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こちらのカテでいいのか分かりませんが、よろしくお願いします。

先日、中国の人口に関するサイトを見ていて気が付いたのですが、1900年台の初頭には4億人程だったようです。

その後、1949年の統計では約5億5千万人、この50年間で約1億5千万人の増加だったようです。 毎年平均3百万人の増加ですね。

ところがそれから約50年後の2000年の人口を見ると、何と12億6千万人以上との事です。

http://www.chinavi.jp/jinkou.html

ということは、この50年の間に7億もの人口が増えた事になります。 つまり毎年平均1400万の人口増加という驚くべき結果となっています。

これはなぜですか? 何が主な原因と考えられますか?

医療技術の発達ですか? 食料の安定供給ですか? 大規模戦争や大飢饉を回避できる国家になったからですか?

中国政府は少子化政策を一生懸命推進していると聞きますが、おそらく都市部の一部富裕層にしか浸透していないのが現状ではないでしょうか?

このままのペースで増え続けていく事はないでしょうが、たとえ増加のペースは鈍るとしても、いずれにしてもこの地球の存亡は中国の人口次第という事になるのでしょうか?

食料問題、エネルギー問題、環境汚染 ・・ 全て中国人に振り回される事になるのでしょうか?

A 回答 (2件)

あまり自信はありませんが、speedpostさんがお考えになっている要因が複合的に影響しているようです。


これは日本を含む多くの先進国の人口増加とそれほど変わらない要因だと考えられます。ただ、他の国家と違い1950~2000年の間に劇的に人口が増加しているのは、中国の近代化が他の先進国に比べ遅れていたためと考えられます。つまり医療技術の進歩などの近代化の影響が遅れてでたのではないでしょうか。
また、中国の農村部では手作業による農業が中心で「子供=労働力」という考えが根強く、人口増加につながったようです。
どちらにしても、人口の増加はかなり深刻な問題です。中国政府も色々と対策をしていますが、問題解決に至るような効果は出ていないようです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
なるほど、近代化の影響が時間的に遅れて出てきた事が理由に考えられますね。 過去を振り返っても仕方ないかも知れませんが、中国政府は10数億という膨大な数の国民生活を一体どこに導いていくんでしょうね。

お礼日時:2007/06/19 14:20

毛沢東が中華人民共和国を1949年に建国した後、中国は「産めよ増やせよ政策」を文化大革命終了(1970年代後半)まで30年に渡って取りました。



「産めよ増やせよ政策」とは、平たく言いますと「避妊と中絶は認めない」というものです。この頃の中国に住み、最下層の生活で貧困に喘いでいた中国残留婦人の手記を読むと
「避妊も中絶もみつかると厳罰に処せられる。妊娠は避けられず、出産時は自力で産むしかない。極貧のため産婆に来て貰うことも出来ない。産んだ子供は、栄養不良と病気でどんどん死んでいった」
という痛ましいことが書かれているものが多いです。

文献:「満州・その幻の国ゆえに 中国残留妻と孤児の記録」
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=02266749
図書館で探してください。涙なくして読めない本です。

毛沢東の建国した中国は、スターリンのソ連を手本にした国です。この国作りのモデルでは、人口は多ければ多いほど良いのです。
理由:
1) スターリンのソ連が外貨を獲得する手段は、適当な理由で政治犯を「製造」し、強制収容所(実態は、待遇最悪・安全設備なし・無給の鉱山等)に「政治犯」を送り込んで、人海戦術で好物を採掘して海外に売り、外貨に換えることでした。この方法ですと、政治犯は半年もすると半分くらいに減ってしまうので、次々に政治犯を補充しなければなりません。この手法は「国民の生命を外貨に換える」に等しいですが、スターリンのソ連では確かに有効でした。

2) 朝鮮戦争で、中国軍は人海戦術を取り、100万人が死亡したと言われます。人海戦術とは「敵の陣地に向かって突撃する。退却する者は後ろの督戦隊が機関銃で射殺する。退却した者の家族は反革命罪で強制収容所に送る」といったもので、2000年ごろの映画「スターリングラード」でソ連軍がやっている「ドイツ軍の陣地に銃も持たない新兵を突撃させ、ドイツ軍の弾薬を消耗させる」人海戦術を模倣したものです。こんな戦争をやっていれば、やはり国民はいくらでも要ることになります。

毛沢東の「産めよ増やせよ政策」は、「産んだ子供が生き残れるか」は無視していましたので、生まれた子供の多くが飢えや病気で死にました。1950年代の中国は農業生産力は低く医療レベルも最低でしたので。しかし、生き残った分は人口を増加させました。1950年代末には大躍進政策の失敗で飢饉が起き、そこでも多くの子供が餓死したでしょうが、その後も産めよ増やせよ政策は継続され、人口が増え続けました。

毛沢東の死後、文化大革命が打ち切られ、トウ小平が権力者になった1980年ごろに、「産めよ増やせよ」が「一人っ子政策」に180度転換しました。これは「二人目の子供を産むと厳しく罰せられる」もので、「産めよ増やせよ」の反対です。

中国では都市戸籍保有者(エリート)と農村戸籍保有者(その他)が法律ではっきり分けられており、都市戸籍保有者は少ない子供に多額の教育費をかけています。都市戸籍保有者については、人口爆発は止んで久しいです。日本に報道される「中国の様子」は、都市戸籍保有者の話ばかりです。

一方、中国の人口の9割くらいが農村戸籍保有者ですが、彼らは子供の教育など一切考えずに子供を作っています。なぜかというと、教育等無視すれば「子供は多ければカネになる」からです。農村では法律などあってないようなものですから、農村の人口増加抑制は難しいでしょう。そのため、中国の人口増加は今後も加速する方向と思われます。
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この回答へのお礼

詳細なお答え、有難うございました。
生めよ増やせよ政策の影響が今も残っているという事ですね。 でも後発組において、一度増え始めた人口を元のレベルにまで落とすというのは現実には極めて難しいように感じます。 おっしゃるように少子化政策が浸透しているのは都市部の一部富裕層しかないでしょうし、9割以上の貧困農民層では益々人口が増え続けているように思います。 となると、中国の人口が20億に達するのも時間の問題という事なんでしょうか。 人口増加の問題は、その内に地球という惑星が許容できる範囲を超えてしまうんでしょうね。
人間は他の生物と違って、生存していく上で消費されるエネルギーが膨大であり、そのため人間そのものが環境破壊の原因となるというのを聞いた覚えがあります。
大げさかと思いますが、この地球は中国人によって滅びていくような気がしてなりません。

お礼日時:2007/06/19 14:29

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