年末から正月にかけて家族で温泉に行きたいのですが、ガイドブックに出ているところはどこも空いていません。大分県・熊本県・佐賀県で今から獲れる温泉旅館があったらおしえて下さい。

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A 回答 (2件)

宿泊予約のポータルサイトにアクセスしてみてはいかがですか?下記のJ-Yadoの人が、「今から取れる年末年始の宿」特集を組むと言ってました。

今はクリスマス特集になっていますが、近いうちに。

参考URL:http://www.j-yado.com/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。こういう情報を待っていました。早速行ってみます。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

イサイズトラベルを利用するのはいかがでしょうか?


イサイズトラベルでは場所や人数、出発日等々を見積書に入力することで、要望に適したツアーや旅行プランを紹介してくれます。検索サービスで「イサイズトラベル」と検索してみてください。もちろん無料です。
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Q夏目漱石は森鴎外をどう思っていたか。

お世話になります。
森鴎外と夏目漱石、ともに日本を代表する作家です。
森鴎外のいくつかの小説には、夏目漱石の名前もしくは夏目漱石をモデルにしたと思われる人物が出て来て、森鴎外が夏目漱石を一目置いていた事が分かるのですが、逆に夏目漱石は森鴎外の事をどう思っていたのでしょうか?2人の間には交流はあったのでしょうか?
そのような事が分かる本などは有るのでしょうか?
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄にて、全体を窺ふ事かたく候得共(そうらえども)、当世の文人中にては先づ一角ある者と存居(ぞんじおり)候ひし、試みに彼が作を評し候はんに、結構を泰西に得、思想を其学問に得、行文(こうぶん)は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚(あつま)つて、小子の目には一種沈鬱奇雅の特色ある様に思はれ候。(八月二十三日付け:引用は江藤淳『漱石とその時代』第一部から)
--------

鴎外は明治二十三年一月、『舞姫』を、同年八月『うたかたの記』、明治二十四年一月に『文づかひ』を発表しています。

後の漱石、当時はまだ金之助であった彼が読んだ「二短篇」がなんであったかは明らかではありませんが、この冒頭から、二作品を読んで高く評価した漱石に対して、子規が、それはおかしい、と反論した背景があったことがうかがえます。

江藤淳は『漱石とその時代(第一部)』(新潮全書)のなかで、鴎外の作品は、前年に帝大の英文科に入学してからの漱石の状況を考えながら、この手紙を以下のように解釈しています。

-----(p.202から引用)-----
「洋書に心酔」し、しかもそれを意志的・知的に理解しようと努力するうちに、いつの間にか虐待されつづけていた金之助の感受性を覚醒させずにはおかないものであった。つまり鴎外の小説の「結構は泰西」に仰がれていたが、そこにはまごうかたなき旧い日本――金之助が英文学専攻を決意して以来置き去りにして来た「日本」があったのである。

……『舞姫』に描かれた才子佳人の恋は、舞台こそ独都ベルリンに求められていたが、ほかならぬ晋唐小説の伝統を「文明開化」の時代に復活させた恋である。金之助が鴎外の「二短篇」に見たものは、いわば崩壊しつつある旧い世界像の残照であった。その光を浴びた彼の衝撃がいかに深かったかということは、のちに金之助が英国留学から帰国して発表した小説、『幻影の盾』と『薤露行』に痕跡をとどめている。この二短篇の雅文体の背後には、ほぼ確実に『舞姫』や『文づかひ』の鴎外がいる
------

つまり、漱石が英文学の研究から執筆活動へと移っていったのも、鴎外の存在があったことが、理由の一つであったと考えることができます。


後年、両者はそれぞれに、当時の文壇から離れた場所で、それぞれに仕事をするようになります。

このことを中村光夫はこのように指摘しています(『中村光夫全集』第三巻)。ここで「彼等」というのは、漱石と鴎外の両者を指しています。

-----「鴎外と漱石」p.160-----
おそらく彼等が表面冷やかな無関心を装ひながら内心激しい憤怒に燃えてゐたのは当時の文壇といふやうな狭い世界ではなく、むしろこの文壇をひとつの象徴とする或る社会風潮であつた。いはば彼等の誇り高い教養と抜群の見識とは、当時の我国民が無意識のうちに徐々に陥つて行つた或る根深い精神の頽廃を鋭く直観した。そしてこの抗ひ難い社会の風潮に対して勝つ見込のない敵意を燃やしてゐた。…

では彼等がここで生涯を賭して闘つた敵は何かと云へば、それは一口に云つて、近代欧米文明の一面的な輸入の結果たる所謂文明開化の時潮であったと僕は信じてゐる。…明治大正を通じて我国が存立の必要から強ひられて来た欧州文明の物質的側面の急激な輸入と、その結果として我国民の精神の深所に徐々に食ひ入つた或る微妙な歪みを指すのである。
-------

当時のふたりがなぜ交友をもたなかったのかは、さまざまな事情があったことと思います。

なによりも、漱石が専業作家として活動したのは、わずか十年であったことを忘れてはなりません。成熟するまでに時間がかかり、一人前になってからわずかな時間しか与えられなかった漱石は、自分の生命を削り取って作品に結実させていった、といっても過言ではありません。

二葉亭四迷没後、一時期は同じ職場に籍を置きながら、実質的には交遊がなかった二葉亭に対して、『長谷川君と余』(『思い出す事など』所収 岩波文庫)のように、実に心情にあふれた追悼文を残した漱石ですから、たとえば鴎外が自分より先に亡くなってでもいたら、間違いなく、何らかの追悼文を残したでしょう。

こういう位置にあった鴎外と漱石が、たとえ表面的には交遊がなかったにせよ、互いに反目したり、あるいは嫉妬したり、排斥したりということは、非常に考えにくいと思います。
漱石の弟子宛ての書簡にも、鴎外の名は散見されます。
ともに意識のうちにあったのは、日本や日本の文化の行く末であったことを考えると、互いに深い敬意を抱いていたと理解してかまわないかと思います。

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄に...続きを読む

Q長崎、佐賀、大分で美味しい旅館

こんばんは

来月、ばあちゃんの80歳の誕生日に

鹿児島から九州の上の方に1泊2日で連れていこうと思います。

温泉も好きなんですが

美味しい料理をだしてくれる旅館・ホテル、みなさんのココが最高に旨いと思う

旅館・ホテルを教えて下さい。

Aベストアンサー

おばあちゃんなら和食が良いですよね。

下のサイトにある高級旅館なら料理のレベルはどこでも良いと思います。
http://www.ikyu.com/ryokan/m_area9.htm

あとは唐津の「洋々閣」だとかも良いです。
湯布院の旅館はレベルが高いので(特に老舗の「玉の湯」だとか「亀の井」だとかなら、喜ばれると思います。

旅館のレベルを問わないのなら、呼子の旅館でイカのコース料理を食べるとかでも良いかもしれません。

洋食好きなら、嬉野の「ハミルトン宇礼志野」や九重の「レゾネイトクラブくじゅう」、「アルベルゴ ボスコ」などもあります。

いろいろとあるので、難しいですね。予算などもわかればもうすこし絞れると思います。

Q作家・星新一氏は鴎外と血がつながってますか?

数年前になくなった、ショートショートで有名な星新一氏は、鴎外と血がつながっていますか?
なんでも、星氏の祖母が鴎外の妹だとか・・・?

Aベストアンサー

その通りです。妹(小金井喜美子)が小金井良精
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E8%89%AF%E7%B2%BE
の妻で、娘が星製薬の創始者星一に嫁ぎ、星新一を生みました。

Q大分県(大分市)→兵庫県(三宮)まで

旅行で行きたいと思ってます。

当方中学生で親は仕事の都合で多分付いて行ってくれません、多分一人です。

質問ですが、大分市→兵庫の三宮まで行くのに交通費は最安値で幾ら程掛かるでしょうか。

別に手段は何でもいいです、電車は往復4万円程度でしょうか、船が安いと聞いたことがあるのですが、具体的な交通手段と往復の交通費や乗換え等を教えてください。

・期間は冬休み期間です。(1週間程度を予定)
・所持金は交通費によって換わります(多分5-6万程度かな・・・親から幾らかもらえるかも・・・)
・旅行というか旧友に会いに"遊びに"行くようなものなので移動にあまり時間は掛けたくありません。

・別な質問ですが兵庫で安いホテルとかってありますか。(寝て、お風呂やシャワーが浴びれればいいです、なので宿とかでもいいような気がします・・・)
乱文ですがよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

最安 青春18きっぷ JR普通・快速・新快速乗り継ぎ
無難なところで、朝8:15に大分を出れば、休憩なしで、21:36ごろ三宮です。
片道単価 2300円
(購入は、5回まとめてとなるので、11500円 余ったら、ヤフオクで売ってください。もしくは、往復2回分のみヤフオクで購入するか。1回単価が少し上がって2500円~3000円前後)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~sakana/

正直言って、疲れます。

無難なのは、フェリー 行きは、朝発、夜行 両方あります。
2等にて 学割(学生証呈示)30%オフ 8800円の30%オフにて、片道6160円
http://www.diamond-ferry.co.jp/03time/index.htm
六甲アイランド港→阪神御影 バス 220円
阪神御影→阪神三宮 180円
合計、片道6560円
>・旅行というか旧友に会いに"遊びに"行くようなものなので移動にあまり時間は掛けたくありません。
夜行フェリーを使えば、効率いいので問題ないでしょう。

昼間移動なら、大分→小倉→新神戸、新神戸から歩きor地下鉄
学割より、神戸往復割引きっぷを使った方が、指定席使えて良いと思います。(ソニックも、のぞみorレールスターも指定席) 
大分市内から、26600円
http://www.jrkyushu.co.jp/tabi/ticket/kobe.jsp

ちなみに、全区間自由席特急券+往復学割乗車券を使うと、24880円(だと思う。計算間違いしてるかも。)

最安 青春18きっぷ JR普通・快速・新快速乗り継ぎ
無難なところで、朝8:15に大分を出れば、休憩なしで、21:36ごろ三宮です。
片道単価 2300円
(購入は、5回まとめてとなるので、11500円 余ったら、ヤフオクで売ってください。もしくは、往復2回分のみヤフオクで購入するか。1回単価が少し上がって2500円~3000円前後)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~sakana/

正直言って、疲れます。

無難なのは、フェリー 行きは、朝発、夜行 両方あります。
2等にて 学割(学生証呈示)30%オフ 8800...続きを読む

Q森鴎外の作品のなかで……。

先日何十年か振りに森鴎外の「雁」を」読みました。
やはりこの年代の物は趣がありますね。
ところで数ある鴎外の作品のなかで、何がお勧めでしょうか?
できれば短編が読みやすくて良いのですが……。
教えてください。

Aベストアンサー

何と言っても代表作である『高瀬舟』『阿部一族』をお勧めいたします。
「時代ものの趣き」、短編、読みやすさと言う点でも次に読むのには、まず『高瀬舟』が良いでしょう。
#1の方の青空文庫にも確実に掲載されていると思います。
試しにプリントアウトしてお読みください。

Q大分県・由布院のお奨め旅館は?

こんにちは!来月はじめに由布院へ家族で行くつもりです(子供はいません)。で、ご相談なのですが・・・由布院の超おすすめの旅館を教えてください。温泉(露天風呂)が大きくて綺麗でお料理の美味しいところを教えてください。お料理は年寄りがいますので、会席で魚介類を美味しくいただけるところがイイです。ぜひ名旅館を教えてください。そういうところはもう一杯でしょうか?よろしくお願い致します(^^)/。

Aベストアンサー

夢想園なんかいいと思います。
特に女性用の露天風呂が特大です。温泉も色々あります。
見晴らしのいい高台です。
わずかですが起伏がありますので、お年寄りが高齢だとちょっときついかも。
料理もいいし、絶対のお勧めです。

Q森鴎外の化粧論

森鴎外は都市衛生に関心を持ち、そこから都市問題や園芸・緑地に関しても様々提言していると教わりました。
そこで、どなたか森鴎外の「化粧論」について詳しく知っている方おられないでしょうか?
園芸と関連して「園芸と相隣せる一芸術あり。」それが「化粧(コスメチック)」であると習ったのですが、その内容がいまいちよく分かりません・・・。
森鴎外が化粧を語った内容など、教えてください。
お願いします!!

Aベストアンサー

鴎外と化粧ですか、私も大変興味があります。

森鴎外の長女、森茉莉の著書に鴎外のことがよく出てきます。鴎外は茉莉をお姫様のように育てていたようです。

化粧については、鴎外は香水なぞぞ付けない方が良い、と言っていたようです。
幼い茉莉が振り袖を着せられ、母に化粧をされる描写がありました。
化粧法・資生堂の化粧品はは鴎外が指示しているのではないでしょうか。

そして、鴎外は自ら三越へ出向き、茉莉の着物を見立てていました。
茉莉曰く、”一種変わった趣味”だそうです。

洋服もドイツから船便で取り寄せていました。
むこうのカタログを見て、鴎外が選んでいました。

どんな色柄かは下記に詳しくあります。

ちくま文庫『記憶の繪』
講談社文芸文庫『父の帽子』
新潮文庫『私の美の世界』

Q山口県の安い温泉旅館を教えてください

山口県(希望は下関or萩ですが、山口県ならOKです)で、貸切風呂のある、安い温泉旅館を探しています。近くに観光できる場所があれば嬉しいのですが・・・。ご存知の方、ぜひ教えて頂きたいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。

私が下関でおススメするのは、下関市豊田町『一ノ俣温泉』です。
お湯質では、ピカ1だと思っています。
年代が分からないのですが、何しろ田舎なので 廻りに娯楽的なものはなく、若い人にはちょっと物足りないかも・・。けど、温泉を楽しんでゆっくりするには、いいですよ。

一ノ俣温泉には、何軒か宿泊施設がありますが、予算的・施設の新しさでは
* 一ノ俣温泉観光ホテル・・・露天、家族風呂有り
* 一ノ俣温泉グランドホテル・・・数年前に改装して お風呂が充実しました。露天・家族風呂・サウナ有り。けど、観光ホテルよりは、少し高めです。
これくらいが、妥当だと思います。
私は宿泊したことはないのですが、二軒とも食事&入浴は経験有りで問題なかったですよ。

余談ですが、『温泉荘』は 施設はかなり古いですが、お湯も上記のホテルよりヌルヌル感がさらに強く感じ、 受け付けのおばちゃんも気さくで、日帰り入浴でよく利用します。宿泊も確か\6000くらいで とってもチープなのですが、ちょっとお年寄り向けかな?(おばちゃんゴメン!)

あとは、観光は
*豊田町道の駅『蛍街道西の市』・・・最近オープンしました。けど、野菜なんかは 早くに行かないと売り切れちゃいます。
*豊北町『角島』・・・ちょっと足をのばして〔一ノ俣から車で25分くらい〕何しろ景色もサイコー!!海産物のお土産を買ってね。
*長門市日置町『千畳敷』・・・もうちょっと足を伸ばせるなら〔更に車で25分くらい〕こちらも景色がサイコー!! 近くにある『龍宮の潮吹き』も是非、探して行ってみて下さい。

他にも川棚の『瓦そば』なんてのも おススメの一つなんですが、あまりに有名でご存知かもですね。

以上、参考になればいいのですが・・・
計画、楽しんで下さいね!!

こんにちは。

私が下関でおススメするのは、下関市豊田町『一ノ俣温泉』です。
お湯質では、ピカ1だと思っています。
年代が分からないのですが、何しろ田舎なので 廻りに娯楽的なものはなく、若い人にはちょっと物足りないかも・・。けど、温泉を楽しんでゆっくりするには、いいですよ。

一ノ俣温泉には、何軒か宿泊施設がありますが、予算的・施設の新しさでは
* 一ノ俣温泉観光ホテル・・・露天、家族風呂有り
* 一ノ俣温泉グランドホテル・・・数年前に改装して お風呂が充実しました。露天...続きを読む

Q森鴎外の魅力についてご意見をお聞かせ下さい。

森鴎外の魅力についてご意見をお聞かせ下さい。

森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』を青空文庫で読みました。
「あらゆる芸術はLiebeswerbungである。口説くのである。」が印象に残りました。
この場合のLiebeswerbungは「求愛」でしょうか。
「性欲を公衆に向かって発揮するのである。」とも記してあり、
なるほど…と思ってしまいました。

当時の鴎外が「西洋の芸術や美」に触れ「旧来の日本のそれ」を顧みた際に、
いったいどのように各々を捉えていたのだろうとも考えます。

森鴎外について興味を抱きました。
彼の作品の魅力につき、ご意見をお聞かせ願いますでしょうか。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

Aベストアンサー

「舞姫」と「高瀬舟」と「山椒大夫」しか読んでいない私がお邪魔するのは躊躇われるのですが。。。
鴎外さんは「舞姫」で完全にノックアウトされて、他の作品に手が出ない状態が長く続いておりました。
その点、春樹さんの「ノルウェイの森」にやられて他の物が読めません、と言うのと同じなのですが、遂に最近「高瀬舟」近辺の短編集に手を出しました。

舞姫を読んだ時の衝撃は今でも生々しく持ち続けています。
正しくは、一度目の読破感想と二度目の読破感想が、天と地とも言える程違った、と言う、その点に文字通り驚天動地!だったのですが。

文学史は見事に受験対策にしか頭に入れなかった私でして、作家の背景とも背骨ともなり得る時代風景がおぼろでじれったいですが、
明治期の西洋偏重の時代に、その流れの先端に乗ったかに見えながら、
その恩恵を一身に受けているかに見えながら、
実は己の「日本と言う風土に生まれた者」と言う意識と、
それと相容れない「西洋化」と言う波の乖離の著しさを一身に浴びて苦悩した人間とも感じております。

舞姫は、異国情緒溢れる作品であり、西洋偏重、西洋盲従の作品と見えて、実は凄まじい程「日本人らしい」或は「日本らしさを際立たせる」作品と私は感じます。
勿論、鴎外さん自身の生い立ち(強権的?な母の存在)から、何らかの「権力への盲従」を好むと言うか、生き方として選択しがちな方だったのだなあ、とは感じます。

その「権力への盲従」と言う生き方の脱却を果たしたのが、舞姫の時期ではなかろうか?
勿論、群雄割拠の時代において、あらゆる権力に頼らずに生きる事など不可能ですし、
権力盲従から脱却した所で、それは単に、また別の権力機構への依存に過ぎないのですが、
それすらも理解した上で、「己は己の生き方を選べるのだ」と言う、確かさ?を得たのが舞姫の終盤の葛藤では無かったでしょうか。

まあ、、、帰国後の彼の行動をざっとしか知りませんが、あまり自律した生き方、留学で得た確信を生かした生き方とは言えぬようにも思います。
それでも、ひとつの「実感」として、強く身の内に「選択する」と言う選択肢を得たのはドイツ留学時と勝手に思います。

舞姫。。。。
はっきりしない、頼りない、なよなよしたお坊ちゃんが、我が子を宿しさえした恋人すら結局護り切れずに切り捨てて、自ら下らないと認める権力依存の元さやに収まる、、、
何とも何ともやり切れない、、、と初読時の感想です。当時中学生。

二度目は、きっと時代背景を織り込んで読めたのでしょう。
また、「情けない葛藤」をこう迄衆目に折り目正しく(?苦笑)説明出来るその頭脳。
「葛藤」を説明するって、、、至難の業です。

それと
群雄割拠状態の世界を生き抜くには、何よりも「自ら選んだ権力機構で能力を発揮する事が必須」なのだなあ、と。
彼の選択の正しさと、其処に至る為に被った泥と、その後も被り続けたであろう泥を思って、切なくなったのです。

「己」と言う意識を得てしまった人間にとって、「世界の片隅でひっそりと」と言う意識はもはや持ち得ません。
「己の能力」と言う気付きを得てしまった人間にとっては、「何もなし得ずに生きる」と言う生き方は不可能です。
色恋じゃ、ダメなのです、きっと。

元々恋愛と言う物に懐疑的だった私の、恋愛最軽視主義?を決定づけたのが「舞姫」でした。
「命を懸けて護るもの、為し遂げるもの」は恋愛ぢゃダメなんだ、と頭に叩き込んだ高校時代でした。

勝手気侭な、独断まみれの投稿をお許し下さい。
文学史は忘れましたし、作家批判の評論はあまり読まない人間故、甚だしい思い違いなど有りましたら、笑い飛ばして下さいますよう。。。

「舞姫」と「高瀬舟」と「山椒大夫」しか読んでいない私がお邪魔するのは躊躇われるのですが。。。
鴎外さんは「舞姫」で完全にノックアウトされて、他の作品に手が出ない状態が長く続いておりました。
その点、春樹さんの「ノルウェイの森」にやられて他の物が読めません、と言うのと同じなのですが、遂に最近「高瀬舟」近辺の短編集に手を出しました。

舞姫を読んだ時の衝撃は今でも生々しく持ち続けています。
正しくは、一度目の読破感想と二度目の読破感想が、天と地とも言える程違った、と言う、その点に文...続きを読む

Q長門湯本温泉(山口県)のお勧めホテル・旅館

12月末に長門湯本温泉に旅行するつもりです。
泊まるところで迷っています。
実際に泊まってみた方、良かったところ、イマイチだったところを教えてください。
今のところ、大谷山荘が気になっています。
みなさんの貴重なご意見、お待ちしております。

Aベストアンサー

一度「枕水」に泊まったことがありますが
ん~…?(←コレで判断してください)露天風呂が混浴でした…。

大谷山荘はきれいなので(外観・フロントなど。客室は立ち入ったことがないのでわかりません)、「気になる」と仰るのがよくわかります。

何年か前は
 (1)白木屋グランドホテル (2)大谷山荘
というのを聞いたことがあります。

確かに料理は白木屋がダントツ評判いいです!

あまり参考にならなくてごめんなさい。


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