文化人類学のレポートで現代社会の家族や婚姻などについて考えるというのがあり、「パラサイト・シングル」を扱ってみようと思ったのですが、よく考えたら社会学の領域なので検討はずれかもと悩んでいます。文化人類学では核家族だけでなくシングルも扱えるのでしょうか?また、良い切り口や参考文献があれば教えてください。お願いします。

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A 回答 (4件)

文化人類学と社会学は近接学問ですから、「境目」をあえて気にすることはありません。

境目を考えていては扱えないテーマばかりですから。

文化人類学では、確かにあまり「家族」を分析対象にしませんね。なぜなら、家族とは「関係性にすぎない」と捉える向きが強く、それ自体をどうこう、ということは研究のテーマになりにくい。むしろ、「婚姻制度」の研究に重きをおいてきました。(「文化人類学辞典を引いてみてください。簡単にまとめてありますよ)ですから、親族、姻族、出自、父系、母系、共系といった、用語を好んで使う傾向がかつてはありました。質問者さんも書かれているように(生殖とは限りませんが)「家族の生成の過程」に着目した研究が多いのはそのためで、「いまどきの家族論」では文化人類学は社会学に比べてずいぶん遅れをとっているかもしれません。

それでですね、「パラサイト・シングル」というのはとても面白いテーマだと思います。

例えば、ですがこんな展開ができます。
ようするに、「パラサイト・シングル」「配偶者を持って姻族を増やすこと」を否定している人、です。しかも、親元にいる、という意味で「世帯」の独立にもこだわらない。これは、文化人類学が長らく扱ってきた「婚姻は家同士の同盟関係である」的な研究を全部否定する行動なわけです。「同盟」を結んでいくのは、財産が散逸することを防ぐためであったり、理由は社会によっていろいろですが、大きく言えば「社会(コミュニティ)の再生産」には必要不可欠なものと考えられてきたからです。ところが現代社会では、「再生産」はどうも「個」に責任があるだけで、社会の要請とは無関係で(ここで、コミュニティが崩壊しているから、とかいうシンプルな理由に逃げてしまっては、社会学的になってしまうので、もう少し”文化人類学っぽい理屈”を見つけたいところです)、「パラサイト・シングル」さんが生まれる。あるいは、親戚関係が薄くなっているのも同じ理由なのですが、こういったあたりを突き詰めてみれば、立派に文化人類学的な議論です。少々古典的な発想ですが、レポート程度なら問題ないかと…。参考文献が挙げられれば良いのですが、ちょっと思いつきません。

日本のことをちゃんと書いた文化人類学的な考察というのは極めて少ないので、ぜひぜひ頑張ってよいレポートを書いてください。もう少し具体的なところまで煮詰まれば、参考文献をご紹介できるかもしれません。
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確かに…現代の日本に踏み込むと社会学的要素が強くなりますねえ。

でも的外れかというとそうでもないと思います。
因みに私が文献を出せないのは、ひとえに日本の文献は読まないからなんです、すいません。アメリカの大学では講座でFamilyというのがあり、そのままレポートに引用できるような教科書・文献(タイトル同じ)がありましたが、ちょっと日本語に訳されているかまではわかりません。
ところで日本では教授に(例えば社会学に傾くのは的外れかなどの)質問ってできるのでしょうか?
私の言う「文献から「人類学的に見る家族・婚姻のあり方」を引き合いに出し」
は、典型的なあり方とその役割についてであり(そのまま文献からのせる事ができる)、その後現代の日本の状況、その役割が形を変えた、または無くなった、そしてその理由(どうして変わらざるをえないのか、無くならなくてはならなかったのかなど)を世の中と照らし合わせて推測する(つまり文献に頼らず自作)、というものでした。レポートは何かの文献を組み合わせて既存の結論を導くのではなく、自分の推測が一番重宝されるわけですし、無謀にならない程度に憶測で考えながら参考文献を探してもよいと思うんです。書籍のサーチマガジンもあるかと思いますが、うーん私はちょっと深く見てないですね…役に立たない回答でしたらす申し訳ない…
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境目というのはあるようでない分野ではないかと思います。

ただ、文化人類学の視点で考えるとするならば、レポート前半は既存の文献から「人類学的に見る家族・婚姻のあり方」を引き合いに出し、それと比較した日本の現在の家族(構成・特徴)を調査、この二つの違いについて最近の日本社会の思想変化などから要因を探し、自分なりの解釈をしてみるというのを思い付きました。ま、がんばってみて下さい。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
文化人類学はどこか、生殖家族の形成の研究のようなところが強く、核家族から先(シングル)に踏み込めるのか不安でした。(今もまだ心配)
 「文献から「人類学的に見る家族・婚姻のあり方」を引き合いに出し」
というところでつまずいてしまったんです。
結婚しないという選択肢が入り込めるには、のどんな物を引き合いに出していいのか、どんな本をさがしていいのかなやんでいます。
なんか、通い婚とか見合い婚を出しても変かなと・・・
でも、今までの婚姻形態の話と、結婚しないという選択肢のあいだの溝が埋まらなかった点は、思想でカバーできればと思います。アドバイスありがとうございます。

お礼日時:2001/09/17 14:57

社会学の概念ってすごく広くて文化人類学も含んでるんだと思いますよ。

面白いテーマだと思います。博報堂生活研究所から「パラサイト・シングル」という本が出ていように思いますが・・(曖昧でごめんなさい)。なんか写真付きで、10人くらいのインタビューを載せた本だったと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。本探してみます。

お礼日時:2001/09/17 13:34

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Q文化人類学と民俗学の違い

「文化人類学」と「民俗学」の違いがわかりにくいです。概念ではなく、具体的な例を挙げて教えていただけないでしょうか。

1.「文化人類学的」研究という場合、「方法論」が文化人類学的という意味なのでしょうか。(「民俗学」の場合は歴史を見ていくんですよね?)

2.例えば子どものお遊戯を研究するとした場合、
「文化人類学」ではどういう方法が考えられますか?(「民俗学」ならお遊戯文化の変遷を見ていけばいいんですよね?)

3.文化人類学の対象は、外国、あるいは未開の地でなくてもいいんですよね。例えば東京の路上で歌うミュージシャンについて調べたいとするならば、どういう問いが立てられるでしょうか(一例でけっこうです)

混乱しています。1.2.3のいずれかでもけっこうですので、具体的な回答をお待ちしています。

Aベストアンサー

 まず重要な前提として、日本で「民俗学」と呼ばれているものが、世界で「民俗学」に該当するものとかなり違うということだと思います。日本のは柳田國男が始めたものですよね。それに対し、世界、特に西欧で発達したものは、これとかなり違っています。後者は人類学の中に含められることも多いです。

1.「文化人類学的とはどういうことか」という問題自体がよく学部や修士課程レベルのゼミの主題になっているようです。ghostbusterさんがおっしゃるように、文化人類学にはこの点で合意がありませんので確かなことは誰にも言えないでしょうが、それでも恐らくは誰も反論しないだろうこととして、以下の二つがあります。
 まず重要な方法論としてのフィールド・ワークです。民俗学で行われがちな長いスパンで一つの地域の短期滞在を繰り返すというものより、たった一度でも長期で現地人のことを丸々見ようとする傾向が強いように思います。また、フィールド・ワークを通して現地人が物事をどう見ているのかに迫ろうとする傾向も、近年は強くなりました。
 次に文化相対主義という考え方があります。どの文化が良いとか質が高いとかではなく、どの文化も等しく価値を持っているという考え方です。よって、伝統の研究や伝統がどうなっていくかに着目したがる民俗学とは違い、paymentさんがおっしゃるように「路上で歌うミュージシャン」だって対象となり、それも等しく研究する価値を持っていることとなるのです。

2. どういうものを「お遊戯」と考えるかは社会によりことなるので、一元化することは容易ではないと思います。
 ただ、ghostbusterさんがおっしゃるように、「お遊戯」の共通前提に迫るということは文化人類学で行えることだと思われます。例えば、「お遊戯」が単なる暇つぶしや楽しみではなく、社会的にどんな機能を持っているかを考えるとか、特定の「お遊戯」が実は社会風刺であるという研究もあるようなのでそれらを調べて理論化していくとか・・・。

3. 文化人類学の中に都市人類学という分野があります。実際にイギリスのミュージシャンを研究した「Hidden Musician」という本もあります。主に、都市の無数の人々が特定のバンドに加入することとなる道筋を、フィールドワークに基づいて明らかにした本です。
 他にも「路上で歌うミュージシャン」が作るサブ・カルチャーがどういう機能を果たしているかとか、特定のミュージシャンに集う聴衆が作り上げるサブ・コミュニティを扱うとか、出来ることは色々あると思いますよ。

 興味深い好奇心をお持ちですね。私でお役に立てたかは分かりませんが、私ならむしろ枠組み(学問分野)はどっちでもいいから自分の関心の世界にドップリと漬かりますね。近年ますます既存の枠組みは消えていく傾向にあり、どちらに接しても出来ないことはないようですし・・・。

 まず重要な前提として、日本で「民俗学」と呼ばれているものが、世界で「民俗学」に該当するものとかなり違うということだと思います。日本のは柳田國男が始めたものですよね。それに対し、世界、特に西欧で発達したものは、これとかなり違っています。後者は人類学の中に含められることも多いです。

1.「文化人類学的とはどういうことか」という問題自体がよく学部や修士課程レベルのゼミの主題になっているようです。ghostbusterさんがおっしゃるように、文化人類学にはこの点で合意がありませんので確かな...続きを読む

Q文化人類学を自分で学ぶ場合に参考になる本

現在、大学で文化人類学を専攻しています。 ですが、文化人類学が専門の教授が少ないこともあり、開設科目が少なく、現段階では社会学専攻の人と一緒にゼミもやっています。  
 もちろん近接する学問で、手法など共通する部分が多いことも分かっていますが、文化人類学を専攻できるコースがあると聞いて今の大学に入ったこともあり、不満があります。
 
そのため自分で勉強しようと考え、『文化人類学20の理論』 綾部恒雄 、『よくわかる文化人類学』 ミネルヴァ書房、『文化人類学を学ぶ人のために』 米山俊直 など入門書の範疇に含まれるであろう本はある程度読み、学説史的な流れ、各理論の特徴はあくまで大雑把で初心者レベルですが、なんとなくは理解した気になっています。 そのため、そろそろ『西太平洋の遠洋航海者』や『ヌアー族』、『悲しき熱帯』、『野生の思考』を読んでみようか? と思っているところです。

以上のような現状ですが、文化人類学を学ぶにあたってこれを読むといいというおすすめの本または勉強法などありましたら教えて頂けると幸いです。

Aベストアンサー

 ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』、クロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』『悲しき熱帯』『構造人類学』は古典的な著作ですので 、一番最初に読むべき書物であって是非一読をお勧めします。
 そして文化人類学と一口にいっても間口はいささか広く、古くは柳田国男と折口信夫の成果(それぞれに著作集がある)もあれば宮田登や山口昌男の仕事もあります(山口には著作集があります)。
 柳田・折口・宮田の仕事はそれぞれ民俗学的な視点からの考察が中心ですが、それでも他の領域からの評価にも高いモノがあります。他にもマードックの家族論やらヴェーバーの『経済と社会』大塚久雄の『共同体の基礎理論』『有賀喜左衛門著作集』などは基本文献ともいえます。
 また近年では歴史学の世界でも社会学や文化人類学との接点を求めての行き来も盛んで、網野善彦氏と赤坂憲雄そしてアラン・コルバンの三者の仕事に基づいた『民俗学と歴史学 網野善彦、アラン・コルバンとの対話』もあります。他には中沢新一氏などの多領域との接点を積極的に求める研究者もいます
 「文化人類学」と一つの世界に限定して考えるのではなく、それが「どの様な領域と接しているのか」などを視野に入れませんと、単なるオタクや頑固な年寄りになってしまうかの危惧もあります(丸山眞男が表現するタコツボ型文化)。
 文化人類学や民俗学は戦後歴史学にも多大な影響を及ぼし、従来では宗教史の一部で扱われていた「アジールとしての閉鎖空間の意味」などを日本の中世社会が持つ史的特性の分析視角にまで止揚させているとの経緯もあります。
 民俗学系の学問領域を仕事とお考えであるならば、学問としてノ成立が他の領域に比べてまだ年浅いこともあり理論よりもむしろフィールドワークがしめるウェイトの方が大きいでしょう。でしたら東京近郊なら佐倉にある歴博と大阪にある民博をはじめ全国各地にある博物館や資料館を訪ね歩くことも必要です。その場合には先に示した方々とアポイントメントをお取りになってから出掛けた方が収穫も大きいでしょうね。

 ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』、クロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』『悲しき熱帯』『構造人類学』は古典的な著作ですので 、一番最初に読むべき書物であって是非一読をお勧めします。
 そして文化人類学と一口にいっても間口はいささか広く、古くは柳田国男と折口信夫の成果(それぞれに著作集がある)もあれば宮田登や山口昌男の仕事もあります(山口には著作集があります)。
 柳田・折口・宮田の仕事はそれぞれ民俗学的な視点からの考察が中心ですが、それでも他の領域からの評価にも高い...続きを読む

Q文化人類学の理論とは?

大学院で文化人類学を専攻する予定の学生です。研究計画書で研究の方法を示さなければならないのですが、これまでの専攻が言語学だったので、よく分からないのです。

フィールドワークで収集した情報を学術的なものへ仕上るために「理論の枠組み」が必要といわれますが、文化人類学の場合、どのような理論があるのでしょうか。

教えてください。

Aベストアンサー

あまり最初から既成の理論にとらわれると、人の論に沿って自分の集めたデータを並べるだけになっちゃいますよ。あくまでも参考程度にね。論文は自分から湧き出た「なぜ?」が大切です。そのなぜと自分なりに格闘することが王道だと思いますよ。

Q文化人類学について

文化人類学で、「通過儀礼」を習ったのですが、
よくわかりませんでした。先生は、黒板には絵しか描かなかったので、ノートを見てもわかりません。

通過儀礼が何のために行われているのか、わかる方いましたら
教えてください。
また、日本ではどのようなことが通過儀礼なのですか?

Aベストアンサー

 下記のサイトを参考にして見てください。

・『ウィキペディアフリー百科事典 通過儀礼』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E9%81%8E%E5%84%80%E7%A4%BC

Q文化人類学的アプローチについて

いつもお世話になっています。

修士課程1年の者です。
いきなりで申し訳ないのですが、「文化人類学的アプローチ」とは、どのような切り口で研究を展開していくものなのでしょうか!?

私の興味あるところは、医療の現場、特に看護職に関してです。
なぜ、医師に加えて、看護職がいるのか。なぜ、看護職には女性が多いのか。このような疑問には、文化人類学的なアプローチでよろしいのでしょうか?

浅学な身で申し訳ありませんが、どなたか詳しい方お願いします!!

Aベストアンサー

乱暴に言えば、「文化人類学的アプローチ」とは、
その場のコミュニティや文化様式に注目し、丁寧なフィールドワークに
よる問題発見と検証・比較を行なっていくスタイルのことですね。

看護職の存在、あるいは看護職に女性が多いのかを文化人類学的に
アプローチする場合、病院をひとつのコミュニティとしてとらえ、
医師と看護職のすみわけを、単なる職務上の分類にとどまらず、
非番の日から各人の言説まで追いかけていかなければいけません。
患者の語る「イシャ」と「カンゴシ」の違いは、
職業としてはイコールではないはずです。

看護職になぜ女性が多いのかを文化人類学的にアプローチする場合、
難しいですよ。そもそも「看護」という行為は何かまで考えないと
いけません。ナイチンゲールによる近代の看護士の社会的役割の
確立以前のところからです。
また、「看護職」とはどの時代のどの地域を指すのかも。

医療人類学の著書を実際にごらんになり、医療現場について考えるならまず病院に行ってみるなり、医師や看護婦と会話してみるのがいいですね。ご自身の研究されたいことが、より形になると思います。

乱暴に言えば、「文化人類学的アプローチ」とは、
その場のコミュニティや文化様式に注目し、丁寧なフィールドワークに
よる問題発見と検証・比較を行なっていくスタイルのことですね。

看護職の存在、あるいは看護職に女性が多いのかを文化人類学的に
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