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よく前向きな考え方の一例として、
「後悔するのでなく反省をしろ」という言葉を見かけ
ますが、私にはそもそもこれが無理なことに感じます。

何かで失敗し、あのときああしておけばよかった、
もしああしておけば今の自分・未来の自分はもっと
良い状況になっていた。後悔にはいろいろなものが
ありますが、だいたいはこんな感じだと思います。

後悔というのは、過去を仮定した話であり、
過去の挑戦や選択で失敗したことを仮定でうまく
いかせようとしている感じだと思います。

本題ですが、これを反省(この次やるときに失敗しない
ように)する場合、果たしてうまくいくでしょうか?

この次に来る機会が前回と同じものとは限りません。
前回と逆をやっても失敗することはありえます。

また、もっと重大な点として、
もしたった一度のチャンスだった場合、
次そのものがありません。

後悔を反省変えるなんていうのは、まだチャンスが
残っている場合と、その教訓が生かせる場合だけ
ではないのですか?

人生は一度きり、一人の人間が勝ち組になれるチャンス
も一度きりかもしれません。反省なんてしてももう遅い
かもしれません。

A 回答 (11件中1~10件)

結局、人は優位に立ちたいとしか思ってないのですね。



結局、自分が神としか思って。

人の不幸を喜ぶ、それが、世の常ですね。

なら、攻撃的に行こうと思います。
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なんだか違和感を感じたので、辞典で調べてみましたところ、



■後悔
あとになって悔やむこと。
「すんだことは―しても始まらない」
■悔やむ
(1)失敗したり、うまくゆかなかったりしたことについて、別の処理をしておけばよかった、とあとになって残念に思う。くやしく思う。後悔する。
■反省
振り返って考えること。過去の自分の言動やありかたに間違いがなかったかどうかよく考えること。
「自らの行為を―する」「―の色が見えない」「―を促す」

以上のことから、あなたがおっしゃる『もしああしておけば今の自分・未来の自分はもっと良い状況になっていた。』
というのは、反省の領域に片足つっこんでます。そこが妙に気になりました。

こんな感じで反省と後悔の境というのは微妙なわけですが、
つまり反省を正しく行って生かす人も少ないのではと思います。

次に同じことが起こる可能性は少ないですし、
もし起こったとして、改めて自分が正しいと思った選択肢を選んだところで、失敗する可能性もあるでしょう。

しかし、それを気にして生きている時点で、それは後ろ向きの考えです。
前向きな考え方として、次に生かそうという心構えが大切なのであって、
そこに確率論や仮定の話をもちこむのは、既にマイナス方向の考えではないでしょうか。

人が行った行為というのは、あらゆることにつながっています。
あらゆる経験、スキルは、別のジャンルの力にもなりうるのです。
100%同じ事はおきなくとも、似たようなことは起こります。
この言葉は、同じ現象に対して向けた言葉ではないと思いますよ。

問題はこの『後悔でなく反省をしろ』という言葉が間違っているわけではなく、
その言葉をまっすぐに受け入れられない根本的な考え方にあり、
私はこの言葉に間違いは無いと思いますが、いかがでしょうか。

たとえば、結婚という行為に、果てしなく広がる未来を想像する人と、
逆に人生の墓場へまっしぐら的な発想をするひとがいますが、それとほぼ同じだと思われますよ。

前向きに生きるというのは難しいことですが、
理路整然とした考えの行き着く先に出た結論がこの結論だとしたら、
それは結論ではなく行き着いてもいないと思います。
物事を他の方向性から見ることも大切ですよ。前にも、後ろにも。
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連投です。



同じことが起こるか起きないかは分かりません。

でも、人は駆け引きをし、優位にしようとします。

また、いじめてうさばらしをしようとするのも分かりました。
そして、一つの対象をみつけ一方的に標的にするのも分かりました。

結局、自分がかわいいから。

よくわかりました。
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いまいち主旨が分からないのですが・・・。



私は「後悔するのでなく反省をしろ」という言葉は、あまり聞かないのですが・・・
後悔しなければ、反省することもないですよね。
後悔しないで反省だけするって・・・なんだか無理がありますね。

1つのことだけ目指して、1つのチャンスしかないとすれば、それは質問者様が仰るとおりですが、ただ、長いスパンで考えたとしましょう。
今は、その1つを目指していて、例え失敗したとしても、先のことかもしれませんが、全く同じケースとは限りませんが、似たような状況になったとき、それなりの対応が出来る様に備えられるってことでしょうか・・・。

質問者様がどのような事柄で、仰っているのかは分かりませんが、後悔と反省をしなければ、人は成長出来ませんよ。
それから、失敗がまるでいけないことのように考えてらっしゃるかもしれませんが、月並みな言い方かもしれませんが、失敗は成功の元です。

たくさん失敗して、そこから学んでいかなければ、質問者様の仰る、勝ち組にはなれないと思いますよ。
誰しも、失敗はあります。
そうして、いろいろなことを学んで、経験値を上げて成功があるんだと思いますよ。

うまくいくかいかないかを考えるのではなくて、自分がその事に対して、どこまでやれるか・・・だと思いますよ。

自分なりに全力でやったなら、そこまで出来た自分を褒めることと、
その失敗に対して、どこが悪かったのか考え、後悔し反省すれば良いと思います。

とは言っても、難しいものだとは思いますが・・・
質問者様が何を急いでいるのかは分かりませんが、反省しても遅い・・・と仰っていますが、何事も生きている限り遅いことはないと思います。

誰だって失敗は怖いです。
ですが、少しずつでも考える角度を変える事によって、違う見方が出来ると思いますよ。
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ある意味怖いものなしと思うようにもしたいです。



攻撃してきたら攻撃するとうにしたいと思うようにもなりました。

冷静ではいられません。

一回こっきりで無視しろって思うようにもなりました。

ある企業に結局仕返しをと。

こういう状況に陥れたと思うようにもなりました。
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楽天の野村監督の言葉に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのがあります。

いえてると思います。
スポーツなどではほとんどの場合「なぜ負けたか」が話題になります。例えばサッカーでいえば、なぜオシムジャパンはアジア大会で4位に終ってしまったのか、とね。
人は失敗からしか学べないんですよ。失敗には多くの教訓が含まれていますが、成功から学べることは失敗に比べれば少ないですね。

世の中、同じ失敗を繰り返す人が結構います。例えば、格闘家のアケボノ。毎度毎度同じパターンで負けていますよね。勝とうと思ったらあの体重を減らすとか戦い方を変えるとかすりゃあいいのに毎回同じパターンで負けます。「成長しねえ奴だなあ」って思いませんか?もしアケボノが「試合は毎回毎回違う。以前の戦いを教訓にしても次の試合でそれが生かせる保証はない」なんて言い出したらどう思いますかね。

その失敗から何を教訓にするかはその人の頭のよさ次第ですよ。昨日で日航ジャンボ機事故から22年が経ったそうです。500人以上の死者を出し、その後航空機の安全に対する不安から航空機利用者がものすごく減って経営にも影響を与えた事故は関係者にとって後悔してもしきれないでしょう。でも、あの事故から「次に起こる事故は似たようなケースになるとは限らない」と何ひとつ教訓を得なかったら・・・きっとまた同じような事故を起こしたでしょうね。
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後悔には二つあります。


やってする後悔とやらなかった事に対する後悔です。
本当の意味での後悔とは後者を指すものです。
反省とは、やってする後悔から生まれてくるものです。

失敗であろと成功であろうと、やった事はすべて経験です。
経験は人生においての財産です。
ですんで、やっての後悔は本人がその時に感じるだけの話です。

その上で、やった結果をどう捉えるかというのが本題かと思います。
単にその結果を後悔するのは、結果に翻弄されている状態を指します。
その結果を持ってして終わりだと言う事です。
反省するということは、その結果を踏まえて前に進もうという状態です。

>人生は一度きり、一人の人間が勝ち組になれるチャンスも一度きりかもしれません。反省なんてしてももう遅いかもしれません。

勝ち組の人は、全ての経験を糧に出来る人です。
つまりは、その結果を反省できる人です。
人生には、その時々で勝負をしなければなりません。
常に勝ち続けるなんて人は、この世には存在しませんよ。

負け組みの多くは、失敗を悔やむだけで同じ事を繰り返すだけの話です。
悔やんで終わるのと反省するのとでは、どちらが人生にとって良いか?
答えは一つだと思いますよ。
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後悔や反省は、勝ち負けのレベルで問われるばかりではありません。



人間の全存在を対象化し、再検討する作業と強くリンクする作業です。

後悔は過去を今のパラダイム(公準)で認知・評価する作業です。
反省は、そのパラダイムをも対象化、改革可能性を考慮に入れて沈思する作業です。

後悔はしても、反省につなげられないと、浅いままで終わります。
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反省するってのはなぜ後悔するようになったのかを分析して、その原因を特定(特定まで出来なければいくつか推測して)、その原因を回避するにはどうしたらよいのかを考えることです。


そして過去の反省を生かすためにはその反省から得た原因とその回避方法を応用していくことです。

>人生は一度きり、一人の人間が勝ち組になれるチャンスも一度きりかもしれません。反省なんてしてももう遅いかもしれません。
当然取り返しのつかない過ちもあり、後悔も反省も出来ないこともありますよ。
だから本当に大事なときに過ちを犯さないようにするために普段から反省し、失敗を回避できる可能性を高めていくんですよ。
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間違いではないですが、正解でもないですね


何が正解、なんてそれこそ結果論でしかないですしね

この件を私的な見解を含めて語らせてもらえるならば
後悔も反省もどちらも-ではないと思いますよ
どちらもその時を刻むものとしては有効だと思いますし

ただし、どちらが将来+として働きそうかは反省の方でしょう

単純に言葉としてその意味を捉えたとき
後悔は、感情的なものから生まれ
反省は、理性的なものから生まれているように見えます

こういう状況のとき、どうしたか
そしてその結果、どうなったか
それを理性的に捉えると、何やら次に活かせそうな気もしますね
感情的に捉えてしまうと、大事な部分を見落としてしまうこともありますしね

ただ、次回同じ、もしくは似たような事象があるかどうかは分からない
でもだからと言って、今回の件をそのままにするのもどうかと思う
そう思うなら、反省は大いにするべきでしょう

結局、反省にしろ後悔にしろ、生かすも殺すも貴方次第ですよ
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