プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

クラシックの番組、コンサートその他、どうも(実態はともかく)雰囲気はハイソな感じですね。どうしてこうなってしまっているのでしょうか?

A 回答 (3件)

もともと、ヨーロッパの貴族の間で発展してきた音楽だからじゃないですか?

    • good
    • 0
この回答へのお礼

それは最も基本的なことですね。どうしてもその背景にあるものと一緒に導入しますね。

お礼日時:2008/09/14 09:39

クラシックというジャンルの持つ権威が、


上流階級的な雰囲気を出しているのだと思います。
現在のポップスとかロックとか言った通俗的な音楽に対し、
クラシックは「芸術音楽」という位置づけになっています。

通俗的な音楽と芸術音楽の違いは、
おのおのが持つ歴史と権威の有無にあります。
クラシックは他の音楽と比べて歴史が長く、
鑑賞するのにもある程度以上の知識が必要になりますが、
通俗的な音楽はそこまで鑑賞する時に知識が要りません。

クラシックを鑑賞するのに必要な知識と、
クラシックが長い歴史の中で獲得してきた権威が、
このジャンルの音楽を上流階級的にしているのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

やはり、上流階級しか触れることのなかった、あるいは鑑賞する能力教養がなかったという歴史を引きずっているということでしょうかね。しょせん「音楽」というものがクラシックの時代(19世紀まで位でしょうか)は上流階級しか対象にしなかったわけでしょうから。

お礼日時:2008/09/14 09:41

 簡単に言ってしまうと、それは日本人だからです。



 ビートルズ的なもの誕生から前がクラシックと言い切っていいのならば、そこに貴族の娯楽と平民の遊びという線が見えてきます。本来はそこに民謡といった土俗的な別ジャンルの音楽もあります。民謡は土俗的なものであり、ローカルなものであり、個人の的なものです。だから、吉田拓郎やかぐや姫も「フォークソング」だったのです。それらがフォークギター一本で演奏されたりするように、楽器の構成的にはオーケストラには及びません。
 貴方の感じていられるハイソな雰囲気とはオーケストラの重厚さによるものではないでしようか。タキシードを着た司会者が出てくるからといって、ハイソって訳でもありません。
 それとも難解な楽曲に対する蘊蓄がクラシックをささえているとお考えならば、新古今和歌集の和歌こそがクラシックと思っている頭でっかちな短歌ファンと同じ罠にはまっているのかもしれません。
 自分で聴いた感覚、感想、感興で良いと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

考えるヒントを与えていただきありがとうございます。
私は、オーケストラだろうと、ピアノのソロ演奏会だろうと、「クラシック」と銘打っているもののすべての雰囲気、演奏者はタキシードあるいは正装が標準であり、あるていどラフさを避けた格好の聴衆であり、ノリよりも銃流階級的なお上品世間体重視の鑑賞スタイルを貫いているという、このクラシック音楽業界全体の雰囲気についてを考えています。
余談ですが、短歌についても、どうも近代の軽薄なものに価値を認められません。あんなにすばらしいものの伝統を継がないなんて、なんとおろかなことなんだろうと憤っています。

日本人が、外から持ってきたものの中の本質をわかっていないでポーズだけ定着してしまったという面は多分にありますね。

お礼日時:2008/09/14 09:46

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!