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現在、教会に通っています。
聖書を読むのは好きだし、学ぶことも多く、その点は満足しています。

受洗はしていません。
大きく見れば福音派やその系統に属する教会にいますが
ネット上での福音主義に関しての批判的な意見を多く目にし、
その点で悩んでいます。

福音主義(厳密な福音主義ではなく福音派とその系統も含むと解釈して下さい)
は原理主義的側面が強く、カルトとまで言われる方もおります。

教会で使用している新改訳も一般の書店では取り扱っていませんし、
(一応、新共同訳や口語訳も教会内には置いてあります)
周囲(この場合はネット上)の意見を聞いていると
もしかしたら自分が間違った方向に進んでいるのではないと不安になることがあります。

一方で信仰を単純に道徳やボランティアと同義に扱うのなら
それは真の信仰とは言えないとも思います。
自分が真の信仰を得るために正しい道を進んでいるのか、
あるいは狂信(カルト)への道を進んでいるのかそこが不安です。

また、今まで培ってきた科学的、論理的思考も捨てきれません。
科学は個々の事象から普遍的規則を見いだしますが
信仰は結論が先にあり、それを信じるか否かで解釈が180度変わります。

カトリックや他の伝統的プロテスタントへ移るか
あるいはこのまま今の教会に残って学びを続けるかそこが今の一番の悩みであり、
キリスト教そのものを今は捨てるつもりはありません。

今、私は何をどのように考えればよいのでしょうか....
(質問にならない質問で申し訳ありません)

A 回答 (19件中1~10件)

ある信仰が「真の信仰」であるか「カルト」であるか、


人間社会にはそれを決めるはっきりとした規準はありません。
「あそこはカルトだ」と言う人が多くなれば、「カルト」ということで世間の意見がまとまってくるだけです。
「宗教なんてみんなカルトだ」と思っている人もたくさんいます。

今お通いの教会がカルトであるかどうかは、質問者さんご自身が決めればいいことです。
神様が手伝ってくださいますよ。多分。

お気持ちが揺れているのなら、他の教会に通ってみてもいいと思いますよ。
というか、既にそこまで揺れているのですから何らかの結論にたどり着くためにも他の教会にも通うか、またはしばらく今の教会から離れてみるかしかないでしょうね。
質問者さんは、ひたすら祈って結論を出すようなタイプではなさそうですし。

ただ、ネットでどんな記述をご覧になったのかわかりませんが、ネットは要注意です。
これは教会関係のことに限らず、何かに対して弱気になっている時、それに関する匿名の書き込みなど見ない方がいいです。
冷静な判断ができなくなるばかりでなく、今まで大好きだったものに嫌悪感を抱くようになったり、信じていたことが信じられなくなったり、気にもしていなかったことが心配でたまらなくなったり、ろくなことはありません。精神衛生上よくありません。

それと、科学と宗教は決して相容れないものではありませんよ。
質問者さんはかなりお若い方とお見受けしましたが、年取ると科学と宗教の矛盾なんて、どうでもよくなります。
というか、どうでもいいことなんだとわかります。
私も昔「まず信じなさい」と言われてものすごく抵抗感を覚えたものですが、何十年かたった今、科学雑誌も聖書も楽しく読めるようになっています。
うまく説明できませんが、質問者さんも色々考えたり悩んだりなさっているうちに、科学も宗教も信じられるようになると思います。
これも多分、神様が手伝ってくださると思います。

では。
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この回答へのお礼

他の方のご意見にもありましたが
やはり色々な教会を見聞するのが良さそうですね。
私も今はまだどうしても
「信じなくては....」という義務感が先攻しているのかもしれません。
もう少し時間をかけてみます。
ご意見、ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/13 19:49

信仰というのは任意選択、選び取るものです。


今、疑い、迷っている。
選択肢があるからこそ選び取ることができるのです。

もしこれが疑いようのないことだったら・・・
それは信じるまでもないことのはずです。

あんまり気に病む必要はありません。
神様がきっとあなたにとって一番いい方法を示してくれると思いますから。
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。
考えたり、迷ったり、祈ったり....
今は色々と試してみます。
結論を急がず、御手の導きにゆだねます。

お礼日時:2008/02/13 19:55

イエスは<よき羊は主人の声を聞き分ける>と言った。


あなたの主人は誰ですか?
あなたはよき羊ですか?

あなたがついていったご主人は良いご主人様ですか?
よいご主人様なら、あなたは今幸せなはずです。


昔、ヨーロッパはキリスト教が腐敗しきっていて、人々は宗教に対して失望していたんですね。
それで宗教から逃れるために、ヨーロッパの人々はアメリカに渡ったのだそうです。

19世紀まではそういうわけで、アメリカ人はほとんど宗教に関心がなく、またあったとしても、温和だったそうです。

ベトナム戦争が起こり、人々は戦争反対の意志を示せるようになり、その勢いで個人の自由を主張するようになり、はてはヒッピーなどの生活を楽しむようになり、さらに麻薬に手を出してしまい社会の発展が失速したのだそうです。

その状態を見て、福音派が宗教精神に戻れと言って、彼らを説得しだした。
ところが現代っ子ですから、普通に聖書を聞かせても、ふざけんなよー と相手にしてもらえない。
そこで、奇跡物語を聞かせたわけです。
すると現代っ子ですから、超能力とか宇宙人とか そういう文化にのめりこみやすい年代なので、奇跡話に飛びついたわけです。

それで、洗礼者のヨハネの儀式を使い、水による洗礼をしたわけです。
一種のマインドコントロールで、それを受けたらなにか人生が一変したような気分になり、不良と言われた人々が、熱心な奇跡話信者になっていったわけです。

そして奇跡話をネタに家庭を訪れ、布教してまわることになった。
テレビの発展で、ヒトラーが利用したような演説方法を用い、テレビの普及とともに、テレビを利用して一挙に多数の人に遠隔でマインドコントロールできるようになり、どんどん福音派の教会がでかくなっていったわけです。

ただ、口で言うことと中身が伴っておらず、超有名(だとアメリカではなっているらしい)なテレビ伝道師が売春婦を買ったと売春婦にばらされてしまった。

伝道師は、「売春婦は自分をはめようとしている、信者のみなさん 騙されてはいけない 私を信じてください」って訴えたんですね。
でも、妻も知らなかった彼がハゲでカツラをかぶっていることを、売春婦の彼女が言って、その通り、ハゲだったことから、嘘つきのペテン師は、伝道師の方だったとバレてしまったわけです。

このままでは信者離れが起こる。
それを食い止めるため、ショーを開いた。
涙の謝罪をテレビ放映したそうです。
妻や子供も彼の涙の謝罪に、「許します」と優しく声をかけ、信者の人々も許すべきだという気持ちにさせる演出を行った。

マインドコントロールが成功し、何万という信者はその教団から離れなかった。

ところが、思ってもいないことを平気で言える超有名テレビ伝道師は、また売春婦を買ってしまい、暴露されてしまった。

再度 ショーを開いたわけですが、家族からの協力は得られなかったみたいで、妻と子供達はそっぽむきながら、大声で泣いて縁起をしているペテン師であり3流俳優気取りの男に「許します」と言ったんです。
口では許すと言っているが、態度で「こいつ駄目だ」と判子押しており、その映像がケーブルテレビを通して信者の目に入ったわけです。


家族はファミリービジネスを存続させるために、許しますといわざるを得なかったわけです。
失敗すれば今までのように信者の寄付金による豪華な生活はできなくなる。

それどころか、顔がテレビで知られてますから、ペテン師家族として、一生後ろ指させれつづけなければならないので。

確かにテレビでやった方が集金力が上がりますが、失敗した代償は一生おてんとう様の顔を拝めないというリスクがあるんですね。


で、日本でもプロテスタント最大の教団が福音派です。
じゃ 福音派は侵略戦争すら正しい行いだと指示する宗派なので、こっちはやめてカトリック信者になります?

カトリックは侵略戦争の時、ずっと後になってから「やめろよぉぉぉ そんなことしちゃ いけないよぉぉ」って言った程度の腰抜けですよ。

カトリックもイエスのおっかさんは性交なしに子供を妊娠したって主張している超能力支持教団ですよ。


私は一番無難だと思うのは、マリア信仰だと思うんですね。
死の間際も見守ってくれるマリア。
このほかに何があなたに必要だというのでしょうか。
もちろんマリアは太母神のシンボルですが、あなたは地から生まれて地に変える定めですよね。
その運命に逆らえる人は誰もいないんです。
誰もが創造主に帰還する運命なんです。

イエス物語だってそうだったでしょ?
イエスの死に際をマリアが看取っているでしょ?
帰還の瞬間いたじゃないですか。

アヴェ・マリアの詩の内容はそうなっていますが、これが一番適当な信仰だと私は思います。
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この回答へのお礼

実話に基づく貴重な情報をありがとうございます。
福音派はやはり他の教派よりも奇跡体験などを強く支持しているようですね。
私は福音主義を含めて比較的歴史の浅いところの
こうしたところに抵抗感があって今まで悩んでいました。
偶然、家から最も近い教会がそうだったので
そのままそこへ通っているわけですが....
機会を見繕って他の教会も覗いてみることにします。
ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/13 19:54

私はキリスト教徒になろうかならないか


迷ってるような人間ですが、参考になれば…と。

一言で言うと、神は唯一ですが
教会はいっぱいです。どこの教会へいこうと、行かなかろうと
あなたが神を信じるのに何の不都合がありましょう。

キリスト教と言っても教派もいっぱいあります。

神のわざと、人間のわざをごっちゃにする必要はないわけです。
あと聖書にかんしては

言語は日本語だけではないわけです。英語訳の聖書だってあるし、
無数の言語の聖書があります。まぁ、新共同訳が日本語訳としては
無難かなぁとは思いますが…。

いっそのことギリシア語、ヘブライ語までいって日本語訳の聖書と
読み比べてみるのも面白いかもしれません。

あと、科学的思考とキリスト教徒の関係ですが
キリスト教徒の科学者などいっぱいいるわけです。
捨てる必要などありません。

で、いろいろいろんな教会に行ってみてはいかがでしょうか。
私は教会が嫌過ぎて、教会なんかなければいいのにと思う人間ですが。
まぁ、でもどっか自分にあった教会が探せばあるかなぁ、とも。
神を信じるのに人間に疲れてたら仕方ないですからね。

いろいろ教会を転々としている人もいますよ。
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この回答へのお礼

そうですね。
色々な教会を見聞して回るのも勉強になりますし、
また多様な視点を持つことも出来そうですね。
私も時間のある時には他の教会に出向いてみたりして
様々な人の意見を聞いてみます。
ご意見、ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/13 19:47

今この時のために


アダムとイブは追放されたのかなぁ
失われた文明
再び地球全体に楽園を取り戻すために
そうだとしたら
なんという遠大な計画なんだろう
人類の有史以来の人の願い

ちょっと行き過ぎたな
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そこに留まるものは


大魚となって戻ってくる君の姿を夢見てる
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大地にずっと根をおろしているのもあり


そこに留まっていても
いるからこそ
根を知るからこそ
遥か彼方に飛翔もする
というのもある
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そうだな


若いんなら
大きく回遊見聞して大魚となって根に戻ってくればいい
根に
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またの名をアトランティスという



のかな
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こんにちは



こうした問題に答えるすべを持っていない一般人なのですが、少し思った事をお伝えできればと思います。

カルトになってしまう事を恐れているのであれば、その組織を常に疑えばいいと思いました。そして組織を信じて良いのか、と自分に問い続ければいいのではないでしょうか。
その上で信仰する上で「これは違う」と思うのであれば、その時離脱して他に進むべき道を探せば良いのではと思います。
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この回答へのお礼

堅実で素朴な意見をありがとうございます。
こうした実直堅固な態度を忘れないようにしないと
カルトに陥る可能性もありそうです。
常に信仰生活以前の自分の立場からの視点も忘れないように心掛けます。

お礼日時:2008/02/13 19:45

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