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欧米の人々は「隣人を愛せよ」という宗教を信仰しているはずなのに、なんで移民を排斥する極右が、伸長しているんでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 移民を排斥してる時点で、欧米の人たちは隣人を愛せていないわけですよね?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2025/07/13 00:08
  • ユダヤ教というか、隣人を愛せよ、というのはキリスト教の教えでしょう?

    No.13の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2025/07/13 07:19
  • キリストは、悪い白人かユダヤ人よりも、よきサマリア人の方が良い、と言ってるじゃないですか。隣人をキリスト教徒に限定してる時点で、解釈を誤っているでしょう?

    No.14の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2025/07/13 07:36
  • いやそれは本質を分かっていない人たちの、乱行の歴史でしょう?

    No.20の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2025/07/13 16:38
  • >聖書の中に、神の意や教えに反した人たちが、神によって罰せられる記述がいくつもありますね。

    それは主に、旧約聖書の話じゃないですか?

    No.25の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2025/07/14 19:34

A 回答 (31件中1~10件)

結論的な言い方をすると「欧米におけるキリスト教は、日本の葬式仏教と同様に形骸化している」からです。



だから
>欧米の人々は「隣人を愛せよ」という宗教を信仰しているはずなのに
と言われても、それは「お題目」であってほとんどの人にとって宗教的な実践ではないのです。

それよりも移民問題が起きている地域社会では「社会の伝統的価値」や「伝統的なルール」が壊されることを問題視して、移民排斥しています。

「伝統的価値観やルールが壊されるから」という理由で日本人が移民排斥をするのと、西洋人が移民排斥する理由は同じで、そこに宗教的な価値観は入っていません。

ただ、ややこしいのは日本と違って欧州は「キリスト教的価値観が文化的主体だったはず」ということです。つまり欧州人による移民排斥の目的は「伝統的価値の保護」ですから、それは「キリスト教的価値の保護」であり「異教徒の排斥」に見えるわけです。

しかし、実際には現代欧州人はそれほど「キリスト教的価値観」に重きを置いていないので「よきサマリア人であれ」というキリスト教的実践は為されないのです。

これは日本でも同じで、たとえば一般人は神社仏閣を守ろうという人たちばかりではありません。でも「外国人がお寺の建物を傷つけ、神社の絵馬を馬鹿にした」なら、非常に怒るわけです。たとえ自分が葬式以外お寺に行かない人でも、絵馬奉納なんてしたことない人でも「日本人の文化的価値を外国人が毀損した」ことに怒りを感じるわけです。

そういう点では欧米人も同じです。
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この回答へのお礼

大変詳しく教えていただき、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2025/07/17 18:40

例によって思いつきの屁理屈をこねくり回しておられるようですが。



今より宗教の影響力がずっと強かった昔の時代に、隣の国とか遠いアジアアフリカの国とか戦争しまくり征服しまくり殺しまくりだった人々です。「隣人を愛せよ」の影響力なんてその程度だってことです。

強いて貴方の質問の前提に無理くり寄せた回答するとすれば、「隣人を愛せよ」という教えに従って外国人を野放図に入れすぎた結果、いよいよ日常生活が脅かされてどうにもならなくなって、ようやく排斥の動きが盛んになってきてるのです。日本には特にそういう教えがないから、はるかに少ない人数でも物言いがつきます。
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所詮宗教なんてのは


上っ面のきれいごとをお題目にしてるだけで
本気でその通りに生きようなんて人はいないってことです。
つまりそんなお題目通りには生きていけないのが
この世だってことです。
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>欧米の人々は「隣人を愛せよ」という宗教を信仰している



キリスト教を崇拝している欧米の人たちが、さまざまな国を侵略するために世界を火の海にしてきた歴史って、別に今に始まった話じゃないですよ
キリスト教は世界平和と関係ないっすね
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宗教と信仰、何が異なるか。


アメリカインデアンの信仰
火の精霊、水の精霊、木の精霊、大地の精霊、山の精霊・・・・その他
自然に対する畏れを持つ信仰。
それに対してあちらの宗教は、対立し、歪みあう人間に対する戒めの宗教。だから神といわれる存在も人間が作った存在、自分たちが作った存在以外は排除。
あなた自身も、そんな存在に対して攻撃?ということは同類なんですわ
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No.23さんの回答に


>>日本の神道がいかに素晴らしいかがわかる。

とありますが、「神はひとり」といっても、宇宙創造の神が「唯一」ってことであって、人間が「神」と呼ぶ存在は神道のように複数いるわけです。
この点は、イスラム教にて神が「我々は」とか複数形で語っていることからも判ります。つまり、多神教である神道が正解です。

また、ユダヤ教の神であるヤハウェは、「我は嫉妬する神である」と語っていますが、その嫉妬の相手は、他宗教を信仰する民たちのように見えるけど、その根っこには、他宗教の神であるバール神(収穫と豊穣の神)への嫉妬があるのですね。
普通に考えて「砂漠の神」よりは「収穫と豊穣の神」のほうが民にとっては魅力ですからね。

旧約聖書の物語を振り返れば、80歳になったモーセが、エジプトで奴隷になっているイスラエルの民たちを、「解放しないなら、エジプトに災いをもたらすぞ!」として、実際に災いを起こして、「出エジプト」を許される。
(モーセが紅海を割ったときには、原子分解砲が使われて、海水を消滅させたとの記載を目にしたことあります・・)

そして砂漠を放浪して、カナンを目の前にして120歳でモーセは死亡。
(モーセは、ヤハウェをちょと疑う行為をしたため、カナンに入ることは許されなかった)
その後を継いでヨシュアがカナン侵攻を実行する。
そして、その地に住む人たちを、ラハブ家族以外は皆殺しにする。

ふりかえれば、旧約聖書には、「ヤハウェ」とは別に「エロヒム」という神が登場します。ヤハウェは、ユダヤ民族の「民族神」であり、エロヒムは、イエス系統の「地球神」であり、「隣人を愛せよ」の教えはこちらから出ているのですね。

余談:
キリスト教徒が「アーメン」と唱えることが多いですよね。
あれは、古代エジプト神の「アメン・ラー」から来ているのです。
たぶん、その間にはユダヤ教が入っているはず。
なので、「アーメン」と唱えることは、エジプトの太陽神を拝んでいるわけだったりします。
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隣人の定義が異なると思います。

特に一神教では異教徒は当たり前の「人」ではありませんので。
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>いやそれは本質を分かっていない人たちの、乱行の歴史でしょう?



いえ。断言しますが、違います。
聖書の中に、神の意や教えに反した人たちが、神によって罰せられる記述がいくつもありますね。
 信仰の一番大元になっている聖書が正しいと仮定し、信者たちの言動を眺めてみれば、神に罰せられた信者はいません。つまり、聖書の教えに基づけば、信者が行ってきた行為は虐殺を含めてすべて神の意に沿う行為と言うことです。

 キリスト教は、愛を掲げる一方で、信仰の元になる聖書との間でそう言う矛盾を抱えています。
この回答への補足あり
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だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」という言葉も耳にしたことがあるでしょう・・・でも、歴史上は殴られたら殴り返す、倍以上にして返すことが繰り返されています。

戦の神がまつられ、僧兵もいる(いた)のです。宗教の世界と現実の世界は少し異なるようです。地球は回っています、太陽も回っています、銀河も回っているそうです。信じることと信じたいこと、信じさせたいことも各々少し異なっているのでしょうね。
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隣人とは誰をさしているかです。



同じ民族で同じ宗教感をもつ人同士が隣人という考えの様です。

異民族は、悪魔として視ていると感じます。

宗教が違えば、殺すべき対象でもある。

だから世界から戦争が無くあんらないのです。

日本の神道がいかに素晴らしいかがわかる。
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