漢文の臥薪嘗胆の訳がほしいんです。どなたか教えてください。お願いします。越や呉や楚などの国の関係や登場人物の関係などもわかりません。よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

こちらが参考になると思います。

(参考URL)

参考URL:http://www.mizz.jp/word/word_7.html
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 #5の話が出てきましたら、呉や越とは別の楚の話もかかわってきます。

楚の貴族、伍子胥(ごししょ)が、平王のため、父や兄を殺され、楚を脱出し、越の皇子に仕え、その王子の国王即位のために尽力し、クーデターにより、国王となりました。孫武などを起用して、国力を充実し、やがて楚に攻め込みますが、平王は既に死んでいたので、その死体にむち打ち、楚時代の友人の申包胥が諌めましたが「日暮れて道遠し(人生の残された時間は少ないのにやらなければならないことは多い)」ので「あえて道理に外れたことをしている」といったのは有名です。越を破ったときにも、越王を殺しておかないと将来大変なことになりますよと忠告したのに、美人西施などの賂を受けた呉王は疎ましく思い、無視し、やがて、自殺させました。

(故事成語)
http://plaza26.mbn.or.jp/~pata/koji6.html
(下のHPの続き)
http://plaza26.mbn.or.jp/~pata/s18_011.html

参考URL:http://plaza26.mbn.or.jp/~pata/s18_010.html
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  これは、十八史略に出てくるのだと思います。「十八史略」とは、十八の史書の要約というような意味で、膨大な史書を繙かなくとも、重要なことは、これに載っているということで、一種の解説書のような本です。
 
  詳しい時代背景などは、参考URLに載っているようですので、「臥薪嘗胆」の訳を書きます。これは「薪(まき)の上に臥し、(苦い)胆を嘗める」という意味で、もう少し敷衍して訳すと「眠る時は、背中にごつごつした感触の伝わる薪の上で眠り、壁に掛けた苦い苦い熊の肝を嘗めて(忘れぬようにしよう)」です。
 
  日本語の文章で、「臥薪嘗胆する」は「精進する」「努力する」というような意味で使われているようですが、元々の意味は、もっと凄まじい意味です。「薪の上に寝て、夜毎、痛みを感じ続け、飛び上がるほど苦い肝をみずから嘗めて、あの悔しさ、あの恨みを決して忘れるものか、おのれ勾践め、何時か復習し、殺してやる」というような意味です。「死体に鞭を打つ」なども、この物語というか歴史記録のなかで出てきます。
 
  努力する、という意味よりも、「恨みは忘れぬ、いまにみておれ」という意味で、復習のために、気合いを入れ、必死に国力・軍事力の構築に努めて、遂に複数を果たしたという結果につながります。
 
  「努力する」という意味に日本ではなりますが、「父を殺された恨みを忘れるものか、それは《為すべき義務》を忘れることだ。忘れないためにも、自分の心身に苦行を課す」というニュアンスです。中国では、「為すべきこと」というのがあり、それが凄まじい形で現れているのが、この言葉なのですが、日本には、そこまでの「為すべきこと」という規範がないので、「努力する」というような意味になるのでしょう。
 
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 別の話になりますが、日本の南北朝時代、後醍醐天皇が隠岐に流される途中、美作国(岡山県)院庄の館に児島高徳がこの故事にならい「天勾践(こうせん)を空しゅうする莫(なか)れ 、時に范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」と桜の幹に書きつけ、今に越の范蠡のような良将が現れますよというメッセージを残しました。

戦前は、忠君愛国の代表者ということで、教科書にも載り、唱歌も作られました。

参考URL:http://members4.cool.ne.jp/~t_susa/meikyoku/syou …
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http://www.lt.cafe-alpha.com/~gensan/chain/18shi …
http://www.lt.cafe-alpha.com/~gensan/chain/18shi …
http://www.lt.cafe-alpha.com/~gensan/chain/18shi …

上記のURLを参考にしてみてはいかがでしょうか?それぞれ、上、中、下です。
一応、下記のURLも見てみて下さい。

ではでは。

参考URL:http://www.mizz.jp/word/word_7.html
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意味は目的を達成するために苦労を重ねること。

また、敵を討つために努力を重ねること。
史記に記載されています。春秋時代、呉王夫差は越王勾践に父を討たれたため、毎日薪の上に寝ながら、復讐の意志を奮い立たせて、この仇を報ることができました。そして、敗れた勾践は自室に胆を掛けて、この苦い胆を嘗めながら、敗戦の恥辱を思い出して、ついに夫差を滅ぼすことができました。この故事によります。
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Q【日本語】捲土重来(けんどちょうらい)、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の意味を教えてください。

【日本語】捲土重来(けんどちょうらい)、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の意味を教えてください。

Aベストアンサー

リベンジって憎しみの固まりで勢いがすごいですよね、その様子。

夜は押しピンの山に寝て、昼は正露丸をばりばり食って復讐心をかきたてる、その様子。

Q物語の登場人物と、倫理

 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こういった「読み」の在り方は、特に物語の読者となるための基本的な教養として共有している層と共有していない層がいるよな、ということが最近どうも気にかかるようになってきました。言ってみれば、小説を読む/マンガを読む/映画を観るということの「メディアリテラシー」の在る層と無い層という言い方もできるのかもしれませんが、この問題は意外と複雑な議論を含みうるような気がしています。私自身、それがどういった議論になりうるのか、ということを、まだあまり整理して考えられていないのですが、

 そもそもこういった「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」といった<読み方>の態度の要請は、おそらく極めて近代的な<読み方>の態度なのではないか、という気がするのですが、

(1)こうした<読み方>の態度は一体いつごろから普及したのか
(2)誰が、どういう理屈を掲げて言い始めたのか
(3)この<読み方>に対する論争史のようなものはあるのか

といったことをご存じの方がいらっしゃったら教えていただけませんでしょうか。シャルチエなどの近代読書行為論みたいな領域で扱われてそうな気もするのですが、どうもそちらのほうに詳しい知人がいないので。

 宜しくお願い致します。

 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こう...続きを読む

Aベストアンサー

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当性を再度検討してみたい。

というものだったように思います。

それに対して、そもそも「道徳規範」抜きには「読む」という行為は成立しない、というのが、わたしの一貫した考え方でした。読み手は、それぞれの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」を元手に、象徴体系としてある「文学の森」に分け入っていくのです。それぞれの「道徳規範」に照らし合わせないでは、テクストを理解するどころか、先を読み進むことさえできない。

問題は、読み手自身が作品を「鏡」として、自らの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」としての「道徳規範」にいかに気がつくか、それが一地方的な、一時代的なもので、「自分の(あるいは人間の)本質」でもなんでもない、ということに気がつくか、ということです。

ところが、このような読み方というのは、ある程度の訓練が必要になってきます。そうでなければ、読み手がすでに持っている「道徳規範」に照らし合わせて読むだけに終わってしまい、そうなれば読書は「道徳規範」を強化・補強する以上の意味を持たなくなってしまうからです。そしてまた、それ以上の読みに耐えられない作品も、山のようにあります。

あくまでも「文学(批評)理論」というのは、多様な「読み」の可能性を開くものでなければならない。そのためにあるのです。

ですから、

> 作品論をやりすぎることで、受容の実体的な状況論がないものにされてしまうのではないか?

というのは、まあ「実体的な状況論」なんて言葉が出てきちゃう時点で、正直、わたしは頭を抱えちゃって、語るべき言葉を失います。だって、「状況」なんて、いかなる意味でも「実体」なんかじゃないですか。
それを「読む」視点を離れて、いったいどんな「実体的状況」があるんですか?

サバルタンのことも書いておられますが、現にそこにいるのに誰も気がつかないのが、サバルタンなんです。そうして、問題は「語り得ない」、さらに耳にも入ってこないサバルタンの声を、どうやって聴き取るか、ということなんです。

> むしろ、「悪者」というよりも、スピヴァクがサヴァルタンの「語り得なさ」を指摘するような意味で、文学は「語り得ない」ものの位置に置かれてしまうのだと思います。

意味がわかりません。

> 極めてドイツ教養主義的なものにかぶれた一高生徒が自殺したとしても、それが不幸であったのか、幸福であったのか。我々はおそらく「語ることができない」。

なんで他人が「幸福であったか、不幸であったか」なんてことが言えるんですか?
そもそも、そういうことを「語る」必要があるんですか?
これを問題にしようと思えば
・「幸福」をどのように定義するのか。
・「ドイツ教養主義」とは、そもそも何であるのか。
・一高生の当時の日本における社会的・歴史的な地位。
・一高生における「ドイツ教養主義」の受容のなされ方。
そして何よりも、これがなぜ語り手にとっての「問題」になるのか、ということをまず、問題にしなきゃならないんじゃないか。

> 社会に対する影響論的な問題を「語ってはいけない」ものとしても同時に現れてしまう。

そうなんですか?
むしろ、「社会に対する影響論的な問題」というかたちで取り出した時点で、それは文学としての問題ではなくなってしまってるんじゃないんですか?
文学の問題というのはむしろ、「語ってはいけない」ではなく、そこにあることすら気がつかないことを、ほかのやり方では語り得ない方法で物語ることなのでは?
そうして、説明するのではなく、示すことによってそれをしようとする文学が示すものを「読み」、そこからさらにそこから理解の及ばない部分を見つけていくのが、文学評論なんじゃないか。
わたしはそんなふうに思っているのですが。

> 作品を読む、という行為は、読者によって自発的に選び取られる行為だということになっています。

わたしはそうは思いません。
「自発性」なんてものは、「自由意思」と同じで、わたしたちが仮に「あることにしている」もののひとつでは?
わたしたちはどんな意味においても、自由に作品を読んでいるわけではありません。

> もちろん作品は、単純な「原因」の側に置かれるのではなく、無数に開かれた読みを持つ作品―読者が、相互に自己触媒的に作用して、一つの信念が形成されていく

…作用して」までは同感です。
だけど、信念なんてものが形成されるものではないと思いますけれども。
さっきも書いたように「理解の及ばない部分」を新たに見つけていく、ってことじゃないかと。

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当...続きを読む

Q努力するという意味の言葉

臥薪嘗胆やローマは一日にして成らず
などの目的を達成するために努力する
という意味の諺、四字熟語など
他にありましたら教えてください
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

努力が大切だという教え。
「騏驥の跼躅は駑馬の安歩に如かず」
「愚公山を移す」
「後生畏る可し」
「鵠を刻して鶩に類す」
「死して後已む/斃れて後已む」
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」

Q『エマ』の登場人物

ジェイン・オースティンのエマを読んでレポートを書こうとしたのですが、(ビデオも見ましたが)、『エマ』の中の登場人物が多くてややこしくて理解不能でした(・・;)

なので、誰か『エマ』の人物のついて知ってる人整理して下さいm(._.)m

あと、最後エマがハッピーエンドを迎えるって事でいいんですよね?

お願いします!!!

Aベストアンサー

<つづき
「エマ」の姉の夫の兄弟の「ナイトリー」はそんなエマを見守り、現実認識の甘さを指摘する。その間登場人物同士いろいろあり、「エマ」はずっと兄のように思っていた「ナイトリー」が自分のことを深く愛していることに気づきまったく結婚願望がなかったエマが求婚を受け入れる。「ハリエット」は「ロバート」と結婚しハッピーエンド。ポイントは自信過剰な「エマ」が自分の価値観を人に押し付けて失敗し、人間的に成長するというところですかね~。

Q臥薪嘗胆

漢文の臥薪嘗胆の訳がほしいんです。どなたか教えてください。お願いします。越や呉や楚などの国の関係や登場人物の関係などもわかりません。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こちらが参考になると思います。(参考URL)

参考URL:http://www.mizz.jp/word/word_7.html

Q『ライ麦畑でつかまえて』の登場人物について

『ライ麦畑でつかまえて』について研究しています。

Q1 新刊の『ライ麦畑のミステリー』では、主人公ホールデンが気にかけていた家鴨だけでなく、タクシーの運転手ホーウィッツ(Horwitz)や魚が注目されていました。大学の教授にHorwitzがヘブライ語で何か意味があるのではないかと疑問を投げかけられました。本当にヘブライ語と関係があるのでしょうか?

Q2 ある『ライ麦~』サイト(URL不明ですみません)で、ホールデンにはViolaという妹がいると書かれていました。本の中には登場してないはずですが、サリンジャーのことなので、別のもの・人で象徴・比喩しているのかもしれません。

本やネットで色々調べていますが、なかなか役立つ情報が得られません。何かご存知でしたら、ご協力お願いします。

Aベストアンサー

以下の参考URLのサイトなんぞもちょこっと覗いてみてはいかがでしょう?
探せば、もっとありそうですが、取りあえずの参考まで

あとは、ネットではなくて、紙の本ですが
おもしろそうですよ。 

★「ライ麦畑」の正しい読み方
ホールデンコールフィールド協会 (編集)

★『ライ麦畑でつかまえて』についてもう何も言いたくない―サリンジャー解体新書
竹内 康浩 (著)

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4870315521/qid=1121http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0465.html

Q私のハンドルネームの由縁・ネーミングの意味は・・・

私のハンドルネームの由縁・ネーミングの意味は・・・

貴方のネーミングについて → よろしければ支障の無い範囲で、ユニークなアイデア・チョッと面白いエピソード・苦労の末の拘りの命名・託す願いetcをご紹介頂けませんでしょうか?



※ちなみに、私の「lions-123」は

大好きなプロ野球
私の中では史上最強チームであり、
巨人軍監督を非情&無意味な形で追われ、九州の弱小球団の監督と成った、知将三原脩が臥薪嘗胆、荒削りな集団を率いて、力強く伸び伸びとした魅力的な野武士集団<西鉄ライオンズ>に変身させ、宿敵水原巨人軍をエリート球団を破り日本一に、V3<昭和31年・32年・33年の日本一>を成し遂げた感動をネーミングにしております。

今は、悲しく寂しい変遷を経て、埼玉西武ライオンズとなっていますが・・・
lions-123 :西鉄lionsの31年の1、32年の2,33年の3と年号の最後の数字、今後も3連覇程度を、あの素晴らしい強さ・伸び伸び野球を何度か繰り返して実現してくれるように祈念したハンドルネームです。

「神様・仏様・稲尾様」がいて、中西・豊田・大下・関口・仰木・高倉・玉造・花井・城戸・田中・和田・滝内・小渕・西村・若生・河村が、三原マジックと共に暴れまくった平和台球場の侍メンバー達を・・・。

私のハンドルネームの由縁・ネーミングの意味は・・・

貴方のネーミングについて → よろしければ支障の無い範囲で、ユニークなアイデア・チョッと面白いエピソード・苦労の末の拘りの命名・託す願いetcをご紹介頂けませんでしょうか?



※ちなみに、私の「lions-123」は

大好きなプロ野球
私の中では史上最強チームであり、
巨人軍監督を非情&無意味な形で追われ、九州の弱小球団の監督と成った、知将三原脩が臥薪嘗胆、荒削りな集団を率いて、力強く伸び伸びとした魅力的な野武士集団<西鉄ライオンズ>に...続きを読む

Aベストアンサー

私は登録のときに
ハンドルネームを決めなければいけないと知り
その前にもIDとかパスワードで頭を悩ませて
困って
冷蔵庫にあったウインナーの名前をつけようと思いました。
でも
そのままでは問題になってはいけないと
スペルは違います。

もともとハムまではいかないものの
お肉が気になっている50歳前のお年頃です。
私にピッタリだと思いました。

くだらない理由で、すみません。

Q藤沢周平『蝉しぐれ』の登場人物について

藤沢周平の『蝉しぐれ』の主人公・牧文四郎の実家の兄である
服部市左衛門の“市左衛門”はどう読むのでしょうか?

現在、個人的にこの作品の一部を翻訳しているのですが、
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教えていただけると助かります。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「蝉しぐれ」・・・素晴らしい作品ですよね。夢中で読みました (^^)/

以下のリンクを参照してください。

参考URL:http://home.catv-yokohama.ne.jp/vv/kamanari/semisigure/index.htm

Qこの英文の意味は?

この文章の意味はなんでしょうか?
どうやらAndrew blackburnという方の言葉?のようですが…

Aベストアンサー

あなたがやりたいことはなんでもやりなさい。今日という日はあなたのものです。

Q小説の登場人物の名前の設定について

文学賞の応募のため、とある歴史上の人物をモデルとした「小説」を書いています。

事実と創作と混在します。
この場合、登場人物の名前(主人公とその他登場人物)を実際の氏名を使用したほうがよいのか、虚構の氏名にすべきか迷っています。

史実が6割というところです。
個人的には、実際の名前を使いたいのですが、識る人には事実と違う場面も多い。

創作(小説)なので、どちらでもいいと言えば、それまでなのですが……

Aベストアンサー

例えばゲームの「戦国BASARA」や「信長の野望」をどう考えるか、と
同じような問題だと思いますよ。

これらは確実に歴史上とは違った結果になりますが、登場人物の名前は
史実そのものですよね。でも、プレーヤーは全く違和感なくプレイして
いるわけです。

要は「ゲーム内でその人物がきっちりとリスペクトされているか」で
判断すればいい話ではないんでしょうか。


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