プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

ご年配のお方でないと、ピンと来ないかもしれませんが、ご年配の方ならご理解頂けるかもしれません。
以前(還暦前頃)書いた詩(長いです)ですが、私の幼少時の光景を描いてみた詩です。
恥ずかしいですが、ちょっとした感想など頂けたら嬉しいです。



【詩】 誰か 見かけませんでしたか?


ずっとずっと探しているんですが 何処にも見付らないんですよ

誰か 見かけませんでしたか?

いく層にも重なる夕焼けを背に ハンカチ落しをして遊ぶ子供達の笑顔を


誰か 見かけませんでしたか?

アスファルトの道端に蝋石で書かれた 石蹴りの升目模様を


誰か 見かけませんでしたか?

リヤカーに金魚を一杯乗せた 気の良い物売りの姿を


誰か 見かけませんでしたか?

公園の紙芝居に集う ホッペを真っ赤にした 元気一杯の子供達を


誰か 見かけませんでしたか?

家で新車のルノーを買ったって 自慢げに 鼻の穴を膨らませていた 祐子ちゃんの姿を


誰か 見かけませんでしたか?

大きなタライに 洗濯板を突っ込んで 何時も調子っぱずれの鼻歌を歌いながら井戸端で洗濯していた おヨシばあちゃん(曾祖母)の姿を


誰か 見かけませんでしたか?

雨に濡れた 紫陽花の葉に遊ぶ デンデンムシの親子連れを


誰か 見かけませんでしたか?

鬼ごっこをしているうちに タカちゃんが誤って落ちてしまった あの浅いコイダメを


誰か 見かけませんでしたか?

何時も夕暮れ時になると 味噌貸して~ 醤油貸して~ と 照れくさそうにやって来る隣の小枝子おばちゃんの姿を


誰か 見かけませんでしたか?

奥の藁葺き屋根の家の庭で遊んでた ビッコのニワトリの チャコちゃんのスキップを


誰か 見かけませんでしたか?

夕方になると 香水を一振りして 銀座のBARに いそいそと出かけて行く美しい母の姿を


誰か 見かけませんでしたか?

何時も芝居の台本を持っては 私相手に コントの台詞を練習していた 優しく面白かった父の姿を


ずっとずっと探しているんですが 何処にも見付らないんですよ

ほんのチョット居眠りをしている間に みんな みんな 消えて無くなってしまいました

私はタイムスリップをしてしまったのでしょうか・・・・・・

質問者からの補足コメント

  • あ、あと、書き忘れたけど。

    >仲良くしてくださる皆さんの為にも頑張ります。

    此処がダメなんだってばさ。
    無理して頑張ろうとし過ぎるから、無理して辛い事を追いやろうとするから、余計苦しくなるんだってばさ……。


    堕ちる時はとことん誤魔化さずに堕ち切る。
    周りの雑音を一旦遮断し、情けない自分、惨めな自分、苦しい自分、不本意な自分、理不尽な自分ととことん対峙し、色々反省しながら、今後の事、をじっくり考えてみる。

    ↑コレ私の処世術。

    No.9の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/11/01 06:48
  • 玄人乙さん、この補足見つけてくださると嬉しいです。
    もしご覧になりましたらご一報を(^^)

    アナタのレコードの質問の補足を読み、回答しようとしたらもう締め切られた後でした。
    で、ここに……。(o^-^o)

    私の母は62歳で。(平成二年)
    私の父は46歳で。(昭和49年)
    で他界しました。

    なのでこの詩に描かれている人々で生きているのは、多分、ゆう子ちゃんだけだと。(それも憶測ゆえ分かりませんが)

      補足日時:2018/11/08 20:23
  • 後、フラフープは大得意で何かの大会で2位になったことが。(๑˃́ꇴ˂̀๑)

    仲良しだった従姉妹と撮った写真には、フラフープをしてる写真、ダッコちゃんを腕に絡ませている写真が沢山ありましたが、その従姉妹も42の若さで他界し、写真も度重なる引越しで行方不明に。
    我が家系は皆短命なのに……。
    私はみんなの年齢を追い越してしまった……。

    No.23の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/11/13 10:40
  • 父は役者一本では家族を養えないので、料理人との兼業。
    母もレギュラーの仕事はほぼ無く、女優のかたわら、銀座のbarの雇われマダムを。(^^)

    No.24の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/11/15 07:43

A 回答 (24件中1~10件)

等々力(とどろき)とはおどろきです。

いえ、ららりき かな。

(ららりき とは毒蝮さんのしゃれです)

その毒蝮さん(世田谷在住)も出演したウルトラマンシリーズを撮った東宝の撮影所が世田谷・砧にありました。私も子供のころ夢中になりました。
「詩の感想を頂けますか?」の回答画像24
この回答への補足あり
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ああ‼️砧スタジオだ。
幼心に何度も聞いたワードでした。
響きがもの凄く懐かしいです。

詩に出てくるおヨシばあちゃん(曾祖母)じゃない方の若婆ちゃん(父方の祖母)が成城学園で仕事をしていて(何の仕事だったかは記憶に無いのですが)よく私も連れて行ってくれて、あの界隈はよく行きました。

砧スタジオには父や母とよく遊びに行った記憶が……。

実は私の母方の祖母は、原節子さんや山田五十鈴さんなどと共演する程のかなりの大女優だったようで東宝所属だったようなので、祖母は多分砧スタジオには何度も何度も行ってたんだろうなぁ……と思うのですよ。
だから、その思い出を辿るため、母や父がよく私を連れて砧スタジオを訪れていたのだと。
私の祖父も、映画監督やら脚本やらをしていたので、所謂映画界や芝居界の何でも屋だったそうです。
(祖父母も共に短命で、私が生まれた時には既に他界してましたのでネット界や母が残した写真でしか顔も知りませんが)

そんな影響か、私の父も母もあの詩の当時は、売れない役者でした。(父は喜劇俳優、母は普通の女優でしたが二人共全く売れずじまいww)

なので私も幼い頃に何度か駆り出され(・・;)通行人に毛が生えたような、チョイ役の子役をやらされた事があるんですよ(笑)

今となっては懐かしく、楽しい思い出です。

お礼日時:2018/11/15 07:21

何処にも見付らない風景の片鱗は少しは見つかるでしょうか。



http://www.ikishuppan.co.jp/publics/index/104

私は世田谷区民になって久しく、第二の故郷と言ってもいいかもしれません。
ミナさん、昭和40年ごろ世田谷を離れたのですか。たまにはお帰りになりますか。
この回答への補足あり
    • good
    • 0
この回答へのお礼

うわっ‼️懐かしい写真ばかり。
モノクロやセピア色の写真を見るだけで、何だか(┯_┯) ウルルルルルしてしまいます。
1番最後の金魚売りなど、昔そのもの。

本当に本当にありがとうございました。
お陰様でタイムスリップ出来ましたよ( ॣ•͈૦•͈ ॣ)

私は昭和30年生まれで世田谷を離れるまでずっと生家の等々力に住んでました。
私が小学3年の時、両親が離婚し、生家を母と二人で出ましたが、それからは一度中学の頃に母と一緒にお隣の家に遊びに行ったきりですね。

その後は東京のあちらこちらをジプシーの如く転々とし私の壮大な人生ドラマが(笑)

お礼日時:2018/11/13 09:38

「ゆうこのグライダー」をご存知なんて嬉しいですね。



なお「ゆう子」とは、この世にいない「幽子」さんや「霊子」さんのことかと思いましたが、詩を読み返してみると車を買ったゆう子さんと分かりました。蛇足で失礼しました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

東京世田谷の生家を出たのが10歳の時なので、この光景たちは今や夢か幻か……。
それから、たくさんのドラマのあった奇想天外な人生を……(๑・̑◡・̑๑)

なので尚更生家で過ごした十年間の記憶が鮮明に心と脳裏に焼き付いているのかも知れませんね。(^^)

切なく、懐かしく、愛して止まぬあの光景を、何かに残したくて書いたんですよ(^^)

お礼日時:2018/11/10 18:20

補足受け取りました。

ありがとうございます。

ご両親は比較的若くして亡くなられたのですね。ご存命なら90歳くらいですが、高齢化の今ならあまり不思議ではない年齢だけに残念ですね。ご両親の年齢を超えたミナさんは感慨深いものがあるかもしれません。

ゆう子ちゃんとは、ルノーを買った裕子ちゃんのことでしょうか。

子供のころラジオから毎朝流れていた歌を思い出しました。

    • good
    • 0
この回答へのお礼

あ、補足気付いてくださり嬉しいです。(^^)

ゆう子のグライダー、懐かしい(๑˃́ꇴ˂̀๑)
なんとも可愛歌でしたよね。

そうですそうです。ルノーの祐子ちゃんは私の幼馴染みで同い年なので、まだまだ何処かで元気に暮らしているんだろうなぁと。(๑・̑◡・̑๑)

この詩の頃に1週間で良いのでかえりたいです。
そしてこの光景をもう一度目に焼き付けておきたい。

人間老いると死が怖くなくなる人が多いと聞きますが、言い得て妙ですね(^^)
きっと、この世によりも、あの世の方に大好きだった人、尊敬できる人、信頼できる人が増えてくると、あちら側に逝くのが怖く無くなって来るのかもしれませんね。(๑>ᴗ<๑)

お礼日時:2018/11/10 02:47

なかなかいいです。

どんどん積み重ねる手法ですね。私も詩を書いていた頃がありました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

OKATさま、はじめましてです。(^^)

嬉しい評価をありがとうございました。
OKATさまも詩をお書きですか。

私はともかく物を書くのが大好きで色々書き連ねて来ましたが、詩にはもしもお約束事があるとしたならば(例えば俳句のような)何も知らないので、ただただ思うがままに、その時感じた事を書いているだけなので、正直、詩に関してはまるで自信がないです(^^;;

なので余計にどんな感じなのか、率直な評価を聞いてみたくなりました。(^^)

お礼日時:2018/11/04 03:21

長すぎます。


感動の中心が定まらない。
たくさん例を挙げていますが絞るという作業に手を抜いていると思いました。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。(^^)

私がこの目で実際に見て来た昭和の光景を、全てではないですが、書きました。
この中のいくつかは、多分読者の方も体験してると思われ
ああ、懐かしい……。
あの頃ってホント、こんな感じだったよなあ……。
と懐かしんでくれるのでは?と思い、載せてみたのです。(^^)

お礼日時:2018/11/02 16:27

率直な感想です。



言いたい事はよくわかるんですが「詩」としてはメリハリも工夫もない様に感じました。
過去の忘備録、日記、作文の類であるなら、ある意味納得なんですが、こと「詩」と言う観点では単なる「文章の羅列に過ぎない」…と感じてしまいます。
これ、あの「トイレの神さま」の詩を読んだ時にも同じ様な感想を持ちました。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
なるほどです。
私は文章を書くのは若い頃から大好きですが、全て浮かんだ通り、粗末なセンスと感覚だけで書いたものばかりですので、詩のお約束や定義すら分かってはいません。

このような素直なご意見をいただくことは大変勉強及び参考になります。
少しちゃんと勉強してみようかな?と言う気になりますから(^^)

お礼日時:2018/11/02 15:03

うーん 10年も まえじゃないと 思う 最近はPHPは


週刊女性誌化 して来たから
読んでないのよ
信用金庫の小雑誌か
もしかして 文藝春秋かなぁ
なにせ 乱読
頭 悪いから 読んでも 覚えないよ
    • good
    • 0
この回答へのお礼

私は若い頃からその手の雑誌はあまり読んでなくて雑誌の種類には疎いけど、カンちゃんの〝ハートを鷲掴みにされた〟と言う言葉に、涙が出るほど嬉しかった。
だって、ホントにその1行読んで涙出たもん(´•̥  ̯ •̥`)

これは紛れもなく、無名で、極貧で、生き方下手で、ただただ、色んなも夢に対する情熱や未練だけを捨て切れないでいる、あきらめの悪い不器用婆さんのアタシの詩ですよ。(^^)

カンちゃんといつか語り合いたいわ。

お礼日時:2018/11/01 20:00

あのね〜


小夜子おばちゃん とか
コエダメ とか 覚えてて

たしか
だれか 見かけませんでしたか?

デンデンムシ ……から

入るのよ
ニワトリは 覚えてない

webより って 書いてあったか どうかは
覚えてないの

それ 読んだ時
ハート鷲掴みに されたのよ

あるよね?
走馬灯の様に夢みて
追いつこう と するけど
追いつけない…
やっと 手が届いたか と
思えば 夢で
頰は 涙で 濡れている

みたいな 映画とか
漫画とか 小説

でも 簡潔に 短くって
できない 一杯想いが
あり過ぎて……

それが 表紙の裏ページ
一枚に 収まっちゃって

その 感動 わかるかなぁ?
造ってる方は 分からんやろね

きっと 抜粋だわ
    • good
    • 0
この回答へのお礼

コレを書いた当時は、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるじゃないけど、盲滅法に何か書いちゃあ〝公募ガイド〟片手に応募しまくってたわ(笑)
ネーミングから、詩から、短編から、手記から、それこそ、コントから……。
ありとあらゆるものに応募した。(笑)

佳作や入賞は幾度かあり、地方のラジオで流れたことなども数作品は有るけど実にならず。(・・;)

ソレからはただただ書き溜めてきたのみで、発表の場も長年放置。
なので、もしかしたら応募したこと自体を忘れちゃってるのかもしれないけど、その雑誌はコンビニかキヨスクなんかで見かけたことは有るけど、手に取って見たことは無いなぁ……。
それを見たのはいつ頃か覚えてる?

お礼日時:2018/11/01 17:07

わかった それ


参考に されたんだ
まだ 短かったし

それか アタシのデジャヴ?
ミナたんと 縁が あるっていう? うれし
    • good
    • 0
この回答へのお礼

今、当時のweb日記を見てみたらコレを初めて書いた(原文)のが2004年の2月だった。
原文の詩はまだまだもっと長くてね、ソレから何度か手直ししてこの形?になったのよ。

だから、それより後にその雑誌とやら?に似たような詩が出てたとしたら、スタイルパクられた?(笑)のかも。

だとしたら、アタシの駄文詩も満更でもないって事なのかなぁ……(爆)(;^_^A

それとも本当にカンちゃんのデジャブ?:;((•﹏•๑)));:
まさか昔、たまたま私のweb日記の読者だったりして……なんて事ありえないか。
マイナーな日記だったから(^^)

お礼日時:2018/11/01 16:10

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!