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今日、妹に質問された問題なんですが、
「ふんすいの ある 公園」の主語と述語を探す問題なんですが、わかりませんでした。
恥ずかしいことですが、どなたか私の代わり教えていた出せないでしょうか。出来ればそうなる、理由も教えていただければ幸いです。

A 回答 (25件中1~10件)

この文章の前後には、何もないのでしょうか。


たとえば
「どんな公園がありますか?」などの質問に対する答えが
「ふんすいの ある 公園」ならば、
「ふんすいの ある 公園(が) (ある)」
と(  )が省略されていると考えられ、公園が主語、述語は省略、といえます。
小学校の授業で「体言止め」を習ったばかりであれば、前後のつながりはなくても「こういう文では述語が省略されている」ということが分かっているかをテストしている、という可能性もあるかもしれません。

「ふんすいの ある 公園」だけでは、どれが主語でどれが述語、ということは、はっきりいえないと思います。
ほかの方の回答にもあるように、「ふんすいの ある」は、公園を修飾する節で、名詞「公園」を修飾しています。そう考えると、
「ふんすいの ある 公園」
は、修飾されている名詞ということになり、何かが省略されていない限り、文にはならないのではないでしょうか。
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>主語も学者間で見解の相違があるのですか。

そうであったなら、申し訳ないですが。
ともともと明記しておりますが。やはり、両論あるんですね。両論あると教えていただけるだけならば出てきませんが、批判的な言葉をいただいたので出てきましたよ。

小学生に教えるならば、あなたのおっしゃるとおり主語は助詞を含めて教えるのが筋だと思いますよ。
一般人ではなく学者でもなく国語教師ならなおさら。(文の一部のと断ってらっしゃいますが)主語は「ふんすい」だと言い切るのは良くないでしょうよ。
あなたがどこで国語教師をしているのかわかりませんが、小学生に主語は助詞を含めて書かかないと教えるつもりですか。

また文法において「語」は「単語」を指すようですが、「(単)語」の概念も色々議論されてますよね。そこでの厳密さとは一体なんですか。

あなたの持ち出す国語大辞典でも「主語は現代語では助詞『が』を伴うことが多い」と書かれているじゃないですか。
しかし、一般人の私を含め、一国語教師が言い切れるほど言語学は完成されてはいないし、完成なんてないでしょう。ただ小学生に教えるという視点ではあなたの回答はよくない。
私もよく間違えるので一般人として回答されている方の誤りを名指しで訂正するようなことはしませんが、専門家と書いてらっしゃるので専門家ならそれなりの回答をしていただきたいと思いました。専門家の肩書きだけで回答を鵜呑みにする方が多いのでね。

議論になるのでこの質問に出てくるのはもうやめておきます。両論があることを教えていただき感謝します。

それにしても、事情は知りませんが「すぐに回答ほしいです」の質問者が補足もせず放置しているのはどうかと思います。回答多くて逃げたかな。
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No.20です。



No.21様へ。
>批判的になりすみませんが、この場で専門家と名乗るなら正しいことを書くのが筋だと思います。

専門家と名乗ったのは私だけのようですので、これは私に対するご批判でしょうか?

>文法用語の主語は、文において「何が」を表す文節です。
>「噴水のある公園」を文節で区切ると、「噴水の/ある/公園」ですから、たとえ主語があるとしても「噴水の」です。
>英語かなんかと混同していませんか。主語も学者間で見解の相違があるのですか。そうであったなら、申し訳ないですが。

これも国語大辞典の「主語」の説明より。
「主語は現代語では助詞『が』を伴うことが多いが、説によって、『が』を伴った『桜が』の形を主語と呼び、あるいは『桜が』の『桜』だけを主語という。」
正しいことを書いたつもりですが?

厳密に言うならば「主語」は「語」ですから一語だけを指します。「桜が」は「桜」という名詞と「が」という助詞の二語ですね。ただ、小中学校までは分かりやすさを重視して文節を用いて「『桜が』が主語」と教えることが多いようです。そういえばNo.6でも
>日本語の主語には「が」に当たる語も含めないといけません、と学校で習いましたよね。
と書いていらっしゃいましたが、それは上記の理由によるものです。
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#8です。


#15さんへ。#19の方がおっしゃっているように、文の定義は文法学者の間でも見解が一致していません。例えば、
「山」
といえばただの名詞ですが、
「山!」
となったら、これは立派に文として成立する・・・こういう考えもあるのです。誤解のないように申し上げますが、私が「文」と言ったのは、あくまでも便宜上のことです。このご質問を見ると「ふんすいの ある 公園」としかなく(ここに誤解の原因がありますね)、句点も何もないので仕方なくそういっただけです。ただ、問題として問題集か何かに載っていたとすれば、これは、
(1)質問をされた方の句点の表記忘れ
(2)一文の部分を取り出したもの
のどちらかでしょう。句点を忘れていたというのであれば、私個人としては「ふんすいの ある 公園。」で立派に文として成り立つと考えています。まあ、このことに関しては議論は尽きないと思いますが。
 どちらにせよ、そろそろご質問された方は締め切ったほうが良いのではないでしょうか・・・?
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no.4です。


うーん。いろんな人が居ますね。

まず、
>これは国語のカテゴリで英語ではありません。文法用語は正確に使いましょう。
と、かかれた方、
主語述語というのは、どの言葉の文法を解釈するときの使われる共通の解析方法です。

それから、なんで誰も体言止めについて
説明しないのでしょう。
主語の省略(これは日本語独特のものです)に
触れているのに。

これは、体言止めを使った強調表現なんです。

参考URLにある、
きらきら光る宝石。
もう完成していますよ。ケーキ。

これと同じです。
強調表現のために順序が変わっているから
元に戻して考える必要があります。

あとはNO.4をもう一度御参照下さい。

参考URL:http://plus.hangame.co.jp/browse/db_detail.php?d …
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文法用語の主語は、文において「何が」を表す文節です。


「噴水のある公園」を文節で区切ると、「噴水の/ある/公園」ですから、たとえ主語があるとしても「噴水の」です。批判的になりすみませんが、この場で専門家と名乗るなら正しいことを書くのが筋だと思います。

英語かなんかと混同していませんか。主語も学者間で見解の相違があるのですか。そうであったなら、申し訳ないですが。

ちなみに「噴水のある公園」は、名詞句と捉えたり、未分化文と捉えたりするようですが、この論議は高校生でも分からないでしょう。
とにかく学校文法においては、「主語も述語もない名詞句」と教えざるを得ません。妹さんが中学生なら、No.20の主格の「の」も教えてあげてください。

文法用語は学者でも対立があるのですよ。

【訂正】×現時点で、一日弱。○現時点で、二日弱。

四度目の投稿でした。私が回答数を増やす元凶だと自覚しております。
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「国語大辞典」より。



「『の』一[格助]」の「四 主格を示す助詞」の「?イ 従属節や条件句など、言い切りにならない句の主語を示す。」がこの問題の「の」に当たります。

現代日本語では、言い切りの文の主語を表すには「が」のみが使われます(例:「雪が降る。」)が、従属句の主語を表すには「の」も使われます(例:「雪の降る街。」)。

故に、主語を示す格助詞の付いている「ふんすい」が主語、その存在を表す「ある」が述語です。(正確には「文の一部の主語」と言った方がいいかもしれません。)

ただ、この説明が小学生に通じるとは我ながら思えません。すみません。
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No.6,11です。



質問者さんかわいそうに。お礼コメントとか書かなくていいから、はやく締め切った方がいいよね。と、言いながら私も余談に参加w 色々事情はあろうが、「直ぐに回答ほしいです」と言いながら放置しておいたのも、どうかと思う。現時点で、一日弱。

「文」という概念は、文法全体の基礎になるもので、学者間でもまだ多くの議論があるようです。手持ちの文法書にはそんな断り書きが書かれている。「単語」という概念も同様です。
だから「噴水のある公園」が文かどうかは私を含め素人では手が出ないのでは。

学校の文法説明では、「文」は文字で書かれたものについては「。」までと定義されている。皆様もそう習ったはず。一文を抜き出せと問われれば、「。」の次の文字から「。」までを書く。話し言葉も、どこが「。」かぐらいわかりますよね。だから、私はあいまいに「語句」なんて逃げていました。。
まぁ文章は文が二つ以上まとまったものであるから、「噴水のある公園」は明らかに文章ではないでしょうね。でも、書き癖が出来ていて文章と書いてしまったんでしょうか。

よって、学校での説明においては、「噴水のある公園」は文ではない(私の感覚でも)。でも書き言葉でも「。」を書かない文や文章があるし、「文」か「語句」か「名詞」かなんて質問者の良識の範囲内で混同しないでしょう。その意味で学校での説明も生徒の良識に任せているとも言えますね。

妹さんの質問は、奥深いものですね。
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15です。

説明が足りず、申し訳ありませんでした。小学生のための、しかも国語の問題ですので基本的な文法用語は間違って使ってはいけないと思い、書かせていただきました。名指しで申し訳ありませんが、No7、「この文章の前後には何もないのでしょうか」No8、「結論から言うと、この文には主語も述語もありません」、No12「文章というものは必ずしも主語と述語があるとは限らない」の、それぞれ、「文」、「文章」、という言葉のことです。(紹介したURLでは、私も17の方のような考えで「だいたい」と質問しましたが、回答は現代国語の基本的なところを回答くださったと理解しています。)質問者様、余談でごめんなさい。
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失礼ですが、まず先にNo.15の方のアドバイスについて質問します。

他の回答者のなかのどのような部分が間違っているのでしょう。指定なさったサイトをみると、「文は句点と句点の間にある部分だ」ということくらいしか書いてありません。しかし、句点は文の絶対的な条件ではありません。早い話が、話し言葉では句点など見られないのですが、文は立派に存在します。また、句読点が使用されなかった古文でも文は認められたわけです。
 日本語を語るときに、英語的な考え方が利用され過ぎるとはわたしも思います。

 ところで回答ですが、これにはちょっと困りました。「ふんすいの ある」は「公園」を修飾しています。しかし、「公園」で終わると、主語・述語の関係は存在しません。無理に述語が省略されている回答もなりたちましょう。「が(または「は」「も」等)ある」が省略されていると考える場合です。しかし、省略されているのが「をさがせ」かもしれないし、「に行け」が省略されているかもしれません。そうすると、主語だと決定することも出来ず、結局存在しないが回答になりましょうか。

 「ふんすいの ある」だけ取り出して主語と述語だと考えるのは、やはり無理があります。これは公園を修飾することを前提としなければ、「ふんすいが ある」となるはずだからです。
 結論は「文ではあるけれど、主語・述語は認められない」ということになります。しかし、このような結論はすでに出されていましたね。

 「日本語に主語はいらない」というような専門的な話を持ち出すのは、かえって混乱するだけでしょう。
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