います。

青空文庫の宮本百合子著「婦人と文学」に、一葉日記から抜粋したと思われる
関連記事が載っています。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2927_9212.html

ここを開いて「めさまし草」で検索すれば出てきます。
「我をたゞ女子と斗(ばかり)見るよりのすさび、さればその評のとり所なきこと・・」

Q作家と自殺

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったのですが、私はまだ作家で自殺する人が多いと思ってしまいます。
それが不思議なんです。
そのことをつい先日、文学部に通ってる友達に話したところ、その友達はこう言ってました。
「その作家たちは、こうあるべきだと自分の中で思い描いてる世界(?)があって、その世界と現実とのギャップに悩んで、どうしようもなくなって死ぬんじゃないか」と。
なるほど!とまた思ったのですが、じゃあその作家が思い描く世界って?とも思ってしまうのです。
その作家が理想とする世界とはどのようなものなのでしょう?
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批判的な意見でもなんでも構いませんので、みなさんが作家と自殺との関係で思うことがあったら教えてくれませんか?

過去の質問を見ました。
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 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわらず芥川とか川端の自殺とおなじ範疇でくくられる。「作家だから(芸術上の悩みで)自殺した」という人と、「作家がたまたま(生活上の悩みで)自殺した」という人がごちゃごちゃになりすぎているような気もします。
 きちんとした統計をとったら、絶対に自殺しなかった文学者のほうが圧倒的に多くなると思いますよ。日本にかぎっても、大伴家持、紀貫之、藤原定価、紫式部、清少納言、式子内親王、世阿弥、井原西鶴、近松門左衛門、芭蕉、一茶、蕪村、太田南畝(蜀山人)、為永春水、十返舎一九、馬琴、幸田露伴、尾崎紅葉、正岡子規、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、志賀直哉、みんなふつうの死にかたです。ただ、明治以降になると急に自殺する人が増えますよね。これはたしかに注目に値すると思う。
 明治の気風として「理想と現実がズレたらそれをなおさなければならない」という理想主義的な部分があるように思います(たとえば維新もそうだけど)。江戸時代のような「本音と建前ちがってていいじゃない」という気軽な生きかたが廃れてしまったことが、作家にかぎらず、明治の人々を追いつめた原因ではないでしょうか。

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわら...続きを読む

Q樋口一葉の「にごりえ」について

主人公の菊の井のおリキは、手紙が書けたのでしょうか?当時のああした境遇の女性が「巻紙」に文字を書けたとは、不自然な設定のような気がするのですが。
代筆であるとも描写してないので、どうも自分で書いたようなのですが。

Aベストアンサー

「親父は職人、祖父は四角な字をば読んだ人」と、お力さんがお客の結城朝之助に自分のおいたちを語るくだりがあります。

お祖父さんは漢字(漢文?)が読めたということで、もしかしたらお力さんはもとは士族の出なのでしょう。

で、明治維新で侍の身分が無くなり、お父さんは職人になったものの家は没落、お祖父さんもお父さんも無念のうちになくなってしまい、とうとう酌婦になった・・・

という身の上のようです。士族の娘だったことから、たぶん仮名くらいは読み書きできたのではないかと・・・

はっきり書いてあるわけではないので、自信がなくてすみません。ご参考になりましたら幸いです。


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