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父が、戦いすんで日が暮れての作者(Wikiで調べたところ佐藤愛子さんと判明)は直木賞授賞式に、着ていく服がなかったため水着で席の臨んだ、と言っているのですが、これは本当でしょうか? それとも父の口からでまかせ?

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A 回答 (2件)

確かに『戦いすんで日が暮れて』は、夫の倒産による大借金の返済に奔走する自らの姿を描いたものですが、そのようなエピソードは、寡聞して存じません。



手持ちの昭和史の本に、授賞式の会見写真が1シーンだけ載っていました。
これは、同時期(昭和44年上半期)の芥川賞受賞者の庄司薫、田久保英夫両氏と並んで、賞状・副賞を手にして立っているものですが、佐藤愛子さんは、上がノースリーブで下が膝丈のスカートというスーツ姿です。(蛇足ながら、かなりの美人です)
当時の年齢(45歳)からするとチープな感じに見えなくもないですが、あるいは、若向きの流行ファッションを意識してのことだったかもしれませんし、このへんは、モノクロ写真のため判然としません。

ただ、それまで芥川賞・直木賞候補に数回挙げられた後の受賞でもあり、なおさら晴れの舞台ですから、彼女のイメージからすると着物姿で臨むのが、場に似合うような連想を受けますので、少なくても生活の余裕はなかっただろうことは見てとれるかと思われます。
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この回答へのお礼

そうですか。では、誇張された話を聞いた父が真実だと思い込んでいるかもしれないですね(あるいは、父のでまかせか)
回答ありがとうございました

お礼日時:2006/09/20 11:19

聞いたことがないなぁ~


和服がとてもお似合いで、若い頃は、
遠藤周作や北杜夫の間で、マドンナ的存在だった彼女が、
着ていく服が無い、なんてことはあり得ないと思いますよ。
お父上に再度お確かめを…… (^^)
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この回答へのお礼

話では、貧乏で借金取りに追われた頃を描いたのが『戦いすんで日が暮れて』で、それが直木賞を取ったものだから急に仕事が来た……なんていうんです。しかも、耳にたこが出るくらい聞かされました。
父の記憶違いなんでしょうかねぇ。

お礼日時:2006/09/18 20:24

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