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日本でクロスボウではなく弓が発達したのは何故ですか?

A 回答 (9件)

流れでなんとなく、ということでしょう。


農民でも、猟師でも、短弓やクロスボウを見知って利用することでもあれば、それを採用したのでしょうが、弓は長ものとしか思ってなければ、採用したる工夫改善はしません。 植生や騎乗、槍、ワナなどのことを理由にできるものではなく、単に知らないので、知っている弓と使い方の延長線上でしか思い浮かばなかったということでしょう。
火薬が有効な兵器・武器となることに思い知っても、それで類似の武器・攻撃法を発展させないのと同様に、《研究開発や改善で新方向に取り組む》というのは、なかなかできるものではないです。
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Wikipediaに載ってますよ!


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93_(%E6%AD% …

日本における弩・クロスボウ
日本においては、弩は既に弥生時代には中国から伝わっていたが、中国やヨーロッパと異なり、弩・クロスボウの発達する機会が無く、実際に発達しなかったし、人気も無かった。古代の律令国家から平安時代前期にかけて使われていたが、武士の登場する中世には廃れて消滅した。

中国での弩の普及は、高性能の複合短弓に熟練した大陸の遊牧騎馬民と常に対峙した事、平原での戦闘が多く大規模戦闘が頻発したという事情によるが、日本ではその事情が全くあてはまらなかった。弩・クロスボウの大きい威力と長い射程と高い命中率は、弓の技量の低い農民などを大量に動員して戦力化し、数で戦う集団戦闘において役立つものだが、中世日本では武士同士が戦う小数戦闘であり、全員が弓矢の鍛錬を行っており、弩・クロスボウの必要性が無かった。また武士にとって、弩・クロスボウには騎射ができないという欠点があった。

さらに弩・クロスボウには連射ができない(和弓で12発/分、弩・クロスボウで1発/分)という弱点があり(中国では連弩という連発式の弩が製作されているが、機構が複雑かつ威力に劣るため、当の中国でもあまり普及しなかった)、平時の手入れが大変という問題もあった。

日本では弓の長さを長大にして、素材に複合素材を用いる事で威力を増す方向に進化したため、鉄砲が普及する戦国時代後期まで弓は廃れなかった。また戦国時代には西洋よりクロスボウも伝来したが、鉄砲伝来と同時期であり、威力では鉄砲に、速射性では弓に劣るクロスボウは、中途半端であるとして普及しなかった。同様の理由で弩が復活することもなかった。

また、日本では、弓は兵士だけの武器ではなく、主要な武器として一貫して扱われ、名のある武将にとって鍛錬する必要の武芸の側面もあった。これは優れた武将を「何々の弓取り」と呼ぶことにも現れている。

戦国時代に鉄砲が主力兵器に躍り出た後も弓による射芸は生き延び、弓道へと結実した。しかし弓道は心身鍛錬の手段として心構えだけが残り、実戦的な武芸から離れてしまった(ただし現在のような運動機器が無い時代においては、筋力トレーニング的な効果もあった)。
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馬との相性がよくなかった、というのが一番でしょうね。


あと中国でも、日本が文化を取り入れたころは弩の使用が下火になっていた(11世紀ころに復活?)ようです。
またイギリスの長弓兵が紹介されていますが、和弓もこれと同等の戦闘力があったと考えられているので、かなり強かったのでしょう。
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欠点は気合いと根性で補うという気質が、日本人の一番根底にあるせいじゃないですか。



だから、元寇などの時にモンゴル軍の使う弩のことは気づいていただろうと思います。
ただ、日本人の発想では、威力を増したい、射程距離を伸ばしたいという目的のために、弩を作ろうという発想をせず、弓を長く大きく丈夫にすれば良いという考え方。命中率を上げようとするのにも、射手の訓練で何とかしようという発想をする。

そんな発想から、古くからある弓と異なる構造の弩が生まれなかった。
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日本には「矢竹」が大量に自生していたから、って説があるようです


もしそうなら、単純にコスパの問題だってことですね
弩は大量生産するのも難しそうだし、連射出来ないし、高温多湿の日本では維持管理するのも面倒くさそうってのも、ありそうな話ではあります

矢竹はそれを切れば、そのまま矢に加工できる竹
いちいち矢を作るのに、木を削りだす必要がないんです
矢竹は外国にはない植物なので、そこに差があったのではないか、というお話でした
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弓部隊で史上最強は、イギリスの山岳地帯ウェールズの狩猟民族から生まれたイギリス長弓隊だ。


イングランドはウェールズとの戦いで、この長弓隊に苦しめられ、征服後はイングランド軍に組み入れて無敵に近い状態となった。

百年戦争の前半で英国がフランスを圧倒したのは、この長弓隊がフランス軍のクロスボウ部隊に圧勝し、さらにフランス騎兵たちの突撃を完封したからだ。
※百年戦争は、フランスに奇跡の少女ジャンヌ・ダルクが登場して敗北寸前だった仏軍が盛り返し、英軍は仏軍に長弓隊を茂みに潜ませて奇襲しようとしたところ、仏軍に気付かれて逆に不意を突かれて長弓隊が壊滅。長弓隊を失った英軍はその後仏軍に押されて百年戦争は仏軍の勝利となった。

長弓を扱えるようになるには、長年の厳しい修練が必要。その点、クロスボウは扱いが面倒で1分間に1射くらいしか撃てないものの、操作を覚えれば誰でも簡単に強力な矢を遠くまで飛ばすことが出来る。だから、欧州や中国などの大陸諸国ではクロスボウが弓矢の主流になっていた。

しかし、英長弓隊のように長年の修練を積んだ長弓兵は、クロスボウと同等以上の威力と射程距離で、1分間に最大10射くらいは撃てた。
その有効射程距離は最大で300mを超えたと言われる。
長弓兵が百人いれば、現代的感覚では間断なく銃弾の雨を降らせる機関銃のようなものだ。
1対1の勝負なら素早く何射も可能な長弓の方が圧倒的に有利なのは言うまでもない。
この速射性こそ長弓の最大の利点で、比較すればクロスボウの致命的な弱点だ。

日本では、弓は武士のもので長年の修練が可能だった。修練を積めればクロスボウより長弓の方が遥かに有利なのだから、和弓が長弓であったのは必然と云える。
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ネットで調べると、以下の理由みたい


・主要な構成素材が木や竹であり、入手しやすい。
・日本人の戦い方が、わりと接近戦であり、クロスボウのような長距離&高精度射撃よりも、連射性が良い弓が選ばれた。
・馬上でクロスボウはセットできない。

ということらしいです。
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構造上、弩を使った弓騎兵は世界史に登場していません。

馬上では弓がセットできない。
日本の弓は馬上武具として運用され、歩兵運用しなかったから長弓として発達しました。
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そんじょそこらにある天然素材で手軽に作れたから


ですわ。
あと、馬を駆りながら射つには都合の良い構造だから
ですわ。
あと、メーカーさんがなかったからですわ。
ホントですわ!!
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