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『人のため』に行動することってあると思いますか?

 時の人になっていた、鈴木宗男さんを見ていて思いました。
彼はもともと貧しい農家の出でした。もしかしたらはじめのうちは彼は本気で地元を潤そうと思って地元のために必死になって公共事業を引っ張ってきていたのかも知れません。
それがいつのころからか、『地元のため』と思っていたのが、『自分のため』に変わっていったんじゃないのかなぁ。

 僕の大学のサークルでは2,3年前まではかなり上下の区別がはっきりしていました。そしてよく上回生は『お前が社会に出たときのため』に厳しく接しているんだといいました。

 でも、そもそも『人のため』なんて正しい日本語なんでしょうか。本当に『その人のため』を思っているんでしょうか。もしかしたらそれらは全部『自分のため』じゃないのでしょうか。
おぼれている人を見て、その人のためといって飛び込む人がいるとしても、それはあとから「その人を見捨てた」という罪悪感を持ちたくないからではないでしょうか。
『子供のため』・『家族のため』・『仕事のため』といった言葉も結局は自分のためでしかないのではないかと思うのです。

自分でも何を言っているのかわからなくなってきましたが、要するに『~のため』といっても結局は全部自分のためにやっていることなのではないかということです。
皆さんは、どう思いますか。

A 回答 (21件中21~21件)

ボランティアを例に説明します。

「何のために」ボランティア活動を行うのかという問いに対して、2つの回答があります。1つは困っている「人のために」、もう1つは「自分のために」です。前者を利他主義(altruism)、後者を利己主義(egoism)と称します。

利他主義でボランティアを行う人は、奉仕の精神のもと、自己の利益を考えずに、極端な場合は自己を犠牲にして、「人のために」ボランティア活動を行います。これこそ純粋な「人のため」の行動です。具体的な例としては、熱心な宗教家による貧者の救済活動があげられます。

利己主義でボランティア活動を行う人は、たとえばボランティア活動を行って自分の技術を磨く、就職のためのキャリアを得る、達成時に満足感を得る、自分が世の中に必要とされていることを感じる、ためなど様々な目的から活動します。現在のボランティア活動に参加する人は、利己主義の方が多いといわれています。つまり自己充実のために活動していることになりますが、しかし、これは一方で、ボランティア活動を通じて「人のため」になっているのです。注意すべきは、利己主義は自己中心主義ではありません。鈴木宗男のケースは、当選当初は「人のため」(限定的にいうと、北海道民のため)と思っていたのが、次第に自己中心主義(金儲け、自分の派閥設立の目論見等)に変わって行ったのではないでしょうか。

少し長くなりましたが、私的意見としては、「人のために」行動することはあると考えます。ただそれは、個人が利他主義か、あるいは利己主義かのいずれを取るかで、「人のため」と「自分のため」のバランスの傾きが違ってくるのではないでしょうか。「人のために」という考え方がなければ、この社会をホッブス的な「万人の万人による闘争」の厳しさから救済できない、と考えます。
的外れな回答でしたら、ゴメンナサイ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

 利他主義と利己主義の説明はとてもわかりやすかったです。
 確かに、『自分のため』と『人のため』のバランスが大事になってくるのでしょう。
 現代では『人のため』といって、『自分のため』に行動している人が多いようですし。
 ありがとうございました。
  

お礼日時:2002/03/22 14:12

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