鳥が出てくる文学作品をまとめて読んでいます。
日本近現代の短編小説で、思いつくものを教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

もう読んでるかもしれませんが。


井伏鱒二著『屋根の上のサワン』『大空の鷲』

この人の作品は、鳥の作品が多いようです。私は、教科書でこれしか読んでないですけど
椋鳩十著『大造じいさんと雁』

赤い鳥掲載の作品(非常に短いです)
秋田雨雀著『白鳥の鳥』
堤千代著『文鳥』
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
秋田雨雀、堤千代はまだ読んでいませんでした。
参考になりました。

お礼日時:2006/05/16 05:03

池澤夏樹「最後の一羽」。

とてもいいです。骨は珊瑚眼は真珠、という本に収録されています。
    • good
    • 0

鳥が実際にどの程度出てきたか忘れてしまったのですが(鳴き声だけだったかもしれません)、村上春樹の『ねじまき鳥と火曜日の女たち』



『パン屋再襲撃』に収められている短編で、『ねじまき鳥クロニクル』の元になった作品です。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167502 …
    • good
    • 0

こんにちは、日本近現代で短編と限るとなかなか思いつきませんね。



竹山道雄「ビルマの竪琴」は、水島上等兵の肩にインコ(オウム?)がとまっていたような。あんまり短編じゃないですかね。

井伏鱒二「孤島」は絶滅したとされていたアホウドリ再発見のエピソードが話の中心になってます。

どんぴしゃりじゃありませんが、こんなページもあります(ここから「鳥と野鳥の書籍リスト」→「博物学・随想・鳥の物語」と進んでください)。
http://www.affrc.go.jp:8001/nbird/bgindx.html

また外国文学ですが、「はるかなるわがラスカル」(スターリング・ノース)(有名なアニメ「あらいぐまラスカル」の原作)は大変良質のバードウォッチング小説だと私は思います(ただし、小学館ライブラリー版の翻訳は、ある鳥の野外識別のポイントに重大な誤訳があります(^^;))。もちろん、外国文学まで広げるとほかにもかなりたくさん出てきてしまいますが。
    • good
    • 0

宮沢賢治


『よだかの星』-よだか
『銀河鉄道の夜』-白鷺
『セロひきのゴーシュ』-郭公
『まなづるとダリヤ』-真鶴

丸山健二
『稲妻の鳥』-イヌワシ
『イヌワシのように』
『イヌワシ讃歌』(エッセイ)他

漱石
『文鳥』

木下順二
『夕鶴』

鴎外
『雁』
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
丸山健二は読んでいませんでした。
参考になりました。

お礼日時:2006/05/16 05:04

川端康成『禽獣』

    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/16 05:00

戸川幸夫著『吹雪』ある老鷹匠と若い鷹の物語。


小学校の国語の教科書で読み感動しました。
現在では、『爪王』という漫画になっているようです。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063606 …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。読んだことないです。

お礼日時:2006/05/16 04:59

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q短編の現代文学作品

こんにちは。質問させて下さい。
現代文学作品で、ライトノベルのようにキャラクターがしっかりしていて魅力的な、短編小説ってありますか?
私はいわゆる「キャラクター小説」が好きなのですが、短編だとキャラクターに愛着が湧く前に読み終わってしまうことが多いです。短編小説も、楽しく読みたいのですが…

もしお心当たりがお有りでしたら、教えて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ジャンルとしては「純文学」になるのでしょうが、
綿矢りさ(芥川賞作家)の「You can keep it 」がおすすめです。
文庫版「インストール」に収録されている隠れた名作です。
キャラクターに「愛着がわく」かは何とも言えませんが、
強烈なクセをもったキャラが出てくるのは確かです。
あっという間に読み終えられる長さ(短さ)ですが、
独特の読み応えがありますよ。

Q文学部で現代日本文学作品だけを学ぶのは無理?

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を考えたことがありません。

しかし、その文学部について調べていて引っかかる点が少しありました。
他の大学もそうだと思うのですが、国文学は文学部の中でも「東洋文化系」という大きなくくりの中に属していますよね。
その東洋文化系の必修科目や専門科目は、
・中国・韓国語・サンスクリット語などの外国語
・中国古典文学・漢文・国語古典文学・インド古典文学
がほとんどという印象でした。
国語学や国文学もありますが、それ以上に外国語や他国の古典文学の授業がかなりを占めていると思います。
さらに国文学の授業でも、古典文学だけを扱うのが文学部の一般的常識だと聞きました。これは本当なのでしょうか。
教授の研究テーマを見ていても、現代日本文学を専門にしていらっしゃる方がいらっしゃいませんでした。
京大以外の国立大も軽く見てみましたが同じような印象を持ちました。

これは、大学の文学部に進学しても現代日本文学を本格的に学ぶことはあまりできず(卒論を除く)、他国のものを含む古典文学・外国語ばかりということになるのでしょうか?

古典文学も外国語も嫌いではありませんが、現代日本文学をあまり学べず、そちらにウェイトがかなり寄っているなら、他学部に進学して独学で文学を学ぶ方が幸せなのかなぁという気がして迷っています。
文学部で現代日本文学作品だけを、とまでは言いませんが、少なくともそれを専攻にしていると言えるようにはなりたいのです。
それが無理ならば、現代日本文学を学びたいという人が、古典文学や外国語をやる意味って何でしょうか?

文学部に在籍経験のある方や、その辺の事情に詳しい方の回答を頂けたらと思います。些細な情報でもかまいません。よろしくお願いします。

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学、政治学などの社会科学はもとより心理学や哲学といった思想系、時には人間が対象として観察している自然科学分野にまで及びます。そしてそうした全てをひっくるめた歴史にも脚を踏み入れねばならないことも普通です。
 「小説を読むのが好き」と仰る質問者からすれば、近代以前の作品は「小説」ではないのかもしれません。けれど『蜻蛉日記』や『更級日記』も解釈次第では「小説」でもあるとの事実を忘れてはならないでしょう。両者は共に「私小説」です。それは「私に降りかかった事象」を私の目線で見たこととして「自己対象化」の要件を完璧にクリアしていることによります。
 この要件を近代以後の作品に適用してみるならば、漱石、竜之介、そして公房や由紀夫、健三郎といった作家全てにあてはまることにもなります。
 こうしたことを考えてみると、最初の質問である「文学を学ぶ」とはどの様な意味を持ってくるといえるでしょう。そして具体的な内容はどの様な言葉として説明することになるでしょう。ここまで来た時、一先ずの定義を示すこともできます。少なくとも「文学なるもの」を研究対象とする時にしか、この言葉を使うことが出来なくなるとの話です。
 恐らく今後もノミネートされることはあっても村上春樹さんがノーベル賞を受賞することもないでしょう。それは文学が時空を越えて数多くの人と感動や認識を共有することで認められているからとの「文学の存在理由」との間でかなりの隔たりがあることも作用しています。
 『青が消える』が普遍の問題を扱っているといえるでしょうか。この作品をどの様な視点からターゲットとして観察することができるでしょうか。少なくとも僕には公房と類似するテーマを扱いながら彼の一連の作品を凌駕するとも考えられません。春樹が書いているのは「僕にとっては大切なもの」が他から見れば「さほどの意味はないもの」であるとの描写に留まっている点で、公房の足下にすら及ばない。だからどうしたの?で終わってしまうほどの作品ともいえます。
 質問者は「同時代の作家を対象とした」と肩に力を入れて力説していますが、戦後そして1945年以前の作家が同時代の空気を採り上げていないとの考えならば、それは大間違いともいえます。彼らは全員「自分の目線」とのフィルターを通じて社会そして世界を観察し、それを「言葉」として再び世界に放ち、読者(研究者も評論家も)に投げ返してきた、「社会とは…」「世界とは…」「私とは…」そして「これら私を取り巻くものと私の関係は…」との形で。
 少し厳しい言い方になりますが、質問者は「文学」を全く知らないといっても過言ではありません。公房が海外でF.カフカやS.ベケットさらにはA.カミュ、健三郎がG.グラスなどとの同時代の観察者として考察の対象になっていることをご存知でしょうか。またなぜ和歌や俳句に関する研究で外国の研究者の方がより本質的な部分にまで切り込むことができるのか考えたことがあるでしょうか。
 芭蕉の旅は西行の旅と重なる部分が数多くあります。清少納言や兼好の言葉には李・杜、白居易をはじめ多くの言葉がちりばめられてもいます。これはなぜでしょう。それを読む人からすれば、まさに現代の言葉でもあるからです。雪降る朝の光景が「香炉峰の雪」を想起させると清少納言が感じたから、それを言葉にしたのであり、そうした姿をペダンティックと評するのも一つの解釈です。けれどもそれは「清少納言という人物像に対する評価」であり「『枕草子』に対する評価」とは異質なものといえます。
 どうやら質問者は「大学で学ぶ」ことを勘違いしている可能性も多分にあります。専門の教員がいないから学ぶことができないとなれば、質問者の文学に対する姿勢は常に受け身といえ、そこから何を引っ張り出すかとの最も大切な作業を放棄することになります。このような生半可な姿勢では理論構築のない分野とはいえ、何を求めるかとの自らが立てた問いに対する答えを見つけることは到底叶わないともいえます。
 「京都大学の学風に惹かれる」とはあっても、文学部に学風は無関係です。京大文学で「学風」と呼ばれるのは歴史学での「内藤史学」や哲学での「西田哲学」といった「研究スタイル」や「アプローチ視角」での特色です。老婆心ながら誤解されませんように。
 なお「日本文学科」や「国文科」が対象領域として扱うのは必ずしも古典だけではありません。近代以後、「第三の新人」と呼ばれる作家までは対象範囲に含まれます。志望選択をする以前に少なくとも、近代文学史の概要程度は頭に叩き込んでおいていただきたいですね。それが常識ですよ。

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学...続きを読む

Q心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。 イギリス文学 心理学 イギリス文学を用いて心理学

心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。

イギリス文学 心理学

イギリス文学を用いて心理学の論文を書こうと思っています。
特にサスペンスやミステリーが好きなので、犯罪心理学の路線で行こうかなと考えていますが、未定です。
集団心理、思い込み(幻想、幻聴など)、多重人格でも何でも、何か心理学的なヒントが見つかりそうなイギリス文学作品があれば教えて頂きたいです。時代は問いません。
和訳されていない作品でも大丈夫です。英語で論文を書くので、むしろそっちがやりやすいかもしれないです。

どんどん挙げてくれたら嬉しいです!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

シャーロック・ホームズはコカイン中毒だったとのことですから、病理心理学はダメですか?
ルイス・キャロルは幼児性愛者だったそうですが、これも病理心理学として使える?

Q死別がテーマの近現代日本文学

『文学における死別からの克服』という研究を始めようと思っています。
唐突ですが近現代の日本文学でこのテーマに該当する作品があれば教えてください。
できれば『世界の中心で愛を叫ぶ』や『いま会いにいきます』のような大衆文学ではなく、一般的に純文学と呼ばれているものでお願いします(><)

Aベストアンサー

大きなテーマですね。
主人公以外の作中の誰かの死が強く意識されるもの、として思いついたところを。
的確さを欠いているかもしれません。二三読んでご判断いただければと思います。

小説
◇島崎藤村『春』
◇志賀直哉『暗夜行路』前半の祖父。
◇宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
◇堀辰雄 もう一点、『聖家族』「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」とはじまる短編。
◇福永武彦『廃市』
◇深沢七郎『楢山節考』
◇安岡章太郎『海辺の光景』
◇山川方夫『夏の葬列』掌編です。
◇野坂昭如『火垂るの墓』作者の贖罪感が書かせたのでしょう。
◇清岡卓行『アカシアの大連』中短編五部作。妻。
「朝の悲しみ」「アカシアの大連」「フルートとオーボエ」「萌黄の時間」「鯨もいる秋の空」
◇大江健三郎『取り替え子』
◇村上春樹『海辺のカフカ』これに限らず、死別かそれに類する小説の多い、喪失感が大きなテーマの作家。

※女性作家は一段と目を通していないので、よくわかりません。
女性のほうこそ相当にありそうですが。

随筆
◇寺田寅彦『団栗』小品ながら。
◇保田與重郎『日本の橋』特に最後に出てくる名もなき母親。
◇萩原葉子『父・萩原朔太郎』一冊分です。

詩歌
「明星」派の歌人、山川登美子は、二十三歳で夫を亡くし、二十九歳で父を、それから一年もしないうちに、みずからがみずからへ挽歌を捧げながら亡くなります。まさに「挽歌を詠むためにうまれてきたような歌人」(竹西寛子氏の評)

いったいに短歌は、挽歌が死別からの克服を含むとすれば、明治以降も一大宝庫です。
◇斎藤茂吉『赤光』中の母(これはリアルタイムでもあります)
◇釈迢空(折口信夫)における養子
など。ひょっとして挽歌を一首も詠まなかった歌人などいないのではないかと思うくらいです。

これに近代詩、現代詩を加えれば、もっとあれこれ多くなると思いました。
ある程度まとまりのある、これも有名なところでも、
◇高村光太郎『智恵子抄』詩集
◇宮沢賢治:『無声慟哭』の連作
◇宗左近『炎える母』詩集
など。

以上、もとより隙間だらけです。ご参考にしていただければと思います。

大きなテーマですね。
主人公以外の作中の誰かの死が強く意識されるもの、として思いついたところを。
的確さを欠いているかもしれません。二三読んでご判断いただければと思います。

小説
◇島崎藤村『春』
◇志賀直哉『暗夜行路』前半の祖父。
◇宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
◇堀辰雄 もう一点、『聖家族』「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」とはじまる短編。
◇福永武彦『廃市』
◇深沢七郎『楢山節考』
◇安岡章太郎『海辺の光景』
◇山川方夫『夏の葬列』掌編です。
◇野坂昭如『火垂るの...続きを読む

Q日本の近現代文学の勉強について

大学の編入学試験対策に、近現代(特に近代)の日本文学について勉強出来るような本を探しています。
書店にある「よくわかるシリーズ」のようなビギナー用の纏め本が欲しいのですが、「日本文学」では範囲が広すぎることもあって、中々これというものが見つからず…
右も左もわからないので浅く広く纏めた一冊を指針に本を読んで行こうと思っているのですが、文学史や作風や主義、作者やその有名作品など、図なども使ってわかりやすく纏めてあるものをご存じでしたらご紹介頂けないでしょうか?
また、おすすめの日本文学勉強法がありましたら、ご教授頂ければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

学灯社から出ている必携シリーズに近現代文学があります。
かなり丁寧な作りになっていて要所要所がまとめられており、日文専攻の大学院試の際の必読書みたいな感じになっているのですが、絶版なので(笑)日本の古本屋さんあたりのサイトをあたって入手して下さい。あとは他の回答者が仰るように便覧を見るのが一番手っ取り早いでしょう。編入試験レベルならたかが知れてますし。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報