「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

文学がお好きな方にお訊ねしたいのですが、芥川賞と直木賞の両方を受賞した作家って、いなかったでしょうか?
私の記憶では、直木賞はもらったけど芥川賞がほしかった、これでやっと胸を張って作家と言える、と喜んでいた作家がいたと思うのですが。
検索しても見つからず、あれは私の妄想か、直木賞じゃなくてほかの賞だったか、自信がありません。
ご存知の方がいらしたら教えて下さい。お願いします。

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A 回答 (3件)

 芥川賞、直木賞のどちらかを受賞すると、以後は両賞ともその人を候補から外しますので、両方を受賞するという事は不可能です。

現在までに一人もいません。
 ただし、かつてはこの二つの賞は別々の日に選考していたため、直木賞候補として上げられた松本清張の「或る『小倉日記』伝」が、これはむしろ芥川賞だろうということでそちらに回されて、見事そのまま受賞してしまったというケースがあります。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。
そうですかーー、私の勘違いだったようです。
どうもありがとうございます。

ちなみに、「或る『小倉日記』伝」は芥川賞で適当だろうと思いますが(ちょっと異色)、あとの活躍は直木賞作家そのものですね(笑)。

お礼日時:2006/01/06 18:18

すでに回答されているように、同時受賞は過去ありません。


ただし、同時に両賞の候補になった例がいくつかあります。
木野工「襤褸」(昭和46年・第66回)北川荘平「水の壁」(昭和33年・39回)などです。最近はそういうことはないですが。
同時候補になっても、どちらかを受賞すれば、もうひとつの方は基本的に受賞できないようです。
また、戦前の選考会では、芥川賞の選考会に直木賞の選考委員が立ち寄って意見を述べたり(その反対もあり)、その意見が大きな影響を与えたりということもあったようです。
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この回答へのお礼

お答えどうもありがとうございました。
そうなんですか、情報いただいて感謝いたします。両賞の候補になったものを受賞と勘違いしていたかもしれません。

これにて締め切りたいと思います、ポイント2つしかなくてごめんなさい。

お礼日時:2006/01/07 20:19

#1の方が回答されてるように同時受賞の例はないと思います。


質問を拝見して思い出したのが、平成14年に純文学を対象とした芥川賞を受賞されている吉田修一さんが芥川賞受賞の少し前に、大衆文学を対象とした山本周五郎賞を受賞してることです。
前例のないことだったらしく、芥川賞受賞の時にそのことが報道されていました。
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この回答へのお礼

お答えいただいて、どうもありがとうございました。
なんか、そんなことがあったように記憶しているんです、もっと昔のことと思いましたが……。最近は記憶もあやふやで。参考になりました。

お礼日時:2006/01/06 18:24

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Q純文学の定義って何ですか?

小説を大衆小説とか純文学とかってカテゴライズしますよね。
大衆小説=エンターテイメントと捕らえると、小説の娯楽としての性質上すっきり理解できるのですが、純文学というのが何なのか良くわかりません。
江戸時代の娯楽としての歌舞伎が現代では古典芸能になったように、明治時代の大衆小説としての文芸が現代の純文学になった。
つまり、明治大正昭和的雰囲気の小説のことを指すと考えていいのかなとも思ったのですが、なにか分類の定義か指針があれば、教えてください。

Aベストアンサー

大衆文学ってのは近代の枠の中でやってるもの。
純文学ってのは常に形式を壊していくもの。

とすれば一応の定義はできるかも。
この場合の近代というのは脱構築と対応する意味での近代ということで。

でも純文学の定義って難しいんじゃないすかね。
第一に純文学って誰にでも書けるものというわけじゃないから、そうした客観的なものさしをつくれないし。

あ、あと念のため言っておくと、芥川賞は純文学を担保するものじゃないですよ。
芥川賞がそういうベクトルに機能したのは戦後のごく一時期だけです。
だって最近の、石原が審査員をやるような芥川賞なんて
獲りたいやついるか?って感じだろうし。
ほとんど意義を失ってるみたいです。

Q芥川賞と直木賞どちらが上?

これまで芥川賞が文学界の中でもっとも権威ある賞だと思っていましたが、「20ほど前から直木賞が上になっている」という意見もあります。
本当なのでしょうか?直木賞どまりである作家も最終的には芥川を狙っている(というよりか、それも欲しい)と思いますが…。
もし違っていたらご指摘ください。

Aベストアンサー

>芥川賞が文学界の中でもっとも権威ある賞

 この認識がすでに間違っています。以下をごらんください。


 芥川賞および直木賞は、「文藝春秋」の創始者菊池寛が友人の芥川龍之介と直木三十五を記念して作った文学賞で対象は新人の小説作品です。当時(昭和初期)はひどい不況時代で新人作家はほとんど衣食の道がなく、また文壇に出てくるには同人誌に小説を発表してそれが批評家の目にとまるのを待つしかないというような時代でした(もっともこのころの同人誌というのは今よりかなり格の高いものもあって、なかば商業誌のように売れるものもありましたが)。アイデアマンだった菊池は、新人賞によって、(1)新しい才能を継続的・定期的に発掘する、(2)原稿料による収入を確保する(賞を受賞すると注文が増える)、(3)雑誌が売れないとされる二、八月に賞を出すことで売上げ増を目指す(芥川賞受賞作は「文春」に、直木賞は系列の「オール読物」に掲載される)、という一石三鳥の効果を狙ったと言われていますが、それはともかくとして、こういういきさつで作られた賞ですから、審査の対象がもともと新人の作品に限定されている。ですから村上春樹とか大江健三郎とかが今年どんなに優れた小説を書いても芥川賞はもらえないわけです。大家や中堅の作家の作品が審査の対象になることはありませんし(実際「○○さんはすでに中堅作家だから」という理由で落選したり、候補に入らなかった候補が何人かいます)、新人賞というのは基本的に新しい才能を見出すのが目的ですから一生に一度が基本です。イチローのように二度もらったりすることはありえない。
 ただし「完全な新人賞」、つまりこれまでまったく無名だった作家を一夜にしてシンデレラ・ガールにするという賞でもないんです。というのは芥川賞は(直木賞については後述)新人賞としてもっとも格の高いものという扱いですので、所謂文学誌に定期的に作品を出しているような作家、あるいは文学界新人賞や文藝新人賞のような新人賞をすでに受賞している作家、作品も対象になります。要するに新人としての総仕上げの賞というのが正確な把握なのではないでしょうか。これをさらに徹底しているのが直木賞の選考基準で、今では芥川賞と直木賞ならば直木賞のほうが受賞がむつかしいというのが現状です。直木賞はご存じのように大衆小説が対象ですから、選考委員にも受賞者にも「筆で喰っていく」という意識がつよいんですね。したがって「新人としての総仕上げ」というのも芥川賞よりややレベルが高く、原稿料と印税だけで食べてゆける(直木賞系統は芥川賞系統より原稿料がかなり安いので、定期的に大量の原稿を書いてゆかなければならない)だけの技術と実績、そして雑誌からの注文が保障されていることが必要になります。受賞者一覧をご覧になればわかるかと思いますが、芥川賞は「この人は今……」という人がけっこういるのですが、直木賞にはそれがほとんどありません。作品主体の選考ではなくて作家主体の選考が傾向としてつよいので所謂一発屋という人が出ないんです。その代り、一時期、芥川賞には「もう遅い」が連発され(目の利かない選考委員のときに新人だった作家が中堅になってしまっているので今さら芥川賞が出しにくい)、直木賞には「まだ早い」が決り文句になっていた時代がありますが、直木賞のどちらかといえば慎重主義的な態度はどうしても受賞者の年齢を押しあげます。今さらこの人? というような受賞者が最近連続しているのはこのためです(まあ、直木賞は探偵もの、時代小説、SF、現代もの、風俗小説、とジャンルが広くて候補者が多くなるせいもあるのでしょうが)。
 まあ、今のところの印象としては、芥川賞は「新人の総仕上げ」、直木賞は「中堅の入口」というのが正直なところでしょうかね。個人的には直木賞は人数を増やしてもいいからもう少し基準をゆるくしてもいいんじゃないかと思うなあ。
 ちなみに、どうして「日本でいちばんすごい文学賞」という誤解があるのか? これは簡単です。芥川賞と直木賞は「日本でいちばんメディアが注目している文学賞」だから。要するに今の社会はメディアがすべてなんですね。内容よりも視線が大事な時代。もともと文学関係者だけが注目していた地味な賞だったのが、いつからこれほどメディアの視線を集めるようになったのは石原慎太郎の『太陽の季節』による最年少受賞がきっかけなのですが……、まったくこの人、政治どころか文

>芥川賞が文学界の中でもっとも権威ある賞

 この認識がすでに間違っています。以下をごらんください。


 芥川賞および直木賞は、「文藝春秋」の創始者菊池寛が友人の芥川龍之介と直木三十五を記念して作った文学賞で対象は新人の小説作品です。当時(昭和初期)はひどい不況時代で新人作家はほとんど衣食の道がなく、また文壇に出てくるには同人誌に小説を発表してそれが批評家の目にとまるのを待つしかないというような時代でした(もっともこのころの同人誌というのは今よりかなり格の高いものもあって...続きを読む

Q直木賞は何回でも受賞できるのですか?出来ない場合直木賞に近い賞は?

直木賞は一度受賞した後も、何度も受賞出来る賞なのでしょうか?
もし出来ないのであれば、アメリカ映画の賞の様にアカデミー賞の様な賞はあるのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

直木賞は、1回しか受賞できません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E6%9C%A8%E8%B3%9E

主に直木賞を受賞した経験のある大衆小説(エンターティメント系)の作家に与えられる文学賞としては、「吉川英治文学賞」などがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B7%9D%E8%8B%B1%E6%B2%BB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E

>アカデミー賞の様な賞はあるのでしょうか?
同じ人が何回も受賞できる文学賞はあるのか?という趣旨の質問かと思います。
下記URLのように文学賞は数多くありますが、一つの賞について、同一人が繰り返し受賞することはできません。各々の選考過程で、受賞済みの作家の作品は候補作に上らないのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qお米1合はご飯何グラムですか?

お米1合(150g)は炊きあがり後の「ご飯」になった時は大体何グラムでしょうか?
また、炊飯ジャーなどで、容量6L等とありますが、このリットルはどの状態の事を差すのでしょうか?(米?ご飯?、容積?)

Aベストアンサー

一合150gのたきあがりは約300gです。ちなみにお茶碗一杯150gおにぎり一個100gすし一貫20gカレー一人前300g弁当一個220gが標準です。

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q400字詰め換算枚数とは?

文学賞などに小説を応募する際の質問です。
多くの賞の応募規定に「ワープロ原稿は400字詰め原稿換算枚数を明記」とあるのですが、この正確な意味とは何でしょうか?

質問集を検索してみたところ、http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1722848.html
が最も私の質問の答えに近かったのですが、ここでも最終的に意見が分かれています。
つまり
(1)ワープロで20×20字の書式で書いたときの枚数(この場合、改行したときの空白スペースも原稿量に含まれます)
それとも
(2)ワードの機能の「文字カウント」などを使って算出した総文字数を400で割ったもの(例えば90,000文字なら225枚)なのか。
どちらが正しいのでしょうか。
文学賞によって違うのでしょうか。

他のサイトを見てみると(2)の方法は「タブー」との回答もありましたが、正確なところがわかりません。(ちなみに私はこれまでずっと(2)の方法をとってきました)
どうか教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

既に回答が出ていますが。
(1)の方法で計算するのが正しいと思います。

その理由としては、応募規定に、
「ワープロ原稿は400字詰め原稿換算枚数を明記」
とあることからも分かると思います。
わざわざ、「原稿用紙に書いた場合の枚数に換算して、その枚数を書け」と言っているわけですから。
先の回答にもありますが、単なる文字の羅列ではなく、空白も含めての作品ですから、原稿用紙の枚数に換算せよということになるのだと思います。

(2)の方式、つまり何文字書いたかを問題にするのであれば、「文字カウントによって算出された総文字数を明記せよ」という規定になっているはずです。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q国民の三大義務と三大権利について

むかしむかし中学で習ったのですが忘れてしまいました。三大義務と三大権利教えて下さい。ちなみに選挙権が入っているのはどちらでしたか?

Aベストアンサー

三大義務は勤労、納税、子供に教育を受けさせることで、三大権利は生存権、教育を受ける権利、参政権です。
選挙権は「権利」になります。(義務だったら、投票率があそこまで低くなることはないかと…)。

参考アドレスも掲載しておきます。

参考URL:http://www.city.miura.kanagawa.jp/index/download/007385;000001.pdf


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