みなさんは、死んだ後の世界って
どんなものだと思いますか?
天国、地獄ってあると思いますか?
そもそも、神はいると思いますか?


私は神はいると思います。
偶然に人が誕生することは
無いのではないかと思うからです。

世界にはたくさんの宗教があります。
神がいると思っている人は、
どれが本当の神だと思いますか?
私は、よくわからないです。
世界を造ったのは神だとは、
思うのですが…。宗教には
自分が世界を造ったという神(?)が
たくさんいるみたいです。
考えれば考えるほど、
わからなくなってしまいます笑


みなさんの、意見を聞かせ下さい!

質問者からの補足コメント

  • 話がまとまっていなので、
    質問内容をまとめさせていただきます。

    1.死後の世界はあるかどうか。

    2.天国と地獄はあるかどうか。

    3.神はいると思うか。

    4.神がいると思うなら、
    どれが本当の神だと思うのか。

    5.仏教の転生(?)はありえると思うか。

    以上です。最後は新たに1つ
    質問を付け足していただきました!
    宜しくお願いします!

      補足日時:2016/11/04 22:32

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A 回答 (29件中1~10件)

神様は真面目で誠実な人より突拍子もないことを考える人を救済するんです



何故かと言うとこの地上世界は神様から見たら単なるピクニックに行くような世界、感動や喜びに浸り頂上を目指す単純なゲームなんです、中腹辺りでもう限界だからと下山すると、もう一度生まれ変わった時に麓から登山しなければならない、頂上にたどり着くまでどれだけ多く利他的になれて楽しめたかってね。

この地上は来世生まれ変わる時に自分の為の種まきなんです。

今世いい種を撒いとけば、来世実るんです、来世悪い種を撒けば再来世いい芽が出ないんです。

自分が今幸せではないのは
前世の自分が怠けていただけなのです。

この世界は地獄もあれば天国もある、地獄も天国もこの世でしか学べないのです

瀧に打たれなくても
宗教に入らなくても

普通に勉強したり、働いてれば学びなんです

そしてあの世は地上で学んだことの答え合わせなんです

間違いだらけなら下層の真っ暗な世界で反省します、下層へ行けば行くほど光が届かないからです。

無論合格点なら、光の世界へ

アカシックレコードというのはあの世にある、書庫のようなところ、現世で生きてきたときの1人1人の記憶が全て締まってあります、あの女はヤリマンビッチだ、、、
そのとき一瞬思った色情もすべて引き出して反省させられます。

天国にいくのはラクダが針の穴を通すより難しいんです

だから大概の人は1度地獄へ落ちるそうです

落ちても学びだからまた上の世界へ行けるそうです。
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1、あると思います。


霊体験を何度かしました。

2、天国と地獄はあると思います。

3、神はいると思います。

4、色んな役割の神様がいるのでは?
一人じゃないと思います。

5、転生ももちろんあると思ってます。
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「無」



天国も地獄も言葉だけで、実際は死んだら無になると思います。
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ちなみに、単純に、より多くのみなさんの、


あるかどうか? いると思うかどうか?
を、知りたいと言われるなら、
 
「死後の世界 神の存在 神 
 統計 国 国連」
 
などを組み合わせて、検索されると、
いくつもヒットします。
 
統計も、もちろん、
一つを絶対視は、出来ませんが、
普遍的なテーマで、たくさん出てくるので、
ある程度の目安や参考には、なると思います。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9520.html
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人生をえらびたい

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あると思うけどずっとさき

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神はいないと思います。

神というのは地上からいなくなることへの人間の不安の反映でしょうし、多くの国や地域で別々の宗教が存在するのも神が人為的に作り出された抽象的な概念だからです。私は聖書というものは最も多くの人に読まれ信じられたストーリー、小説だと思います。もちろん宗教の力を借り国が統治され人がまとまれた側面もあるでしょうし、私は神がいると信じる考えは好きです。
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1.死後の世界はあるかどうか。



お釈迦様は十二因縁の教えで無明(真理を知らない事)が原因で老死に至ると説かれました。解りやすく言うと、真理を知らないから年老いたり、死ぬといった妄想にとらわれるということです。
どういうことかと言うと、生き物と生き物でないものを区別する心が、まるで生き物がいるかのような妄想を生むということです。また私と私でないものを区別するから、まるで私がいるかのような妄想を生むのです。つまり、悟りを開いた真理の世界には私はいません。このことを諸法無我といいます。禅で無我の境地を目指して修行するのも私はいないからです。そもそも私がいないので、死ぬことはないし、死後の世界もありません。


2.天国と地獄はあるかどうか。

死後の世界は無いので、天国も地獄もありません。


3.神はいると思うか。

神はいませんが、仏ならいます。


4.神がいると思うなら、どれが本当の神だと思うのか。

修行して悟りを開いた人はみんな仏です。


5.仏教の転生(?)はありえると思うか。

お釈迦様の時代のインドでは輪廻転生が信じられていましたが、お釈迦様は悟りを開いて真理を知ると輪廻の輪から解脱すると説かれました。解りやすく言うと、死後の世界も輪廻転生もありませんということです。
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「死んでも死後の世界がある」のなら、「人間は死んでも生きている」、「人間は死なない」ということになる。


であれば「死後」というもの自体が無意味になる。

死んだあとも考えたり感じたりできるのなら、死ぬこと自体の意味は無くなる。

また、「天国」や「地獄」というものは所詮、落語で用いられた架空の世界だ。
そんなものを実際に信じること自体、4才児の頭だと言われてもしょうがあるまい。
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1.死後の世界はあるかどうか。



わかりません。
と言う事は、ある可能性もあります。

2.天国と地獄はあるかどうか。

わかりません。
と言う事は、ある可能性もあります。

3.神はいると思うか。

わかりません。
と言う事は、いる可能性もあります。

4.神がいると思うなら、
どれが本当の神だと思うのか。

わかりません。
また「どれが本当・どれが嘘」と言う発想自体、
人間的な物であり、真実ではないかも知れません。

5.仏教の転生(?)はありえると思うか。

わかりません。
と言う事は、ある可能性もあります。
転生したというお話はいくつもあります。
そのすべてが完全に、嘘や間違いと、
立証されたわけではありません。

死後の世界を考えることが、
逃げているとか、勝手に人間が作ったという主張自体、
納得出来ない人から見れば、
逃げている事でもあれば、勝手な想像に思えるでしょう。

何らかの経験をされた方が、
あると確信されるのは、まだわかるのですが、
無いの確信や断言が、なぜ出来るのかは不思議です。

あると思うのも、無いと思うのも自由ですが、
客観的に、無いの断言をするなら、
当然、無いの主張側の根拠・立証が必要になります。
が、そう言う物は、見せてもらえた試しがありません。

こうして回答が増えれば増えるほど、
ある・ない、どちらの答えもある事こそ、
現実だと思います。
 
すると「わからない」で、
言い換えれば、どれもある・いる可能性は、
否定出来ないに、なると思います。
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これで仏教は理念と哲学を完全に失い、ただ南無妙法蓮華経とかお経を唱えるだけの安物になってしもーた。

問う人:
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「人の道」:
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問う人:
あ~、哀れ仏教。
皆はどー思う。
 

Aベストアンサー

とうほぐの被災地で、ある曹洞宗の寺の檀家が30名も亡くなったんだと。

で、30名に戒名付けて、ひとり当たり平均30万円として、「被災遺族から900万円もの戒名料を巻き上げんのかい?と友人に聞かれた坊主は、さすがに欲ボケ、焼け太りはイケないと戒名料を無料にしたとさ。

その話を聞いた、情動信州の葬式坊主がの、「そんな話を広められて、戒名料を取れなくなるのは困る」って談話を発表しただと。

これが、仏教の実態やで。たまたま曹洞宗が慈悲を持ち、浄土真宗が無慈悲ということになっちょるが、これは偶々じゃて。みんな、出家坊主の葬式ビジネスの話じゃ。

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あの世とこの世(亜の世と子の世)
人間は生々流転を繰り返しています
あの世とこの世を行ったり来たりです
死んで見なけりゃ分からないのですが
考えをめぐらすことは出来るんですよ
人は意識のレベルが下がって眠りに落ちます
それはこの世からあの世に行く様なものなんです
この世は子の世(子供の世界)なんです
あの世は亜の世(亜・・親)なんです
子供の世と親の世なんです、別に離れていないんですよ
色即是空、空即是色、これ、そう言う事なんです
色が物質、人間、空が亜(神等)なんです
さてと、質問ですが
人間は何を求めて生きていると思いますか?
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Aベストアンサー

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生を受けたら何か求めなきゃいけないんですか???

Qヒンズー教、バラモン教、仏教

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現在、ヒンズー教がインドで最も盛んな宗教のようですが、ヒンズー教の前身にバラモン教があると勉強しました。

質問:現在、日本で私を含め信仰の深い仏教もインドから中国、朝鮮を通じて日本に入ってきましたが、この仏教はヒンズー教より歴史は古いのでしょうか?

質問:今、仏教はインドではどうして多数派では無いのでしょうか?
昔から仏教を信仰してきた私には、発祥の地のインドで仏教が盛んではないないというのが残念です。

また、お隣の中国は逆に現在仏教に関してはかなり研究が盛んに行われているようです。
質問:チベットは密教として仏教が盛んのようですが、チベットの仏教とインドの仏教の接点を教えてください。

Aベストアンサー

インドでは今から3000年ほど前にヴェーダやウパニシャッドという
聖典がすでに成立しています。結局のところインドの宗教はすべて
これらのインド哲学の聖典が元になっています。同じ聖典を基にしている点
ではインド宗教は、ユダヤ教とキリスト教・イスラム教のような関係と言えます。


ヴェーダに登場する火の神(アグニ)を信仰していた彼らは森を焼き、
農地を拡大していきました。その結果として洪水被害や塩害のような
環境被害が繰り返されます。当時のの哲学に共通する特色としては
「なんでこんなに苦しまなきゃいけないの?」というものです。
現代の我々はそれが化学作用によるもので人間が原因だと理解できますが、
これに近い明確な答えを出したのがインド哲学です。
つまりこれらの原因を「業(カルマ)」であるとしました。



数百年後、仏教の開祖「シャカ」が誕生します。
彼はヴェーダの思想どおり、「殺すからその報いを受けている」と考えました。
ところが彼の思索はさらにその先に突き抜けてしまいます。つまり
「我々の食事は動物を殺して食べている。だから植物を食べて生きよう」
という凄まじい結論に達します。この<<不殺>>の考えはヴェーダの「業」を信じ、
環境被害に苦しんでいたインドの人々に広く受け入れられ、
急速に勢力を拡大していきます。




ここから様々な分派が生まれますがインドにおいてはヴェーダの思想が強く、
カーストを否定した仏教徒との対立が次第に多くなります。
とはいえ、「業」の思想に明確な答え<<不殺>>を出した仏教も支持され
カースト(前世の業による階級制)の思想と仏教の不殺の思想が融合していきます。
こうして成立したのがヒンドゥー教です。



一方で中国にわたった仏教は、儒教や道教の思想と出会い、
やはり融合をすることになります。この中国仏教が日本に伝わっている仏教です。
統治論としての政治手法や組織宗教としての完成度は高まっていますが
一方で最初の理想である<<不殺>>は大部分で失われており、ほぼ別物です。
つまり原始仏教の成立は早いものの、日本に伝来した中国仏教は
成立がかなり後期ということになります。



これ以外にも様々な宗教が仏教との融合により生まれています。
チベット土着の宗教であるボン教は巫女による神との交信を行っていた宗教ですが、
これが仏教と出会い儀式性の強いチベット仏教へと変化していったのです。

インドでは今から3000年ほど前にヴェーダやウパニシャッドという
聖典がすでに成立しています。結局のところインドの宗教はすべて
これらのインド哲学の聖典が元になっています。同じ聖典を基にしている点
ではインド宗教は、ユダヤ教とキリスト教・イスラム教のような関係と言えます。


ヴェーダに登場する火の神(アグニ)を信仰していた彼らは森を焼き、
農地を拡大していきました。その結果として洪水被害や塩害のような
環境被害が繰り返されます。当時のの哲学に共通する特色としては
「なんでこ...続きを読む

Q虐待の基準って何だと思いますか? 置き去り事件を機に思ったのですが、虐待の基準って何だと思いますか?

虐待の基準って何だと思いますか?
置き去り事件を機に思ったのですが、虐待の基準って何だと思いますか?
子供が虐待だと感じたら虐待なのでしょうか?
世間が虐待だと感じたら虐待なのでしょうか?
警察や児童相談所が動いたら虐待なのでしょうか?
みなさんの意見をお聞かせください。

Aベストアンサー

他人にやったら、肉体的精神的暴力と見なされる行為は、自分の子供だからってしたら虐待になると思います。
子供は親の所有物ではなく、一人の尊い人格です。
全ての人間は、人格を尊重される権利があります。
教育は、暴力ではなく、話し合いや説得で出来る能力があるに人間しか、親になる資格は無いのではないでしょうか。それは、深い愛情に裏打ちされていないと出来ないものですが、愛する能力もない、そもそも自分自身も愛情を受けた事もなく、愛情が何なのかすら知らない親も大勢います。そういう親が虐待の問題を起こすのではないでしょうか。うちの両親がそうでしたので、よくわかります。

Q世界史の質問です! 大乗仏教 小乗仏教 上座部仏教の違いと関係がよくわからないのですが教えてください

世界史の質問です!
大乗仏教 小乗仏教 上座部仏教の違いと関係がよくわからないのですが教えてくださいm(__)m

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スリランカ、タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオス等の
地域に伝わったのが上座部仏教で、
中国、チベット、ベトナム、朝鮮、日本等の地域に伝わった
仏教が大乗仏教です。

小乗仏教というのは、大乗仏教がバカにした
差別用語なので、今では上座部仏教と呼ぶ
ようになりました。

内容の違いですが、上座部仏教は個人の救済、
悟りが中心になり、
大乗仏教では、広くみんなの救済を目的と
しています。

だから大乗仏教が、上座部仏教を小乗仏教だと
バカにしたのですが、
みんなを救済するという性質上、政治と関係
するようになり、宗教としては堕落した、と
批判があります。

Q死ぬ(死にそうだ)と思った瞬間は?

死ぬ(死にそうだ)と思った瞬間は?

変な質問です。
ただのアンケート程度と思って下さい。
冗談のノリでも、真面目に答えてもらっても構いません。
私は決して中二病とかではありませんよ;
ただ、どんな考えを持った人がいるのかを参考にしたくて質問しました。

あなたが死にたいと思った瞬間はどんな時ですか?

例:暑い夏の日、楽しみにとっておいたガリガリ君が兄に食べられたときorz

Aベストアンサー

死ぬと思った瞬間

小学校時代に校庭にあった3階建て校舎と同じくらいの高さの木に登って天辺から落ちた時。
小学校時代に子ども部屋暖房用の七輪が不完全燃焼を起こして、一酸化炭素中毒になり意識はしっかりしているのに動くことも声を出すこともできなくなった時。
中学時代に友達と500円賭けて沖に見える島まで泳いで行こうとしたら、潮に流されて島からも陸からも凄い勢いで離れていった時。
大学時代に2週間ほど水とインスタントラーメン(1日1/4個)だけで過ごしたらある日、目が覚めても立ち上がれない這えもできなくなった時。
バイクで走行中に大型ダンプと正面衝突してダンプのタイヤに体が巻き込まれた時。
数年前、お酒の呑み過ぎで胃の静脈瘤破裂、水道の蛇口を全開にしたような勢いで血を吐いているうちに意識が薄れてきた時。

意外と死なないものです。(^^)v
(足が一本無くなっちゃいましたが。)

死にたいと思った時

私が死ぬことで家族が今後も笑って暮らしていけると判断した時。
その時は念のために仕込んでいた危機回避策が上手くいって死なずに済みました。
ただ、今後も家族のためになると判断した時点で私は命を絶ちます。

死ぬことは私にとって最大の恐怖です。
怖く無いと格好のいい台詞が吐けるほど私にとっては軽いモノではありません。

死ぬと思った瞬間

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小学校時代に子ども部屋暖房用の七輪が不完全燃焼を起こして、一酸化炭素中毒になり意識はしっかりしているのに動くことも声を出すこともできなくなった時。
中学時代に友達と500円賭けて沖に見える島まで泳いで行こうとしたら、潮に流されて島からも陸からも凄い勢いで離れていった時。
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